第八話 愚行!

ロンデニオンに入港するとすぐに、唯達は上陸許可をもらい、艦内の私物庫でクッション材につつまれた楽器を引っ張り出していた。

唯「ロンデニオンにも貸しスタジオがあるんだね。」

澪「艦内で色々調べて、律が予約をとってくれたんだ。」

律「そうだぞ、私だってやるときはやるんだ!」エヘン

梓「ありがとうございます。 律先輩。」

紬「早く行きましょ。 予約していた時間になってしまうわ。」

艦を出ると、律が他のメンバーを見ながら羨ましそうに口を開いた。

律「しっかし、ギターやベースはいいよなあ。 そうやって持ち運びが出来るんだもんなあ。」

紬「キーボードも持ち運べます!」フン

律「いやいや、それはムギだけだから…」

5人「あはははは…」

久しぶりに、5人に笑顔が戻っていた。

艦に残って残務の処理をしている和のところに、真っ先に艦から居なくなっていそうな人物が寄ってきた。

純「ま~た仕事やっているんですか? 上陸できるのに…。」

和「あなたは真っ先に艦から逃げ出したと思ったけど、まだいたのね。」

純「えへへぇ…別にいいじゃないですかぁ…それよりジュース飲みに行きましょうよ! オゴりますから!!」

和「何がオゴりますから、よ。 タダで出てくるフリードリンクじゃない!」

純「細かいことは、気にしないでください! さあ、レッツゴー!!」

ジュースの自販機が置いてある簡易休憩室の側まで来たとき、純が急に方向転換して、言った。

純「ちょっとトイレ行ってきます! 休憩室で待っていてくださいね。」

和「もう、せわしないわね…」

と、言って和が休憩室に入った瞬間、彼女の時間が止まってしまった。

艦長「あ」         和「あ」

純は、トイレには行かず、物陰に隠れてそれを眺めている。
始めからこれが目的だったのである。

純「始まるぞ! 生真面目女と、ダメ男の、夢のコラボレーション!!」ニヤニヤ

純「上陸なんてしなくて、大正解でした!!」テーレッテレー

和は、どうしたらいいのか分からずに、取りあえず自販機を操作してジュースを取り出した。
何のジュースを選んだのかも、分からない。
すすったところで、もちろん味が分かるわけではない。

和「…」チュー

最初に口を開いたのは、艦長だった。

艦長「…まだ仕事が残っているのか…?」

和「…え…ええ、色々と…」

艦長「気晴らしに艦の外に出てみるのもいいぞ。」

和「でも、艦長も出られていませんよね…」

艦長「私は明日だな…今日は副長が上陸している。 彼はこのコロニーに奥さんがいるから、優先的に出してやった。」

和「私も、明日上陸を…//////」ボソ

艦長「え?」

和「お…お一人で出られるのですか…?//////」ソワソワ

艦長「あ…ああ…。(なんだ…この展開は…おれ、失恋したんじゃなかったっけ…?)」ドキドキ

和「その…よかったら、二人で…/////////」モジモジ

艦長「はう…ふ…二人で…!!?(ヤヴァイ…胸の高鳴りがああ)」ドキンドキン

和「はい…二人きりで…/////////」

艦長「ふたりきり…あふーっ!(こここここれは…もしかして…人生初デートってやつかああああ)」バックンバックン

その時、簡易休憩室に備え付けられていた艦内電話がけたたましく鳴り響いた。
心のなかで舌打ちをして、艦長が受話器をとる。

艦長「(畜生、いいところに…)もし、艦長だが、なんだ?」

艦長「…何だと!!? すぐにブリッジに上がる!!」

和「何かあったんですか?」

艦長「会計監査局の役人からブライト司令にタレコミがあったらしい! ネオ・ジオンと連邦政府の交渉内容をキャッチしたそうだ!!」

和「それは…どういう…!?」

艦長「私もそれしか聞いていない。 今からブリッジに上がって詳細を確認するから、君は外出中のパイロット連中に呼集を掛けてくれ!! 集まり次第ミーティングをやる!!」

