授業が始まってから20分過ぎた頃、チョークを持つスネークの指がぴたりと止まった。
首筋が粟立つこの感触をスネークは知っている。

「全員……机の下に……もぐるんだ……」

黒板に向かったままのスネークがそう促す。
生徒はいきなり何を言うのかと言わんばかりに首をかしげている。

「早く……しろ」

押し迫った迫力に生徒たちは困惑しながらも机の下に身を潜めた。
スネークはクラスメイトに背を向けたまま動かない。

と、同時にスネークの耳に通信が入る。

『スネーク!!ステルス迷彩だ!!』

刹那、教室の窓ガラスが砕け散り金切り声にも似た爆音と閃光が教室を包んだ。

ガラスを踏み砕く音、机の上を誰かが走ってゆく音、まぶたの裏に焼きつく白い閃光。
閃光弾は見事に教室の真ん中で炸裂した。

生徒たちは机の下でうずくまった。
直後である。

「ぐぇあ!」

空中にいきなり外骨格を身に纏った兵士が現れ生徒の机の上に落ちてきた。
何人かの生徒達が恐る恐るスネークの方を見る。他の生徒は目を瞑り耳を塞いでガタガタと震えた。

スネークは目に見えない何かと戦っていた。
円舞のように体を翻し何も無い空間に向かって掌底を打ち込む。
直後鈍い音がしてやはり強化外骨格を纏った兵士が壁に打ち付けられずるりと床に這いつくばる。
咄嗟にスネークは胸から拳銃を取り出しスプリンクラーを狙い撃った。
傘のように広がる消化用水がステルス迷彩に身を包んだ兵士達を映し出す。
唯の席の近くに1人、教壇の近くに1人、そしてナイフを振りかざし生徒の机の上からジャンプしてくる者2人だ。

ジャンプしてくる者1人に拳銃を2発叩き込む。
弾丸は強化外骨格の間接部分を打ち抜いた。
そのまま状態を前傾姿勢に移行させ飛び掛ってくるもう1人に向かいタックルを浴びせた。
その勢いで手を絡め取ると敵は手品のように回転した後、教壇横にいた仲間の方に投げ飛ばされた。
勢いのついた仲間を受け止め切れず、2人もろとも床と柱に頭をぶつけ意識を飛ばす。
スネークはそのまま机を踏み台にしながら走る。
唯の近くにいた兵士はスネークに向かって小銃を向けるが、スネークが撃つGSRの弾丸の方が正確かつ迅速であった。
小銃を弾丸で弾かれナイフを咄嗟に取り出そうとした所で敵兵の意識は途絶えた。

「頭を低くして非常階段から校舎の外に逃げろ!」

スネークがここにきて初めて叫んだ。
備え付けてある赤い防犯ベルの非常ボタンを押しけたたましいサイレン音の中、唯の無事を確認する。

唯は机の下で小さく震えていた。



生徒たちはよたよたと立ち上がり言われたとおり非常階段へ向かう。
ある者は泣き、またある者は腰を抜かしたまま動けずにいた。
ここにきて張り込んでいた私服警官が教室に到着する。

「後の生徒達のことは頼む、こっちは平沢唯の保護が最優先だ」

スネークが唯に近付く。

「大丈夫か?」

「あばばばばば、こわいよぉ~」

「ここから脱出するぞ」

「……う、うん。でも腰がぬけて……うっ、うわぁああ」

スネークは唯を小脇に抱きかかえると教室から飛び出した。
服の下に着込んだ筋力強化スーツがあるとは言え老体にコレは応えた。

「くっ!重い」

「わわわ、私太らない体質だよぉ~」



校舎出口の中程に来た頃だった。

「あ!ちょっとまって!」

急にジタバタする唯。

「どうした!?」

「ギー太!ギー太が!」

「諦めろ!今はそれどころじゃない!」

「でも!でも!」

唯は潤んだ訴えるような目でスネークを見つめる
その目は正に友人を置き去りにでもしたような表情だ。

ギー太!私の友達なんです!

