第四話 不快!

着艦した信代は、自分の編隊が一機足りないことに気がついて、声を張り上げていた。

信代「佐野さんがいないよ!! どうしたの!?」

それを聞いて、編隊長をやった飯田慶子が口惜しそうに報告する。

慶子「ジェガンにコックピットを貫かれてさ…どうしようもなかったんだ…」

その時、ハンガーに固定されたサイコミュ試験機のコックピットからいちごが流れだすのが見えた。

潮「あいつ、今日はやたらと動きが悪かったよ!! あたしらの掩護だからって、きっと手を抜いたんだ!!」

信代「そういうコトかい! 今日は強めにお仕置きしないとね!!」

信代がアイ・コンタクトを取ると、三人はいちごを囲むようにデッキの入り口に流れっていった。

頭が痛い。
体も痺れてくるような感じだ。
ぼんやりと見えるMSデッキの出口を目指す。

いちご「私は大丈夫…私は大丈夫…」

部屋まで辿りつけるだろうか。
とにかく、姫子に心配をかけるのだけはゴメンだ。
あのおせっかいは、自分の体調が悪いと知るやいなや、何かと手を焼いてくるはずだ。

何故なのかはわからなかったが、いちごはそれが猛烈に不快だったのだ。

デッキの出口がもう少しのところまで迫ったとき、三人の人影がいちごの体を取り囲んだ。

またあの儀式だ。

いちごが感じたのは、底が見えないほど深い絶望だった。

姫子が艦長室に入ると、ニュータイプ研究所から出向していた研究者が艦長の傍らに立っていた。

用があるのは艦長ではなくこちらであるようだ。
冷たい視線で姫子を捉えながら、研究者が口を開く。

研究者「君はあれと小隊を組んでいたみたいだが、あれの調子はどうだったかな?」

姫子は「あれ」というのが何を指すのかすぐに分かったが、
それが許せなかったので研究者を睨みつけながら当て付けるように質問を吐きかけた。

姫子「あれ、とは何のことでしょうか?」ギロ

研究者「強化人間だよ。」

その言い方も、姫子の癪に触った。

姫子「若王子少尉のことでしょうか?」

研究者「分かっているじゃないか。」

姫子「何故、彼女をそんな風に呼ぶのでしょうか? 彼女は一人の人間です。 それを物のように呼ぶなんて、許せません!」

姫子は右の拳を固めている。
研究者を殴りたい衝動を必死にこらえているのだ。

それに気づいていない研究者は調子を変えずに語り続ける。

研究者「強化に湯水のように金がかかったのに、結局あれくらいのデキだったからね。 私等は彼女にたいそう失望しているんだよ。」

研究者「サイコ・フレームの補助がなければ、ファンネルすら満足に操れないんだからね。」

研究者「まあそれでも何とかファンネルを使えているのでな、今度正式採用機のヤクト・ドーガを使わせてやってもいいと思っとるんだが、なにぶん不安定だからなあ…」

姫子が研究者に殴りかかろうとしたとき、研究者の口から発せられた言葉が姫子の脳髄に響いた。

研究者「いつもならサイコミュの干渉でファンネル使用後に頭痛を訴えるはずなんだが、彼女におかしな点は無かったかね?」

姫子の体が、止まった。
少し前の記憶が鮮明に巻き戻る。

戦闘中のキレの悪い動き。
帰投するとき遅れていたいちごの機体。
か細く、「問題ない」と言っていた彼女の口調。

姫子「…若王子さん!!」

姫子は床をけるとそのまま、急いで艦長室を出ていた。

部屋にいちごはいなかった。
嫌な予感がする。
MSデッキに急ぐ。
到着すると、MSデッキの隅で、三人に囲まれてうずくまっているいちごを発見した。

姫子「何やってるの!? アンタたち!!」

信代「あたしらの掩護に手を抜いたから、お仕置きしてるんだよ。」

いちご「…うう…あ…」

慶子「あ~ん? 聞こえないって!! 早くごめんなさいって言えよ!!」

いちご「うう…うう…」

潮「今日は仮病か? ほら、立ちなよ!」

姫子「ホントに具合悪いのよ!!放しなさい!!」

信代「チェッ、今日のところはこれくらいにしておくよ!」

その号令に、三人が帰っていく。
いちごは、うずくまって震えている。

姫子「大丈夫? 医務室行こうか?」

いちご「…」