和「…はい!」

艦長「スマンな…君とのデートはおあずけだ。」

和「…はい…」

今まで、任務には忠実だった。
しかし和は、その時初めて仕事に対して嫌な顔をしていた。

梓は、唯がギターを弾いているのを見るのが好きだった。
歌っているのを見るのは、もっと好きだ。

唯「キラキラひかる 願い事も グチャグチャへたる 悩み事も」

唯「そーだホッチキスで とじちゃおー」

唯の歌を引き立てるように、優しくギターでリズムを奏でる。
MSで戦うのではなく、こっちの方が、自分の仕事としてしっくりとハマっているような気がする。

唯「はじまりだけは 軽いノリで しらないうちに あつくなって」

梓はうっとりしながらギターを弾き続ける。
それでも、指を違えることはしない。

唯「もう針がなんだか 通らない」

唯「ララ また明日 」

たとえブランクがあっても、この歌声に導かれて、正確なコードを弾きだすことが出来る。
唯の歌には、そんな力があった。

歌い終わったと同時に、単調な電子音が部屋に響き渡った。
それは、梓の気分を害す要因以外の何物でもない。
他のメンバーにとっても、同じものだった。

紬「りっちゃん、非常連絡よ。」

律「ちっ…なんだよ、いいとこなのに…。」

そのまま律は、無言で連絡用の端末を耳に押し付けていたが、不意に溜息と共に通話を切って、言った。

律「…帰って来いってさ。」ハァ

澪「…仕事なら仕方ないな…」

紬「…そうね。」

梓「…」

唯「戦いが終わったら、またゆっくり来ようよ!」

戦いが終わったとき、メンバーが欠けることなくそろっている保証はない。
それでも、その唯の言葉に賭けてみるしか、無かった。

ブリーフィングルームに入ると、和が見るからに機嫌の悪そうな表情で座っている。
側にうつむいた純も居る。

和「遅かったわね。」ムスッ

その言葉に、律もむっとして言葉を返した。

律「上陸してたんだから、当たり前だろ! 仕事してりゃあ幸せな真鍋少尉殿とは違うんだよ!」

和「なんですって…!」

純「ま…まあまあ、二人共落ち着いて…」

メンバーが集まったのを確認して、艦長が切り出す。

艦長「今回は、休暇中に済まなかったな…実はネオ・ジオン関係でまた動きがあったんだ…」

律「能書きはいいから、さっさと要点だけまとめて話しやがれ!」

和「律! あなたねえ…!!」

艦長「真鍋少尉! いいんだ!!」

和「…すみません…続けてください…」

艦長「アデナウアー・パラヤとシャアの間で交渉が行われたようだ。 連邦政府の連中は、これでネオ・ジオンと和平が成立したと思っている。」

律「交渉の内容はどうなんだよ?」

律が、机に足を投げ出して、傲然と言い放った。
和はそれを睨みつけている。

艦長「ネオ・ジオンの政庁をスウィート・ウォーターに認め、 コロニー開発の鉱物資源供給と雇用対策のために、小惑星アクシズをネオ・ジオンのものとする、という内容だ。」