彼女が自己紹介の時に言った言葉と満面の笑みを思い出す。

「クソッ!」

スネークはUターンして来た道を戻った。

「あ、ありがと~」

戻ってみると教室は空っぽだった。避難は迅速かつ無事済んだようだ。
スネークに投げ飛ばされノビた兵は手錠で柱に仲良く繋がれている。
恐らく駆けつけた私服警官がしてくれたのだろう。

「ギー太!」

唯はスネークの腕からするりと抜けるとギターケースに駆け寄りほお擦りをした。

「ごめんねぇ~ギー太。怖かったでしょ~」

その時、窓の外にスネークは違和感を覚えた。

「よけろ!唯!!」

「へ?」

ギターを持つ唯の体に銀色のマニピュレーターが巻きついた。
牛の鳴き声にも似た咆哮の後唯は窓の外に吸い込まれる。

スネークが窓から下を見降ろすとステルス迷彩を解いた二足歩行型AI兵器がスネークを
見上げていた。

「月光だと!」

「ほわぁああああああ」

唯はわけも分からず月光のマニュピュレーターのなかでバタバタ暴れている。



律とムギ、澪は他の生徒達と共に門の外まで逃げてきていた。

「はぁっはぁ……澪……大丈夫か……」

息も絶え絶え律は隣にいた澪に問いかけた。

「お父さん……ぐすっ、お母さん……えぐっ」

澪は恐怖のあまり大粒の涙を流しながら両親の名前を呼び続けている。

「り、りっちゃん!アレ!」

紬が校舎の方を指差す。
そこには巨大な二本足のAI兵器とジタバタもがいている唯の姿があった。

「唯っ!!」

律が叫ぶと同時に、月光はその巨体からは想像できない様な身軽さで校舎の外に移動していった。



窓からその様子を見ていたスネークだったが咄嗟にその場から教室奥へとジャンプした。
瞬間スネークが顔を出していた付近の窓枠がえぐれ轟音を立てる。
有蹄類を模したES細胞の足がそこにはあった。
校舎の壁面に別の月光が張り付き、強烈な蹴りを繰り出したのだ。

『奴ら……こんなものまで配備してたのか!』

オタコンが通信機の向こうで叫んだ。

「ごほっ、げほっ!……唯、唯は!?」

『追跡用サイファーで後を追ってる、月光と敵部隊が学園内から撤退を始めてるみたいだ!
ステルス迷彩を多用してるから正確な数は分からないけど実働部隊は少なくても2個小隊!
逃走支援の部隊がいるなら数はもっと増える!』

「最大敵戦力総定数を遥かに超えている!敵の狙いがわからない!」

スネークは窓から1階に飛び降りる。
校舎と平沢家の周辺には追跡用のバイクが数台用意されていた。

『これは制圧戦じゃない。この場合、敵にとってもっとも難しいのは撤退だ。
コレだけの部隊を国外に逃がす方法なんて思いつかないよ!
どう考えても不可能だ!海上航空封鎖の方が早い!』

スネークは一番近いバイクのある校門に向かって走り出す。

「オタコン!内閣府と防衛省に伝えろ!敵はココで戦争を始める気だ!」

敵は人質を取り立てこもる事を完全に放棄し予想を上回る兵力でで平沢唯のみに兵力を傾けてきた。
これはスネークと日本政府の完全な誤算だった。
対抗策が練られている要人誘拐は兵力を消費し尚且つ要人を外に逃がさなければならない。
しかし、部隊が大きい分小回りが利かず、島国である日本国内での撤退戦は絶望的であり
守りの薄い所を責め人質とって立て篭もった方が効率が良い。
そして立てこもり交渉するという事はそれだけスネークにとっては時間とチャンスがあるという事だった。

アウターヘブン、ザンジバーランドを単独潜入し陥落させた男にとって立て篭もりという状況はむしろ好条件であった。
しかし敵は兵力の要る撤退の出来ない不利な状況を最初から選んでいた。
スネークがいたから立て篭もりから強行突破にシフトしたのではない。

敵の目的は今だ不透明だった。



校門のところまで来るとスネークのもとに律が駆け寄ってきた。

「唯が!唯がぁ……うっく」

今までこらえていたものが一気にあふれ大粒の涙となって彼女の頬をぬらした。
スネークは律の肩にその大きな手を乗せた。
気丈な彼女の肩が小さく震えている。

「俺は俺が出来る事をする、だからお前は……今お前が出来ることをするんだ。
大切な時、感情に訴えかければ人はそれに飲み込まれる」

「じゃあ……えっぐ、私はどうすれば……えっぐ」

「今は友達の傍にいてやれ。胸を貸してやれ。それが終わったら感情に身を任せろ。
その時は俺がそれを受け止めてやる。けど今はその時じゃない」

そう言うと校門脇に止めてあるバイクにまたがりエンジンをふかす。

「絶対!唯を助けてやってくれ!私……何でもするから!!何でも言う事聞くからっ!!」

律が叫ぶ。顔は涙でくしゃくしゃだった。

「それじゃあ……そうだな、また歌を聞かせてくれ。いい歌だった」

ギアをかませ爆音と共にバイクは一瞬で遠くに見えなくなった。



桜が丘高校から少し離れた港に待機していたパトカーと装甲車、それに対テロ特殊部隊が向かっていた。
桜が丘高校襲撃が小波運輸のトラックから降りてきた兵によって行われたという情報が入ったのだ。
港には小波運輸が保有する大型貨物船が現在入港しており
ここ数日頻繁に出入りを行っていることが分かったのである。

