敵に接近しすぎないように、攻撃に使うのは信代のランゲ・ブルーノ砲だけである。主に艦に向かって撃つのだ。
姫子はそれを掩護するだけだ。
任務はあくまで陽動である。これで充分なのだ。

信代「ちょろいもんだね。」

戦場を見回すと、敵に深く突っ込むギラ・ドーガの編隊が見える。

姫子「真面目にやってるMS隊もいる。 どこの機体かな?」

信代「レズンの編隊じゃないか? 目立つ色に機体を塗っちゃったりしてさ、ありゃいつか死ぬよ。」

信代「あ~あ、奴に引っ張られて他の連中も随分頑張っちゃっているね…ただの無駄死にだ!」

姫子「そういう酷いこと言っちゃ駄目じゃない!」

2機は、レズンの編隊に流されずにそのままの調子で陽動を続けた。
信代の言う通り、ただの時間稼ぎで損害を出したらつまらないのだ。

和が異変を感じ取ったのと同時に、艦では予備機のジェガンがエレベーターでカタパルトまでせりあがってきた。
艦長は、それを見て軽いめまいを覚えた。

艦長「おい! そのジェガン! 誰が乗っているんだ!!」

憂「私、お姉ちゃんのところに行きます!!」

艦長「平沢妹か!! やめろ!!」

艦長「カタパルトを使わせるな!!」

カタパルトが駄目と分かるやいなや、憂のジェガンはカタパルトのロックを外して宇宙空間に浮かび上がり、そのまま戦闘宙域に消えていった。

艦長「あいつ、帰ってきたら独房入りだぞ!!」

あくまで帰ってくることができたらだ、と艦長は思った。

憂は、初めて乗るMSの挙動に驚愕していた。

憂「動きが…軽い!!」

一度だけ、唯にシミュレーターをやらせてもらったことがある。
しかし、Gを体に感じる実機は、コンピューターのシミュレーションとは全く違うものだった。

憂「ええっと…敵は?…お姉ちゃんは…?」

唯達は艦の付近で防御の隊形を取っていたのだが、
よく周りも見ずに逃げるように艦から離れた憂には見つけることが出来ない。

姉の事を考えると、無線に呼びかけることも出来なかった。
戦闘中に気を散らせたらマズイという配慮である。

憂は、広い宇宙空間で、戦場の光を頼りに一人で姉達を探すことにした。
そしてそれは、最も間違った選択であった。

いちごは、戦場を俯瞰していた。
出てきたはいいものの、姫子が危ないという感じはない。
そうでないなら、彼女に姿を見せない方がいいのだ。
姫子に心配を掛けることが、今のいちごにとって一番辛いことだった。

いちご「敵は…混乱しているの?」

自分たちを苦しめた敵は、陽動をそれと読み切れずに、浮わついた動きをしている。

いちご「ロンド・ベルとはいえ、所詮は素人…。」

その時いちごは、ふらふらと迷うように戦場を移動するジェガンを見つけた。

いちご「素人だから、あんなのも出てくる…あれなら…」

シャクルズを、さ迷うジェガンの方に前進させる。

いちご「ファンネルなしでも、やれる!!」

ファンネルを使って自分が苦しむと、姫子が泣く。
そう思っていちごは、シャクルズから離脱し、腹部のメガ粒子砲をジェガンに向けて発射した。

憂「うわっ!!」

憂は、刺すような殺気を感じて、反射的にジェガンを操作していた。
紙一重でメガ粒子ビームが抜けていく。

憂「ライフルを…」

撃つ。
敵がビームをかわす航跡がスラスター光で確認できる。
殺気。
避けた。と同時にビームが飛んできた。

憂「シミュレーター通りだ…やれる!!」

ビームを避けると、自信が湧いてきた。
姉が自分を自慢する声が脳裏に響く。

唯『憂はよくできた妹です!』

憂「そうだよ、お姉ちゃん! 私、出来るよ!」

来る、と思って避けると、やはりビームが抜けていった。
こうなれば、確信を持って回避行動に移ることが出来る。

憂の手が、滑らかにアーム・レイカーを操作し、その足がフットペダルを適正な量だけ踏みつける。
そして、ジェガンは与えられた性能をフルに発揮して滑らかに宇宙空間を泳ぐのだ。

