第十一話 律動!

MSデッキ横の休憩室は、暗い雰囲気につつまれていた。
紬が、体を震わせている。

紬「もう少し、私が早く駆けつけていれば…純ちゃんは…」

梓「あの…純が…死ぬなんて…。」

梓は、それを、実感なく眺めていた。
憂に、純。
二人の親友を、自分の知らないところで失ったのである。
梓の心に、黒いものが溜まっていった。

律「唯は?」

律が、雰囲気に耐えきれずに話題を変えた。
またすぐに戦闘が開始される。
その時、悲しみを引きずっていれば、死を招く事につながる。
残酷なようだが、正しい行動だった。

和「一応医務室に運んでおいたけど、ケガは無かったわ。 心配なのは精神面ね。 律が来るのがもう少し遅かったら、ホントに危なかったから。」

澪「…艦長はどこに行ったんだ? 見当たらないけど?」

和「ラー・カイラムで作戦会議よ。もうすぐ帰ってきて、命令下達があると思うけど。」 

律「じゃあ、ブリーフィングルームに行っておくか。」

悲しみの溜まった空間に居るのは、辛い。
そして、自分までそれに飲まれてしまう。
律は、早くここから出たかったのだ。
しかし、そう思った時点で律はその暗い雰囲気に飲まれ始めていたのだった。


――――

サカ3番艦のMSデッキに、ニュータイプ研究所の研究者が慌てて入ってきた。
その先には、自機の足元で膝を抱え、うずくまったいちごが居る。

研究者「泣いているだって!? 涙を流しているのか!?」

信代「確かに意外だけどさ、大切な人が死んで、泣いちゃ悪いのかい?」

信代と潮をかき分け、いちごが泣いているのを確認した研究者は、唖然とした。

いちご「…」ポロポロ

研究者「ホントだ…泣いてやがる…」

潮「人が泣くのが、そんなに珍しいの? 私だって悲しいよ。」

研究者「これは強化人間なんだぞ! 泣くなんてことが無いように作り変えてあるんだ!!」

信代「なんだって…?」

信代は、研究者の言葉に眉間を歪めた。
泣くことが出来なくなる。
そこまで人間を作り変えようという輩に対し、真っ直ぐに嫌悪を感じたのだ。

研究者「パートナーが死んで、ブッ壊れちまった! もう使い物にならん! この役たたずめ!!」

研究者は、そう言ってうずくまったいちごに蹴りを入れた。
いちごは、それに抗わずに、うずくまったまま飛んでいき、自機の足にぶつかった。

潮「ちょっと!…何すんのさ! 酷くない?」

潮は、それを見て信じられないような気持ちになった。
いじめはしたものの、彼女たちもそこまではしなかった。
人が人に対してする扱いでは、無い。

研究者「こいつの機体の整備は後回しでいいぞ! エネルギーだけぶち込んで、移動砲台くらいになればいい! 予備のファンネルもアクシズ内で整備しているヤクト・ドーガに回してくれ!」

そう、整備兵に言いつける研究者の肩を、信代がポンポンと叩いた。


信代「研究員殿。」

研究者「あん?」

振り返った研究者の顔を、信代の拳が捉えていた。
信代は研究者の体がそのまま飛ばされて、デッキの壁にぶつかるところまでは確認した。
わめきちらす声が聞こえたが、信代にそれは虫の鳴く声位にしか聞こえていなかった。
信代にとって、この研究者は人間では無い。
だから、人としての扱いをしてやることもないと思ったのだ。

