―――
――

律「その悩みっていうのがさー」

澪・梓「うん」「はい」

律「最近、同じ夢ばっかり見るんだよね」

梓「同じ夢、っと言いますと?」

律「同じ夢は同じ夢さ。それもひっどい夢でさ。
  私はすっごい淡泊な生活を送ってるの」

澪「淡泊? 律が淡泊な生活? 信じられないな」

律「一番信じられないのは私!
  でも、夢の中の私は、軽音部にも、何部にも入ってなくて、
  それで澪も冷たくて、梓とは知りあいでさえないんだ」

梓「うわ……何か嫌な夢ですね」

律「モンスターに追いかけられるとか、ナイフを突きつけられるとか、
  そういうアメリカホラー映画系怖さじゃないんだけど、じわじわくる怖さというか……
  梓はおろか、唯や紬もいないからな……」

澪「心配ごとでもあるのか? 意識的にせよ無意識的にせよ、心になにか抱えてる時は、
  それが夢に反映されるって言うぞ」

律「それが、これと言って思い当たらないのが悩みって言いたいくらいで。
  もうそろそろ唯の追試も終わるだろ? 学祭に向けても、比較的順風満帆だし」

梓「おかしいこともあるもんですね」

律「だな。まーたかが夢だし、気にするのも野暮だけど、流石に毎日はきついんだよな……」

―――
――



次の日。
学祭の2日前。
私は学校を休んだ。
滅多に学校を休まない私が調子が悪いというので、両親と弟は過剰に気づかってくれた。
その気遣いが、今は嬉しい。熱もなく、風邪をひいている訳でもないのだが、兎に角誰とも会いたくなかった。

そして、頭の中を整理したかった。
あの後、よたよたと保健室へ行き、3時間程寝てから家へ帰った。唯に会いにも行かなかった。
その時は、ただひたすら寝たかった。夢を見たくもなかった。何も考えず、頭を空にしたかった(結果として夢を見てしまうことにはなったが)。

一つの仮説を立てた。
私の夢は、あちらの世界の自分が見ている世界なのではないだろうか。
私が寝ている時に、断片的にあちらの世界の自分が見ている日常、
例えばどうでもいい会話とか、軽音部でドラム叩いてるとことか、唯と澪からかってるとことか、等々が夢として自分の脳裏に入り込む。

その仮説が正しいとすれば。
いや、そんな非現実的な仮説を認めたくはなかったが、やむを得ない。
最近の訳分からない事柄に説明をつけるには、非現実的な仮説で対応するしかないのだ。

律(……これって、私が狂ってきてるってことなのかな? 私には周囲の世界が狂って見えるっていうアレ……)

狂人にとっては、周囲の世界は狂って見えているらしい。
狂人は、自分が正しいと思い込もうとする。世界が狂っていると思い込む。

律(……だとしても)
だとしても、私は、自分が与えられている情報を信じるしかないのだ。


今の「同じ夢」を見始めたのは、つい3週間前くらいからだ。
最初は偶然かと思ったが、今まで途切れることなく、その夢を見続けている。

律(……その周辺にあったことはと言えば…)
律(………いや、特に何もないな。)
律(でも…その夢が微妙にこっちの世界にリンクしてるってことに気付き始めたのは…)
律(唯に会おう、って私が澪に提案して、実際に唯に会ってからだ…)
律(そこから、何だか自分にも歯止めが利かなくなって…)

知らなくても良いこと、というものは確実に存在する。
それを身をもって知らされた。

律「んで、こういう風にあたしは考えてるんだけどさ、唯」

唯「………」

律「ま、あほらしいって笑ってくれても良いぜ。自分でもあほらしいと思うし」

唯「…………」

律「でもあたしの仮説はさておき、あたしが経験してきたことは全て本当。
  もう一人の自分がそこに居たってのも本当。あ、そこにお前も居たぜ」

唯「………………」

律「すまん、誰かに話してないと、やってられなくてさ。こんな馬鹿らしいこと」

唯「………ねぇ、りっちゃん」

律「ん、何だ?」

唯「……なんで…なんで、紬ちゃんは居なかったんだろう?」

律「なんでって……そりゃ、琴吹さんは穴を通ってこっちの世界に来てたからだろ?」

唯「………ごめん。私が言いたいのは、………紬ちゃんは「どっちの世界の」紬ちゃんかってことは、わからないってことだよ」

そういえば。
世界が二つあるならば、人物も二人居るはずだ。
こっちの世界の琴吹さんと、あっちの世界の琴吹さん。

律「……まぁ、そりゃまだわからないわな」

唯「………」

律「でも、いきなり何でそんなことを言い出すんだ?」

唯「………」


律「………でも、それは問題じゃない気がするぞ。
  あたしが会った紬があっちの世界の紬だったとすれば、こっちの世界の紬とあたしはまだ知りあって居ない。
  あたしがあった紬がこっちの世界の紬だったとしたら、あっちの世界の紬は、多分まだ音楽室に来ていなかった
  そういうことじゃないのか?」



