第六話 機械の記憶!

憂が死んでから、唯は部屋に閉じこもりがちになった。

憂は予備機のジェガンで無断出撃したのだそうだ。
今になって考えても、聡明な妹が何故そんな軽率なことをしたのか、唯には分からなかった。

分かっていることは、もう妹に触れることも、その声を聞くことも出来ない、という厳然たる事実だけである。
そしてそれは、現実の、唯にとって最も残酷な一面であった。

唯「…」

和「ねえ唯、酷い事言うようだけど、引き篭っていても状況は変わらないわよ。」

唯「…」

和「あなたがそんなふうで憂が喜ぶと思っているの?」

唯「…」

和「…また来るわね。」

和が何度も様子を見に来ているが、唯は一言も口をきかない。
泣いているか、そうでないかくらいの違いしかないのだ。

部屋の外には、MS隊のメンバーが暗い表情で待っている。

律「…唯、どうだった?」

和「まだ一言も喋らないわ…もうダメかも知れない…念のため、梓ちゃんは鈴木さんと小隊を組んで訓練しておいて。」

梓「そんな…。」

澪「唯、憂ちゃんのこと、すごく大切にしていたからな…私らにはどうにも出来ない…」

紬「でも元気な唯ちゃんがいないと、私達も辛いわ…」

和「私もいろいろ、試してみるわ。 それじゃ。」

和には、唯を再び戦線に復帰させるための策があった。
しかし、唯が幼馴染の親友であること、道徳的な問題があることなどから、それを躊躇していたのだ。

一人で悩んでいるうちに、気がついたら艦長室に来ていた。

艦長「真鍋少尉か、何だ?」

和「平沢少尉のことですが…」

艦長「…ああ、ロンデニオンに戻ったら療養所に入院させるか?」

和「…ロンデニオンに戻るのですか…?」

艦長「昨日ラー・カイラムから連絡があってな、後でミーティングをやるから詳細はその時話すが、取りあえず一度戻る事になった。」

和「パイロットの補充も?」

艦長「それはちょっとキツイな。 ウチは損害が軽微な方だし、クラップ級は本来MS6機を運用する母艦だ。 今でもかなり整備なんかがいっぱいいっぱいなんだぞ。」

和「やっぱり無理をしていたんですね…私が考えたMS運用で随分迷惑を掛けたみたいで申し訳ありません。」

艦長「まあ何とかギリギリだったよ。 搭載機が整備性に優れたジェガンじゃなければとっくに整備兵が過労でくたばっているだろう。」

艦長「しかしおかげでMS部隊も整備も練度は飛躍的に向上しているから、悪い面ばかりじゃないぞ。」

和「分かりました。 それで平沢少尉のことですが、もう一度パイロットとして使えるように働きかけてみようと思います。」

艦長「強化人間にでもする気か?」

和「…似たような方法ですが…」

和の表情が陰ったのを、艦長は見逃さなかった。

艦長「言ってみたまえ。」

和「回収した予備機の戦闘データからシミュレーターを作って、彼女に訓練をさせようと思います。」

それで、艦長には和が何を言いたいのか、分かった。

和「データを閲覧したところ、予備機を撃墜した敵はフィフス・ルナ争奪戦時に田井中小隊が交戦したものと同じ特別機です。 ファンネルの母機と考えられます…」

和が話を引き延ばしているのを見て、艦長は和の迷いを見抜いた。
話の流れをたち切って、言い放つ。

艦長「君がどうしたいのか大体わかった。 結論だけ言って見給え。」

艦長の言葉に和が動揺する。
つらい決断なのだろう、と艦長は思った。

和「…平沢少尉の憎しみを煽ってこの特別機にぶつけます。」

艦長は、深くため息を付いてから、言った。

艦長「君に、それが出来るのか?」

和「やります…」

艦長「目が泳いでいるぞ。」

和「…っ!」

艦長「君には、無理だ。」

優しい響きではあるものの、断定的なその言葉に、和が反発する。

和「私は、出来もしないことを提案したりはしません!!」

艦長「私は、君がそんな事をするのを許可しない。」

和「なら、勝手にやります。」

艦長「そう、勝手にやればよかった。 しかし君は勝手にやらずに私に相談した。 なぜだ?」

和「それは…」

艦長「それは、私の仕事だ、ということだ。」

和「違います! 私は艦長に仕事を押し付けるようなマネは…」

艦長「真鍋少尉!!」

和「はい!」

艦長「ミーティング後、平沢を引きずってこい!」

和「…はい…」

艦長「…なあ、真鍋少尉。」

和「…」

艦長「君は、自分だけで背負い込まず、もう少し人に頼ることも覚えたほうがいいぞ。」

和が無言で敬礼し、艦長室を後にした。
艦長は、和に敬礼されたのは随分久しぶりだ、と思った。


――

スウィート・ウォーターに向かっているムサカ3番艦内の特別室で、いちごの定期検査が行われていた。
強化が不完全な彼女は、こうして定期的にサイコミュ適応のテストをしているのである。

