律「………嘘だろ」

律「………………なぁ、おい、ちょっと、唯!!」

唯が、目を閉じて、個室に倒れこんでいる。
その唯は、元の世界の唯ではない。こちらの世界の唯だ。
ちょっとふっくらとした頬、目の下には隈もなく、見てて和むほうの唯だ。
目は固く閉じられて、壁にもたれている。

律(あれ?)

律(ちょっと待った)

律(息は……してるよ)

律(つまり、寝てるってことか?)

律(……………一瞬取り乱して損した)

律(けど、何故ここで寝てる………)

律(何だか昨日とデジャブだが………個室で、寝てる理由……)

律(……ライブが終わった後にゆっくり殺す為、とか………)

律(ははは………そんな陳腐な理由)

有り得るよな。
有り得る。おおいにあり得るよ。
まぁ元の世界の唯がギター弾けて歌えるかってのは疑問だが、それは不可能ではない。


律(てか、今更ながら、この唯制服なんだな……あの派手な衣装じゃなくて…)

律(衣装着替えに行ってくる、って言って。そこで襲われた、とか…?)

律(今こいつを起こすのが得策か否か………)

律(下手に起こして、この唯を外に出したら、パニックが起こるかもしれない…)

律(だがしかし……えーい、やってやるわい、見てろや唯と唯! りっちゃん本気だしちゃうぜ!)


唯「みんなー、お待たせ」

澪「おい、遅いぞ唯」

律「もー、いっつも唯はぎりぎりさんだなー、このーこのー」

唯「へへへー、みんな、ごめんなさい」

梓「結果オーライですよ、唯先輩」

唯「あずにゃーん……あずにゃんはわたしの味方だ!」

律「はいはーい、お決まりのパターンは後でねー」

紬「………………」

澪「紬、今日は無口だな」

紬「わ、わたし、ちょ、ちょっと緊張しちゃって」

律「へー、紬、大丈夫だって、観客の顔全員唯だと思えば万事解決だって!」

紬「………そ、そうね。ありがとう」

澪「? 流石の紬でも緊張するんだ」

律「あたしはそんなもん、したこともないけどな☆」

梓(どの口が言ってるんですか、そんなこと)

