澪「わ、私たちの中に……」
律「犯人が……」
紬「いる……」
唯「……」
美雪「ほ、本当なの? はじめちゃん」
律「だ、誰なんだよ!」
金田一「それは……まだわからない。けど、必ず暴いてみせる」
金田一「ジッチャンの名にかけて」
……。
……。
唯父「じゃあ、いってくるよ」
唯母「またお留守番、お願いね」
唯「うん、いってらっしゃい」
憂「気をつけてね」
唯父「はははっ、大丈夫だよ」
唯母「そうよね。うふふ」
二人「?」
えらくニコニコとした二つの笑顔が、玄関先に並んでいる。
それを見つめる姉妹……。
両親二人で海外旅行に出かける事。
姉は、いつもの事だと思い特別何の感情も浮かべずにその二人を見つめていた。
唯(私たちも、もうすぐすれば合宿があるんだもん)
唯(今回は憂や純ちゃんも一緒で……とにかく盛りだくさんな合宿なのです)
ふふっ、と誰にも気付かれないように姉は小さく笑った。
目の前にいる、二人は……その笑顔のまま玄関から出ていった。
これでまた、隣にいる妹と一緒に過ごすいつもの時間が始まるんだ、と唯は思った。
唯(早く合宿の日にならないかなあ)
誰もいなくなった玄関の後ろからは、付けっぱなしにしたテレビの音声が聞こえている。
『続いてのニュースです。一部上場の……コーポレーションの……』
……経済がどうとか会社の株がどうとか。
合宿を目前に控えた女子高生にとっては、どうでもいいニュースが玄関にまで響いていた……ような気がする。
唯の耳には、もうその音は届かない。
唯(楽しみだなあ、合宿)
これが合宿の始まる二週間前の事だった。
二週間後。
佐木「せんぱ~い、早く来て下さいよ」
金田一「ぜぇ……ぜぇ……ま、まっちくり~、もう……つかれ……」
美雪「もう、情けないわね。そんな体力で沢登りがしたいだなんて」
金田一「う、うるへ~。元々は佐木と二人で来る予定だったのに……なんで美雪までついてくるんだよ」
美雪「そんな情けない姿が、簡単に想像できちゃうからですっ」
金田一「お前な……」
佐木「お、先輩いい表情ですよ」
金田一「佐木……お前もビデオまわしながら、元気なもんだなぁ」
美雪「……にしても、沢登りっ言うよりは谷を見ながら散歩してる感じね」
佐木「いざとなったら、バスもありますからね。この辺はあまり人も通らないみたいで、一日に一本のバスしかありませんけど……」
美雪「ふ~ん。でもこんな急な崖ばっかの奥地でも、ちゃんとバスは通っているのね」
金田一「……っくしょう。元々はレジャーに来たお姉ちゃん達をナンパする予定だったのによ」
金田一「美雪がいる、おまけにこんな山奥じゃあ、ナンパどころか、観光だって……」
佐木「まあ、半分は予定無しの行き当たりばったりなプランでしたからね。人がいないのも仕方な……」
金田一「ん、雨……か」
美雪「あら大変。雨ガッパ着ないと」
金田一「お、美雪。俺にも雨具頼むよ」
美雪「え? はじめちゃんの分なんて持ってないわよ。甘えないの」
佐木「先輩、何も持って来なかったんですか?」
金田一「……」
美雪「……もう、だったら雨宿り出来そうな場所を探しましょう」
金田一「探しましょうったって……こんな森の中まで来たら建物なんて……」
ザーッ。
佐木「わ、わ、カ、カメラカメラ!」
金田一「降ってきたな……」
美雪「……あれ、ねえ。あそこに明かりが見えない?」
金田一「へっ?」
美雪「ほら、あの……木の奥に」
佐木「本当だ、玄関に明かりが灯ってる。誰か住んでるんですよ!」
金田一「こんな奥地に民家ね~……大方、どっかのお金持ち様の別荘かなんかじゃないのかね」
美雪「このまま濡れてるよりマシでしょ。さ、行くわよはじめちゃん」
金田一「へいへい。ま、優しいお姉さんがいる事を期待して……」
美雪「……馬鹿言ってないで行くわよ」
金田一「い、いてて! み、美雪。耳を引っ張るなって、わ、わかったから……っ!」
佐木「……♪」ジー
ピンポーン。
金田一「……」
ピンポーン。
ピンポーン。
佐木「留守ですかね」
金田一「そんなはずねーだろ。窓からも明かり漏れてるしよ」
美雪「……別荘。ペンションみたいな感じね。ここ、お店かしら?」
ピンポーン。
金田一「なんにしてもよ~、誰か出てきてくれないと寒くて凍死しちま……」
『……あ、の。ど、どちら様でしょう』
美雪「あ、すいません。実は私たち、雨宿りがしたくて……」
『ま、まあ。そうですか。そういう事なら……少々お待ち下さい!』
金田一「おい、佐木。可愛らしい女の子の声だったぞ。こいつは俺たち、運がよかった……」
佐木「……美雪先輩、しっかりこっちみてますよ」
ガチャッ。
紬「あ、あの。雨宿りですか」
美雪「あ……はい。雨が止むまで、こちらの方にお世話になっても……」
紬「そうですか。それはお困りでしょうね」