唯「……………これ見て」


ドアの隙間から差し出される、A4用紙。
文字と写真が印刷されている。YAHOOとかgoogleとかで普通に見れる、ニュースサイトのレイアウト。
これを読めということだろうか。

律「なになに…………」


女子高生殺害 他殺の可能性高し

○月×日( )、桜ケ丘高校グラウンド脇にて、生徒である琴吹紬さん(17)が遺体で発見された。
死因は絞殺で、首にひものようなもので絞められた跡が見られた。
○○警察は、詳しい死因と犯人の行方を調査している。

その記事の横には、昨日目にした琴吹さんの写真。
妙に神妙な彼女の面持ちが、昨日の彼女の印象と一致する。
しかし。夢の中の彼女は、もっと柔らかい印象だった………。

律「ってえ? うそ、ちょ、何、何コレ? 何なの、ちょっと唯!」

唯「………………」


○月×日は、昨日。
死亡時刻は記事に書かれて居ないものの、少なくとも、私が会っていた時に、琴吹さんは死亡していたことになる。

律「………………もうやめてよ、こういうの」

唯「……りっちゃん、落ち着いて」

律「もう嫌だ。もう嫌なんだって。もうやめよう。もう普通の生活に戻してよ。気持ち悪いよ。もうやめてやめてやめて」

唯「りっちゃん!!」

律「!?」

唯の鋭い声で、我に帰る。

唯「……今は、落ち着こうよ。ね、りっちゃん。
  疲れてるのは分かるよ。りっちゃん今まで頑張ってきたもんね。
  けど、今はちょっと我慢して」

律「…………ごめん」

唯「……いや、正直あたしも、いっぱい話すの慣れてなくて、疲れるんだけどね。ははは」

唯「この記事と、りっちゃんの紬ちゃんに会ったっていう話は、一見矛盾してて変だけど……だけど、」

律「………」

唯「ふたつの世界が存在してる、っていう紬ちゃんの話が仮に正しければ、りっちゃんの話も紬ちゃんが死んでるっていうこの記事も、何の矛盾もなくなるよね」

律「……つまり、」

唯「『どっちかの世界の紬ちゃんは死んでるけど、どっちかの世界の紬ちゃんは生きてる』ってこと。意味わかる?」

律「………なるほど。って、全然現実感も何もないんだけど、取り敢えず理論の上では合ってる、気もする。
  あたしも澪も唯も中野さんも、あっちとこっちの世界に一人ずつ居るんだから、仮にこっちの世界で一人死んでも、あっちの世界から一人来れば……」

唯「そういうこと………………つかれちゃった」

律「あー、お疲れ唯。唯がいきなり話すから、多少びっくりしちゃったよ」

唯「…………りっちゃん」

律「なんだ、まだ何かわかるのか、探偵ゆい」

唯「……明日、音楽準備室に行こう」

律「……………え?」



―――
――

律「大分イイ感じになってきた! この分だと学祭まで遊んでもいいくらいだぜ!」

澪「唯、お前追試勉強であんま練習できなかったのに、腕が全然落ちてないな」

唯「へへー、実は家で勉強しないで練習してたんだ」

梓「って先輩! 試験の方は大丈夫なんですか?」

唯「わかんない、けど何か、ギー太弾きたくてたまらなくなって」

律「……恐るべし天才肌、ギター中毒」

紬「私もスウェーデンまでピアノ持って行って、弾いてたよ、唯ちゃん」

律「……もう何も言うまい」

澪「でも何はともあれ、あとはさわ子先生の衣装が完成すれば……完成…しなければいいのに…」

唯「へへー、衣装楽しみだねー」

律「てか、いよいよ明後日なのに、まだ完成してなくて大丈夫なのか?」

梓「あの人なら何とかするでしょう……だって、さわ子先生ですもの…」

唯「さわちゃんなら、きっと何とかしてくれるよ! だってさわちゃんだもん」

律「まぁさわちゃんだしな!」

澪「……………そうだな…」

律「ちょっと澪ちゃん! 暗くならんといて! さ、次いくぞ、ふわふわ時間やろうぜ!!」

唯・梓・紬「おー!!」

―――
――



律(あっちの世界も学祭が近いみたいだな……)

