第五話 陽動!

ブリーフィングルームでは、律が艦長に文句を垂れていた。
和の前でいじめると、艦長はなんとも言えない情けない表情になる。
それが面白くて、律はこうして艦長に絡むのが日課になっていたのである。
慇懃に敬語を使い、艦長をいつもの通り追い詰める。

律「サイド2からレーザー攻撃でフィフス・ルナを破壊するという計画はどうなったのですか? 艦長殿?」

艦長「ネオ・ジオン派の工作員に阻止されたらしい…」フニャ

律「アテにならない計画でしたねぇ…で、敵はどこへ向かっているのですか? 艦長殿?」

艦長「スウィート・ウォーターに帰投中だと思うが、月に行くようにも、サイド1に行くようにも見える…」フニュ

律「つまり分からないと…?」

艦長「…それがわかれば苦労はしないさ…」ヘニャ

律「あ~あ、また後手後手かよ!」

艦長「…」シュン

耐え切れなくなった和が、律を制する。

和「律! 言い過ぎよ! サイド2のレーザーのことも、敵の進路がいまいち掴めないことも、別に艦長が悪いわけじゃないでしょ!」

その言葉を聞いて、艦長が和に縋りつくような視線を向ける。

艦長「真鍋少尉…助けてくれるのか?」パアァ

和「勘違いしないでください!!ミーティングの進行上無駄な意見だと思ったから制したまでです!!」

律「和も艦長に冷たすぎるなあ…意識してるのか?」ニヤニヤ

純「そうかも知れませんね! きらいきらいもスキのうち!」

和「あなた達…いい加減にしなさい!!」

紬「ハァ…またこれだ…」イライラ

澪「とにかく、敵がどう動くかわからないのだから、監視を続ける必要がありますよね。」

艦長「…そうだ。 シャアは隕石を落として地球を寒冷化させるのが目的らしい。 どれくらい本気なのかわからんが、今回のフィフス・ルナ落としではまだそれは完全じゃない。」

艦長「というわけで、奴らから目が離せんのだ!」

唯「隕石落としなんて…どうしてそんな事をするんだろう?」

和「地球に人が住み続けるのが気に入らないそうよ。地球から、宇宙を見上げるだけの人々は粛清して、地球を自然に返したいって言うのがこの数ヶ月で分かった彼の意見ね。」

唯「隕石落として核で汚染したら自然も無くなっちゃうよ。 そしたら地球は、敵が落とした隕石とあまり変わらない星になっちゃうんだよ。」

和「地球から宇宙を見上げている人々を批判しておいて、私には彼らは宇宙から地球を見下ろしているだけに思えるわ。」

純(また難しい話だ…暇だなあ。)

和「彼らにとっては、地球はあくまでシンボルだから、何も住めない星になってしまっても、その青い姿を宇宙から確認できれば満足なんでしょうね。」

唯「そんなの良くないよ…絶対止めなきゃ!!」

梓「ですね!!」

艦長「まあ、私の言いたいことは、これからはいきなり状況が動くこともありうるから、いつでも動けるようにしてくれ、ということだ。」

ミーティングが終わると、訓練だ。
ジェガンは経験した戦闘から、すぐにシミュレーターを作り出せる。
澪は恵が死んでから、暇さえあればこのシミュレーターで訓練していた。
それに、他のメンバーも付き合っているのだ。

澪「よし、今日もやるぞ!」

和「前回の戦闘で分かったと思うけど、個人の腕よりもチームワークを優先して訓練してね。」

澪「分かっている、律、準備はいいか?」

律「いつでもOKだぜ!」

唯「私達も行くよ、あずにゃん!!」

梓「はいです!!」

四人がそれぞれのコックピットハッチを閉め、シミュレーターを起動する。

紬「私たちはいいの?」

和「昨日みっちりやったし、今日は休みましょう。 休息も仕事のうちよ。」

純「やったあ! 休みだ!!」ヤッホーイ

和「あなたは訓練してなさい!!」

純「は~い…」ションボリ

和「私は対ファンネル戦術を論文にまとめる作業をすすめるわ。 これを全部隊に徹底すれば、サイコミュ兵器全般が驚異でなくなると思うし。」

紬「忙しいのね、手伝う?」

和「ありがたいわ。 お願い。」

純がジェガンのコックピットに入り込むのを確認してから、和と紬はMSデッキをあとにした。

ちゃんと見ていないと、純はサボるかも知れないのだ。

和の部屋に二人が向かう途中に艦長が待ち伏せていた。
紬は、それを見て露骨に嫌な顔をした。

艦長「真鍋少尉、ちょっといいかな?」

紬「…行きましょ、和ちゃん。」ムスッ

和「え…ええ…」

艦長「待ってくれ…大事な話なんだ…」

紬「和ちゃんは忙しいんです!!」ギロ

艦長「あうあう…ごめんなさい。」アタフタ

和「後で艦長室へ伺います。」

紬「その必要はないわよ。 どうせろくな事じゃないわ。」

艦長(琴吹少尉はなんだか非協力的だなあ…なんでだろう?)

