ノーマッド機内でオタコンは愛国者のAIが国境無き軍隊に掌握されるのを確認した。
しかし、それだけでは彼らの勝ちではない。
この先にまだ何かあるのだ。

「ハル兄さん……」

「大丈夫だ、サニー。何とかしてみせる、希望を捨てちゃいけない」
オタコンはサニーを心配させないよう、優しく微笑んだ。

『こちら、ロイキャンベルだ。聞こえるか?』
ディスプレイ上のウィンドウに大佐の顔が映る。

「大佐、愛国者のAIが!」

『こちらでも確認した。それと、どのネットワークでもいいチャンネルを開いてみてくれ』

オタコンは言われるがまま適当なニュースチャンネルを開く。
そこに写ったのは崩壊しかけのショッピングモール内にある吹き抜けの屋内広場だった。
奥にはソリッドスネークらしき人物が横たわっている。

「何なんだ……これ……まさか……メタルギアの視点か!?」

『おそらくな。そしてこれは全世界の全メディアに流れている。
我々は専用のホットラインを解し、愛国者のシステムの外で通信を行っている。
だが他は、一般市民は愚か軍内部の一般事務コンピューターやテレビまでも完全に乗っ取られ
この映像が流れている。各交通機関、ガスや天然資源の一部のエネルギー供給もストップしている。
医療機関、一般航空は最低限運航出来るだけの余力は与えられているようだが、
それ以外は全てストップしていると考えていい』

テレビ画面の映像に事件の首謀者カズヒラ・ミラーが姿を現す。

『マスター……ミラー』

かつて同じ機関に所属したミラーを目にし大佐は言葉を失った。
画面の中のミラーがゆっくりと口を開く。

『かつて……ザ・ボスと呼ばれる1人の兵士がいた。
特殊部隊の母、伝説の兵士、祖国を売った売国奴、ソ連の地に核を撃った狂人……人によって解釈は異なる。
しかし彼女は確かに歴史を変えた。

かつて……ビッグボスと呼ばれる1人の兵士がいた。
ザ・ボスを殺し、祖国を捨て、あらゆるものに縛られない本当の意味での自由国家を作った。
彼は確実に歴史の流れを作った。

かつて……ゼロと呼ばれる男がいた。
愛国者なる組織を形成し世界を合理的なシステム下に置こうとした。
やがてその思想はAIへと引き継がれ戦争経済による需要の上に世界を構築した。
彼は確実に歴史の支配者だった。

しかし今俺達は、全てを失った。
冷戦が再び復活するのか、それとも世界大戦が始まるのか、誰も分かりはしない。
行く先を照らしてくれる指導者もシステムももはや存在しないんだ。
戦争経済は破綻した。
世界は新たな在り方を模索する』

『俺達は怖い。資源を求め、このどさくさに紛れ大国に飲み込まれるのが。
俺達は怖い。独立と報復を仰ぎ、小国に反旗を翻されるのが。
俺達は怖い。報復と報復の螺旋が。
俺達は怖い。不安定なこの片足立ちの世界が。

今、この世界に必要なものは何か?
それは混沌とした世界を法の下に裁ける公平かつ強力な力だ。
一言で言うなら

そう……抑止力だ。

かつてコールドマンが唱えた抑止力論とは違う。
機械が核を撃つんじゃない。人間が核を持つ事に意味がある。
人は核を……報復の為に、核を撃てるんだ。
皮肉にもコールドマンはそれを証明してしまった。
そしてその力を持つものは真の意味で公平でなければならない。
愛国者達が目指した完全な支配とは違う、国家と抑止力の完全なバランス。

……俺達は手に入れる。
国家間の政治的理由に左右されない国家と同様の……いや、それ以上の力を!』

オタコンはぎゅっと拳を握り締めた。

「何を馬鹿な事を……僕達は…僕達は銃を突きつけあう為に戦ってるんじゃない……」

『俺達が力を得るには愛国者のこのシステムと、もう1つ……必要なものがある』

オタコンがごくりと唾を飲み込んだ。

『世界中に点在するメタルギアの亜種、それらを強奪する』

「大佐……」

『ああ、一般回線は死んでいるが軍同士のネットワークは生きている。
直ちに国連軍を派遣し国境なき軍隊をこの世界から排除しなければならない』

大佐はすぐにでも連合軍を組織する勢いだ。

『と……その前にやっておかなければならないことが1つある』

ミラーはサングラスをくいと上げた。

『ここまで大口を叩いてきたが俺にとってはココからが正念場だ。
俺達が世界の法となるか、ただの笑いものになるかは「眠れる森の美女」に全てを託すしかない』

「何のことを言ってるんだ……」

『火の始末はちゃんとしたか?車は車道の脇に止めているか?
それが出来たなら次にお前たちが目覚めた時、世界は新たな時代を迎えた後だ』

ESP、ネットワークシステムの掌握、ゼロAI、平沢唯
そして……眠れる森の美女。

ピースがオタコンの中でカチリとはまる。

「駄目だ!大佐!!今すぐ家のブレーカーを落とすんだ!!!」

ディスプレイの中でミラーはチシャ猫のように、にやりと笑う。

『それでは皆様……良い夢を』



スネークがその重い体を起こしミラーの方に向き直る。
ミラーはスプリガンの方を向いていたが彼もまたスネークに視線を戻す。

『アーイースゥー!アーイースゥー!』

スプリガンが大音量で謎の言葉を発した途端ずしりとスネークの体が重くなる。
殴り合いのせいではない。
強制的に脳が動かなくなるという感覚だ。
強烈な脱力感にまぶたが痙攣する。
目を閉じれば確実に意識を失う自信があった。

