律「こんな感じだったんだけどさ」

唯「……」

律「やっぱし無理があるよな……夢で見たから、あなたのことを知ってますよー、なんて。言えないよなー」

唯「………」

律「まぁ、唯には言ったけどね。何か唯だと信じてくれそうな気がしたんで」

唯「………うん」

律「あー、もう澪も冷たいしよ。夢の中だったら、もっと優しいんだぜ? 澪のやつ。
  そんなに文芸部が良いのかよ。な? あたしが嫌いなんだったら、だったら一緒に学校行ってくれなくても良いんだぜ、ってな」

唯「………」

律「……今のは言い過ぎた」
律「けど、中野さんも澪も、勿論唯ともあと一人の子とも、夢の中ならすっごい仲良いんだぜ!」
律「まぁ、中野さんとは限りなく初対面に近いから、仕方ないんだけどさ……」

律「あーあ。ゆめのなかーなら、ふたりのきょーりー ちぢーめらーれるのになー」

唯「………ああ かーみさまおねーがい ふたりだーけーの どりーむーたいむ くだーさいー」 

律「そうそう。お気に入りのうさちゃん抱いて、今夜もお休みしたくなる……って、え?」

唯「……」

律「なんで知ってるの、それ?」

唯「…………ふふ」

唯「……わたしも、りっちゃんと、おんなじ夢みるんだ」

唯「………夢の中のわたしは、もっとかがやいてて」

唯「…………まいにち学校に行くのが楽しみで」

唯「……りっちゃんや、みおちゃんや、むぎちゃんや、あずにゃんと一緒に、ケーキ食べたり、おしゃべりしたり、たまに練習したりして」

唯「………すっごく、すっごく楽しいんだ」

唯「……………すっごく、すっごく」

唯「……すっごく、楽しいんだよ、っえぐ、……うわあああああああああん!!!」



唯は泣いていた。
すすり泣きなんてものではない。わんわんと、声をあげて泣いていた。
唯は泣いた。
唯は、ひたすら泣いた。
唯は、ただひたすらに泣いた。
ドアを挟んでも、彼女の泣き声は、しっかりと私の耳に響く。
そして、それは私の涙腺さえも刺激する。

唯「…………どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

律「……わたしたち、もしかしたら、去年の4月に、会えたかも知れないんだよな」

唯「…………何で、会えなかったんだろ……何で………
  ……苦しいよ……苦しいよ、りっちゃん……っえぐ……」

律「……唯」

唯「…………っ……」

律「………」

唯「……」

律「……今日は帰るわ。また来る」

唯「…………」


律(…………)

律(……わけわからん)

律(……自分が何をすべきなのかも)

律(…………状況がどうなってるのかも)

律(………唯は私と同じ夢を見てるけど、澪は見てない。おそらく中野さんも)

律(そして、もう一人の彼女……名前なんつったっけか……は、まだ会えてさえいない)

律(……どうしろっつうんだよ、誰か教えてくれよ)


―――
――



澪「おはよう、律!」

律「……おっす」

澪「どうした律、今日は元気ないな」

律「まーな……ちょい色々あってな」

澪「どうしたんだ。私でよければ、話を聞くぞ」

律「み……み…みおちゃーん!」

澪「な、なんだよやめろ!」

律「いてててて……いや、澪がいつもよりあまりにも優しいから、つい」

澪「お前……私はいつも通りだぞ」

律「……うーん、そうなのかな……そう言われてみればそんな気もする」

梓「律先輩、澪先輩、おはようございます!」

澪「おぉ梓、おはよう」

律「………梓もいつにも増して明るく、いい子に見える」

梓「何言ってるんですか律先輩、私はいつも通りじゃないですか」

律「……いつも通りって何だ、いつも通りって」

律「…………ごめん、最近ちょっと悩み事があって」

澪・梓「どうしたんだ」「どうしたんですか?」


――
―――



律(……ん…朝か…)

律(……最近夢の中で、現実での悩みを引きずってる気がするな…)

律(それにしても、夢の中の澪と中野さんは優しいよなー)

律(羨ましいなー、夢の中の私)

律(ん、でも、夢の中の私は、夢を見ている私であって……)

律(だとしたら、ずっと夢を見ていればいいんじゃないか?)

