田井中家。

唯「あずにゃんが」

紬「行方不明って」

憂「本当なんです」

純「か?」

律「ああ、本当なんだ。
  学校の先生とかも捜してくれてるらしい。
  私たちも手分けして捜索しよう」

澪「……」

律「私は大通りのほうを捜してくる!
  みんなも梓が行きそうなとこを捜してみてくれ!」だだっ

紬「あっもしもし斉藤? 今使える人員は? 500人?
  足りないわ、その4倍はよこしなさい!」

憂「純ちゃん、私たちは向こうの方捜そう」

純「うん、分かった!」たたっ



唯「澪ちゃん、私たちはどこ捜す?」

澪「……大体予想は付く。川のほうだ」

唯「川? なんで?」

澪「これはただの行方不明じゃない、逃避行だ……
  あのバカでかい水槽を担いで逃げるわけにも行かない……
  だとすれば導きだされる答えは一つ」だだだっ

唯「あ、待って、澪ちゃん!
  逃避行ってどういうこと?」

澪「そのままの意味だよ!
  あいつは……梓は、己の愛を貫くため……
  ただそのために!」

唯「さっぱり分からないよ!」

澪「来れば分かる!
  もっと早く走れ!」

唯「そんなに早く走れないよー!」



某川の河川敷。

唯「はあ、はあ、はあ……」

澪「どこかに梓が居るはずだ……」

唯「でも真っ暗で何も見えないよ~、
  捜せっこないよ」

澪「闇マナを対価に澪アイ発動!」ギュイーン

説明しよう、澪アイとは任意に発動できる以下省略。

澪「どこだ、梓……」ギュイーン

唯「頑張って、澪ちゃん!」

梓「うわっ、先輩たち何故ここに!?」

澪「そこにいたのかよ!」



唯「あずにゃん、無事でよかった~。
  心配かけちゃだめだよ」

梓「……連れ戻そうとしたって、無駄ですから」

唯「えっ」

梓「私は彼との愛を守るために、
  みなさんのもとへは戻りません」

唯「彼?」

その時、トンちゃんが水面から顔を出した。

ざぷん
トンちゃん「……」

澪「やっぱりな……
  トンちゃんを連れての駆け落ちか」

梓「はい」

唯「駆け落ち……? どゆこと?」

梓「唯先輩には黙ってましたけど……
  私、トンちゃんと付き合ってるんです」

唯「…………」

澪「梓……もう諦めろ。
  いくらお前たちが愛し合っていても、所詮は人と亀……
  うまくいくことなんてないんだよ」

梓「そんなことありません!」

澪「いや、お前だって分かってたはずだ。
  だからこそ、無人の音楽室で密会、なんて
  隠れるような恋愛をやってたんだろ」

梓「っ……」

澪「目を覚ませ、梓。
  人はな、亀を好きになっちゃいけないんだ」

梓「そんなことっ……
  私はトンが好きで……
  トンだって私のことが好きなんです!!
  それでいいじゃないですか!」

澪「良くない!」

梓「なんでですか!」

澪「このままじゃお前は幸せになれないぞ!」

梓「幸せですよ、トンと一緒に居られて!」

澪「それは本当の幸せじゃない! 錯覚だ!」

梓「錯覚でも何でもいいじゃないですか!!
  私はトンが好きなんです!
  愛してるんです!
  このまま黙って食べられるのを見ているなんて、できません!」

澪「梓っ……!!」

梓「トンはっ……
  トンは私の大事な大事な、恋人なんですっ!!!」

唯「いい加減にして!!」

梓「っ……!」

澪「……唯…………」

唯「あずにゃん……」

梓「はい」

唯「トンちゃんは……メスだよ」

澪「えっ」

梓「えっ」

トン「えっ」



梓「……」

澪「……」

唯「……」

梓「……」

澪「……」

唯「……」

梓「……」

澪「……」

唯「……」

梓「……」

澪「……」

梓「帰りましょうか」

澪「そうだな」

3人はトンちゃんを学校に返しに行き、帰宅。
この後、梓はこっぴどく叱られたという。



翌日、音楽室。
軽音部主催のカメ鍋パーティが
盛大に行われようとしていた。

憂「いいんですか、私たちまで」

純「軽音部の部外者なのに」

律「いいんだいいんだ、気にしないでくれ。
  軽音部は誰でもウェルカム」

憂「寛大ですね」

律「あっでも部外者はカメ肉は2切れまでな!」

純「うつわ小さっ!」

和「唯、材料何持ってきたの?」

唯「私はエノキとエリンギとシメジだよ。和ちゃんは?」

和「私は味付けのりよ」

唯「時々頭おかしいよね和ちゃんって」

和「ははは、こやつめ」



梓「……」



さわ子「鍋の用意はいい?」

紬「OKです!」

さわ子「オーイエイ! じゃあ早速トンちゃんを掻っ捌くわよ!
    若い頃『カメいじりマイスター』と呼ばれた私の実力を
    とくとごらんなさい!」

律「なんかいやらしいぞ!」

唯「えっ、いやらしいって何が?
  何がどういやらしいの?」

紬「唯ちゃん、この場合のカメというのは」

憂「お姉ちゃんに変なこと吹きこまないでください!」バチコーン

紬「ぶはっ!」




梓「……」

澪「梓……」



盛り上がる軽音部員たちから
少し離れたところで静かに佇む梓。
梓はこの喧騒を、
どのような気持ちで見つめているのか。

殺され、食べられる。
トンちゃんはそのためだけに存在した。
そんなトンちゃんを愛してしまった梓は、
本当に間違っていたのだろうか。

いや、愛に間違いなんて無い。
ただ普通とはちょっと違う恋をしたために
普通とはちょっと違う結末を迎えただけなんだ……
澪はそう考えた。

さわ子「イエス! トンちゃんが煮えてきたわよ!」

唯「すごーい、いい匂い!」

律「おー、すっげーうまそうだな」

紬「じゃあ早速食べましょうか」

唯「いっただっきまーす!」もぐもぐ

律「おお、こりゃうめぇ!」もぐもぐ



梓「……」



そう、梓の愛は真実だった。
梓は驚くほど純粋にトンちゃんを愛していた。
疑いも、不安も、慢心も抱かず、ただ愛を信じ、恋に身を委ねていた。
そんな梓を誰が否定できよう。
種族も性別も超えて、2人は確かに愛し合っていた。
このラブストーリーは悲劇に終わってしまったが、
トンちゃんへの愛は、今でも梓の胸に息づいていることだろう。
それだけでも、この恋には意味があったと言える。

トンちゃんも梓のことを心から愛していただろう。
もちろん飼い主としてではなく、一人の人間として。
トンちゃんは梓の愛情を一心に受けた。
しかし水槽の中に住まうトンちゃんは
梓にその愛を返すことができなかった。
だが、今。トンちゃんは鍋の具材になることで
梓への初めての愛情表現を達成したのだ。
自らの身を梓に食べてもらう。
それは梓の血となり肉となり、トンちゃんは梓と一つになって
永遠に梓とともに生きていくことが出来るのだ。
これを理想の愛と呼ばずして何とする。

人と亀が見せてくれた、素晴らしき愛のかたち。
読者諸君には是非この話を記憶の隅に留めておいていただきたい。
いつか諸君に、誰かを愛する日が来た時のために。

梓「おっ、亀肉って結構いけますね」ばくばく

澪「オイ」

      お     わ       り