和「軽音部のみなさん、楽器の準備お願いします」

澪・律・紬・梓・唯「はーい!!」


私(律)「あー、何とか間に合った……」

唯「え、だから何がどうなってるの、誰かさん」

私「いいからシャベラナイデー。あとで全て説明するからサー」

唯「えー、なんかおかしいよー」

私「ほら、これ持って、みんなに合流しておいで」

唯「これ……なんで持ってるの?」

私「頼む、頼むから気にしないでくれ! この通りだから! あと私の顔凝視しないでくれ頼む!
  それじゃ、私時間だから行くワ! さらばだ少女!!」

唯「わ、ちょっと待って!」

一気に女子トイレから駆け出す。そして、向かう先は決まってる。

軽音部室だ。

もうこれは賭けだ。勝てる確率のものすごく低い賭け。
でも、零じゃない。
たぶん30パーセントくらい……もうちょっと高いかな…そう信じたいところだけど…

私の読みが当たっていれば、元の世界の唯は、ここに戻ってくるはず。

何故って、………そりゃ、ね。

あれがないと、演奏できないもんね。



唯「あれ?」

梓「どうしたんですか、唯先輩?」

唯「ギー太が、見当たらないんだけど」

澪「本当かよ……唯らしいっちゃ唯らしいけど」

律「和、まだ時間ある?」

和「5分あるわよ」

律「5分あれば間に合う! 唯、走ってとってこい!」

唯「……え、えー、とってくるってどこに」

律「どこって、部室しかないだろ! お前今日朝は確実に持ってきてたから、絶対そこにある!」

唯「でも……」

律「急げっ!」





律(私)「……お、演奏聞こえてきたきた」


唯「……………」

律「最初っから君への恋はホッチキスかぁ。選曲誰だよ、紬かな、案外澪かもなー」

唯「………」

律「なぁ、お前はどう思うよ、唯」

唯「………なんで…」

律「ん?」

唯「……なんで……一体どうやって…」

律「あぁ、隙間時間あなどるなかれってこと。
  お前が軽音部に合流して、ステージにギター運んでくだろ?
  んで、一回楽器おろしてみんな喋り出すんだよな。鏡見て衣装直したり、髪直したり、
  緊張ほぐすために喋ったりしてる。
  その時に、こっそり私がそこに忍び込んで、唯のギターを取って、女子トイレに帰る。
  そして、こっちの世界の唯に渡す」

唯「………………」

律「最初は無理かと思ったし、今でも無理だと思ってるけど、
  何というか、宝くじにも当たりくじは必ずあると言いますか、まぁできちゃった訳ですよ」

唯「……………っ」

律「まぁ、一番驚いてるのは、お前じゃなくてあたしなんだけどな」


唯「………ねぇ、じゃましないでって言ったよね?」

律「言われたっけか? りっちゃん忘れちゃったかも☆」

唯「…………いいよ。まだ時間はあるからさ。ライブ終わった後でも、まだタップリ時間はあるから。その時に、」

律「ちょっと待てって唯。話聞いてくれ、あたしの話」

唯「…………どうせ、下らないお説教でもするんでしょ? そういうの、イイから」

律「……まぁ、そんな感じだけど、けど、本当に伝えたいことが」

唯「本当に伝えたいことって、何? 陳腐な言葉でその場だけの涙を流させる気でしょう?
  馬鹿、ばっかじゃないの? 私にとっては、自分の生活のほうがずっとずっと大事なの!
  あなたは自分のことじゃないから、正義のヒーローきどって駆けずり回ってるんでしょうけど、
  私は、わたしは、」

唯「わたしは、自分で幸せな生活を手に入れることにしたの! だから、わたしは、もうにげるのを止めたの!
  だから、りっちゃんからこの世界の話を聞いた時、絶対にこっちの世界にきて、軽音部に入って、
  笑顔で過ごせる生活を送るって決めたの!! だから、じゃましないでよ! ねぇ!!」

律「…………」

律「………こっちの世界の唯の気持ちは、どうすんだよ」

唯「……………」

律「…こっちの世界の唯だって、生きてるんだぜ?」

唯「うるさい」

唯「りっちゃんだって、わたしと同じことやろうとしてたくせに」

律「そ、そんなこと」

そんなこと、なくは、ない。そんなこと、あった。

でも、私は。私は、変わったんだ。そう、今の私は、あの時の私じゃない。

律「……………」

唯「あ、りっちゃんにひとつ言っておきたいことがあったの」

律「………?」

唯が、ニヤリと笑った。唯は、ニヤリとなんか笑わないはずなのに。
唯が、目をそむけたくなるような笑いを浮かべた。

唯「昨日の夜、こっちの世界のあたしとあずにゃんと、公園に居たでしょ?」

律「!? 何でそれを……」

唯「ふふふー、わたしもそこに居たからね」


背筋が、ゾクゾクとした感触に内震える。
体が小刻みに震える。

唯「でさー、その時あずにゃんとあたしが、りっちゃんが死んだらどうするかって話してたじゃん。
  その時に、りっちゃんが死んだら許しませんよー、とか、りっちゃんが死んだら悲しくて泣いちゃうー、っとか2人は言ってたじゃん?」

もういい。もう言葉を発さないでくれ。頼むから。



唯「でも、その言葉ってさ、

  りっちゃんにかけられてるんじゃなくて、『この世界のりっちゃん』にかけられてるって、知ってた?」




律「…………」

唯「……………じゃ、わたしは行くから。
  あ、次見かけたら、今度はどうなるかわからないよ」

律「………」

唯「じゃーね、『ここの世界にいない りっちゃん』」

律「…」

唯「わたしは、この世界にしか、居場所がないんだよ」




律(あーあ……)

律(………もー、なんか…)

