澪「ひうっ! …………え?」

圧倒的な質量が澪に襲いかかる瞬間。
黒耀の羽を纏った蜚蟲が澪を抱きかかえ飛翔した。

猫憂「まだ何かいたのにゃん……チッ」

澪「……た、助かったよあず――」

澪「うわあぁあっ! 誰だお前っ!?」

豚「ふう、危なかった……って何ですかその言い草は。落としますよ」

澪を抱きかかえていたのは羽を生やしギターを担いで豚の顔を被りゴスロリメイド服を着た梓だった。

澪「何だよその格好は!」

梓「それは……うぐっ、それより降りますよ。元々飛ぶのは得意じゃないし澪先輩重いです」

地上に降りると梓は澪にブレザーを返した。

梓「これ……ええと、その、あ、ありがとうございました」

澪「ふえっ、あ、うん」

そっぽを向きながらいそいそとブレザーを羽織る。

梓「……あー、それで、部室に衣装があるのを思い出して……でも背中が開いている服がこれしかなくって」

梓は言いながら背中の羽を動かしてみせた。

澪「ゴキロリメイドか。それでどうして豚の被り物してるんだよ」

梓「ヘルメット代わりです。で、足は大丈夫なんですか?」

澪「すっごく痛いぞ。……ただでさえスピードで負けてたのにこれじゃあな」

梓「2対1でもダメですかね?」

澪「どうだろうな」

猫憂「今更ゴキブタが一匹増えても意味無いのにゃん。いや、多少は面白くなるかもにゃん?」

猫憂が歩き始める。

梓「いちいちムカッと来ますねあの猫」

澪「そうなんだよ。今は恐怖よりもイライラが先に来てる」

梓「くそー憂の身体じゃなかったらGKBRをお見舞いしてるのに……」

澪「ほら、走って来たぞ。死なないように気を付けろ……よっ!」

澪が無数の糸を撃ち出す。
それらを全て避けながら猫憂が懐に飛び込む。
二人は後方へ飛び退くが梓は足を掴まれてしまう。

梓「あ――!」

そのまま地面に叩きつけられた。

梓「かはっ……!」

澪「梓っ!」

梓「こ、の!」

梓が起き上がり反撃するも猫憂には当たらず。
逆に隙を突かれて梓の腹部、丁度傷のある辺りに親指を刺し込まれた。

梓「っっいぎぃ!!」

猫憂「ははははは」

梓「んぎっ! ……ひぐぅっぅぅううう!」

グリグリと親指を傷口にねじ込まれて梓の身体が痙攣する。

澪「は、な、れ、ろっ!」

猫憂「おっと」

澪の攻撃にカウンターで裏拳を入れる。

澪「ぶぺっ!」

梓「はぁっ……はぁっ……くのっ」

猫憂から解放された梓も攻撃に転ずる。
猫憂は二人をいなしながら弄ぶ。
数的有利ではあるが負傷している二人では歯が立たない。
立ち向かうのが無駄に思えるほど一方的な展開だった。

梓「うぶっ!」

頭部を殴られて豚の被り物が吹っ飛ぶ。
豚を身代わりにした梓は猫憂との距離を取った。

梓「ヘルメットが無ければ即死でした……やっぱり触角出してないとダメだなぁ」

澪「げほっ……ぜえ……ぜえ……」

梓「ひゅー……ひゅー……」

澪「か……」

梓「……?」

澪「帰りたい……」

梓「……」

二人の動きは段々鈍くなり益々猫憂との差がつけられてゆく。
涼しい顔をしている猫憂。
足を一本無くし、追加で一本折られた澪。黒髪は汗と血と砂でぐしゃぐしゃになりブレザーは素より身体もボロボロだ。
梓の黒く光っていた羽も傷つき汚れてしまい最早飛べそうに無い。ゴスロリメイド服の腹部は赤黒い血で滲んでしまっている。