唯『すごいね憂! 操縦、私より上手いよ!!』

憂「私、お姉ちゃんの、自慢の妹だから!!」

敵が、近い。
憂がアーム・レイカーのフィンガーホール内にある武装の切り替えスイッチを押すと、ジェガンの装備はライフルからサーベルに持ち変えられた。

そのまま、アーム・レイカーをさらに手前に引き込み、フットペダルをほぼ全開にして敵に急接近する。
その際、機動が直線的にならないように、
アーム・レイカーを細かく左右に捻り込み、フットペダルを踏む力に微かな強弱をつけることを忘れていない。

憂の腕と足の動きに連動して、ジェガンが上下左右に機体を揺らす。
回避機動をとりながら急接近しているのである。

目標との距離が接近すればするほど、少しの動きで目標がセンターから外れるようになる。
そのため、接近戦時は真っ直ぐ、単調に敵を追いかける機動を取りがちになり、それが大きな隙になるのだ。

だから、腕のいいパイロットはこうして細かく動きに変化をつけながら敵に接近する。
しかしこれは、ラー・チャターMS隊の誰もが、理論はわかるが実践は出来ない高等技術であった。

憂は、初めての操縦でそれをやっているのである。

憂「お姉ちゃん! こいつを倒して、すぐに行くからね!!」

敵はすぐそこだ、必ず勝って、お姉ちゃんの所に戻る。

みんなにパイロットとして認めてもらい、側でお姉ちゃんを守ってあげる。

脳裏に焼き付けている唯の顔が、笑顔になった。

もう一度それを見るまで、私は死ねない。


素人みたいな敵に、ことごとくビームを避けられた。
いちごは、驚きを隠しきれない。
しかも攻撃をかわすたびに、敵の動きはシャープになってくる。
最早素人の動きではない。

