最終話 宇宙の虹!

戦場は、アクシズのごく近くに移動してきていた。
ラー・カイラムが、アクシズに接舷しようとしているため、もう味方艦がすぐそこまで来ているのである。
しかし怒りに我を忘れた唯には、母艦ラー・チャターが艦隊の中に加わっていないことなど知る由もなかった。

唯「憂を、返せ!!」

赤い敵機にビームライフルを浴びせかける。
敵は、来るのが分かっていたかのようにそれをかわしている。

梓「食らいやがれです!!」

梓が畳み掛けるように散弾を放つ。
パチパチと弾子がいくらかその赤い機体を捉えたが、致命的なダメージは与えていない。

ファンネルが1基、梓のバズーカを捉えて爆散させた。

律「小癪なんだよ!!」

律がシールドに装備されたミサイルを発射する。
そのミサイルは梓のジェガンのごく近くで破裂し、散弾をまき散らし、残り1基のファンネルを破壊した。

律「もうファンネルはねえはずだ! こいつを仕留めちまおうぜ!! なぶり殺しだ!!」

唯「憂の苦しみ、味わわせてやるんだ!」

梓「そうです! やってやるです!!」

3つの凶暴な意志が、サイコミュ試験機を捉えようと絡みついた。
しかし、サイコミュ試験機のパイロットも、近付く敵の隙を窺うようにサーベルを発振した。

いちごは、3機が自分を仕留めようとしているつもりなのを感じて、さらに憎悪を募らせた。

いちご「そんな腕で、私を仕留められると思っているの!?」

目の前の敵とつばぜり合いが起こると、接触回線を越しに相手の声がかすかに聞こえた。

「…の仇…!」

その言葉に、いちごの心が突沸する。

いちご「何が仇だ!! お前は私の大切な人を殺したくせに!!」

つばぜり合いをしていると、横から別のジェガンがいちごに斬りかかって来る。

いちご「いちいちやることが汚い!!」

横から来たジェガンに蹴りを入れると、正面のジェガンを弾き飛ばし、距離を取る。
すぐに、もう1機がライフルを撃ちこんでくる。

いちご「見え見えだ!」

ライフルを撃ち返すと、先程の2機がまた連携して挟みこんでくる。

いちご「また同じ手を!」

戦いは、3対1で、見事なまでの膠着状態だった。

ラー・チャターを失った紬は、悲しむ暇も与えられずにラー・カイラムの掩護を行っていた。
味方艦の掩護も受けて、アクシズに取り付いたところである。
艦の下に、かすかに陸戦隊のプチモビが坑道に入っていくのが見えた。