澪「……やっぱり死ぬ前にそのギター使ってみないか?」

梓「それしかないですね。私たちが死んでも憂の身体は取られたままでしょうし」

澪「ムギの分くらいはお返ししてやりたい」

梓がストラップを引っ張り背中のギターを構える。

猫憂「?」

梓「うい……ごめん……!」

梓が猫憂に向けてビームを撃ち出した。

猫憂「むおっ!?」

ビームは校舎に命中し爆発が起こる。

猫憂「ふう、危ないのにゃん」

梓「うそ……」

澪「避けられた……」

梓「澪先輩足止めしてください」

澪「無理言うな。出来るならとっくにやってるよ」

梓「じゃあどうしましょうか」

澪「……大人しく死ぬとか?」

梓「それは嫌です」

澪「私も。……仕方ない、足止めするか」

澪「何だったら私ごと打ち抜いてもいいぞ」

梓「わかりました」

澪「……いや、最期に梓を食べる事にしようかな」

梓「……まああいつよりは澪先輩に食べられる方がマシかもしれませんね」

澪「えっホント? ……実はちょっと前から食べたかったんだよね」

梓「ずっと前から食べる食べるって言ってたじゃないですか」

澪「いや、その……ちょっと前から人間的な意味で食したいな……なんて」

梓「……マジですか」

澪「割と」

梓「まあ、少し位なら……」

澪「……」

梓「今の内に言っておきます。怪我の手当てしてくれてありがとうございました。ブレザーも」

澪「う、うん……」

梓「何だかんだ言って楽しかったです」

澪「何が?」

梓「色々とです」

澪「……そうだな。もっとみんなと部活やりたかったな」

梓「ですね」

澪「出来ればもう一度唯と……」

梓「ありえないですやめてください。私だって唯先輩と……」

澪「唯のあの独特な感じが最高に良いんだ」

梓「それには同意ですね。子犬を愛でるような不思議な感覚が心をくすぐります。唯先輩って何者なんでしょうね」

澪「さあなぁ。とにかく近くにいるだけで心がざわつくんだ……ほら」

梓「ああ……こんな感じにですね…………え?」

猫憂「もう終わりかにゃん? じゃあそろそろいただきますするのにゃ……ん?」

梓、澪、猫憂が一斉に正門へと目を向ける。
そこには遅刻ギリギリで息を切らせてやって来たわんこがいた。

唯「はぁはぁ……あれー誰ともすれ違わなかった……もしかしてアウト!?」

梓「ゆっ、唯先輩!?」

唯「あずにゃん! それに憂と澪ちゃんも! よかった~遅刻かと思ったよ~」

澪「唯! こっちに来るな!」

唯「どしたの澪ちゃん……って二人ともどうしてそんなに傷ついてるの!?」

猫憂「ん……? なんだあいつ……なんか美味そうだにゃん」

梓「なっ!? やめてっ! 唯先輩を食べるなんて許さない!」

猫憂「だーかーらーお前の指図は受けないのにゃん」

唯「二人とも大丈夫なの!?」

猫憂「ちょっと味見してやるにゃん!」

唯「憂……?」

澪「そいつは憂ちゃんじゃない!」

猫憂「にゃんにゃん!!」

猫憂が唯に狙いを定めて飛び掛かる。

梓「あっ! 唯先輩逃げてぇ!!」

猫憂「いただきにゃす!!」

唯「めっ!!!!」

猫憂「ぐひっ!!?」

唯が叫ぶと猫憂の動きが止まった。

猫憂「な……!? 身体が動かないにゃん……!」

澪「唯の声に憂ちゃんの身体が反応した……!?」

唯「澪ちゃんとあずにゃんに酷い事しちゃダメでしょおっ!?」

猫憂「んがっ!?」

唯が猫憂の額を小突いた。

梓「えっ!?」

猫憂「ぐっ、お、おげぇぇぇええ!!」

猫が憂の口から飛び出す。

澪「やった! あいつ憂ちゃんの身体から追い出されたぞ!」

梓「憂の身体が仇になったんだ!」

猫「ぐへぇなんだこいつ! ならこいつの身体を貰うにゃん!」

梓「あっ!!」

澪「やめろぉ!」

猫が唯に乗り移ろうとする。
しかしそれは大根によって阻止された。

猫「へぶぉっ!?」

澪「サンキュー!」

猫「お……お……! くそっ! 誰でもいいから乗っ取ってやるにゃん!」

澪「そんなことさせるわけないだろ!」

澪が糸を使って猫を縛り上げる。
