第七話 スウィート・ウォーター!

一時間ほど前から、いちごの落ち着きがなくなってきた。
何度も何度も部屋の扉と時計を確認している。
ノックされると、すぐに扉を開けにいった。

姫子「遅くなってゴメン。 待った?」

いちご「…今起きたところ…特に待ってはいない。」

姫子は、それにしてはノックをしてからの対応が早かったな、と思ったが、口には出さなかった。
制服も、きっちりと着こなされていて、とても今まで寝ていたとは思えない。

姫子「制服かあ…それ以外の服は持ってないの?」

いちご「外に出ることなんて無かったから…。」

姫子「じゃあ最初は、服を買いに行こ!」

手をつなぐと、姫子の温もりが伝わってくる。
いちごは自分の温もりも届くように、とその手をしっかりと握り返した。

姫子「そんなに強く握らなくても、大丈夫だよ。」

いちご「…ごめんなさい//////」

艦を出て、宇宙港を抜けると、自由の空間だ。
いちごは、今までに感じたことのない開放感を感じている。

港を出るとすぐに、商店の建ち並ぶショッピング街だった。
ショーウィンドウを見ながら、二人で歩く。

姫子「こういう服、あなたに似合いそうだと思うんだけど。」

いちご「こんなの・・・着るの?//////」

それは流行遅れのブラウスとスカートだった。
しかし、難民用のコロニーであるここでは、それでも上等な方である。

姫子「そうよ、だって軍服でショッピングなんて、野暮ったいでしょ?」

いちご「制服は、どうするの?」

姫子「宿舎に送ってもらうから、大丈夫。 さ、早く着て見せて。」

いちご「了解…//////」

姫子「また、そんな野暮ったい言葉遣いして…。」

しばらくすると、試着室からいちごが気恥しそうに出てきた。

いちご「…着てみた。」

姫子はそれを見て、思わず感嘆の声を上げてしまった。

姫子「うん! 似合ってる似合ってる!! ホントに可愛いよ!!」

いちごはそれを聞いて、ますます赤くなった。

いちご「…そう?/////////」

姫子が俯いて動かなくなったいちごの手をとって、引っ張っていく。

姫子「次はアクセサリー買いに行くよ!!」

いちごはその日の午前中、息つく暇も与えられなかった。


昼食は、カフェで簡単な食事を取る。
知り合ったばかりの頃、二人で食事をするのが非常に不愉快だったが、今では二人一緒じゃないと食べる気すら起こらない。
いちごはそんな自分の変化を、戸惑いながら再認識していた。

姫子「しっかし、ホントに可愛くなったね。見違えたよ。」

いちご「…恥ずかしい/////////」

いちごが俯いてしまったので、姫子は話題をそらすことにした。

姫子「それ、美味しい?」

いちご「うん。」

姫子「ちょっと分けてよ。 私のもあげるから。」

いちご「構わない。」

合成した材料を使った粗末な料理だったが、普段から味気ない宇宙食を食べ慣れていた二人にとっては、素晴らしいご馳走だった。
そしてなにより、二人で食べている、という事実が、この上ない調味料となる。

姫子「ほんとだ、美味しいね。」

いちご「あなたのも、美味しい。」

二人は食事が終わると、長々とおしゃべりをしてから笑顔を作ってカフェを出た。

ロンデニオンに入港直前のラー・チャターでも、食事の時間だった。
和の向かいは唯達が来る前は艦長専用だったが、今は紬専用になっている。

純「またムギ先輩そこに座ってる!」

紬「和ちゃんの向かいがいいの~」

純「どうして艦長の邪魔をするんですか?」

紬「別に邪魔なんかしていないわ~」シラジラ

律「そういえば艦長、最近食堂で見ないな。 和、なんかしたのか?」

和「」ボー

律「お~い、和!!」

和「え…何?」

律「いや、艦長に何かしたのかなって…」

和「やだ…な…何も無いわよ!!/////////」

律「へ?」

澪「和?」

紬「和ちゃん…?(…この反応は…!?)」

純「…何かあったんですね?」ニヤニヤ

その時、訓練をしていた唯と梓が遅れて食堂に入ってきた。

梓「唯先輩、もうみなさん食事していますよ。」

唯「ちょっと訓練に集中しすぎちゃったね…。」

すかさず和が唯に話しかける。
逃げているのではなく、心配なだけである。

和「唯、調子の方はどう?」

律純(あ…逃げたな)

唯「うん…もう大丈夫だよ…」

唯の表情がまだ少し暗いのが、和の心に重たかった。

和「無理しないでね…あまり根を詰めると訓練も逆効果よ。」

和は、辛かった。
唯を戦いにけしかけるような計画を立てたのは、彼女自身だからだ。
何度、唯にそれを打ち明けようと思ったか知れない。

しかし、そんな事をすれば、和をかばって唯を戦いに向かわせくれた艦長の気持ちを無駄にしてしまうことになる。

艦長の、気持ち…

律「おい、和!!」

和「え!?」

律「またぼーっとしてたぞ。 最近は唯よりお前の方が心配だぜ!」

和「あ…ご…ごめんなさい。」

澪「何かあったら、相談してくれよ。」

和「ありがとう、澪。 それじゃあ私、MSデッキ行くね。」

律純(怪しい…)