脳波を検出し、ファンネルの動きをCGで再現する擬似サイコミュシステムでの適応試験だ。

部屋の外では姫子が心配そうに待っている。

研究者2「擬似サイコミュ、起動。」

研究者「ファンネル放出をイメージし給え。」

擬似的な物とは言え、サイコミュの重圧はまた頭痛を誘発する。
いちごは、姫子を泣かせたくないと思い、イメージを躊躇した。
その意志は、サイコミュを通じて研究者たちに筒抜けである。

研究者2「拒否してます。」

研究者「若王子少尉、貴官が言うことを聞かんと外で心配そうに待っているパートナーと二度と逢えなくしてやるぞ。 いいのか?」

いちご「…!!」

研究者2「擬似ファンネル、放出確認。」

研究者「ターゲットをイメージして攻撃指令。 外したらパートナーを転属させるからな。 そうしたら、また独りになるなあ。」

いちご「…当たれ!!」

研究者2「…命中。 ターゲット消失。」

研究者「いい成績だ。 十五分間パートナーとの面会を許可する。  十五分後、テストを再開する。」

擬似サイコミュのシステムを操作していた二人目の研究者が、外に出て姫子に語りかける。

研究者2「いい成績です。 彼女をできるだけ褒めてやってください。 十五分後、テストを再開します。」

姫子「…分かりました!」

いちごが、部屋の外に出される。
姫子はすぐさまいちごを自分の隣に座らせて、その肩を抱き、体調を気にかけた。

姫子「大丈夫? 苦しくない?」

いちご「平気。」

姫子「成績良かったって! 頑張ったね!!」

いちご「…ん//////」コクリ

姫子をダシに脅されていることは、伝えない。
余計な心配をかけるからだ。

いちごは、何度も時計を見ながら落ち着かない様子だ。

姫子「どうしたの? 時間、気になるの?」

いちご「十五分間は、短い…。」

姫子は、そんないちごを可愛いな、と思って、優しく諭した。

姫子「テストが終わったら、今日はずっと一緒にいられるよ。 だからもう少し頑張ろ。」

いちご「…それなら頑張る//////」

いちごは、それならば時間は早く過ぎたほうがいい、と思い直した。
今度は、時間が過ぎるのが遅いとでも言うように、時計を何度も確認する。

姫子「…テスト、早く終わるといいね。」

いちご「…!/////////」

姫子のその言葉で、ようやくきまり悪そうな顔をして、時計を気にするのをやめたのだった。

――

特別室では、研究者2名がいちごのデータを分析している。

研究者「典型的なパートナー依存型だな。」

研究者2「パートナーをダシに脅しをかけた瞬間、言うことを聞くようになりましたからね。」

研究者「しかし不安定なのは変わらんな…このパターンは、パートナーを失うと途端にダメになるからな。」

研究者2「ですが考え方を変えると、パートナーがいる間は、戦力になるということですよ。」

研究者「パートナーの使い方次第か…スウィート・ウォーターに帰ったらヤクト・ドーガのサイコミュとの調整もしなくちゃならんから、パートナーにも頑張ってもらわんとな。」

研究者2「とにかく今度はパートナー同伴でテストをやってみましょう。」

研究者「そうだな。」

研究者が、いちごだけを部屋に入れる。
それと入れ替わって、二人目の研究者が、外に出て姫子の方に話しかけるのが見えた。

いちご「・・・」

研究者「今度はパートナー同伴でテストをやってもらう。 外したら、パートナーがどうなるか分かっているな? 独りぼっちは嫌だよな?」

いちご「外さない。」

部屋の外では、人当たりのいい二人目がにこやかに姫子に説明している。

研究者2「今度はあなたもテストに同伴してもらいます。」

姫子「あたしが?」

研究者2「ええ、彼女を励ましてあげて下さい。」

姫子「分かりました!」

研究者2「では、こちらへ。」


姫子が特別室に入ると、いちごはすでに擬似サイコミュシステムのシートに座らされていた。

姫子「若王子さん! 無理しないでね!」

いちご「…ん。」

姫子「側にいてあげるから、辛かったらいつでも言ってね!」

いちご「…ん//////」

顔を赤らめて微笑むいちごを見て、研究者達が顔を突き合わせる。
愛らしいいちごの表情の変化も、彼らにとっては、単に実験における一つのファクターに過ぎなかった。

研究者2「擬似サイコミュ、起動。」

このテストで、いちごがターゲットを外すことは、無かった。


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