紬「この爆破で落下を防げればいいんだけど…」

すぐに、敵のギラ・ドーガ隊がラー・カイラム目掛けて突っ込んでくる。

紬「ラー・カイラムはやらせないわ!!」

紬は散弾を発射し、敵を怯ませてサーベルで斬った。
もう、バズーカは弾切れだ。
バズーカを放り投げて、ライフルに持ち替え、敵機とドッグファイトに持ち込む。

紬「当たって!!」

ライフルが、敵機の右腕を落として、後退させた。

紬「まだ来る!!」

戦いがいつまで続くのか、みんなは無事なのか、考えることは山ほどあったが、
紬はそのうちの一つとして、頭に思い浮かべることは出来なかった。

律は、目の前の敵が無性に憎かった。

律「唯の、みんなの、あんな顔なんか、誰も見たくなかったんだ! てめえさえ、居なければよ…!」

憂を失った時の、唯の顔。
それを見ながら、何も出来なかった自分。
暗くなっていく、みんなの顔。
なにもできない、リーダー。

律「てめえだけは…私が…!」

目の前の、こいつを倒せば、そんな無力な自分とはオサラバ出来る。
たった一発でいい、敵機の真ん中にビームを当てることさえ出来れば、事は済むのだ。

だが、味方の掩護を得ても尚、それさえ出来ない、自分。

律「ちょこまか逃げ回りやがって! おとなしく当たれってんだよ!!」

放たれた律のビームは、宇宙空間を虚しく照らしただけだった。

澪は、敵と交戦しながら、ただ律たちに付いて回るだけだった。
こんな状態で、何故落とされないのか不思議なくらいだ。

澪「律…唯…梓…もうやめろよ! そんなに憎んで、どうするんだよ!!」

怨念をまき散らしながら絡み合う4機に、届かない声を浴びせ続ける。
澪は、はっきりとここで憎しみの連鎖を止めなければならない、と感じていた。

自分は、どんなに訓練を重ねても、結局怖がりだった。
いつも律の後ろに隠れて、掩護ばかりして、パイロットになりきれなかった。

でも、そんな自分だから、気がついたんだ。
こんなのは、おかしい。

澪「なんでそんなに人を憎めるんだよ! そんな気持ちになれるようなヤツらと、音楽やってたなんて、信じたくない! これは何かの間違いだろ!!

レシーバーに、反応はない。
雑音混じりに呪いの言葉と、激しい息遣いが伝わってくるだけだ。

澪「クソッ…私には、何も出来ないのか…!?」

このまま、憎み合いながら戦い続けていたら、広い宇宙全体が、この宙域のように憎悪で飽和してしまう。

憂が死んで、唯がおかしくなって、純も失って、とうとう梓もおかしくなって、
その雰囲気に当てられて、律までどうにかなってしまったように…きっとそれは簡単に、人から人へ伝播するのだ。

そうはならないにしても、この激情を吸い込んだアクシズが地球に落ちたら、
核が無かったとしても、怨念が地球を飲み込んで取り返しの付かないことになってしまわないか。

澪は、そんな途方も無いことを考えて、絶望しそうになっていた。

澪「律! 止めろ!! 私たちの任務は、仇討ちじゃないだろ!!」

返事がない。
もう、言葉も届かないのか。
澪は、目の前の敵にすがるしか、無かった。
やられたって構わない、そう思い、ギラ・ドーガに掴みかかって、接触回線を開く。

澪「おい、お前の仲間を止めてくれ! これはもう戦争ですらない!! ただの殺し合いじゃないか!!」

その瞬間、アクシズの前面に閃光が走り、澪たちは爆圧に吹き飛ばされていた。

澪「うわああっ!! 律!」

澪は、閃光の中に、4機を見失った。

紬がアクシズ前面で起こった核爆発の閃光に見とれていると、ラー・カイラムから通信が入った。

「正面上、迎撃!!」

紬「え?」

それは、ラー・カイラムの副長の声だった。

紬が一瞬、動きを止めた隙に、味方機が宇宙空間に飛び出していく。
それが赤いMSにやられて、次々に五つの爆発の光に変わっていく。

紬にも、ビームが飛んできた。

紬「きゃっ!!」

アーム・レイカーを素早く倒しこんだ。
遅かった、と思ったが、ビームは紬の機体の横を通り過ぎていた。
ジェガンのコンピューターが、回避行動をサポートしてくれたのだった。