その言葉を聞いて、律の顔色が変わった。
いや、他のメンバーも同じように顔色を変えている。

律「次は、アクシズを地球に落とされるじゃねえか…連邦政府の連中ってのは、そんな事も考えられねえのかよ!!」

艦長「そうだ。 私もこの決定はかなりの愚行だと思う。ラサに隕石を落としたことについても不問に付されているしな。 しかしこれを見て欲しい。」

正面のスクリーンに、地球を中心として、スウィート・ウォーターとアクシズ、ロンデニオンのあるサイド1、それにルナ2の位置関係と航宙軌道を表した図が投影された。

艦長「シャアの艦隊は、アクシズ譲渡前にルナ2で武装解除をすることになっている。 数日中にスウィート・ウォーターから動き出すはずだ。」

和「それは、当然ニュースにもなりますね。 テレビ放送で全地球圏に監視される…。」

艦長「そして奴がルナ2で事を起こして、アクシズに向かったとしても、ロンデニオンから艦を出せば、アクシズに着くのは我々の方が早くなる、という計算だ。」

澪「見た感じ、隙のない計画だと思います。」

紬「そうね。」

律「ああ、それじゃあ隕石落としは無理だろ。 和平成立だ!」

艦長「しかし妙だと思わんか…一発目をやっちまって、地球を寒冷化するならもう一発隕石が必要で…そんな時にアクシズを手に入れるという、このタイミングのよさ…。」

和「どう考えても、あやしいわね。」

艦長「なので我々は、いつ事が起こってもいいように、ここで待機することにした。 当分上陸は控えて欲しい。」

律「上陸してたって、ものの一時間もあれば集合が可能なんだからいいじゃねえか!!」

艦長「駄目だ。 もし事が起こった場合、一刻を争う事態になることは必至だ。」

律「それじゃあアクシズがスウィート・ウォーターに接触して、資源採掘が始まってもずっとここで監視しているのかよ!!」

律「そんなのに付き合わされるこっちの身にも…」

その時、乾いた音がして、律の体が横に飛び、ゆっくりと壁にぶつかった。
和が、平手打ちを放ったのだ。

和「いい加減にしなさい!! 上陸できなくて辛いのは、あなただけじゃないのよ!!」

律「…そんな事はなあ…!」

律は体勢を立てなおして、和に一発お返しをしようと思ったが、ターゲットであったその顔を見て、動きが止まってしまった。

律「の…和…!?」

和の目には、涙が溢れていた。

和「…艦長だって…上陸して、休暇を楽しみたかったのに…それを必死で我慢しているのに…あなたは自分勝手よ!!」

律に、返す言葉は、一つしか無かった。

律「…ごめん…私が悪かった…。」

艦長「…私も、申し訳ないと思っている。 しかしこの事態が沈静化するまで、どうか緊張を保っていて欲しい。 解散。」

その言葉に、メンバーがぞろぞろとブリーフィングルームを出る。
律は、和にちゃんと謝ろうと思って廊下で待ったが、艦長と和だけが、なかなか出てこない。

律「あ~あ、邪魔しちゃ悪いか…」

そう言って、律もすぐに部屋に戻っていった。


――――

いちごは、研究者に呼び出された先で、この上ない失望感に襲われていた。
隣に姫子も居るが、彼女も気持ちは同じようだ。

姫子「どういう事ですか!!?」

研究者「ヤクト・ドーガは総帥が拾ってきたニュータイプに使わせることになった。 若王子少尉は引き続きサイコミュ試験型のパイロットを続けるように。」

姫子「拾ってきたって…犬や猫じゃないんだから…」

研究者「素性は知らんが、家出少女みたいだ。 クェス・エアとか名乗ってたかな? 総帥もあのロリコン趣味が無ければなあ…。」

シャアは、ネオ・ジオンの将兵たちから、半ば公然とロリコンのレッテルを貼られていた。
姫子はそれを信じてはいなかったが、家出少女を拾ってきたとなると、信じたくもなってしまう。