律(時間までリンクしてるのか? まぁ今まで注意払ってなかったからわからないけど)

律(私も学祭ライブやりたいな……)

律(てか、あっちの世界に移住したい……もうこんな訳わかんないのに構ってたくない…)

律(いや……でも、行かなくちゃな。あとちょっと、頑張りますか)


律「え、今日学校休み?」

澪「知らなかったのか律? ほら、隣のクラスの琴吹さん、殺されたって言うだろ。だから、今日は学校休みだ」

律「あたしは昨日学校休んだから……いや、でもメールの1通くれたっていいじゃない」

澪「ごめん、つい知ってると思ってさ」

律(昨日一緒に学校行ってないもん、私が学校休んでるの知ってるだろ、こいつ)

律「じゃ、帰るわ。まぁどっちにしてもラッキーだしな」

澪「なぁ律」

律「んだよ」

澪「この頃お前、やっぱりおかしいよ」

律「ん、何が?」

澪「夢の話した時辺りから、突飛なこと言いだしたり、何かいつもイラついてたり……怖い。
  目つきがさらに悪くなってるしさ。何か悩みあるなら、共有しようよ」

律「……どの口がそんなこと言ってんだ」

澪「!?」

律「………今まで全然親身でもなく、ただ一人で学校行きたくないから私をお伴にしてただけの癖に。
  全然私に構ってもくれないしさ。変わったのはお前の方だろ、中学の頃からさ。
  文芸部文芸部言ってさ。挙句の果てに、昨日はメールもくれないし。一体何考えてるんだ、お前?」

澪「…………ごめん」



律(……何か言い返せよ、やりづらいから…)

律「……帰るから」

澪「…………」


律「ゆいー! 来たぞ! お前学校行きたいんだろ!」

唯「…………りっちゃん…ちょっと待って」


ドアが音を立てて開く。
埃が舞う。形容の出来ない、思わず鼻をつまみ顔をしかめてしまう程の臭いが、鼻をつく。

そして、暗闇から、出てきたのは、紛れもなく、平沢唯だった。
白い肌はさらに白くなり、髪は腰のあたりまで伸びている。清潔感のかけらもない。
前髪が伸びているので、目を見ることはできない。けれど、その口元と輪郭から、私にはわかった。
ピンク色のパジャマの上下を着た、とても細身の少女。
彼女は、平沢唯だと。

唯「……お待たせ」

律「おぉ………久しぶり」

唯「………りっちゃんに会うの、初めてなんだけどね」

律「まぁ何と言うか……私もあんまし久しぶりって感じではないな」

唯「……いっつも夢で会ってるからね」

律「ですよねー!」

唯・律「はははは!!」

律「でも、流石にその格好じゃ、外に出ちゃいけないわ。
  ちょっと憂ちゃんにも頼んで、身づくろいしてから行こう」


憂ちゃんは、はしゃぎまわりながら唯の身だしなみを整えるのを手伝ってくれた。
一緒に風呂場に入って体洗ったり、自分の服の中からおしゃれな服をチョイスしてくれたり……
てか、学校行くんだから、服チョイスしてもらってもあんまし意味ないよ!

律「うっし、あとは学校行く途中に美容院に行けば、一丁上がりってところかな」

唯「……りっちゃん、実はまだあんま外に出る心の準備が、……そこまで出来てなかったりして」

そういえば、半年引きこもって口の聞いてなかったのに、ここ2週間でいきなり外に出るのは、
唯にとっても大変だろう。
それほどまでに唯を駆り立てるものって、一体何なんだろう?

美容室に行った後(夢の中の唯と全く同じ髪型になった)、私たちは学校へ向かった。
唯は、とてもゆっくりと歩いた。私はそれに歩調を合わせる。
一歩一歩踏みしめるように歩き、桜高に着いたのは、午後1時をちょっと過ぎたくらいの時間。

唯「……誰も居ないね」

律「…………そりゃ今日学校休みだからな」

唯「でも、パトカーが居るね」


律「……見つからないように入れってことか」



しかし、案外忍び込むのは簡単だった。
琴吹さんの遺体はグラウンドで見つかったらしく、校舎の中まで警察は入ってきて居なかったのだ。
それは詰めが甘いとしか言えない、と私たちは彼らに詰め寄りたくなる気分になるのだが……。

