ミラーの乗るトラックの中は異常を知らせる警告音が響いていた。

「ゼロAI異常発生!パルス異常誤差30%!尚も増加中」

「何事だ?」

「分かりません、しかし、平沢唯の心理グラフが乱れています
GABA抑制が緩和、各種覚醒物質が規定値を超え始めました」

ミラーはスプリガンのライブ映像を食い入るように見つめる。

催眠放送が不意に止み、スプリガンが勝手にショッピングモール屋上から下り始める。

「スプリガンが下り始めた、催眠放送も止まった!」

「こちらからは何も指示していません!……これは……」

画面を見たミラーは体が固まった。
通信兵が状況を報告する。

「ゼロAI平沢唯が……レプタイルAIを掌握……しました」

スプリガンが地上に降り立つと何かを探すように全周囲を見回した後、移動を開始する。

『ムギチャン……リッチャン……ミオチャン……アズニャン』



桜が丘高校の体育館で、放課後ティータイムのメンバーは唯抜きの演奏を行っていた。
学校の放送設備は何とかオタコンが掌握し、校舎内にある全てのスピーカーを解放して
スプリガンに向けて曲を演奏しているのだ。
律も澪も紬も梓も、自分たちが音楽を奏でる事が
唯が興味を示す事であり大好きな事なのだと確信していた。

1曲目を歌いきると梓はMk2に聞いた。

「どう……ですか?何か変化ありま……」

『すごい!すごいよみんな!催眠音波が止まった!

スプリガンのセンサー郡に君たちの演奏が引っかかったんだ!』
オタコンは興奮していた。無理も無い。

「えへへへ」

梓が照れくさそうに笑う。

「よし!ジャンジャン演奏して唯の目を覚まさせるんだ!」

律がドラムのスティックを振り上げる。
メンバー全員が揃って頷く。

「よし次は筆ペンボールペン、行くぞ!」



オタコンは催眠放送が止まったこの時を待っていた。

「スネーク!起きてくれ!スネーク!」

『ぐう……むにゃ』

通信を入れるも効果が無い。
放送が止んでも催眠効果は持続するのだ。
現にオタコンもサニーに電撃を与えられ半ば強制的に目を覚まさざるを得なかった。
スネーク体内にあるナノマシンが正常に稼動していたのは幸いで傷口はだいぶ塞がり、ダメージも回復しているようだった。

「……しょうがない……恨まないでくれよ」

オタコンは放電スイッチを押した。スネークの体に衝撃が走る。
ミラーにダメージを与えたあの電撃だ。

「ぐああああああああ!」

放電がおわるも、スネークはぐったり横たわったままだ。
体からプスプスと細い煙が立ち昇る。

「だ……大丈夫かい?スネーク」

オタコンが恐る恐る聞く。

「うう……オタコンか……」

「目を覚ましたんだね!良かった!」

「次は……もっとマシな方法で起こしてくれ……いつか心臓が止まりそうだ」

スネークがゆっくり半身を起こす。

「頭がひどくボンヤリする。状況は?」

「スプリガンを何とか出来るかも知れない。すぐにスプリガンの元へ向かってくれ。
何が起こってもいいように彼女の傍にいて欲しいんだ」

「ああ、詳しい話はそっちに向かいながら聞く。場所を教えてくれ」

スネークは頭を振ると銃を拾い出口に向かって走り出した。



唯はレプタイルを抱いて白い空間を走った。夢と現実の狭間で彼女は息を弾ませる。
頭に届く音が次第に大きくなる。
ドラムの音がビートを刻む。ベースがラインを敷く。ギターとキーボードがメロディーを奏でる。
自分もその音の波に飛び込みたかった。

