放課後、軽音部部室である音楽室で唯と紬はダンボールを組み立てていた。

「大切なのは愛情だよっ!ムギちゃん」

「そうね、どんな素敵なダンボールが組みあがるのかしら~」

さながら小学生の工作が如きその姿を不可思議な眼差しで見つめるのは唯達より1年後輩の中野梓だ。

「何やってんですか?先輩」

「あずにゃん、ダンボールはね一体感が重要なんだよ!これで敵の目を欺くんだよ!」

「は、はぁ……というより敵って何ですか……」

梓はお菓子と紅茶が並べられた机にため息をつきながら向き直った。

「今日来た特別講師の先生に影響されちゃったみたいなんだ」

シフォンケーキを口に運びながら澪が言う。

「って、どんな先生ですか!ダンボールと外国語全然関係ないでしょ!」

「そうだな……一言で言うのは難しいんだけど……」

一方律は軽音部の隅にある物置の方をじっっと見ている。

「どうしたんだよ律、ボーっと物置の方を見て」

「いや……なんつーか違和感を感じるんだよ。どこか物置がいつもと違うような」

「ヘ……変なこと言うなよ……まっ、まさか幽霊!?」

澪は顔を真っ青にしてカタカタ震えだす。

「あ、私も確かに何か変な感じがするなって思ってたんです。どうしてだろう……」

梓も首を傾げる。

「あ!分かった!」、

「ヒィッ!!」

いきなり大声を上げた律に澪は驚きの声を上げる。

「あのダンボールだよダンボール。昨日までは無かっただろ」

「なるほど、昨日まではこのダンボールありませんでしたね」

梓も胸のつかえが取れて満足したようだった。

「おい唯、このダンボールちゃんと片付けとけよな」

「え~りっちゃん、このダンボール私のじゃないよ」

「じゃあムギお前のか?」

ムギも首を横に振る。

「となると……さわちゃんか……。まったく、これ以上荷物増やすなよな。邪魔だから奥にしまっとこうぜ」

ブツブツいいながら律はダンボールを持ち上げた。
箱はいとも簡単にもちあがり
律と部員たちが見たものは体育座りをしたジョン・コジマだった。
彼の頭にエクステンションマークがつく。

「な……何やってんの?」

律が顔に縦線を引いてジョンに恐る恐る聞く。
唯以外の部員たちもやや引き気味だ。

「紅茶の香りに誘われてやって来た。
良い香りがする、この香りは……珍しいな。カンヤム・カンニャムか」

「えっ……あっはい。家から持ってきたんです」

ムギは組み立てていたダンボールの傍を離れいそいそと立ち上がりジョンのカップを用意する。

「……この人が……特別講師のジョン=コジマ先生だ」

「変わってますね……どこかの国の風習でしょうか……」

澪は件のジョンを梓に紹介した。

ジョンは何事も無かったかのように席に着く。
ムギは丁寧に紅茶をカップに注ぐとジョンの前に差し出した。

「ありがとう。香りは1級品だな……味の方は……ダージリンに似ているが香りに深みがある。
ネパール特有のこの味は他の紅茶では出せない。それに入れ方も素晴らしかった。良いセンスだ」

紅茶を飲む老紳士のその姿はそれだけで絵になった。
先ほどの登場が嘘のようである。

「えっと、あの……それで先生、軽音部に何かご用事ですか?」

澪が恐る恐るジョンに聞く。

「音楽は素晴らしい。音が持つ様々な性質を組織し、利用し、感情や思想を誰も傷つけることなく訴える事が出来る。
国、宗教、指導者、文化、歴史……遺伝子が伝える事の出来ない想いを後世に伝える事の出来る不変の文化形態だ」

「は……はぁ」

「1曲歌ってくれないか?それを頼みに来たんだ。良い歌が聞けると聞いたんでな」

「えっ?あ、はい……私はいいですけど」

澪は他の部員に目をやる。皆も演奏する事に異論は無いようだ。

各々が指定のポジションに着き楽器を手に取る。
律がドラムのスティックを叩きリズムを取った。

「ワン・ツー・スリー」



曲が始まるとオタコンから通信が入る。ジョンは彼女らに気づかれないように小声で通信を開始した。

『演奏が始まったようだね、スネーク。順調に不審者としての地位を確立してるよ』

「平沢唯の声のサンプルはこれで取れる筈だ。大佐の資料だけじゃ不満だったのか?」

『各種機材やフィルターをかけるからね、生のデータが欲しかったし』

前奏が終わり唯がギターを鳴らしながら歌いだす。

『Mk2で歌ってる彼女達を科学的にモニタリングしてるんだけど、平沢唯はやはりESP能力者だ。
彼女の声をスペクトル解析その他諸々の機材を通して分析してるんだけど
彼女は自分の脳波を周りの人間に同調させる性質があるようだ。
言わば自分の感情みたいなもの周りに振りまくって事だね。
後、面白い事も分かった。歌を歌う時と普段じゃ声の性質が少し変異するみたいだ。
歌の方は聴くものの脳波を活性化させる働きがあるようだ』