律(どうでもよくなってきた……)

律(………………確かに唯の言う通りだよなー)

律(この世界で居場所を作ろうとしない限り、私に居場所はない)

律(………帰ろっか。まぁ、帰っても居場所なんてないんだけどね)

律「……ははっ」

律「ははは」

律「はははははははははは……っく…………っく……」

律「一番居場所が欲しかったのは、あたしなんじゃないか!」

律「だから元の世界でも、色んなところを駆けずりまわって、ほじくりまわして、でも結局得たものは何もない!」

律「そんでこっちの世界でも色々頑張ってみたけど」

律「………駄目。駄目。駄目。駄目」

律「……………私の居場所なんて、もうどこにもないんだなー」

律「ま、それが私にお似合いなのかもねー」

 ……何か音がする。

 …………何の音だろう。

 ……歓声。微かだけど、確かに聞こえる。

「……まで……っきり………す。……! …わ………いむ!!」


軽快なギターソロ。それに呼応するような手拍子。
続いて入るベース、ドラム、キーボード、違うギター。


きみをみてるといつもハートどきどき

ゆれるおもいはマシュマロみたいにふーわふわ

いつもがんばる いつもがんばる
きみのよこがお きみのよこがお
ずっとみてても きづかないよね

ゆめのなかなら ゆめのなかなら
ふたりのきょーりー ちぢーめられるーのになー



律「…………行こう」

行こう。しかし、どこへ?
どこへ行くっていうんだ?

律「……行かなきゃ。あたしには、やんなきゃいけないことがある」

みんなとの距離を縮められなくたっていい。
そんなのは、夢の中だけで十分だ。

居場所なんかなくたっていい。
でも、あとちょっとだけ何かが出来るなら……

田井中律は、それをやりたい。


走った。走った。走った。
体育館へ、必死に走った。
こんなに走ったのいつぶりだろう。
なりふり構わず、走る。
長い、体育館までの距離。それでも、走る。

歌に導かれるようにして、走った。

体育館に着く。まだライブは続いている。

ふわふわタイムだ。一番後ろからでも、みんなの顔が見える。

あー、唯、間に会ったんだ。お前制服じゃねーか、一人だけおっかしーな
澪、お前……そんなに溌剌と歌えるキャラだったっけ?
私……輝いてるなー、すげーよ私。
梓、そんなにキラキラした顔でギター弾いてたら、多分体育館全体明るくなっちゃうんじゃないか?
そして、紬………笑ってる。微笑んでる。