「ゼロAI平沢唯二、駆動制御機関オヨビ視覚野ガ制圧サレマシタ。機能ノ委譲ヲ行イマス」

白い空間がパァっと開き、外の視界が360度一気に開ける。
ちょうどそれは唯の通学路だった。視界が開けると唯の走るスピードがぐんと上がった。

そういえば、入学式の時もこの道を走った。
何かしなきゃ
何をすれば良いんだろうと思いながら
このまま大人になってしまうのかな……と焦りながら。

機械の足がアスファルトをえぐって足跡を残す。
ガードレールがひしゃげ引きちぎられる。
脚が引っかかって街路樹が根元から倒壊する。

大丈夫だよとあの時の自分に言い聞かせる。
すぐに見つかるから。自分にも出来る事が、夢中になれることが。

踏み切りを飛び越え、商店街を走り抜ける。

自分には帰る場所がある。
そう、自分にとって大切な……大切な場所が。

ミラーは不測の事態に戸惑いを隠せなかった。
当初、入力していたスプリガンの移動コースが修正され桜が丘高校へ向かうようデータが上書きされているのだ。
こちらからの要請は受け入れられず正に暴走という状態に陥ってしまった。
各AIのやり取りは活性化の兆を見せており、ママルAIと唯が交信を行った後
レプタイルが唯に掌握されたのだという事が分かった。
唯は半覚醒状態にある。
完全に目覚めてしまえばゼロAIとの神経接続が途切れ、スプリガンは待機モードに移行するようプログラムされていた。

「俺達の部隊は直ちにスプリガンを追う!催眠効果はまだ持続中だ、スプリガンを再起動させる!
残り1機の月光も俺達のトラックに並走させろ」

退避命令が出ていた月光もその場でぴたりと止まり向きを変える。
重々しい雄たけびを上げるとトラックを護衛しながら移動を開始しだした。

「唯を解き放ったのは……ザ・ボス……アンタなのか?」

擬装トラックはタイヤを軋ませながら180度ターンすると、もと来た道を猛スピードで走った。
心にモヤモヤとした気持ちを残しつつミラーは邁進するスプリガンを追った。



誰もいない体育館のステージで、澪は歌う。
恥ずかしがり屋の澪が、あらん限りの声を出してがむしゃらに。
細い首筋からは汗が流れて、それをぬぐう事もせず全力を曲に注いだ。
澪だけではない。
律も、紬も、梓も自分の音を全力で奏でる。
こんな時なのに、世界中の人間が眠ってしまっているのに
彼女たちは言い知れぬ幸福感に満ちていた。

彼女たちは決して、超能力者でもなければ預言者でもない。
けれど信じる事が出来た。

今、自分がやるべきことは歌を歌う事なのだと。

地響きが遠くから聞こえる。
律がニッと笑みをこぼす。

彼女の足音だ。
それはだんだん大きくなってきて、足にビリビリと振動が伝わる。
巨大なものが自分たちに近付いてくるのだ。

最後のメロディーラインを奏で終えると同時に体育館の側壁をぶち破り
彼女は姿を現した。

『やった……奇跡だ……奇跡だよ……』

Mk2がマニュピュレーターと小さな液晶画面をパタパタさせながら喜ぶ。

『ゼロAI接続者トノ神経接続断絶。緊急停止シマス。オツカレサマデシタ』

半身を体育館に突っ込んだスプリガンは、廃熱蒸気を排出すると動かなくなった。

『今だ!』

Mk2がスプリガンに近付く。それを見ていたメンバーたちも走ってスプリガンの所へ走った。
足元にある緊急用のコックピットハッチにオタコンはMk2経由でデータを入力する。機械音とガスが抜ける音が鳴り、コックピットが開いた。