律(そしたら、現実を見なくて済む、いや、夢が現実になる)

律(………なんちって。いくらなんでもそりゃないっしょ)

律(………学校行くか)



律「おはよー澪」

澪「あぁ、律、おはよ」

律「なぁ澪、もしあたしが居なくなったら、どうする?」

澪「ん? ……なんだいきなり。また何か変なこと考えてるのか」

律「いやいやー、仮の話仮の話」

澪「そうだな………、悲しいだろうな」

律「そんで?」

澪「……すっごい悲しいと思う」

律「………それから?」

澪「うん、悲しいんじゃなかな」

律「……そんだけ?」

澪「そんだけって何だよ。お前が死んだら悲しいよ」

律「…………ま、そうだよな! 悲しいっすよねー、悲しいっちゃ悲しいっすよねー」

澪「? 変な奴……」



律(そして今日も授業が終わった……)

律(……さて、帰るか…)


律(……あー、学祭まであと3日か…全然関われてないな…)

律(…………学祭なんてなくなっちまえばいいのに…)

律(……全てが面倒臭いな)

律(あ、そういや)

律(元々あった軽音部の部室って、今どうなってるんだろ)

律(うわー、懐かしいな、音楽室。ここで4月一杯は一人で部員待ってたなー」

律(誰もこなかったけれどもさ)

律(まぁ、それは良い。で、この中って、どっか部活使ってるのかな…)


ギィ

律(誰も居ない。学祭期間中なのに)

律(……何か誰も居ない教室って、不気味だな)

律(黒板に、隅に寄せられた机……他は何もない)

律(…………去年の4月と何も変わってない)

律(お、この部屋、もうひとつ部屋があるんだ)

律(なになに……音楽準備室、か)

律(……何か気になったら止められない性格は、損ですよねー)

律(まぁ、何もないだろうけど、お約束ということで、開けちゃいますか)

律(………うわ、埃臭っ)

律(……………レコード、楽器……うわー、色々詰まってるなー)

律(足の踏み場もねぇや)

律(ん………奥の方に何か、ある。……何これ?)

律(え……、え? てか人? しゃがんでるけど、人……だよな?)


?「……!?」

律「!!」

?「り……っちゃん?」

律「え?」

?「りっちゃん……じゃない。どうしてここに。そうだ、あなたも気づいて、」

律「いや、別にこれと言った理由はないといいますか、てかあたしの名前を御存知で」

?「………そっか。こっちのりっちゃんは、私のこと知らないんだもんね」

律「……夢?」

?「とにかく、準備室の外に出ましょう」

律「…………あ、あなたは」

?「あ、初めまして、というのも変だけど……、私は紬。琴吹紬よ」

律「見たことある。てか、夢の中で会ったことがある。あなたが、琴吹紬さん、ですか」

律(……ほぉ、改めてみると、すごい可愛い……いや、高貴だ…
  ほっぺたとか微妙に触りたい気分…いや冗談)


律「まぁ色々聞きたいことは山ほどあるんだけど、まずどうしてこの部屋の中に居たの?」

紬「……居たかったから、かな」

律「そうかー、いたかったからかー」

紬「そうなのー、いたかったからなのよー」

律「はははは、って展開にはなりませんよね、琴吹さん」

紬「……ごめんなさい」

律「で、本当のところは」

紬「…………………」

律(お、ものっそい目がうるうるしてる。え、私女の子泣かしてる? でも質問してるだけだし……
  なんだこの罪悪感……)

紬「……信じてくれないとおもうけど…」

律「もう信じるも信じないもないから大丈夫、最近」

紬「私は、この世界じゃないところに住んでるの」

律「…………はい?」

紬「音楽準備室の隅の穴から抜けた先には、もう一つの世界があるの」

律「………………突っ込んだら負け?」

紬「りっちゃん、これは事実なの。事実なのよ。私も最初は信じられなかったけど」

律「ちょっと待ってストップ!!」

紬「!?」

律「………何か頭おかしくなりそうなんだけど。何? 異世界? 何それ、おいしいの?
  もう何か最近訳分かんないんだよね。同じ夢ばっかみたり、夢と現実が微妙にリンクするけど完全にリンクしてなかったり。夢のせいで現実がカスみたいに見えたり
  あげくの果てには、誰かと共通の夢を見てたりさ」

紬「………」

律「もう沢山。もう沢山だよ。もうそういうのはイイ。退屈な世界も悪くない。退屈だけど、誰も傷つかない。
  ただ劣等感と無能感に堪えてれば、それで毎日が過ぎてく。けど、ここ1・2週間、何かを知る度にあたしは傷ついていく」