信代「しっかりと、整備してやんな!!」

信代の言葉に従い、整備兵がキビキビとサイコミュ試験型の整備をし始めた。


―――

律達が、ブリーフィングルームで仮眠を取っていると、艦長が入ってきた。
ラー・カイラムでの作戦会議から帰ってきたらしい。

艦長「もう集まっているのか。 作戦の説明をするぞ。」

和「みんな、起きて。」

その言葉に、仮眠をとっていたメンバーが起き、机に座り直す。
律などは、無重力に漂ったまま、寝ていたのだ。

艦長「アクシズは、すでに落下コースに入ったが、まだ阻止は可能だ。」

全員、息を飲んで艦長の言葉を聞いている。
律も、もう軽口は叩かないようだ。
その時、ブリーフィングルームに唯が入ってきた。

和「唯、大丈夫なの?」

唯「うん…ケガはないし、最後の戦いでみんなと一緒にいられないと一生後悔すると思うんだ…。」

和「そう、着席しなさい。」

艦長が、スクリーンに地球とアクシズの位置関係が示された図を映しだして、続けた。

艦長「時間がない…続けるぞ。 アクシズの落下を阻止しても、低軌道上でルナ2からの核を爆発させちまえば、地球は汚染されてシャアの作戦は成功しちまう。」

和「ルナ2から敵の援軍が来たみたいですが、敵本隊に核は届いているのでしょうか?」

艦長「いや、あれは先行してこちらに向かってきた戦闘部隊だ。 ルナ2で核兵器を積み込んでいる奴らはもう少し遅れてくるだろう。」

律「…そいつら、どれくらいで着くんだろうな?」

艦長「我々は、軌道上のこの位置でアクシズを叩くが、その頃にはもう着いちまっている可能性もある。 ルナ2での核兵器搬出作業にどれ位時間が掛かるか、なんだがな…。」

律「連邦軍が、動いてくれりゃあな…」

艦長「だから、低軌道に達する前に、アクシズのノズルを破壊して、アクシズの進行方向を変えるか、残りの核ミサイル4発をぶち込んで、アクシズそのものを、分割、破壊する。」