唯「もういっかーい!」

ああ かーみさま おーねがーい ふたりーだーけーの
どりーむたーいーむ くだーさーい
おきーにいりーのうさーちゃん だいてー
こんやーも おーやーすみー

あぁ、ライブが、ライブが、私たちのライブが、終わる。


最後のギター、ベース、ドラム、キーボード。
音が全身に伝わってくる。最後まで全力だ。

そして、私が、最後のドラムを叩いた。


歓声、歓声歓声。

拍手、拍手、拍手。

大歓声。

なりやまぬ、拍手。

いつまでもいつまでも、その歓声は鳴り響く。

私は、恍惚としていた。
ステージ上で、みんなが微笑む。
何か唯が喋ってるみたいだけど、私の耳には届かない。



ライブは、成功した。

ここで、学祭における、放課後ティータイムの物語は、一旦終わり。

そして、あと少しだけ、私の物語は続く。



律「………結局、できなかったんだ」

唯「……………」

律「……そりゃ、出来ないだろうね」

唯「……」

律「…………気持ちはわかるよ」

唯「……………嘘つき」

律「……嘘じゃない。嘘じゃないさ」

律「あのステージには、あの唯の居場所しかないんだ。
  あの唯、あの澪、あの律、あの紬、あの梓」

律「……唯の居場所も、勿論あたしの居場所も、ないんだ」

律「それを、完膚無き程に示されたって訳だよな」

唯「でも、紬ちゃんは違うでしょう?」

律「いや、……、あたしはこう考えてるんだが…」

ちょっとだけ逡巡する。


律「あまりにも唯の要領が良すぎるから、ちょっとばかし疑ってみたんだが。
  こういうのも有り得るよな。
  紬を殺したのは、唯だっていうのも」

唯「…………」

律「何も引きこもりだからって、外に出られないって訳じゃない。
  それは自分で作り上げた「外に出ないであろう」という信頼であって、絶対のものではない」

唯「………」

律「勿論、「あたしたちの世界の紬」は死んだ。
  あたしは恐らくその紬に会った。そんで、紬はその日の内に死んだ。
  記事に死亡時刻は書かれて居なかったから、紬は「その日」の内なら、いつでも死んでもつじつまは合う」

律「あたしはあの世界から出てきて、吐いて、すぐ保健室へ行った。その間になら、唯に紬は殺せるよな?」

唯「………随分無理矢理な推理だけど」

律「あぁ、無理矢理さ。でも一番の根拠は、『新聞記事出すところから、窓の血痕を指摘するところまで、全てが流暢すぎる』ってこと。
  その辺、あっちの世界の唯と、こっちの世界の唯は、別人だわ。こっちの唯は要領が良すぎ」

唯「………………別に必要があった訳じゃないんだけど。ただ、その方がリアリティ出るかな、って思って」

律「でも、私が言う前に知ってたのかよ。夢の世界が本当に存在するってこと」

唯「だって、夢に見た世界なんだから、取り敢えずこっちの世界の部室に行ってみたくなるじゃない。
  そしたら、見つけるっていうパターン。夢は3週間前から見始めたから、多分紬ちゃんもそうなんだと思う」

律(だとしたら、早く見つけてたら私が死んでたってこともあり得た……かも…)


唯「で、りっちゃん。これから、どうするの?」

律「いや、何するっつっても……取り敢えず、部活だろ」

唯「部活?」

律「そこ聞き返すところか……軽音部だよ。まずは部員集めないとな」

唯「………こっちの世界で?」

律「あったり前じゃないですかっ。もうあっちの世界には行かない。
  あたしは、こっちの世界の人間だから」

唯「……………」

律「なぁ、ところで唯、お前」

唯「わたしを責めないの?」

律「は?」

唯「わたしは人殺しだよ? こっちの紬ちゃんを殺したんだよ?
  あっちのわたしのことも、殺そうとしてたんだよ?」

律「……んー、っつってもなぁ」

律「あたし、そういうの良くわかんないし……罪とか本当に許されるのかとか…」

唯「……………」

律「それはお前の問題だ。けど、どうしても死にそうになったら、あたしんとこ来いよ」

唯「……………」

律「あ、あたしはもうお前の家行かないからな、通いづめだったから」

唯「…………………」

律「こんどはあたしの家にこいよな」



―――
――


「りっちゃん、りっちゃん」

「何だよ、いきなり」

「お礼を言いに来たの」

「りっちゃん、本当にありがとう。」

「まぁ、そりゃ、こんくらいのこと、当たり前じゃん!」

「いや、本当にさ。別に敬われたいか思ってやった訳じゃないし」

「………ちょっとかっこつけさせてもらえるなら、

「だって、そりゃあたしは、       」



――
―――



律「みおー」

澪「おぉ、何だ律か。何かやけに元気だな」

律「なぁみお、バンドやろうぜバンド!」

澪「バンド?」

律「軽音部だよ軽音部! 今あたしともう一人、ギターしか居ないんだ! お前、ベース弾けただろ!」

澪「そりゃ弾けるっていっても、中学のころちょっといじってたくらいだし……」

律「じゅうぶんっすよ! ささ、これ入部届けだから、ささっとサインしちゃって…」

澪「って、もう名前も書いてるし!」

律「あー、兼部とか全然構わないから。そこんとこ宜しく! じゃ、あたしは他に用があるんでー」

澪「なーにわけわかんないこといってんだよ律! おいちょっと待て!」





律「そりゃあたしは、部長だからな」
              END