紬「……………」

律「なんか、もう、疲れた、かな」

紬「……りっちゃん待って。あと少しだけ耐えて」

紬「百聞は一見に如かずだと思う。ちょっとだけ行きましょう、あっちの世界に」

律「………」

結論から言うと、琴吹さんの言うことは
準備室の隅っこにある人が一人やっと通れる程度の穴を抜けた先には、左右対称のもう一つの準備室があった。
そして、その準備室を抜けた先には……

紬「今部屋を出ちゃだめ」
律「おぅ!」

琴吹さんに思いっきり体を掴まれる。正直、結構痛い。

紬「みんなが来るわ」
律「みんな?」
紬「静かにして」
律「…………」

紬「……………」
律「…………………」

律「………………! え?」



「みおちゃーん、りっちゃーん、あずにゃーん」

「お、唯。何だよ今日も遅いじゃん」

「はぁ……はぁ…………やっと追試が終わりまして…今日からあたしは自由です!!」

「おぉ、良かったな!これでやっと学祭に向けて練習できるな!」

「おめでとうございます!」

「うっしゃあ、ボーカル兼ギター復活だ! あ、でもまだ紬は来てないみたいだな」

扉の向こうから、声がする。
聞いたことのある、声がする。

紬「驚きたい気持ちはわかるけど、お願い、今は声出さないで」
琴吹さんに、口さえも塞がれる。いや、そこまでしなくても……
そこまでされないと、私は大声で叫びだしていたに違いない。

澪の声。唯の声。中野さんの声。そこまではわかる。
何故接点のない3人がこんなに親しそうに戯れているのかとか、
唯が何故学校に来ているのかとか、
澪が練習できるとか言ってるのは、文芸部のことなのかどうなのかとか、

一番重要なのは、壁の向こう側から、ひとつ、耳慣れない声がすること。
嫌な予感がした。体中から汗が噴き出る。
嫌な予感がした。嫌な予感がした。


わかっていた。
そこに居るのは、私だ。


田井中律が、そこに居る。


律「……もう聞きたくない」
紬「…………そう」
律「…………苦しい」

本当に苦しかった。
胸が前後からきりきりと万力でしめられていくような感覚。

紬「……りっちゃんも音楽準備室に来たってことは、気付いてきた訳じゃないの?」

律「………気づくって、何にだよ…」

紬「……………いや、良いわ」

「そこに誰かいるのか?」

紬「…大変、りっちゃんが気付いちゃったみたい! りっちゃん、あっちに戻って早く!」

律「戻るって、どうやって……うぉ」

琴吹さんに尻を蹴られ、私は隅にある穴の方向へ飛ばされる。



「わっ!」

「うわ、びっくりした!」

「わーい、紬ちゃんだ!」

「ごめんなさい。みんなを驚かせようと思ったんだけど、出るタイミングを失っちゃって」

「あー、でも十分効果的だと思うぜ。なー、澪……って、おい澪?」

「……………」

「駄目だ、気絶してるみたいだ」

「澪せんぱーい、起きてくださーい!」

律「…………………」

これ以上聞きたくはなかった。
一刻も早く穴を抜け、元の誰も居ない音楽室へと急ぐ。

息が切れている。動悸がする。吐き気もする。
何だ、これは。
何なんだ、これは。

世界が、もうひとつ存在する。
澪が、唯が、中野さんが、もう一人ずつそこには存在する。
いや、まだ確証はない。ただ、声は同じだったというだけだ。確証はないんだ。


だがしかし。
突き飛ばされる刹那、視界の隅に移ったのは………
鏡と写真以外では見たことのない、あの顔。自分の、顔だった。

律「うぉ……えええええええええ………」
猛烈な吐き気。耐えきれずに、吐いてしまう。

どうなってるんだ。これは、本当にどうなってるんだ。
知らない世界があって、私がもう一人いるって。
信じられない。誰でも信じられないに違いない。一番信じていないのは、当の私だ。

律「どうしよう……これから、どうすればいいんだろう」
頭の中がぐるぐると回りだす。ぐるぐるぐるぐるぐるぐると。
律「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……………どうすればいいんだよ…」

夢。唯。もう一人の自分。澪。冷たい澪。同じ夢。
穴。準備室。リンク。声。学祭。軽音部。ふわふわ時間。

律「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


5