澪「核ミサイル4発で、アクシズを破壊できるんですか?」

艦長は、澪の質問に応えるため、アクシズの透視図を表示した。

艦長「この位置、坑道が混んでいる部分がある。 そこにミサイルを叩き込めば、出来る計算だ。」

艦長「それでも駄目だった場合は、アクシズに接岸し、ラー・カイラムの陸戦部隊が内部に侵入、先程説明した坑道の入り組んだ部分に爆薬を仕掛け、内部から破壊する。」

そこまで聞いていた和の顔が、徐々に青ざめていく。

和「…」

紬「分割しても、地球に落ちてしまったら、向こうの作戦は成功してしまうんじゃないですか?」

艦長「分割できれば、質量が変化して、大気圏外に飛び出していくらしい。」

梓「エンジンのノズル破壊で進行方向の変更、核ミサイルでの分割、内部に侵入しての分割…三段構えですね! それなら、阻止できます!」

唯「うん、勝てるね!!」

艦長「ルナ2からの核が来る前に、やっちまうぞ! 準備にかかれ!!」

律「よっしゃ、行くぞ!!」

唯梓紬澪「おおーーーーーーっ!!」

慌しく、パイロット達が出て行った、と思ったが、和だけが残っていた。

艦長「どうした?」

和「本作戦は…まるで艦隊特攻です…」

和の目には、見る見るうちに涙が溜まってくる。

和「あなたは、死ぬ気なんですか?」

艦長「…」

和「どうなんですか…答えて下さい!!」

和の目から、涙の粒が漂いだした。
艦長は、その光景を、美しいと思って、素直に感動していた。

艦長「死ぬつもりなんか、無い。 だがな、死ぬかも知れないことは、確かだ。」

和「どうして…せっかくあなたのこと、好きになれたのに…どうして…」

艦長「それが、戦争だ!」

和は、まるで駄々っ子のように頭を振りながら、泣き叫んでいる。

和「嫌よ、嫌! もう、こんなの嫌! 私と一緒に逃げて!! こんなの、作戦とは呼べないわ!!」

泣きじゃくる和を抱き締めて、艦長が毅然と、言い放った。

艦長「真鍋少尉、お互い、最善を尽くそう。」

和「…あなた…」

艦長「辛い思いをさせて、すまない。」

長いキスをして、離れると、和の目に決意の輝きが宿った。

艦長「愛してる。」

和はブリーフィングルームを出る艦長を、唇に触れて、先程の感触を確かめつつ見送っていた。


――――

姫子の部屋で、いちごがうずくまっていた。
部屋の中にはまだ、かすかに姫子の香りが残っている。

いちご「…寂しい。」

いちごの目を、涙が濡らしている。
もう彼女は、強化人間などでは、なかった。

いちご「立花さん…まだありがとうも、伝えていないのに…」

目の前に浮かんだ姫子のイメージを抱きしめようとするが、彼女の両手は虚しく空を切るだけだった。

いちご「私を、独りにしないで…」

いちごが瞬きをすると、瞼の間から涙の粒がはじき出され、宙に漂った。

そこに、信代と潮が入ってきた。

信代「やっぱりここにいたのかい。」

いちご「…何?」

潮「出撃だよ。」

いちご「…」

信代「若王子さん、あたし、戦いが終わったら、実家の酒屋を継ぎたいんだよ! だから、死ねないんだ!」

いちご「酒屋?」

信代「死亡フラグでも何でもいいからさ、あんたの力が必要なんだよ!」

いちご「私の…力?」

潮「あんたのこといじめたの、許して欲しいなんて、言わないけどさ…一緒に、戦ってくれよ!」

いちご「…それは構わない…でも…」

潮「何さ?」

いちご「私はもう、戦いのあと、したいことなんて…無い。」

いちご「立花さんに…ありがとうを、伝えたかったのに…いなくなってしまったから…」

信代が、かすかに微笑みながら、口を開いた。

信代「サイド3のどこかに、立花さんの家族が住んでいるんだ。」

いちご「…家族?」

信代「ああ…だから、その家族に会って、ありがとうを、伝えればいいんじゃないのか?」

潮「それは名案だね!」

いちごは頷いて、立ち上がった。

いちご「彼女の家族…仇を取ってからじゃないと、会えない。」

潮「そうだよ!」

信代「かなりの数の連邦軍が動き出しているようだ、そいつらが来る前に、カタ付けるよ!!」

いちご「…出撃する。」

三人は、姫子の部屋を出て、真っ直ぐにMSデッキに上がった。


――――

梓は、唯の部屋に来ていた。
唯が、心配だったのだ。
しかし、伝えたいことが山ほどあるようで、どれも具体的な言葉にならず、もどかしい気持ちばかりが募っていく。

唯「私なら、大丈夫だよ、あずにゃん。」

梓「でも…私…」

唯「さっきの戦いで、ファンネルにやられそうになったときね、大丈夫だからって、憂の声が聞こえた気がするんだ。」

梓「…」

唯「そうしたら、りっちゃんが助けに来てくれて…なんか不思議だよね!」

梓は、それが信じられなかった。
死んだ人の声が聞こえるなどということは、ありえない。
それよりも、声が聞こえた気がしてしまうほど、唯が憂に引き込まれそうになっている、という思いのほうが強い。

