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澪「……なー律」
律「ん、何?」
澪「明日のライブ、楽しみだな」
律「あー、確かになー!
私たちの調子も絶好調だしな!」
澪「……なぁ、律?」
律「ん?」
澪「いつも、ありがとな」
律「な、な、なにオッシャッテルノミオチャン?」
澪「……いっつも言う機会がないからさ」
律「……ハイ」
澪「ありがとう。お前と居ることができて、幸せだ」
律「へ、へーん、ありがとうって言われたからって
こっちからありがとうって返すと思ったら、大間違いなんだからな!
淡い期待してんじゃんーぞ、このばかみお!」
澪「……ふふ、わかってるよ、りつのばーか」
律「………ははは」
澪「ははははははは」
律「よっしゃ、あの夕日に向かってダッシュだ!」
澪「もう真っ暗だよ! 夕日のゆの字も見えないよ!」
律「馬鹿野郎! 根性だ、少年!元気があれば、何でもできる! 澪、ありがとう」
澪「…………ふふふ」
律「じゃ、みおの家まで、最初に着いた方が勝ちね」
澪「え、私の家、律の家より近いんだけど」
律「関係ねぇやい! じゃ、位置について、よどん!!」
澪「よどんって何だよ、あーもう、律のばーか! ばーか! ははは!!」
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結局、梓と唯と別れた後、私は公園のベンチで眠った。
夢では澪と私が青春してた……ん、羨ましいというか、背中痒いというか。
兎に角、今日が学祭ライブの日。
公園の時計を見る。午前10時。こんな大事な日に何時まで寝てるんだ、私。
いますぐ学校へ行かなければ。
学校へ行く。唯が唯を殺すのを止める。
あいつらのライブを成功させる。
それが、私の務めだ。
私はベンチから起き上がり、地面に立つ。
もう2人の温かみは残っていない。しかし、気付かされたことは、未だに心に残っている。
温かい。とても、温かい。
私が、ずっと欲しかったもの、なのかも知れない。
学校は生徒と一般客でごった返していた。
当然か。桜高の学祭は、地元客からの評判も高い。
律(それにしても、こんなに人が居たら、また軽音部の連中に会いそうで怖いな……)
いや、単体だとごまかせるんだけど、こっちの世界の自分と一緒に居たら、一発アウト。
律(まぁ、昨日の別れ際、梓と唯には「このことは恥ずかしいから他のみんなには言わないで」と
言っといて良かったな……あの時は、ただ単に恥ずかしいからって理由で言い放ったけど)
そして、今一番会いたい人物が、「元の世界の唯」。
何とかして説得しないと。
あいつの狙いが「生まれ変わる」ことならば、その狙いを叶える為に、こっちの世界の唯を殺すことは、ほぼ確定的。
それを通じて、この世界で、充実した生活を送る。元の引きこもった、鬱屈とし、人にも会えない自分を脱ぎ捨てて。
しかし、それにしても、元の世界の唯は、人間恐怖症だったはずなんだが……大丈夫なのかな、違う意味でも。
ひとまず、学内の目立たないベンチに腰をおろして、待つことにする。
……腹減った。焼きそばでもかってこよっかな。
憂「あ、律さん。お久しぶりです」
そして、これだよ。焼きそばの列の前に、憂ちゃんが居るよ。
律「お、おぉ、憂ちゃん、久しぶり」
憂「お昼ご飯ですか!」
律「そ、そうなのよ! ライブもうすぐ始まっちゃうから、オリンピックで食べないと、間に合わなくて」
憂「あれ、変だな……お姉ちゃん、ライブは16時からって言ってたけど」
ミスった。綺麗にミスった。まぁ、知らないから間違えて当然なんですけどねー。
律「あたしにとって、16時ってのはすぐの範疇なんだよ。長いように感じるとか言う人も居るけど、
本当に一瞬なんだ。だから、景気づけに昼食食べとこっかなー、っと思ったり」
憂「そうなんですか! 実は私も昼食買いに来たんです!」
律(深く追求してこない! 出来た子や、このこ出来た子や!!)
憂「では、一緒に食べませんか?」
律「ハイ?」
憂「つ、都合悪いですか……律さんのファンっていう子が居て…
律先輩とご飯食べれたらなー、って言ってたんですけど…」
律(断る口実断る口実……くそ、思いつかねっ)
?「どうぞ、これは私からのおごりです! 食べて下さい!」
律「はぁ、どうも……」
(3パックですか……ありがた迷惑……)
憂「すみません、この子感情が行動に表れてしまうところがあって」
?「あ、私ジャズ研1年の鈴木純で言います! 律先輩のファンなんです!」
律「は、初めまして。あたしは田井中律って言います」
純「も、もし宜しければメルアドとかくれませんかね?」
律「メルアド、ですか?」
律(いきなり何だよ……あった、けど……)
律「圏外……」
純「どうかしました?」
憂「純ちゃん、いきなりメルアド聞くのは失礼だよー」
純「は、すみません! ちょっと調子に乗っちゃったみたいで!」
律「いや、全然いいんだけどさ」
(そっか、元の世界の携帯は、ここでは使えない、という訳ですね)
律(………え、でももしかして)
律(…………可能性としては、有り得る。五分五分ってとこかな)
律「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
純・憂「は、はい……」
律(……っと、逃げ切ったところで。あのなんちゃらって子はともかく、憂ちゃんと居るのは危険だからな)
律(…………あった。こっちに来る前に聞いておいた、「元の世界の唯」のケー番!)