艦長は、二人を見送ることしか出来なかった。
この弱腰が、彼のいけないところであった。

和と紬は論文をまとめる作業に入った。
増加装甲と散弾によるサイコミュ兵器対処の概念は、後のRGM-89S スタークジェガンの運用にも影響を与えることになる。
紬は作業の合間の休憩時間に、和に露骨に宣言した。

紬「和ちゃん、艦長にはあまり関わらない方がいいわ。」

和は、ちょっとムキになって聞き返す。

和「どうして?」

紬「和ちゃんのためを思って言ってるのよ。」

和「確かに艦長は私のことをのけ者にしてパイロットを辞めさせようとしているけど、積極的に働きかけないとこの状況は変わらないわよ。」

何故自分が艦長のことでムキになってしまうのか和はまだ分からない。

紬「違うのよ、艦長、和ちゃんのこと、いやらしい目で見ているのよ。」

和「え…そうなの?」

紬「そうよ、いつもジロジロとエッチな目で和ちゃんを見ているわ。」

和「…」

紬「ともかく、艦長はケダモノだから、もう和ちゃんから話しかけたりしちゃダメよ!」

和は、驚きを隠しきれない。
紬は、これで嫌なものを見なくて済むようになる、と考えていた。
しかし紬の誤算は、ここで和が艦長を避けるようになってくれると思ってしまったことだった。

和(まあ、あの腰抜けはどうせ何もできないから特別避けたりしなくてもいいわよね…)

真鍋 和は一筋縄で行くような人間では、なかった。

――

艦長室で、一人の女性が部屋の主の帰りを待っていた。
ドアが開く。
今まさに、その主が帰ってきたところだ。

艦長「スマンな、真鍋少尉が捕まらなかった。」

憂「そうですか…」

艦長「しかし医務官も人手不足だから、君のパイロットへの転向は認められそうにないぞ。 うちはパイロット多いし。」

憂「お願いします! パイロット適性はあったはずです! お姉ちゃんと一緒に戦いたいんです!!」

艦長「でも、パイロットになったからってすぐ実戦にでられるわけでもなくてな…始めは予備パイロットから…」

憂「とにかくお願いします!!」

艦長「ううむ…艦隊勤務やってきて、こんな事は初めてだ。」

憂は、姉の唯が着任してきてから、しきりにパイロットへの職域変換を希望してきたのである。

それを艦長は、和に相談しようと思っていたのだ。

艦長「取りあえず、また真鍋少尉に取り合ってみるから、今日のところは医務室の勤務に戻りなさい。」

憂「あの…私から和さんに相談するわけには…」

艦長「駄目だ!! 話がややこしくなってしまう!!」

本当は、和に会う口実が欲しいだけの艦長であった。


―――

姫子は、ブリーフィングルームを訪れていた。
信代もいる。

戦術士官「今回の任務は陽動だから、この艦からは一個小隊も出せばいい。損害は出さないようにしろ。」

信代「どんな作戦なんです?」

戦術士官「総帥のランチが連邦政府との交渉のため、ロンデニオンへ向かう。それをロンド・ベルの目から逸らすだけの作戦だ。」

信代「強化人間にうってつけの作戦じゃないか。」

姫子「そんないい方ってないでしょ!? それに彼女はまだ本調子じゃないの!」

嘘だった。
姫子は単純にいちごをなるべく戦闘に参加させたくないのだ。

サイコミュを使えばまた苦しむことになるからである。
大丈夫、とは言うものの、いちごの苦しみ方は尋常でなないと姫子は感じていたのだ。

信代「じゃあ貸しにしとこうか? 私と潮が出るからさ。」

姫子「太田さんの代わりに私が出るわ。 それで貸し借りなしでしょ。」

姫子は直感的に、信代に貸しは作れないような気がした。
いちごをいじめているような相手である。当然の判断だと思った。

信代「強化人間はアレだけど、あんたなら信頼できる。 後ろは任せたよ!」

姫子「決まりね。 戦術士官殿、うちからはあたし達2機で行きます。」

姫子は、このさっぱりした性格の持ち主が、何故いちごをいじめるのか理解できなかった。

いちごの部屋に行くと、最初に彼女から発せられた言葉に姫子は度肝を抜かれた。

いちご「作戦があるの?」

姫子「そ…そうよ、今回は私だけでいいの。 あなたは休んでて。」

とっさのことだったので、嘘は言えなかった。
すかさずいちごが姫子の予想通りの反応をする。

いちご「私も行く。」

姫子「ダメよ、あなたは少し働き過ぎだわ!」

いちご「問題ない。 それに、ちゃんと戦わないと役に立たないと思われて廃棄処分される。 あなたの役に立ちたい。 連れて行って。」

姫子「あなたは疲れているわ。 それに今度ヤクト・ドーガとか言うのを使わせてもらえるみたいだから、上もあなたのこと、ちゃんと認めているのよ。 処分なんてされないわ。」