「驚いたな、スネーク。ESP洗脳対抗訓練を受けているとは言えたいしたもんだ」

「何を……した……」

「平沢唯の脳の状態と、この声を聞いている全ての人間の精神状態を強制的にリンクさせる。
ゼロAI、そして愛国者のネットワーク、彼女の声が持つ能力をフルに使ってな」

「な……何だ…と?」

「平沢唯のESP能力はお前も知っているだろう。
自分の脳波を他者に同調させる声を持っていると。
彼女の能力は微弱だがゼロAIを介すことで出力を調節する事が理論上では可能だった。
メタルギアRAXAのデータが生きたんだ。
機械とESP能力者の相互運用に成功した数少ない事例だからな。CIAには感謝しなきゃならない。
ぶっつけ本番だったが……行動しない手は無かった」

より一層体へ睡眠への欲求が体を蝕む。
スネークは咄嗟に耳を塞いだ。

「無駄だ。この声は聴覚神経を骨伝導により刺激する。
その信号は脳の腹外側視索前野を介して入眠ニューロンの活性化を促す。
さらにニューロン間の低周波での同期を利用し、平沢唯が置かれている浅い眠りノンレム睡眠状態へ一気に移行させる。
俺達MSFには聴覚神経にこの信号が入った時それを遮断するナノマシンが注入されてる。
この世界で今起きてるのは一部の医療関係者と航空旅客機のパイロットそれに俺たちだけだ」

スネークは白目を向いていた。
ミラーが何を言っているのかもはや理解できない。
限界だった。

「彼女が眠れば世界も眠る」

ミラーは倒れたスネークの前に立ち見下ろした。

「スネーク、俺はこの世界を変えてみせる。目覚めを楽しみにしておけ」

そう言うとミラーはスネークの前から姿を消した。
その後ろ姿を見たが最後、彼の意識は深い闇の中へと落ちていった。




サニーはパソコンの前に突っ伏して眠っているオタコンを見上げていた。
画面上ではロイキャンベルが同じように机の前に突っ伏して寝息をたてている。
オタコンと大佐が眠っている理由は今も尚、世界中に流れ続けているこの平沢唯の声のせいだというのは分かる。
しかし、サニーは何故自分が起きていられるのか不思議だった。
幸いノーマッドは自動飛行中である。
しかしこの状態をほおっておくのは不味かった。

「ま、まずは……ハル兄さんをお、起こさなきゃ……」

オタコンの服のすそを持ち、ぐいと引っ張る。
ぐにゃりとオタコンがサニーに覆いかぶさりそれを必死で受け止めると
よたよたとした足取りでオタコンを床に寝かせた。
オタコンが座っていた席にサニーは座り平沢唯の声紋と分析データを解析する。
原因と思われる複数のファクターを除去するフィルタープログラムを突貫工事で進めた。

データには既に目を通していた事もあり見る見るうちにプログラムが組みあがった。
システムをスパコン内ですぐさま実行すると今度はオタコンの横へ行く。

「ハル兄さん……起きて……ハル兄さん」

「う……サニー……目玉焼きはもう食べられないよ…むにゃ」

オタコンは体をゆすっても起きなかった。
口から出るのは寝言ばかりである。
GABA作動系神経が抑制状態で固定されているのが原因なのだろう。

サニーは機内の奥からメタルギアMk2の予備機Mk3を持ち出した。
赤いカラーリングのMk3のコントローラーを持ち動作確認をする。

「これなら……いけるかも」

Mk3からマニュピュレーターが伸び青白い火花をぱちぱちと鳴らす。

「え、えいっ!」

オタコンにマニュピュレーターが触れ、陸に打ち上げられた跳ねる魚のようにビクンと体がうねった。

「うわぁああああああああ!!」

「ハル兄さん!」

「え……あ……あれ?僕は何してたんだっけ?あ、サニーおはよう」

「おはようじゃない、大変。みんな眠っちゃった」

「眠ったって……僕は……そ、そうだ!ミラーは!?」

オタコンはずれたメガネを直しモニターを確認する。

『ショートケーキィー、モンブラーン。アハハハハァー、ウフフフゥー』

テレビのチャンネルはどの局からも呪文のような声が流れていた。
スプリガンはショッピングモール屋上にて不気味な笑い声を上げ続けている。

急いでオタコンは世界の状況を確認した。
メディアが溢れかえる各国の首都圏は完全に沈黙し
軍事基地も満足に機能しておらずパニックを起こしている状態だ。
あの演説は軍関係者を釘付けにする罠だったのだ。