紬「憂ちゃんが…助けてくれたの…?」

見上げると、すでに赤い機体はいなくなっていた。

紬「艦を…守らないと…」

紬は恐怖を抑え込み、再び宇宙空間に浮かび出た。
辺りを見回すと、アクシズのノズルが止まっているのが目に入った。

紬「きっと…みんなも頑張っているのね!」

他のメンバーがどうなっているか分からない紬は、そうやって自分を励ますしか無かった。

爆圧に煽られて、追い詰めていた敵を取り逃がしたと感じた律達は、さらに苛立ちを募らせていた。

律「アクシズ前部に核爆発だと!? 邪魔しやがって!!」

唯「態勢を立てなおして当たる! 憂の仇は、生きて返さないよ!! あずにゃん!! りっちゃん!!」

梓「はいです! フォーメーションDで当たりましょう!! こいつだけは…必ず!!」

律「おうよ!!」

この爆発は、低軌道で爆発させ、アクシズを減速させて大気圏で消滅させないようにすると共に、
地球を汚染させるためにルナ2から持ち込まれた核兵器の爆発だったのだ。

3人にとっては喜ぶべきことだったが、
彼女らは憎しみに当てられて、アクシズの落下を防ぐことが任務であることも忘れている。

唯「準備はいい!?」

梓「Eパック残量、標準斉射で3発分、カートリッジ、残り1個、まだまだやれます!!」

唯「あずにゃんのライフル斉射が止んだら、りっちゃんはあずにゃんのリロードカバーをお願い!!」

律「がってんだ!!」

唯「行くよ! アターック!!」

梓のライフル斉射が始まる。
回避機動を取っている敵に、唯が近づいていく。
リロードの終わった梓も、それに追随。
唯と敵の、格闘戦が始まった。

唯「憂を殺した、お前だけは…必ず倒すよ!!」

いちご「そんな知らない奴、どうだっていい! あなたは私の大切な立花さんを死なせた! 許すわけには…行かない!!」

接触回線を通して、罵り合いが行われる。
その間にも、いちごには挟みこむように接近する敵機が感じられている。

いちご「こんな小癪な手しか使えないあなた方に、私は負けない!!」

姫子を殺したこのやり口に、いちごは怒りをまき散らしながら対処する。

いちご「見え見えだ! 味方のビームにやられて死ね!!」

格闘戦中の唯の機体を、律の方に向けてやる。
背部の装甲を焦がして、律の放ったビームが散っていく。

ビームを受けて怯んだ唯の機体を突き放し、梓の機体に急ぐ。

いちご「ちっ、ビームコーティングさえ無ければ…」

今度は梓の機体と、接近戦に入る。

梓「私だって…やるです!!」

いちご「遅い!」

斬りかかろうとしたとき、殺気を感じて飛び退る。
態勢を立てなおした唯と律の機体だった。

いちご「…ちょこまかと…!!」

いちごは、岩を利用して戦うために、アクシズの方に逃れていった。
岩を盾にすれば、一度に相手をしなければならない敵機を減らすことができる。
しかしいちごは、そうせざるを得ない状況を分析し、驚きを隠しきれなかった。