「唯!」

「先輩!」

ヘッドギアをつけた唯はギー太と一緒にぐったりしていた。律と梓は、コックピットによじ登る。澪と紬も心配そうにその様子を見守った。

「唯!しっかりしろ!唯!」

律が唯のヘッドギアを外す。

「先輩!返事をしてください!」

梓は涙を流しながら唯の肩を揺らした。

「うう……あずにゃん?……りっちゃん?……」

唯がゆっくりと手を伸ばす。

「ああ!そうだぞ!私だ!部長だぞ!」

律は唯の手をぎゅっと握った。

「あ……あずにゃん……」

「何ですか……ぐすっ、唯先輩……」

「軽音部のこと……ぐふっ!……よどじぐで……あふっ」

「先輩!どうしたんですか!?先輩!!」

「私は……もう駄目だよ……自分で分かるもん……軽音部最後の星は……げふっ!あずにゃん、あなたよ……」

「おい唯!しっかりしろ!唯!」

唯の手はするりと律の手を離れ、紐の切れた操り人形のようにガクッとうな垂れた。

「先輩?……唯先輩?……ぐすっ……ぐすっ……返事をしてください……ぐすっ、唯先輩!!!!」




「なーんちゃってぇー」

「え?」

唯が顔を上げぱぁっと笑う。律と梓は目に涙をためたままポカンとしていた。

「いやぁ~、こんなチャンス滅多に無いからねぇー。こー言うの一度やってみたかったんだぁ~」

「……じゃあ先輩……何とも無いんですか?」

「うん!大丈夫だよぉあずにゃん!」

唯はあっけらかんと笑っている。下で見ていた澪とムギも目が点だ。

「じゃあ、あずにゃん!早速復帰祝いのムチュチュ~」

口を蛸のように尖らせて梓に抱きつく。カウンターで梓の平手打ちを食らう唯。

「あ、あれ?」

「……お前が悪い」

律はジトッとした表情で唯を見つめ、むんずと唯の襟をつまむとコックピットから引きずり下ろした。



「えへへぇ~、ただいま~みんな」

頬に紅葉マークをつけた唯はいつも通りだ。

「はぁ……心配するだけ損したよ……でも、何も無くて良かったな」

澪が笑う。

「えへへ~ごめんねぇ」

「唯先輩は緊張感に欠けてます!この状況下でありえないです!」

「まぁまぁ梓ちゃん」

梓もプリプリ怒っていたがどこか嬉しそうだった。なだめる紬にも何時もの笑顔が戻る。

『感動の再開を喜んでもらってるところ悪いんだけど……』

Mk2が輪になって喜び合う彼女達に近付き会話に割ってはいる。。

『1つお願いがあるんだ。君達にしか出来ない事だ』

「何だよ?唯を助けるの手伝ってくれたんだ、出来る事があったら手伝うぜ」

律がMk2に向かってニッと歯を見せる

『君達にもう一度、歌を歌って欲しいんだ』

「歌?」

『それも、全世界に向けてね。我ながら科学者らしからぬ作戦だとは思うけど、僕は君たちの可能性を信じてる』



オタコンがMk2経由でスプリガンの起動データを書き換えている間、
メンバーたちは音楽機材とMk2の接続、楽器の移動を行っていた。
オタコンの話によれば唯の歌は普段の声とは性質がやや異なり脳を活性化させる効果があるのだという。
その能力とスプリガン、そして愛国者AIの力があれば、
今世界中で起こっている現象の逆の事が出来るかもしれないと、彼はそう言うのだ。
自分達の歌声で世界が目を覚ます、何ともスケールの大きい話だ。

「ねームギちゃん、本当に上手くいくのかな?」

ギー太を抱いた唯が心配そうな顔でキーボードのセッティングを行っているムギを見つめた。

「不安なの?唯ちゃん」

「う……うん」

唯は足をもじもじさせている。

「大丈夫よ、唯ちゃんは1人じゃない。私達も一緒よ」

「……ありがとう……ムギちゃん」

「これが終わったら皆でお菓子を食べましょう。もちろん、オタコンさんもジョン先生も呼んでね」

「……うん!」

唯はどうやら吹っ切れたようで、力強く頷くとまた機材を運び出した。



「ハル兄さん!これ!」

オタコンと一緒にスプリガンのデータをいじっていたサニーがモニターの1つを指差す。
サニーがスプリガン経由で国境無き軍隊の指揮車にハッキングを仕掛けたのだ。
発見した敵のGPS地図によると彼らはこの高校に向かってきており、ご丁寧に月光を1機引き連れている。
後数分もすれば桜が丘高校に到着するだろう。
スネークがこちらへ急いでいるがこのままでは間に合わない。