考えうる中で最悪に近い状況である。

スネークが意識を失う直前までの会話も勿論耳を通す。

「何てことだ……」

いくつかの基地は襲撃が始まっているらしく、運良く催眠放送を聞かなかった兵士も
音響装置と共に進軍するテロリストに手も足も出ない。
対生物兵器装備でも音の攻撃には成す術が無いようだ。
今すぐに状況を打開しなければ世界はミラーが望む世界が待っている。

人類の歴史のターニングポイント、今まさにオタコンの肩にそれが圧し掛かっていた。

「考えろ……考えるんだ……」

オタコンは頭を抱えた。
スネークならこの状況にどう立ち向かったのだろう、そんな事を考えてしまう。

「ハル兄さん……どうなっちゃうの?」

サニーにはいつも心配を掛けてしまう。
自分が彼女を守らなければならないのに、先ほども彼女の手によって目を覚ます事が出来た。
サニーがいなければ今頃は……

「……あれ?」

おかしい。
1つの疑問がぶくぶくと音を立てて膨れ上がる。
オタコンはサニーの方を見た。
サニーはきょとんとしている。

「サニーは……どうして眠らなかったんだ?」



平沢唯は白い空間にいた。
空も床も周りの空間も全て白い。
ただ1つ白いテーブルがありその上には色とりどりのケーキと紅茶が並んでいる。

「もぐもぐ、あぁ~幸せぇ~!こんなに沢山のケーキがあるなんて夢みたいだよぉ」

ケーキはいくら食べてもなくならず、お腹もまったく膨れない。
彼女にとっては夢のような場所だった。

口元がクリームまみれの唯が顔を上げると、テーブルの向かいに凛々しい顔をした女性が座っていた。
体にフィットするその白いスーツは普通の服には見えず、戦闘用に開発されたもののようだ。
そして床を見ると緑のイグアナがぺたぺたと地面をはっている。

「相互リンク各AI安定化、現状態デ固定シマス」

イグアナが急に口を利き唯は目を輝かせた。

「わぁ!このイグアナ喋るよ!凄いね!」

「彼はレプタイルよ、スプリガンを動かしているのは彼」

向かいに座った女性が口を開いた。

「へぇーそうなんだー。
すぷりがんが何なのか良くわかんないけど……あ!これ美味しそう!あむっ、もぐもぐ」

唯はシフォンケーキを頬張る。

「もぐもぐ、あなたの名前は?」

唯はテーブルに身を乗り出す。
ケーキと紅茶カップを乗せた皿がカタンと踊る。

「私はザ・ボス」

「変わった名前だねぇ~。えっと、私は平沢唯!よろしくね」

にへらと笑うと唯はまたケーキやアイスクリームの虜になった。


サニーはあの平沢唯が発信源の催眠音波を聞いても眠らなかった。
その原因をオタコンはひたすら考える。
世界中の人間とサニー、何がこの結果を生んだのか。
生まれ持った体質なのか、それとも別の要因か。
オタコンが考えを巡らせていると桜が丘高校の校門前で自動待機モードにセットしていたMk2のカメラが
生徒を偶然映した。
眠っているのではない、4人が何やら話し込んでいるようだ。
少し距離があり映像が鮮明ではなかったが、明らかに彼女らにはこの洗脳放送が効いていないようだった。

「何……だって?どういう事なんだ?」

オタコンはすぐさまMk2の待機を解除する。
カメラをズームし彼女らの輪郭を捉えたとき、オタコンは1つの答えに辿り着いた。

4人の生徒、それは律、澪、紬、梓だった。

「そうか……歌だ……」

オタコンはサニーに向き直る。

「サニー、君は彼女らの歌をずっと、それこそ何十回も聞いていたよね?」

「……うん」

「君が眠らなかったのは彼女たちの歌が原因だったんだよ!」

オタコンは興奮した様子でボイスサンプルを引っ張り出す。

「彼女の歌はノルアドレナリンやセロトニンの分泌を促すんだ。
彼女の歌を聴き続ける事でGABA作動神経回路が組み変わったんだよ!
だから同じ部で活動していた彼女たちも平気なんだ。
毎日彼女の歌声を聞くことで抗体をつけていたんだ」

「けど……それだけじゃ状況は変わらない……」

サニーは冷静だった。

「あ……そうか……そう、だよね」

そう、オタコンとサニー、女子高生4人ではどうする事も出来なかった。
各国で戦闘は既に始まっている上に愛国者の強大なネットワークはMSFの手中にある。

「いや、まだだ……諦めるもんか!」

オタコンはMk2のステルス迷彩を切る。

「出来る事をしよう!僕たちに出来る事を探すんだ!」


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