律(これで、あいつに連絡出来る! 大分楽になったかもしれない)
ブー ブー ブー ブー
律(携帯のバイブ?)
新着メール1件
差出人:平沢 唯
内容:
邪魔しないでね。
律(………何これ)
律(……やっぱ素直に元の世界帰ろっかな、私)
律(いやいやいやいやいや、駄目だろそこは)
律(ここが正念場、頑張れ田井中りっちゃん!!)
律(そうだよ、このメールが「元の世界の携帯であれば圏外でも通じる」って証拠になってる!)
律(……さて)
律(……電話するか。正直気が進まないけど)
律「…………………」
律「……もしもし」
唯「……………」
律「もしもし、唯か?」
唯「……………………なに?」
律「……いや、んーっと、その、話したいことがあるからさ、今どこに居るか教えてくれないかなー、
なんて思ったり思わなかったり」
唯「話したいことなら、今この電話ですればいいんじゃないかな」
律「……いや確かに。確かにそうなんだけど、ちょっと会って話したいんだよ唯。
な、10分かそこらで良いからさ?」
唯「………邪魔しないでよ、りっちゃん。お願いだから、邪魔しないで。
わたし、りっちゃんにひどいことしたくないんだ。
りっちゃんには感謝してるから。
わたしにきっかけをくれて、ここまで引っ張り出してくれたりっちゃんには、感謝してる。
だから、だから、りっちゃん、お願い」
唯「邪魔しないで」
律「…………」
律「…………いつ唯を殺す」
唯「………………ライブの直前」
律「え、ちょ、ちょっと待て唯!」
ツーツーツーツーツー
律(……切れた………)
律(探すしかないってことか)
その後、私はひたすらに桜高の中を捜しまわった。
たまに私に声をかけてくるものもあったが、生返事だけ返して、あとは駆けずり回って探した。
しかし、どこにも唯は見当たらない。
律(でも、待てよ……)
律(もし本当に唯が唯を殺したいなら、私に本当の唯を殺す時間なんて教えないんじゃないか?)
律(……そうだ! それこそライブ前に唯を殺して、入れ替わったとしても、元の世界の唯は上手にギターが弾けるのか?
いや、弾けるはずがない。それは混乱を引き起こす。それは後々死体を前の世界に運ばなきゃいけない唯にとっても不都合なこと!)
律(つまり、唯は「ライブの後に唯を殺す」っと考えてもいいのかな……全然確証ないけど…)
律(でも、唯を探さなきゃいけないってことに変わりはないか)
律(で、結局15時30分……まだ見つからない)
律(やばいな、本当にやばい。どうしようどうしよう)
律(落ち着けりっちゃん、数々の修羅場を乗り越えてきた私なら、このくらいのこと出来る!)
律(……でもその修羅場も運で乗り越えてきたんだけどね、てへ☆)
律(………自信無くなってきたな)
律(…………あ、)
廊下の奥に、軽音部の面子が見えた。
何故こんな人ごみの中で見えるのか。
それは、「派手」という形容詞がこの上なく似合う衣装が身につけて居るからに他ならない。
律(うわー……、これ作ってんの山中先生だっけか?)
律(他に時間使うことないのかよ……ん?)
メンバーは、澪、梓、律(もう律と呼ぶことにする)。
2人足りない。
2人………唯と紬。
駄目だ。これは、最悪なパターンだ。
何とかしてどちらかの唯を見つけ出さないと……紬が居ないってのも、危ない臭いがする。
どうする。どうする律。どうすれば良い………。
………危ないけど、ここまで来たら仕方がないか。
私は、前髪を下ろす。前髪が目にかかって、前が見えづらい。
だけど、これなら、何とかなるかも知れない。
澪や梓(と律)の居るところまで走る。
私(律)「す、すみません」
澪「ん、どうしたんですか?」
私「唯先輩どこに居るか知りませんか?」
律(この世界の)「唯か? 唯なら、トイレだと思うけど……」
私「ど、どこのトイレですか?」
律「どこの、って言われても……体育館に近いから、1階とかだと思うけど、
それにしても、どしたんだ」
私「いえ、ちょ、ちょっと憂に、唯先輩に届け物頼まれてて……それでは!」
ダッシュで遠ざかる。
まぁ狐につままれたような顔してるけど、それは仕方ないってことで。
前髪下ろし+裏声だけで一時的になんとかなるとは、人間は人のどこをもって人間と認識してるんだ?
いや、それは良い。早く1階のトイレへ!
そして。辿りついた。1階のトイレ。
個室は全て空いている、ただし一つを除いて。
律(これで人違いだったら赤っ恥だけど……今はそんなこと考えてる場合じゃないっ)
律「唯ー、早くしろ、ライブ始まるぞー」
ノックしながら唯(恐らくこっちの世界の)に呼びかけるが、反応がない。
気配さえもない。耳を澄ませても、息さえも聞こえない。
しかし、鍵はかかっている。
……嫌な予感。
本当に嫌な予感。
緊急だ。上から昇って入るしかない。
無理矢理個室によじ登って、鍵がかかった個室へ入る。
律「…………………」
律「………嘘だろ」
最終更新:2011年05月02日 17:38