いちご「ニュータイプとでも、言うの?」

ファンネルを、と思ったが、やめた。
姫子の言いつけを破って出てきてしまったのだ。
それを謝るだけにしたい。

何食わぬ顔で帰ってきて、元気なところを彼女に見せるのだ。
心に刻み込んだ、姫子の笑顔が心を揺らす。

いちご「私に、あいつほどの才能があれば、きっとファンネルも上手く扱える…」

具合が悪くならない戦い方が出来れば、次から安心して作戦に連れて行ってもらえる。

今みたいに、嘘を付いてこっそり後から行くのではなく、堂々と、彼女が危ない時に側で助けてあげられる。
心配を、かけることなく。

いちご「そうすれば、立花さんも悲しまない…。」

自分を抱き締めて泣いた姫子の顔が、脳裏に浮かぶ。
そしてそうさせてしまった自分の情け無さを、噛み締める。

いちごは、気が付くとコックピット内で叫びだしていた。
それは、彼女にとって初めての体験である。

いちご「…その才能、憎い…憎い、憎い、憎い!!」

目の前の敵を見据える。
コイツには分かるまい。大切な人を泣かせてしまう辛さなど。

私の、苦しみなど。

いちご「…殺す。」

サーベルを発振する。

ファンネルを使わなかったのは、ちょっとマズかったかな、と思ったが、もう遅い。

でも、必ず生き残って、スウィート・ウォーターに帰って立花さんと一緒に色々なところに行く

楽しみにしている未来の予定があるのだ。

こんな所で、私は死ねない。

サーベルとサーベルがぶつかり合い、スパークがはじけた。
一度離れた後、お互いがサーベルを構えて、突進する。


次の瞬間に、あっさりと勝負は付いていた。

戦場の信代に、艦から通信が入る。
民間機がいる、というのである。
敵と戦っている連中もそれに気づいたのか、後退の発光信号も見える。

信代「民間機が居るのか? それじゃあ戦闘は続けられないねえ。」

2機は、素早く撤退する。

姫子「あたし達の損害は、無しね!」

信代「こんな戦闘で死んじまう奴は、アホだからね。」

姫子「どうしてそう口が悪いの?」

信代「軍隊なんてやってると、自然とこうなってしまうだろう?」

姫子「そんな理由で、いじめもやるの?」

信代「それとこれは別。 あいつは気に食わないんだよ。」

姫子「彼女は必死に頑張っているのに!」

信代「お説教は聞かないよ!」

姫子「ま…いっか。 もうあたしがいじめなんかさせないから!」

ムサカ3番艦が、見えてくる。
姫子は、そこで待っているいちごに会えるのが、うれしくてたまらなくなった。

――

戦闘が終わり、唯たちも帰投中だった。

澪「民間機はどうしたんだ?」

和「ラー・カイラムが収容したそうよ。」

律「しっかし、民間のシャトルがなんでこんな所にいたんだよ!! 邪魔だなあ!!」

和「損傷して流されてきたみたいよ。」

その時艦から、通信が入った。

艦長「平沢少尉は居るか?」

唯「はい…健在です。」

艦長「話がある。 艦に帰ったらすぐ艦長室に来い。」

それだけ言って、艦長は通信を切った。

律「唯、なんか問題起こしたのか? 艦長、なんか怖かったぞ。」

唯「ほえ? 私、何もしてないよ。」

梓「唯先輩のその言葉は信用出来ません。」

純「梓は相変わらず唯先輩に突っかかるね~。」ニヤニヤ

紬「純ちゃんいいところに突っ込むわねえ!」ポワポワ

着艦してMSをハンガーに固定すると、澪が異変に気づいた。

澪「予備機のジェガンが足りなく無いか?」

律「消耗した艦に分けたのかな?」

澪「…そんな暇あったか…?」

唯「私、艦長室呼ばれてるから、行くね。」

そう言って、唯がコックピットハッチを出る。
そのままなれた動きで、MSデッキの出口に向かった。
その背中に、律の冗談が心地良い。

律「おう! 怒られてこい!! 帰ってきたら慰めてやっからよ!!」

澪「おい律! まだ怒られると決まったわけじゃないだろ!!」

紬「お茶の用意をして待ってるわね~」

唯「憂の分もお願い! いつも心配して待っていてくれてるから、一緒にお茶したいんだよ~!」

紬「分かったわ!」

四人が、お茶の用意をしに、急いで休憩室に向かった。
いつも通りの行動である。
いつもと変わっていることといえば、憂のお茶が用意されるということだけだった。


――

自機のMSハンガーの隣が空になっているのを見て、姫子は血の気が一気に引いていくのを感じ、次の瞬間、取り乱していた。

姫子「ブリッジ、若王子少尉はどこですか!! 機体が見当たりません!!」

異変に、信代が気づく。

信代「あん? どうしたんだい?」

それと同時に、ブリッジからメンドくさそうな返事が帰ってくる。

通信手「強化人間なら貴官らが出撃したあとに勝手に出ていったぞ?」

姫子「…そんな…」

姫子は、目の前が真っ白になった。

姫子「どこに…彼女は健在なのでしょうか!! ブリッジ!!」

通信手「今まで戦闘中だったんだ。 ミノフスキー粒子が濃くてな、生きてるのか死んでるのかも分からんよ。」

姫子「お願いします…彼女を探してください…あたしも出して捜索させてください…」

通信手「無理だな…本艦だけ艦隊を外れる訳に行かない。」

姫子「お願いします…お願いします…」

姫子が涙声になっているのが、信代の心に痛かった。

信代「捜索なら…あたしが行くよ…あんたが行ったらもしもの時、ロンド・ベルに突っ込みかねない。」

信代「ブリッジ!! 足の長いシャクルズで行くよ!!」

信代が、空いているシャクルズの方に流れていった。

信代「ブリッジ、いいね!! 出るよ!!」

通信手「…その必要はない。」

信代「何、その必要がないって!? どういうこった!!」

姫子はその言葉に絶望した。

捜索の必要がないとは、つまりそういう意味であることが多い。

姫子「若王子さん…」

その時、デッキに軽い振動が走り、赤い機体が滑りこんできた。
モノアイが移動し、姫子のギラ・ドーガを捉える。
レーザー回線が開かれ、姫子の正面のモニターにいちごの顔を写したサブウィンドウが開かれた。

いちご「…ただいま。」

いちごの赤い機体が姫子の隣に固定される。
いちごはサブウィンドウ内の姫子がうつむいたままなのが気になった。

いちご「…どうしたの?」

顔をあげると、サブウィンドウ内の姫子は涙でグチャグチャだった。

姫子「心配…したんだからね…」

いちご「…ごめんなさい」

いちごは、また姫子を泣かせてしまった、と思った。
そして、自分が一緒に泣けないことを少し寂しい、と感じた。


第五話 陽動! おわり

次回は第六話 機械の記憶!



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