ましてや、大切ないちごの問題が絡むのである。姫子のシャアへの怒りは頂点に達していた。

姫子「総帥の変態趣味のことなんてどうでもいいわ!! 随分前からヤクト・ドーガは若王子少尉が使うって決まっていたでしょ!?」

研究者「あれはもともと総帥用の予備機なんだ。 だから総帥の一存で決まっちまうのさ。 こっちも急な変更であたふたしてるんだよ。」

姫子「でも…そんなのって…」

食い下がる姫子を、いちごのか細い声が制した。

いちご「…もういい。」

姫子「…若王子さん…。」

いちご「帰ろ。」

宿舎に帰る。
いちごの居室の前まで、姫子が送ってくれた。

姫子「…元気だしてね…それじゃあまた明日…」

そう言って、部屋に戻ろうとした姫子の袖がくっ、と引かれた。
振り返ると、いちごの細い指が、しっかりと袖を掴んでいる。

いちご「行かないで。」

そのまま、姫子はいちごの部屋に引き込まれた。
いちごがベッドに腰掛けて俯く。

姫子「若王子さん…?」

どうしたの、と姫子が言おうとしたとき、いちごが搾り出すように短い言葉を吐きだした。

いちご「私…辛い。」

姫子は、とっさに言葉が出なかった。
いちごが初めて辛い、といったのだ。

その衝撃に、姫子はいちごの肩に手を回して、抱き寄せてやるのが精一杯だった。

いちごが続ける。

いちご「どうしてなの…教えて…」

いちご「私が、失敗作だから? 役立たずだから?」

姫子「…違うわ…そんな事言わないで!」

姫子はいちごの正面に回りこみ、その肩を抱いてはっきりとそう言ってやった。
いちごの目は乾ききっていたが、心のなかでは涙が流れているのが容易に想像出来る。

姫子「あなたは、私にとってかけがえの無い人だから…そんな悲しい事…言わないで…。」

いちご「ヤクト・ドーガが使えれば、もっとあなたの役に立てると思っていた…でも…私は…」

姫子「若王子さん…」

いちご「私は…こんな自分が情けない…」

姫子「そんな事…」

姫子は、涙に震えてそれ以上言葉を発することが出来なかった。

いちご「私は…あなたの役に立ちたいのに…またこうしてあなたを泣かせている…」

いちご「私なんか…いなくなればいい!」

姫子「やめて!!」

姫子は、いちごの顔を自分の胸に押し付けるように抱き締めて、いちごの口を塞いだ。

姫子「あなたがそうやって、自分を追い詰めるから辛くてあたしも泣くんだよ…」

姫子「あたしはあなたのこと、大好きだから…だからそんな風に自分を追い詰めたりしないで…」

いちご「…」

姫子「いなくなるなんて、言わないで…ずっと側にいてよ…」

姫子「お願い…」

いちごは、姫子の胸で、何度も、何度も頷いていた。
そのたびに、ありがとうが、心のなかに溜まっていく。

ただ、笑顔が作れそうにない今は、それを口に出す時ではない、といちごは考え、その言葉をぐっとこらえていた。

しばらく姫子の胸で甘えていると、いちごの中にその温もりを手放したくない、という欲求が生まれてきた。
いつもなら我慢するところだが、今日はそれができそうに無かった。

いちご「お願いが、あるの。」

姫子「何?」

いちご「…独りで寝ると、寒いの…」

姫子「…」

いちご「…だから…今日だけは…一緒に…。」

姫子「…分かった。 今日だけ、一緒に寝てあげるね。」

それを聞いて、いちごの表情が緩みそうになった。
しかしいちごは、久しぶりに表情の変化に抗った。

自分の欲望を成就させた後の、あさましく、恥ずかしい表情を、姫子に見せたくなかったのだ。
こらえきれない、と思って、顔を見せないように素早く姫子に抱きついた。

笑顔になったが、ありがとうは当然言えなかった。

姫子「今日だけだからね。」

いちご「…」

無言が、返事だった。

姫子「きゃっ!」

姫子は、いちごのベッドに引きずり込まれた。
毛布を被せられ、何も見えなくなると、頬に唇の冷たい感触が触れた。

いちご「…好き。」

次の日も、その次の日も、いちごは「今日だけ」を繰り返し、姫子のベッドに潜り込んだ。

そのたびに口元が歪む自分をいちごは激しく嫌悪したが、姫子と一緒に寝る時間を、彼女を独占する時間を、手放すことは出来なかった。


第八話 愚行! おわり

次回は 第九話 だまし討から!



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