いちご「…この私が…後退しているの…?」

防衛目標であるアクシズを盾にする、という選択をしたいちごもまた、憎しみに我を忘れ、己の任務をないがしろにしていた。

潮は、驚いていた。
敵のジェガンから、接触回線で語りかけられたからだ。
しかもその通信内容は、潮が思っていたことと同じだった。

潮「私だって…こんなのおかしいと思うよ…あの娘がこんなに感情を剥き出しにして…」

潮は、いちごが心底恐ろしかった。
そして、止めなければいけないと思っていた。
もし姫子が、あんないちごを見たら、と思うと、気が気ではなかった。

潮「そうだよ…あんなのはただの殺し合いだ…止めなきゃ…」

潮は、怖かった。
相手は、ロンド・ベルの機体だ。今まで戦っていた相手なのだ。
話しかけるなんて、とんでもない事だった。

潮「…止めなきゃ…あたしの命に代えても…!」

恐る恐る、背中を向けたジェガンに近づいていった。

潮「…あたし…何やってんだろ…バカみたいだよな…ハハ…」

機体が、ジェガンに触れた。
もうどうにでもなれ、と潮は思った。

アクシズ前面で起きた核爆発によって、律たちを見失っていた澪のレシーバーに、聞きなれない声が再生された。

潮「あたしだって…こんなのおかしいと思う!!」

振り返ると、さっきまで交戦していたギラ・ドーガだった。

澪「だったら…止めに行くしか無いだろ!! あんなの人間の姿じゃない!!」

潮「でもあの娘…大切な人を奴らに殺されたんだよ…だからああやって…」

澪「そんなの、あいつらだって同じだ!! 妹を、親友を…」

潮澪「…!!」

二人は、彼女たちが憎しみあう理由を、はっきりと確認した。
それは、なんとなく肌で感じていたことを、再認識しただけに過ぎなかった。

澪「とにかく、あいつらを止めないと・・・この広い宇宙が全部あんなふうになってしまうぞ!!」

潮「…分かった!」

二人は、戦闘の続くアクシズへ向かっていった。
この二人もまた、己の情動に突き動かされ、アクシズ落としとその阻止という、本来の任務を忘れ去っていた。

アクシズの周りには敵味方の艦が入り乱れており、爆発がそこここに発生している。
まるで、地獄絵図だ。

二人には、それが4機の生み出す怨念がさせていることのように、見えたのである。

アクシズ表面を舐めるように飛びながら、突き出た岩々を利用して戦い始めた敵に、唯達は苦戦を強いられていた。

唯「正面の岩に隠れた!! あずにゃん廻り込んで!!」

梓「はいです!!」

律「私は上空から行くぞ!!」

岩の裏に機影を見つけて、梓は即座にライフルを発射した。

梓「食らいやがれです!!」

ビームは、吸い込まれるようにその機影に命中した。
しかし、手応えがない。
爆発が小さいのだ。

梓「…ダミー!?」

いちご「遅い!」

梓が敵を捉えた、対応しても、もう遅い。
機体に衝撃が走った。
左腕が、斬り落とされていた。

梓「え…? 生きてる…?」

梓は、やられる、と思っていた。
何故左腕だけで済んだのか、分からなかったのである。
そんな混乱した梓に、敵が突っ込んでくる。

いちご「とどめだ!!」

律「梓!!」        唯「あずにゃん!!」

潮「若王子さん、もうやめて!!」

止めを刺そうとしたサイコミュ試験型を、
あろうことか味方のはずのギラ・ドーガが前からしがみついて制したのを見た律達は、軽い混乱を覚え、一瞬その動きを止めた。

律「何だってんだ…!?」

澪「3人も、もうやめるんだ!! 頭を冷やせ!!」

律「澪か!? うるせえぞ!! 邪魔すんな!!」

澪も、とっさに律の機体に自機を絡みつかせた。

澪「律!! 止めるんだ!! 人を憎んだって、何も始まらないじゃないか!!」

律「恐いんなら、すっこんでろ!! 」

唯「憂の仇ぃぃぃぃいいいいい!!」

澪にしがみつかれた律、損傷して混乱している梓を尻目に、唯の機体がギラ・ドーガに絡みつかれて動きがとれないサイコミュ試験型に突っ込んでいった。

あと一歩。
その時、アクシズがブルッと震え、そこから伸びた光の壁と、飛び散る岩が唯の行く手を阻んだ。

唯「うわあああっ!!」

澪「内部を爆破したんだ!! アクシズから離れろ!! 破片にやられるぞ!!」

律「ちっくしょう…あと一歩だったのに…!」

梓「はいです…唯先輩!!」

唯「…っ!!」

唯達が全力で後退をかけた時、爆発光の向こうでは、潮が必死にいちごを押しとどめていた。


――

潮「若王子さん!! 後退しないと!!」

いちご「どうして邪魔をしたの!?」

潮「あんたがそんなんだったら、立花さんが悲しむと思ったからじゃない!! 憎しみに囚われたあんたなんか、立花さんは見たくないはずでしょ!?」

いちご「…立花さん!?」

潮「立花さんは、あなたが笑ったら、笑顔になった! でもあなたが辛そうなとき、いつも悲しそうだった! 今みたいなあなた見たら、どうなるのさ!!」


いちご「あいつらを倒したら、もとに…太田さん!!」

潮「…え?」

潮が振り返ると、MSより一回りほど大きなアクシズの破片が、彼女のギラ・ドーガにぶつかった。
そのまま、ギラ・ドーガは押しつぶされて爆発していった。

いちご「太田さん!!」

いちごは、それを見ながら、全速で後退をかけるしかない自己を激しく嫌悪した。

いちご「立花さんも…中島さんも…太田さんも…」

いちご「みんなみんな…いなくなってしまった…」

また、涙の雫がいちごの瞳から生み出されていた。


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