いちご「…」

姫子「今日は、しっかりと休息を取ること。 分かった?」

いちご「…分かった。」

姫子は物分りのよすぎるいちごに何の疑いも持たなかった。
作戦の話題は避けて、話を別に持っていく。

姫子「この作戦が終わったら、スウィート・ウォーターへ一度帰れるでしょ? そしたら上陸して、色々なとこに行こうね。」

いちご「色々な、ところ?」

姫子「そう! きっと楽しいよ!」

そう言うと、姫子がいちごに背中を向けて

姫子「そろそろ時間かな…じゃあ行って来るね!」

と、言いながら、部屋を出て行った。
部屋に残されたいちごは

いちご「色々な、ところ…」

独り、そう呟いていた。

それから少しして、艦内放送のスイッチが入る音が、ぷつりと響いた。
総帥の訓示である。

「フィフス・ルナ落としの作戦は、ネオ・ジオン軍として初めての艦隊作戦であった。 この作戦で諸君らの働きを見せてもらい、感動している…」

いちご「色々なところ…楽しみ…。」

いちごには、その放送が全く聞こえなかった。

ムサカ3番艦のカタパルトから、信代、姫子の2機のギラ・ドーガが射出された。
シャクルズというSFSに2機が取り付き、そのまま加速する。

信代「陽動で死んだらつまんないからね、適当にやって引くよ。」

姫子「了解。」

2機を乗せたシャクルズが、敵に察知されるかされないかの距離まで来たとき、いちごはハンガーに固定されている自機のコックピットに滑り込んでいた。

MSを起動させると、ブリッジから通信が入る。

戦術士官「サイコミュ試験型の出撃命令は出ていないぞ!!」

いちご「立花さんの側に…行かせて。」

3番艦艦長「射出しろ! シャクルズの使用を許可する!」

いちご「感謝する。」

いちごのサイコミュ試験型が1機だけ遅れて射出される。
それを見送ると、戦術士官が恐る恐る口を開いた。

戦術士官「…いいのですか?」

3番艦艦長「まあ、いいんじゃないか? 数が多いほうが陽動と気付かれにくいしな。」

要は、失敗作の強化人間のことなど、どうでも良かったのである。


――

敵をキャッチした、ラー・チャター艦内にけたたましいサイレンの音が響き渡った。

通信手「敵MS確認!! MS部隊は迎撃翌用意!!」

唯達は、普段では考えられないような俊敏な動きでMSのコックピットに滑り込み、ジェガンを起動させた。

唯「あずにゃん!!」

梓「行くです!!」

和「月とサイド1の中間で…どういう作戦なのかしら…二人共、準備はいい?」

純「いつでもどうぞ!!」

紬「いいわよ!!」

律「澪、怖くないか!!」

澪「大丈夫だ!!」

その時、ノーマルスーツ格納庫では、憂がパイロット用スーツを着込んでいた。
もちろん命令されたわけではない。独断行動である。

憂「これでよし…何食わぬ顔していればバレないよね…」

通路に出る。
不安だったが、誰も怪しむものはいなかった。

憂「私が待ってばかりいても、敵は待ってくれない…そしていつお姉ちゃんがやられるか分からない…」

憂「なら、無理してでも自分から動くしかないよね…」

憂は、損傷したMSばかりになった格納庫に漂い、まだ新しい予備機のジェガンに吸い込まれるように乗り込んだ。

出撃すると、すぐに戦端が開かれた。

和「唯達は右、律達は左!! 私たちは中央で、攻撃があればサイコミュ対処!!」

シャクルズから散開したギラ・ドーガにビームライフルを撃ちまくる。
和は、手応えの無さに顔をしかめた。

和「接近してこないわ…攻める気がないのかしら…?」

しかし、戦場を見ると、激しい攻撃が行われている場所もある。

唯「あ! ラー・カイラムが攻撃された!」

深くまで突っ込み、ラー・カイラムに取り付く数機の編隊と、つかず離れずで戦いを避けているようにも見える編隊。
和は意味が分からなくなった。

和「敵の動きが変! 何かの罠かもしれないわ! 気をつけて!!」

和は、警戒しながら防御の態勢をとった。
優秀ではあっても経験の浅い和には、こういうハッキリしない状況は判別のしようがなかった。
だから、防御を固めて様子をみるしか無かったのである。


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