姫子「苦しかったよね? 気づいてあげられなくて、ごめんね。」

気づいて欲しくなんて無かった。
いちごは姫子に運ばれながらそう思った。

いちご「…部屋に…」

姫子「医務室じゃなくていいの?」

いちご「…あそこは嫌。」

姫子「分かった。」

姫子は、いちごが医務室に行きたくない理由がなんとなく理解できた。
きっと、まともに扱ってもらえないのが辛いのだろう。

部屋に戻ると、すぐに姫子はいちごをベッドに付属している無重力用のシュラフに寝かしつけた。

姫子「痛み止めのお薬があるよ。 飲もうか?」

いちご「もういい、独りにして。」

姫子「でも…」

いちご「お願い。」

姫子が部屋を出て、ドアが閉まると、部屋の中からいちごのうめき声が聞こえてきた。
それを聞いた次の瞬間、姫子はいちごの部屋に舞い戻っていた。

姫子「若王子さん!!」

いちご「来ないで!!」

姫子はその言葉を無視して、いちごの傍らに滑り込み、その体を抱きしめていた。

いちご「離れて! 大丈夫だから! ううっ…!」

姫子「大丈夫じゃないじゃん!!」

姫子は、どうしたらいいのかわからなかったが、しきりにいちごの体をさすったり、頭をなでたりしてみた。
目頭が熱くなり、視界がぼやけてくる。

姫子「まだ辛い? どこが痛むの?」

ただでさえひっつかれて不快なのに、その上涙まで見せ始めた姫子にいちごが冷たい口調で質問する。

いちご「私のことで、何故あなたが泣くの?」

姫子「あなたが辛そうにしているの見ると、悲しいの!」

いちご「じゃあ出ていって。 見なくて済むようになる。」

姫子「あたしがいなくなっても、あなたは苦しいままでしょ? それじゃあ解決にならないもの!」

いちご「泣かないで。 あなたが泣くのを見るのは嫌。」

いちごはそう言った後、自分の口から出たその言葉の優しさに驚愕していた。

こんな事を言いたかったのではない。
もっと、冷たく突き放すような言葉が出るはずだったのだ。

姫子「ありがとう…」

案の定だ。
いちごにとって不快極まりない言葉で返される。
そして、いちごはいけないと思いながらも何故それが不快なのか考え始めてしまった。

姫子「あなたも、辛かったら泣いてもいいと思うよ。」

いちご「出来ない。 涙が一定以上分泌されると視界がぼやけて、戦闘に不利。 そのため必要以上に涙が出ないように強化されている。」

そこまで言って、いちごは泣けないのは損なことなのではないか、と考えてしまった。
しかしすぐにその思考は取りやめた。

姫子「じゃあ、辛かったら辛いって、あたしに打ち明けて。」

そう言いながら、いちごを抱きしめる力が強まった。
その時、いちごは体が楽になっていることに気がついた。
姫子のぬくもりに、頭の痛みが溶け出していくようだ。

そして、何故姫子がそばにいると不快なのか、という謎も解けた。
この温もりに、他人に、すがろうとしてしまう自分が不快なのだ。

姫子「みんながいじめても、あたしはずっとあなたの味方だから。」

その言葉も、最早いちごにとって不快なものではなかった。
自分の表情が変化しようとしている、と感じたが、唇をかみしめてそれをぐっとこらえた。

姫子「大丈夫? 苦しくない?」

いちご「…落ち着いてきた。」

体はすっかり楽になっていたが、離れろ、とは言わなかった。

姫子「若王子さん。」

いちご「何?」

姫子「私のこと、助けてくれて、本当にありがとう。」

また、心の底が粟立って表情が崩れそうになる。
今度は抗いきれず、口元がフッ、と緩んだ。
姫子に気付かれていないだろうか、といちごは不安になった。

こうすれば表情を見られなくて済む、と思って、いちごは姫子の肩越しに顔を持って行き、表情の変化に抗うのを、やめた。

それは、いちごの方からも姫子に抱きつく格好だった。

いちごの顔を見ることは出来なかったものの、その表情を姫子は寸分違うことなく想像できた。


第四話 不快! おわり



6 ※番外編(注意:鬱系)
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