私たちは今、音楽室の中の、音楽準備室に居る。
一昨日と、何も変わっていない。
私の吐瀉物までそこにあった……

唯「なんかゲロ臭いね」

律「だって、そこにゲロあるもん、しゃーないじゃん」

唯「まー、そうなんだけど」

唯は肩で息をしている。音楽室に至るまでの階段を昇るのが苦しかったらしい。
人が沢山居たら来れたかさえもわからない、と言う。

唯「……人自体が、怖いんだ。憂とりっちゃんとかは大丈夫なんだけど」

律「そういや、お前の不登校に至る経緯とか……聞いてなかったな…」

唯「……………ごめん、きいてほしくないんだ」

律「わかってるって! で、何でここに来たかったんだ、唯?」

唯「それは……」


唯は私を真っすぐに見据える。

唯「あっちの世界に、行ってみたいんだ」

律「そんな予感はしてました」
 そうじゃないと、ここに来ようとは言わないだろうし。

律「……正直、私はそこまで気乗りしないんだけどな」

唯「ごめんねりっちゃん。私、りっちゃん居ないと、ここまでさえ来れないだろうから」

律「憂ちゃんに頼めばいいじゃん」

唯「憂に変な話して、これ以上困らせたくないんだよ」

律「……それもそっか。で、何であっちの世界に行きたいんだよ。
  正直、私はあんまし行きたくはないよ。だって、自分がもう一人居る世界なんて、奇妙で奇妙で、
  正気を保ってられるかわからない」

唯「……私、生まれ変わりたいんだ」

律「………ん?」

唯「そこの窓、見て」

また何かがあるのか、と指差された方の窓に目をやると……

律「いや、どこにでもある普通の窓だけど」

唯「いや、その窓の下の方」

律「…………ん?」

確かに、何か傷ついたみたいな跡が……何か引きずったみたいな、いや、側面に?
でも………その赤黒い跡は……駄目だ、わからない。

唯「あれ何か分かる?」

律「分からないけど」

唯「……この窓の下、何があるか分かる?」

律「何って、グラウンド…………あ」

唯「………そういうことだよ」

頭の中で整合性を持たなかった情報が、今整列した。

律「じゃ、紬の遺体は、この窓から……」

唯「誰が投げたかっていう明確な証拠はないけど……、けど、「推測する」ことは出来るよね
  あれが音楽室から死体を投げる時に引っかかっちゃった跡だってことくらい」

律「もう、言わなくていい」

唯「………」

だいたいわかったから。
だいたい唯がしたいことが、わかったから。
恐らく、恐らくだけど、琴吹さん……紬がしたことは、唯としたいことと同じなのだろう。

律「………じゃ、行くか」

音楽準備室のドアに手をかける。
これからどんなことが起こるのか、私は知らない。
音を立てて開くドア。

唯「……うん」

二人で中に入る。

そして、雑多に置かれ、つみあがった物の奥に、私たちはその穴を見る。
しかし、その穴からは微かな光も見えなかった。いや、比喩的な意味ではなく。
どんなに暗いところでも、ちょっとでも光があれば、目がその光をとらえて穴の輪郭を浮かび上がらせるはず。

律「ま、取り敢えず行ってみましょっか」

穴に頭から入る。そして、奥行き30センチ程度のその穴を抜けようと試みるが……

律「痛っ!」

頭を思い切り何かにぶつける。
何これ、何か置いてある? それとも、

唯「どうしたの、りっちゃん」

律「いや……穴が、塞がれてるみたい」

律(ベニヤ板……か? それだけじゃなさそうだけど……とにかく、何かであっちから塞がれてるみたいだ)

唯「……………」

律「………どうしよ」

唯「…………………」

律「……わかったよ、何とかするよ」

唯の視線を後ろに感じながら、私は穴に手を入れる。
そして、満身の力を入れて、穴を塞ぐ「何か」を押す。押す。押す。
パンチしてみる。何度も何度も。


6回くらいの試みで、それは少し壊れた。微かな光が私の目を捉える。
ただの板だ。もっと塞ぐなら頑丈なものでしないとな。

律「おい唯、この部屋に鋸とか無かったっけか?」

唯「……ない、んじゃないかな。ごめん」

律「勿論持ってる訳もない、っと」

唯「…………ごめん」

律「わかったよ、蹴り壊しますよ」

ガツガツガツガツガツガツガツガツ

と、何度も何度も蹴っている内に、板が後ろに倒れた。どうやら両端から釘か何かで打ちつけられていたらしい。
塞いだ人、詰め甘っ!

いや……でも、ただでさえ暗い音楽準備室で、塞がれた小さな穴に気付く人って…
塞ぐことが狙いじゃなくて、気付かせないことが狙い?

律「ま、良いんだけどね。行こうぜ、唯」
唯「……静かにね。誰か居るかも知れないから」


6