梓「唯先輩…私…」

梓は、自分が情けなくなった。
唯の中で憂はどんどん大きくなる。
それに自分が負けてしまうような気がして、辛いのだ。

梓「憂の代わりは出来ないかも知れないけど…唯先輩を想う気持ちは、憂にだって負けてないつもりです…」

唯「あずにゃん…」

梓「だから…戦闘の間だけは、憂の事、忘れて…とはいいません。 私のこと、ちゃんと見ていてください。」

そこまで言ってしまって、梓は自分の言ったことがどういう意味を持ってしまうのか考えてしまい、赤面した。

梓「戦闘中に、僚機を見失ったら…やられてしまいますから…//////」

唯は、梓の気持ちを知ってか知らずか、そんな梓を可愛いと思って、思い切り抱きついていた。

唯「出撃前のあずにゃん分補給!」

梓「もう、やめて下さい!!//////」

唯も梓も、この時だけはいつもの調子に戻っていた。

簡易休憩室では、澪と律がジュースをすすっている。
澪は、地味な色の天井を見つめながら、呟いた。

澪「曽我部先輩も、憂ちゃんも、鈴木さんも、もういないんだな…」

その呟きに、律が無重力に漂いながら、首を向ける。

澪「私たち…どうなるのかな…?」

律「…恐いのか?」

澪「それとはちょっと違うのかな…ただ、一日後、自分が何をしているのか、想像できないって言うか…」

律「まあな…それが普通だろうな…」

澪「よくさ、人生設計って言って、何十年先まで計画立てたりするよな…まあ私もそんなクチだったんだけど…」

律「ああ…」

澪「でも、普通に暮らしていても、明日何が起こるかなんて、わからないんだよな…健康な人が、次の日事故にあったりさ…。」

澪「戦争なんかやってたら、尚更じゃないか…ハハッ。」

そこまで聞いて、律は澪が怯えていることに気がついた。
いつものような怯えとは違うが、それとは違う部分での、怯えだ。
床に足裏のマジックテープをしっかりと付けて、澪の前に立つ。

律「何が起こるか分からない状況でも、予定は作っておくもんじゃないのかよ。」

澪「律…」

律「まず、艦に帰ってきて、ムギのお茶を飲む。 次はロンデニオンにいって、みんなでそろって貸しスタジオで、演奏する!」

律「これが予定だ! それでいいじゃないか!」

澪「…そうだな…ありがとう、律。」

律「へへっ…」

澪「どうしたんだ?」

律「いや、何かの計画なんて、初めて立てたからさ…。」

澪「無計画なお前に、計画を立てさせちゃったな…。」

二人は、そろって笑い出していた。

MSデッキで、自分のジェガンを見上げていた紬のところに、4人が近づいてきた。

律「何シケたツラしてんだよ、ムギ!」

紬「りっちゃん…」

澪「帰ってきたら、お茶、頼むな。」

紬「澪ちゃん…」

梓「元気だしてください。 帰ったら、一緒に演奏しましょう!」

紬「梓ちゃん…」

唯「ムギちゃん、一緒に行こ! 私たちが、地球を救うんだよ!」

紬「唯ちゃん…そうね、あと少し、頑張りましょ!」

そこに、和も加わってくる。

和「私も帰ったら、お茶、頂こうかしら。」

紬「艦長さんと一緒にね!」

一通り笑ってから、6人は各々のMSに流れていった。

艦長は、ブリッジで報告を受け、首をかしげていた。
どう考えても、不可解極まりない動きである。

艦長「連邦軍の艦隊だと?」

副長「ええ、この光点が、ルナ2から脱出した艦艇、こっちはサイド2、こっちのはサイド5からの艦艇と見て、間違いないでしょう。」

艦長「ブライト司令はなんと言っている?」

副長「向こうの意図はわからないが、定期的に、こちらの位置表示は出しておくように、だそうです。」

艦長「ろくに戦闘もやった事が無い連中だ、戦闘を見ておきたいだけの野次馬かもしれんな。」

副長「ありえますね。」

艦長「それより…あの話だが、いいのか?」

副長「ラー・カイラムが危なくなったら、近くの艦がラー・カイラムの盾になる…3隻のクラップ級艦長達の密約ですな。」

艦長「…そうだ。」

副長「みんな、異存はないようです。 艦長は頼りないですから、いざとなったら我々が三途の川の向こうまでお供しますよ。」

艦長「言ってくれるじゃねえか!」

副長「艦長は、いいんですか?」

艦長「何がだ?」

副長「真鍋少尉のことです。 この話、彼女には伝えていないんでしょ?」

艦長「彼女は、強い。 大丈夫だ! 私が死んでも、すぐに他のいい男が見つかるだろうしな!」

そう言い切っては見たものの、艦長の脳裏には、さっき見た和の泣き顔が引っかかっていた。
それを振り払うように、命令する。

艦長「MS隊、出せ!」

和「第1小隊、出ます!」

モニター内の和は、もう泣き顔ではなかった。
艦長は、心配し過ぎなのは自分のほうだったかな、と思った。


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