「サニー、指揮車両の完全な掌握はできそうかい!?」

「だめ……指揮車両には強力なプロテクトがかけられてて覗き見するのがせいいっぱいなの……」

「そうか……いや、まだ手はある」

オタコンは1つウィンドウを開くと指揮車両であるトラックを経由せずスプリガンから直接月光にアクセスを開始する。
指揮車両が破壊されても月光がスプリガンを護衛するよう、この両者にもネットワークが形成されているのだ。
月光のAIモードを指揮車の護衛からスプリガンの護衛に変更し、敵認識項目に指揮車両のコードナンバーを入力する。
指揮車から月光へのAI上書きの時間が約5秒。
その表示はを見たオタコンが口元を緩めた。

「5秒もあれば十分だっ!」

オタコンは迷わず手元のエンターキーを押した。

トラックと並走していた月光がオタコンの発信した信号を受理、敵として認識したトラックのどてっぱらに強烈な蹴りを入れる。
トラックは勢いをつけたまま180度回転してガードレールを突き破り雑居ビルに激突した。
車両は大破し、司令塔としての機能が完全。
主をなくした月光は咆哮を上げるとその場で待機モードに移行した。

「やったぞ!指揮車両は機能を停止した!」

オタコンは額ににじみ出た冷や汗を拭った。

「急ごうサニー!プログラムの修正箇所はまだまだある」

世界有数の天才科学者達は再びキーボードを指先で叩き始めた。



演奏の準備が急ピッチで進む。
エフェクターとMk2を繋ぎ各楽器の調整を行う。
唯は開放したままのコックピットに乗り込みヘッドギアをつけた。
勿論、ギー太も一緒だ。

「ほんとにもう一度乗って大丈夫なんでしょうか?」

Mk2でオタコンが作業していると不意に梓に声をかけられた。

『ああ、今までは彼女が眠っていないとシステムは作動出来ないようにプログラムされてたんだけど、
逆に脳が活性化しているときでないと動かないよう、データを書き換えてるところだ』

「あの……そういう事じゃなくて」

『暴走の事かい?そんなことはもうしない。彼女がそんな事を望まないのは君たちが一番良く知ってるはずだ』

「……そう……そうですよね。すいません、変なこと聞いちゃって」

『……あの子はいろんな人に愛されてるんだね。羨ましいな』

「おーい梓!曲目きめるぞー!」

「あ、はーい!」

律に呼ばれ梓はMk2に小さくお辞儀するとそっちの方にトコトコ走っていった。

メンバー全員が揃って何を歌うか相談する。

「全世界に歌が流れるんだからな!ここはババーンとヘビメタ調で!」

「律先輩……そーいうジャンルの曲やったことないでしょ……澪先輩も何か言ってやってください」

「全世界……世界配信……あわわわ……」

澪は律と梓の会話を尻目に1人カタカタ震えていた。

「おいおい、大丈夫かよ……」

そんな彼女達を横に唯は自分たちが練習してきたスコア表と睨めっこしていた。

「よし!」

唯は1人大きく頷くと紬が持ってきた洋楽のアレンジスコア集のある1ページを開きメンバーに見せる。

「私これがいい!」

「ほぉ」

「へぇ」

「うん」

「まぁ」

各々が唯の開いたページを見て声を出す。
練習に何度か演奏した曲だ。皆が顔を見合わせ頷く。
曲目は決まった。

各々が指定の位置に立つ。
体育館の側壁を突き破ったメタルギアのコックピットを取り囲むように彼女達は配置された。
何時もと違う立ち位置が少しもどかしい。
梓は2,3回弦を弾き梓がギターの調子を整え、ふとコックピットを見上げた。
唯がヘッドギアをつけギー太を抱いている。えもいえない緊張感が梓の中に広がった。

「梓」

「はっ、はい!」

急に澪に声をかけられ裏返った声で返事してしまう。

「頑張ろうな」

澪が持つピックが少し震えているのを梓は知っていた。そんな状況なのに澪は梓のことを気に掛けてくれる。嬉しかった。
そして、それ以上に彼女や他のメンバーたちに恩返ししたいと言う気持ちで一杯になる。
今出来る自分の最大の恩返しは……考えなくても分かる事だ。

「はい!私精一杯演奏します!」

梓の元気の良い答えに澪は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑みを取り戻す。

「ああ、最高の演奏にしよう!」


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