プロテクターを身に着けた機動隊が地上で貨物船を見上げながら突入の合図を待つ。
それに呼応するかのように対テロ特殊部隊がヘリからロープを下ろし船尾に降下した。
次の瞬間。

巨大な咆哮とも機械音とも取れる地鳴りのような鳴き声が貨物船の中からこだました。
船のどてっぱらが轟音と共に破裂し紅蓮の炎が噴出す。

『オハヨウゴザイマス、今日ノ天気ハ晴レ。絶好ノ洗濯ビヨリトナルデショウ』

機械の合成音が辺りに響く。
そしてゆっくりとサナギから甲虫が脱皮するかのように六脚の蟹のような鉄の塊が姿を現す。
鋼鉄に覆われた蟹の化け物は先の合成音とは違う震え上がるような咆哮を上げ
船から装甲車やパトカーの止まっている方へジャンプする。
着地と同時にコンクリートがえぐれ地面にひびが入った。

『チャクチ成功、ショックアブソーバ二問題ナシ』

パトカーは玩具のように舞い装甲車は火花を散らしながら仰向けになって道路を滑走後、波止場の倉庫に突っ込んだ。

ガソリンの代わりに使われる穀物由来のアルコール燃料の臭いとゴムの焼ける臭いが当たりに充満する。
黒煙と白煙が混じるその中でアウターヘイブンの中で静かに眠っていた番人はその産声をあげた。

『行動レプタイルモジュール機動確認問題ナシ。付近ノ皆様、避難シテクダサイ』



猛スピードで月光を追うスネークの元に通信が入る。
『スネーク!スプリガンが現れた!大佐の資料の資料と一致してる』

「何だって!場所は!?」

『南方にある港だ!装甲車と警察の静止を振り切って北上してる!奴らここで愛国者のAIにアクセスする気だ!』

「馬鹿な!この場所でアクセスした所で社会維持のシステムをいじくれるだけだ、すぐに自衛隊に包囲されて終わりだぞ!?
軍事AIはナオミのウィルスによって完全に破壊されてる。
ガンズオブパトリオットはもう起こりえない!」

3次元での移動を得意とする月光であったが唯を抱きかかえているせいか、動きが鈍い。
唯の体に掛かるGに配慮しての事なのだろう。

「あははは~鳥みたい~ウフフフ~」

唯は恐怖のあまり現実逃避を行っているようだった。

「もう少しで追いつく!」

『スネーク!後ろだ!』

スネークが後ろを振り返ると月光の巨躯が空から降ってくる。
バイクのスロットルを全開にすると数センチ後ろを月光の巨大な足が機体をかすめた。
更にもう一体の月光が前方にある交差点に降り立ち下半身を回転させローキックを繰り出そうとする。

「うおおおおおおおおお!」

スネークはバイクを限界まで横に倒し、地面と体が接触しそうになるまで車体を低くする。。
タイヤの焦げた臭いと甲高いブレーキ音が響きバイクの進行方向が90度変わった。

前方に静止した小波運輸の大型トラックが見えた。
唯を抱いた月光がマニュピレーターを解き、それを合図にトラックから兵士達が降りてきて
唯をトラックの中に素早く運び込む。

『スネーク!あのトラックだ』

「分かってる!」

唯を降ろした月光もこちらに鳴き声を上げながら突進してきた。
3対1、分が悪い。

「先に月光を片付ける!近くに偽装バンはあるか!?」

『その道の50m先に白いバンが止まってる!武器はジャベリンとチャフ、それにM4』

スネークは白いバンを通り過ぎ少し先でUターンする。
月光3体と向き合う形だ。
そのままバイクを最高速にまで一気に加速させる。
一番前方にいた月光が脚部を振り上げスネークを狙った。
しかし、スネークは身を翻すとそのままジャンプし、巨躯を支える月光のもう1本の足に乗り捨てたバイクをぶち当てた。
鈍い音と共に月光がすっ転びスネークは路面を転がりながらもすぐに体制を建て直し
ハンドガンでバイクの燃料タンクを撃った。
小規模な爆発が起こり月光はそちらにセンサーカメラを向ける。
それを見届けるとスネークはバンに向かって猛ダッシュした。


4