美雪(うわあ、綺麗な人。髪の毛も金色で……お嬢様ってカンジ)
紬「……あら、そちらの方は顔にお怪我をされているのですか?」
金田一「ひ、ひえ。だいじょうぶれしゅ……」
佐木「先輩、全力ビンタなんていい絵が撮れましたよ」
金田一「佐木……うるへーっての」
紬「……くすっ。とにかくあがって下さい。すぐにタオルを用意しますから」
佐木「お邪魔しま~す」
一階中央・団欒室
唯「あ、おかえりムギちゃ……って、うわあ団体さんだ~」
律「おっ、なんだか一気に賑やかになったな~」
紬「細かい話は後よ。今はお客様にタオルを貸してあげないと……」
憂「はい、タオルですよ」
紬「あ、ありがとう~憂ちゃん。さあ、どうぞ」
美雪「あ、ありがとうございます」
金田一「ど、どうも……」
金田一「お、おい佐木。こ、この状況は……」
佐木「先輩。今度は右だけじゃなくて左頬にも紅葉マークがついちゃいますよ」
金田一(そ、そうは言っても……)
梓「……こんな所にお客さんなんて珍しいですね」
純「この辺て観光する場所あるのかな?」
紬「ん~、あまり人がいない静かな別荘を選んだんだけど……」
美雪「あ、あの。もしかしてお邪魔でしたか? だったら早めに出発して……ね、はじめちゃん」
金田一(女の子がいっぱいって、ええもんやなあ……うんうん)
美雪「……はじめちゃん」
金田一(そうだなあ。みんな可愛いけど俺の好みで言ったら……)
美雪「はじめちゃんてば!」
金田一「は、はいっ!?」
美雪「……話、ちゃんと聞いてた?」
紬「あ、迷惑とかじゃないんです。私たち、ここで合宿をしていたんですよ」
金田一「合宿?何か部活の……」
唯「私たちはけいおん部なんだよ!」
美雪「けいおん部って、楽器の?」
紬「はい、今日が合宿初日で……」
佐木「それだったら、なおさら邪魔も出来ないですね」
律「ああ~、ウチはそこまで根つめて練習しないから大丈夫だよ」
梓「大丈夫じゃありません! 律先輩、部長なんだからちゃんとして下さいよ!」
純「あ、梓が怒ってる……」
紬「練習しないというのは、ともかく……」
紬「雨が止むまで、ゆっくりしていって下さい」
唯「そうだよっ! せっかく知り合えたんだからお話しようよ~」
律「お~お~、さすが天然な唯ちゃん。それに比べて……」
澪「……」
律「さっきから何も喋らない澪しゃん」
澪「……う、うるさい」
美雪「え、えっと」
律「この子人見知りでさ~。まあ、あんま気にしないで下さいな」
澪「……」
紬「ふふっ、とりあえず自己紹介からね」
……。
律「へえ、二人とも高校二年生かあ~」
唯「あ、じゃあ一応私たちのが先輩だね!」
梓「……そんな事で鼻息荒くしないで下さい」
律「あ、でも敬語とか先輩とか気にしなくて大丈夫……ですわよ」
澪「律、意識すると変になるぞ……」
憂「ふふっ。さすがに私たちは気を遣いますけど、ね」
佐木「ああ、それなら僕も同じです。気兼ねなく話過ぎてもどうも……」ジー
紬「……あら、そのカメラ。今一番新しいタイプのですよね」
佐木「え! わかりますか?」
紬「はい」ジー
そう話した紬の左手に、いつの間にかビデオカメラが握られていた。
佐木「そ、それは! 次の春に発売されるはずの最新モデル! ど、どうしてここに……」
唯「ムギちゃんちはお金持ちだからね。この別荘だって、ムギちゃんの持ち物なんだよ!」フンス
梓「いや、唯先輩が威張んないで下さいよ」
紬「……ふふっ」
金田一「はあ、本当にお嬢様の別荘だったわけね」
律「……にしてもさあ」
律「その隣の男の子、カレシ~?」
美雪「!」
澪「か、か、かれ……!」
梓「り、律先輩。いきなり何を言うんですか!」
律「いやあ、だって考えてもみろって」
律「こんな所に男女二人……付き合ってなきゃこれないってば」
紬「ま、まあ! そうなんですか!」
美雪「そ、そんなことないですよ。そ、それより!」
純(あ、今ちょっと嬉しそうな顔した)
美雪「み、皆さんはけいおん部なんですよね。だったら何か演奏聴かせて下さいよ!」
佐木「あ、それいいですね」ジー
澪「え、演奏!」
律「マジ?」
梓「練習の時間でちょうどいいじゃないですか。やりましょうよ!」
澪「で、でも……恥ずかしいよ」
紬「ふふっ、じゃあこのビデオで私たちを記録に残して貰わないと。えっと、佐木さん、お願いできますか?」
澪「ムギ!」
唯「よ~し、頑張るぞ~」
澪「ゆ、唯まで……」
純「ああ、生で練習してる所が見れる……頑張って下さいねっ!」
澪「うう……」
律「……観念した?」
澪「わ、わかったよ。やるよ……」
律「よ~し。じゃあみんな娯楽室に移動~」
澪「うう……」
美雪「なんだか、楽しそうな部活ね」
金田一「ああ……そう、だな」
最終更新:2011年05月04日 01:34