「彼女は少々変わり者だが、皆に愛されているようだな。彼女の能力が理由か?」

『うん、ただそれだけが理由じゃないだろうけどね。彼女は幸運にも明るい性格だ。
諸所の事情が絡みあってこの環境や明るい性格があるんだと思う。
少しルーズな所があるらしいんだけど、見返りを求めない無垢な優しさを彼女は元々持ってる。
正直……彼女には僕たちの世界にあまり首を突っ込んで欲しくない』

「……そうだな……彼女たちには彼女たちの日常がある。
今回の事でこの日常を失わせたくは無い。それに……」

『それに?』

「いい歌だ」

『……そうだね。野暮な話は止めて今はこの歌を聞くとしよう』



桜が丘高校、平沢家の周りには日本政府の対テロ特殊法案の下
私服警官が多数張り込み密に防御網を布陣させていた。
スネークの作戦行動は日本政府も承知であり、情報提供を両者間で行い共同作戦を展開していた。

『おねーちゃん夜ご飯できたよ』

『おおっ~今日はハンバ~グだねぇ。ういは良いお嫁さんになるよぉ』

『えへへ~、言いすぎだよお姉ちゃん』

平沢家には多数の監視カメラと盗聴器がし掛けられ護衛班による監視が行われていた。

「年頃の女性の私生活を覗き見るというのは、あまり良い気分じゃないな」

平沢家の近くに止めた偽装バンの中でスネークは呟いた。
手元には英語の授業のカリキュラムが握られている。

『これも彼女のためさ』

偽装バン内にあるモニター越しにオタコンがスネークを諭した。

『テロリストがコードを奪ってもう7日経つ。コードを解き放つ鍵、平沢唯を放置すれば放置するほど
相手にとって状況が不利になる。メタルギアが見つかってもアウト、彼女を捕獲しそこねてもアウトだからね。
スネーク、夜は特に警備が厳重になる、今の内に車の中で休んでおいてくれ。授業内容もばっちりのようだしね』

「先生というのは大変だな。テロリスト相手の方が気が楽だ」

『意外と向いてるのかもね』

「冗談はよしてくれ……」

スネークはゆっくりと立ち上がり備え付けてある簡易ベットに寝転がると
すぐに深い眠りへと落ちていった。



翌日、スネークは各クラスの授業に四苦八苦しながらも生徒に英語を教えるというサブミッションを続行していた。
昼休み終了のチャイムが鳴る。5限目は平沢唯のいるクラスだ。

「ジョン先生は日本人なの?」

授業が始まる5分前、律は興味津々といった様子でスネークに問いかけた。
湧き出る好奇心を抑えきれない様子である。

「イギリス人と日本人のハーフだ。小さい頃から各地を転々としてきた。
母国と呼べる国は無いかも知れない。アラスカでの生活が少し長かったな」

「ね~ね~アラスカって鮭がおいしんでしょ?
いいなぁ~私も一度でいいからお腹いっぱいイクラご飯食べてみたいよぉ」

唯もいつの間にかやって来ておりじゅるりとよだれを垂らした。
彼女には人懐っこい子犬のような印象を受ける。

「鮭だけじゃないさ。タラバガニや甘エビなんかの魚介類が有名だ。
トナカイのソーセージなんかもある。
ジュノー産の黒ビールを片手に見たアラスカ山脈の夕日は今でも忘れない」

「いいなぁ~。ね!先生、いつか私もそこに行ってみたい!」

唯が目を輝かせて言う。
純粋な目だ。
汚れを知らない無垢な瞳に、スネークは目をそらしてしまいそうになる。

「行けるさ。望めば何だって叶う」

「うん!わかったよジョン先生!」

会話を断ち切るかのように授業開始のチャイムが鳴った。
生徒は急いで席につきスネークはオタコンから渡された教材を片手に慣れない教壇の前に立った。




『ラビット配置につきました』

「了解、作戦開始時間までその場で待機」

『了解』

小波輸送と書かれた偽装大型トラックの中には通信用のコンピューターと
強化外骨格に身を包んだ兵士達が小銃を構え乗り合わせた司令官の指示を待っていた。
その司令官は迷彩服を羽織って通信用のモニターを見ながらその時を待つ。

「国境無き軍隊」……彼らはそう呼ばれていた。

トラックの側壁に備え付けられてあるモニターには画質の荒い桜が丘高校の1室が写っていた。

「もう少し分かるように写せないのか?」

司令官が画面を食い入るように見つめる。

「高校の周辺には私服警官と思われる人物が多数配備されています。
これ以上近付くのは……フィルターをかけてみます」

通信兵はキーボードをカタカタと鳴らしエンターキーを押した。
映し出された画像から荒さが幾分か消える。
窓際には平沢唯の姿が見て取れた。

「ターゲット確認しました……あの……司令、どうなさいました?」

司令官は平沢唯とは別の、教壇の方を見ていた。

「増員していて正解だった……これは……キャンベルの入れ知恵か……」

ブツブツ何か呟いている司令官を通信兵は怪訝な顔で見つめていた。

「マイクを貸せ」

言われるがまま通信兵は通信マイクを司令官に渡した。
司令官はマイクを受け取り小さく深呼吸して音声発信のボタンを押した。



「今から戦う相手は生きる伝説だ。死ぬ気でかかれ」


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