そう言って和は、逃げるように食堂を出た。
しかしMSデッキに特別用があるわけではない。
結局自室に入っていった。

和「艦長、どうしたのかしら…?」

艦長室に行ってみたい衝動に駆られたが、結局行くことは無かった。


――――

いちごと姫子は、カフェを出ると、今度はゆっくりと歩き始めた。

いちご「これからどこに行くの?」

姫子「午前中は飛ばしすぎたからね、午後は公園にでも行ってゆっくりしようよ。」

いちご「分かった。」

ゆっくり歩いていると、今度は色々なものが眼に入る。
街をゆく人の流れや、動物など、いちごは様々なものに興味を示した。

いちご「あれは何?」

姫子「あれはホットドッグを売っている屋台かな?今ごはん食べたばかりだから、また明日にしましょ。」

いちご「あれは?」

姫子「エレカ? 乗ったことなかったっけ?」

いちご「無い。」

姫子「じゃあ、あれでドライブしましょ。」

電気自動車エレカは、所定の停留所に行き、クレジットカードを使えばいつでも乗れる。
二人はそれに乗って、コロニー内を散策してから公園に着いた。

姫子「運転、上手じゃない。」

いちご「そう?//////」

いちごは姫子に褒めてもらうのが、一番の喜びになっていた。
しかし同時に照れくさくもあったので、すぐに話をそらしてしまう。

いちご「…あれ食べない?」

姫子「アイスクリーム?」

いちご「そう。」

姫子「甘いモノは別腹だし、食べましょうか。」

ベンチに座って、アイスクリームを食べながら、姫子が口を開いた。

姫子「楽しい?」

いちご「…うん。」

姫子「よかった。 最近、若王子さん明るくなったよね。」

いちご「…あなたのおかげ//////」

ありがとう、と言いたかったが、口にはでなかった。
きっと、いつか伝えるべき時が来る。

その時に、今までためてきたありったけのありがとうを、姫子に伝えればいい。
それは、素敵なことだ、といちごは思った。

姫子「あ…ちょうちょ!!」

姫子が突然、空に指をさした。
風に舞う紙のようだったが、それとは違い、自らの意志で方向を変え、気流に乗って背丈より少し高いくらいのところをひらひらと飛んでいる。

姫子「きれいだね。 農業ブロックから流れてきたのかな?」

いちご「欲しい?」

姫子「え…?」

姫子がちょっと待って、と言おうとしたときいちごはすでにその蝶に向かって真っ直ぐに跳躍していた。

ピンと伸ばしたその手が、吸い寄せられるように蝶に伸びていき、
ヒラヒラと不規則な軌道で飛ぶそれを、次の瞬間、しなやかな二本の指がしっかりと挟みこんでいた。

地表に降りると、いちごは一直線にそれを姫子にさし出して、言った。

いちご「あげる。」

いちごは姫子の喜ぶ顔を想像して、得意げになっていた。
しかし、それに反して姫子はあまり嬉しそうな顔をしていない。

姫子「…死んじゃった…」

いちご「え?」

いちごは、姫子が喜んでくれなかったのが意外だった。
その理由が分からずに、姫子に聞いてみる。

いちご「どうしたの?」

姫子「殺しちゃ、ダメだよ…」

姫子の掌に乗っているそれは、もう動かなくなっていた。
それを見て、いちごは心臓をつかまれたような気分になった。

いちご「…ごめんなさい…」

姫子「もう、こんな事しちゃだめだよ。 私のために捕まえてくれたのは嬉しいけど、死んじゃったら、取り返しが付かないんだから…」

いちご「取り返しが、つかない…」

姫子「そう、もとに戻すこと、出来ないでしょ?」

いちご「…出来ない。」

姫子「それが、取り返しが付かないってことだよ。 だから殺しちゃ、いけないの。」

いちご「…ごめんなさい。」

姫子「埋めてあげよっか…」

そう言って、姫子は植木の根元に穴を掘って、動かなくなった蝶を置いて、土をかぶせてやっていた。
いちごには、何故土に埋めるのか分からなかったが、その場に置いておくよりはずっといいのだろう、と思っていた。

姫子が蝶を埋め終わると、いちごはさっきから気に掛かっていたことを俯きながら、か細い声で聞いてみた。

いちご「今ので私のこと、嫌いになった?」

姫子「ううん。 そんなことないよ。」

いちご「でも私…取り返しの付かないことを…」

そう言って、いちごが蝶を潰した指を見たとき、その指からかすかにハーブのような香りがすることに気がついた。
この香りが、蝶の魂のようなものなのかな、といちごは思っていた。

姫子「そうね…でもまた同じことをしようって、思わないでしょ。」

いちご「もうしない。」

姫子「それが人間なんじゃないかな? 間違いを犯すけど、それを間違いだって気づくことができて、二度と繰り返さない。」

いちご「…」

姫子「あたしだって、数えきれないくらい、取り返しの付かない間違いを犯してきているんだろうし…」

いちご「…そうなの?」

姫子「そうよ、そんなあたしのこと、嫌い?」

いちご「ううん。」

姫子「でしょ、だからあたしも、あなたが一つ間違いを犯したからって、嫌いになったりしないよ。」

そこまで聞いて、ようやくいちごに笑顔が戻った。
それを見て、姫子は感想をストレートに言葉にしてみた。

姫子「フフフ…あなたやっぱり、可愛いね。」

いちご「…/////////」

それを聞くやいなや、いちごはまた、俯いてしまった。


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