「梓!そっちはどうだった!?」

「駄目です……みんな眠っちゃって……体を揺すっても起きなくて」

軽音部のメンバーは校門前に集まりこの街に起こった怪現象に戸惑いを隠せずにいた。
生徒も、先生もそれどころか街の住民が寝息を立て、テレビからは唯の声が延々と流れている。

「唯ちゃん……大丈夫かな」

紬がスカートのすそをぎゅっと握る。
澪は電柱にへたり込みぽろぽろと泣いていた。
律が慰めようとするも、どう声を掛けていいのか分からず出しかけた手をそっと引っ込めた。

「先輩!あれ!」

梓が指差す校門の方からラジコンのようなロボットのような物体が近付いてくる。
足にローラーがついているのか、あっという間に小さなロボットは軽音部の前にやってきた。
ディスプレイが開き、画面に1人の男が映る。
白衣を着てメガネを掛けた科学者のような出で立ちの男だ。

『君達……軽音部の部員だね?』

「な……何もんだ!」

律は警戒している。他のメンバーも怯えていた。
この状況下では無理も無い。

『僕はハル・エメリッヒ。スネーク
……いやジョン・コジマの友人だ。

僕の事はオタコンと呼んでくれてかまわない』

「ジョン先生の友達!?なぁ、唯はどうなった?大丈夫なんだろうな!」

律がMk2に掴みかかり機体をぐらぐら揺らす。よほど心配なのだろう。

「あああああ、揺らさないで!バランサーがおかしくなる!」

律がぱっとMk2から手を離す。

「ふぅ……平沢唯の安全は大丈夫と言えば大丈夫だ。
今彼女は夢を見てる。覚めない夢をね、この放送が証拠さ」

「夢?何のことだよ!」

オタコンは現在平沢唯が置かれている状況、そして彼女の能力
スプリガンについて出来るだけわかり易く簡潔に彼女らに伝えた。

何かの手がかりなればいい。
藁にもすがる思いだった。



唯がシュークリームを食べ終わると不意にペタペタ床を這うレプタイルの方を見た。
依然として白い空間の中である。

「いい事思いついた!ねえ、レプタイル」

イグアナが首を唯の方に向ける。

「ハイ」

「あだ名をつけてあげるよぉ」

「アダナ?」

「そう!」

「ソノヨウナ言葉ハ登録サレテオリマセン」

「うーんと、要するに名前みたいなもんだよ!仲良くなりたいなーって思った時にはこの名前で呼ぶの!」

「……理解シタ」

「えーと、じゃあねぇ……あなたの名前はレプ五郎ね!可愛いでしょう!?よろしくねレプ五郎!」

「カワイイ……レプ五郎……」

「気に入らなかった?」

「……認識シタ」

「そっかぁ~よかったぁ。あ!ザ・ボスのあだ名も考えて……」

「……私はそのままでいい」

ザ・ボスはそう言うと唯の方を見た。
目つきが鋭い。

「ボーちゃんって言うんだけど……ダメ?」

上目遣いでぶりっ子してみる。

「……私はそのままでいい」

失敗だった。

「あの……司令」

擬装トラックの中で通信兵がミラーを呼び止めた。
今から港へ向かい国内からの脱出を企てる所である。

「どうした?」

モニターの方へミラーが近付く。

「これ……どう思われます?」

兵士が指差す先には各AIの動作状況を示す画面が開かれていた。
AIママル、AIゼロ。そして……AIレプ五郎。
各AIの表記は確かにそう書き換わっている。

「ウィルスか?」

ミラーは苦虫を噛み潰したような顔だ。

「いえ、外部からの干渉ではないと考えられます。表記が変わったのは今から1分前。
ゼロAIつまり平沢唯がレプタイルAIに相互干渉を促した形跡があります」

3つのAIはデータを常に断片的に共有し、個々の自我を保ちながら互いにバージョンアップを繰返す。
特にママルとレプタイルは大脳と小脳のような関係にあり、情報交換が顕著だ。
しかしこの唯による奇妙な干渉はイレギュラーな事態だった。
干渉しなければ唯の催眠音波は外部に発信できない。

「撤退の準備を急ぐ。この先何が起こるか想像がつかん。
ショッピングモールに残るスプリガン及び全部隊も、迎えの船が来る前に港に移動させろ」

「了解、スプリガンには港への進行ルートを送信してあります。
彼女の脳波も固定されています。問題ありません」

ミラーはそっとレプ五郎の文字を指でなぞる。

「問題ありません……か……嫌なフラグだ」



「じゃあ、唯は蟹の化けモンの中でグーグー呑気に寝てるって言うのかよ?」

『あわわ、また!揺らさないで!壊れちゃうよ』

律は興奮気味に再びMk2をゆさゆさ揺さぶった。

「唯を……唯を助ける方法は無いんですか!?どうやったら目を覚ますんですか!?」

がっくりとうな垂れていた澪もほんの小さな変化に希望を託し、オタコンに詰め寄った。

『彼女の眠りの状態は特殊なんだ。
放送を聞く限り睡眠の誘発と食欲中枢に何らかのショックを持続的に与えられ続けてる。
別の要因、つまりそれ以外の大きなショックを彼女に与えないと彼女は目を覚まさない』

「あの……1ついいですか?」

梓がおずおずと手を上げる。

「もし仮に唯先輩がその眠りから覚めたらどうなるんですか?……まさか死んじゃったりしないですよね!?」

『それは大丈夫だと思う。ゼロAIは浅い眠りの時、つまりノンレム睡眠時意外の脳波を送り続けると
システムエラーを起こすんだ。システムは搭乗者の精神汚染を最優先で保護するようプログラムされてるからね。
ゼロAIが停止すると相互情報伝達が不可能になり、ママルとレプタイルは機能を一時停止するだろうけど
……問題が1つある』

「問題?」

「彼女にどうやってショックを与えるかさ。

スプリガンはイングランドじゃ「宝を守る番人」とも呼ばれている。
その名前を冠したこのメタルギアは守りに特化したAI兵器だ。仮に核爆弾が頭上で爆発しても各AIは作動し続ける。
仮に僕が乗ってるノーマッドで特攻をかけてもキズ1つ付けられない」

「あの~私からもいいですか?」

今度は紬が小さく手を上げる。

「外で起こってることは唯ちゃんには伝わるんですか?浅い眠りの時って、外の影響を受けやすいじゃないですか。
夢を見たりするのってその時ですよね?」

『感覚器官を司るレプタイルと相互情報交換をしているから少しは入ってくるだろうけど……
受け取り手側の平沢唯が興味を示すものじゃないとゼロAIはそれを受け取らない』

「それって、唯が興味を示す事をすればいいって事?」

澪が顎に手をやって何やら考えているようだ。

『そうだよ……けどそれは不可能に近い。彼女の脳波、放送を分析する限り彼女はあの夢から出たくないはずだ。
あの世界で不変を望んでる。好きなものを好きなだけ食べる。
平沢唯の資料には菓子類が好物とあるし、それを壊すなんて僕には無理だ』

Mk2が首を横に振る。
しかし何故か4人の表情が次第に明るくなる。
示し合わせたように互いに顔をみて頷きあっている。

「あんたはさ、機械とか科学の事よく知ってるのかもしれないけど、私らは唯の事を誰より知ってるつもりだ。
私は……私達は今出来る事をやる。
ジョン先生にそう教えてもらったんだ」

『俺は俺が出来る事をする、だから君は……君が今出来ることをするんだ』

スネークの言葉が律の心にはちゃんと残っていた。
律がそう言うと、澪も紬も梓も力強く頷いた。
オタコンだけは何をこれからするのか分からない。

「君達……これからどうする気なんだ?」

「手伝ってよ、今この街で起きてるの私らだけなんだからさ!」

放課後ティータイムのメンバーが校舎に向かって走り出す。
オタコンはわけが分からないまま彼女達の後についていった。



夢の中では時間の概念があやふやな様に、唯もまた時間と言う概念を無視しながらケーキをほお張り紅茶をすする。
ケーキは現在110個目に突入していたがその数を把握しているのはレプタイルだけだった。

「平沢唯」

「ふぁふぃ?」

対面に座るザ・ボスが急に口を開く。

「お前は何に忠を尽くす?国か?恩師か?名誉か?思想か?」

「ちゅう?」

「何を信じるか、と言うことだ」

ケーキを口に運ぶのをやめ、眉をへの字にして唯は考える。
そんな事を考えた事が無かった。
普段難しい事を考えないせいか頭から湯気が出る。

ふとどこかで、何かが聞こえた気がした。
唯の中で何かがコトコトと動いた気がする。
そしてその正体がザ・ボスが出した質問の答えのような気がした。

「何だろう……音が聞こえる……」

かすかに聞こえた音の断片が次第に輪郭を現す。
それらは繋がり、交わり、重なってひとつとなる。
はっと唯は顔を上げた。
この音が何なのか知らないはずが無い。
毎日聞いた、あの音の波を。
毎日弾いた、あの弦の感触を
毎日叫んだ、あの歌を

唯は急に立ち上がる。

見つけたのだ、自分なりの答えを。

「分かったよ!ザ・ボス!歌うこと、歌う事だよ!」

「歌う事?」

「うん!好きな事してると、あぁ~!生きてるぅ~!って感じするでしょう!?」

唯は急にそわそわしだす。
この場所にはケーキと紅茶しかない。
聞こえる音はどんどん大きくなってきているのに、何も出来ないジレンマが唯を襲った。

「じっとしていられない……と言う顔だ」

「うん……演奏したい!1人でじゃなく、みんなと!」

「そうか……いいだろう。ならレプタイルを連れて走れ」

レプタイルはくるりと顔をザ・ボスのほうへ向ける。

「ママルAIザ・ボスの提案ヲ、処理能力過多ノタメ放棄シマス。平沢唯二コノ件ヲ委譲」

「行くよ!私!」

唯は地べたを這っていたレプタイルを抱き上げる。

「ありがとう!あ、ザ・ボスその紅茶あげるよ!」

唯はレプタイルを抱いて曲が流れてくる方向へ走り出した。

ザ・ボス、正確には彼女の精神を模したAIはそんな唯の背中を見ながら自分が何に忠を尽くしてきたのか考えた。
生前ザ・ボスは任務に忠を尽くした。
けれどその生命最後の感情は、自ら銃を捨て歌う事だった。
最後の記憶はミラーが加筆したデータだ。
ママルポットのオリジナルを搭載したピースウォーカーの最後。
自己犠牲の果てに世界に平和を願い、歌を歌った。
平沢唯もまた同じように歌いたいのだと言う。
それを何故か暖かいと感じる自分がいる。
なるほど、これが嬉しいと言う事なのかもしれない。

唯の紅茶に彼女は手を伸ばす。
暖かかった。

「……おいしい」


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