繋がれた糸を振り上げて猫を空中へ放り、さらに無数の糸を撃ち出し空中で固定した。

猫「おおうっ!?」

澪「梓ぁっ!!」

梓「わかってます! G.K.B.R.ッッッッ!!」

既にギターを構えていた梓が猫に向かってビームを放った。
ビームは糸にからまった猫を穿つ。
穴の開いた猫は地面へと落ちた。

猫「ぉ……」

澪梓「やったーーーー!!」

唯「うわっ! え……何がどうなったの?」

澪「ありがとう唯ぃいい!!」

唯「うわっぷ! ちょっと待って澪ちゃん! 憂が寝ちゃって……」

梓「やりました! 私やりましたよ唯先輩ッ!!」

唯「のおわっ!?」

澪と梓に抱きつかれて唯と唯に抱きかかえられていた憂が押し倒された。

唯「お、重いよ二人とも! 憂が潰れちゃうよ~!」

梓「あっすいません」

澪「嬉しくってつい……」

唯「二人とも大丈夫?」

梓「まあなんとか」

澪「死ななきゃ安いよ」

唯「えっと……これってアレだよね、終わったんだよね」

梓「はい、先輩のおかげで」

澪「そういえばあいつを忘れてたな」

猫「……」

澪「唯、私たちは仕上げをするから憂ちゃんを保健室に連れてってやってくれ」

梓「私たちもすぐ行きます」

唯「うん、わかったよ」

唯は憂をおぶって校舎へと入って行った。

澪「私が多めにもらうからな」

梓「それはありえないです」

澪「それよりさっさとしようか……」

梓「ですね……」

澪梓「いただきます」




斯くして梓と澪に訪れた危機は去った。
数日後、梓と澪と紬が回復すると軽音部は平常運転へと戻っていった。

澪「いやー今回ばかりは死ぬかと思った」

律「あの日のお前達ボロボロだったもんな」

梓「私はまた制服を新調する羽目になりました……」

澪「私もお気に入りのパン……いや何でもない」

唯「でもこうしてみんなが無事でよかったよ」

律「だな!」

紬「はーいお茶が入りましたよー」

梓「それにしても……憂が人払いを押しのけて学校に来るとは思わなかったです」

紬「おかげでサッカーボール体験しちゃったわ」

澪「そういえば唯も学校に入ってきてたよな?」

唯「え? 何の事?」

梓「あの日学校に来る時何も感じなかったんですか?」

唯「う~ん……さあ?」

澪「唯が分からないんじゃ仕方ないか」

梓「ですね」

澪「そういえば梓、食べさせてくれるんだよな?」

梓「はい? 何の話ですか?」

澪「とぼけるなって。あの時私に言っただろ、食べてくださいって」

梓「言う訳ないでしょうそんな事。言ったといえば澪先輩私に告白しましたよね?」

律「何ィ!?」

紬「ええっ!?」

唯「うそー!?」

澪「こ、こく……! そ、そんなわけあるか!!」

梓「しおらしくしながら言ってたじゃないですか」

澪「はあっ!? そんなに食べられたいのか?」

梓「食べたいのは蜘蛛先輩の方でしょ? 何ですかまた告白ですか?」

澪「よし表に出ろ。洗剤かけてやる」

梓「そんなに興奮してると糸漏らしますよ?」

澪「そろそろ黙れよゴキブタ」

梓「何ですか内弁慶」

唯「もうっ! 二人ともやめなよ! せっかくみんな元気になったんだからさ……」

澪「唯……」

梓「唯先輩……」

唯「もっと仲良くしよ? ね?」

澪「えっ……いいの?」

唯「へ?」

梓「今のは私に言ったんですよ」

澪「いや私だろう」

唯「あの、二人に言ったんだけど……」

澪「まあ、そう言われちゃあ仕方ないかな。梓はどうだ?」

梓「そうですね、私もいいと思いますよ澪先輩」

唯「うん?」

澪「それじゃあ……」

唯「澪ちゃん? スカートの中から糸が垂れてるよ……?」

梓「では……」

唯「ふぇ、ちょ、あっ――」

澪梓「いただきますっ」




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音   ?「猫がやられたようだな……」

に   ??「奴は四天王の中でも際弱……」

の   ???「しかし収穫はあった……」

和   ?「あの姉妹の力……美味しそうだケロ……」

訪   ??「なんとしてもあの力を手に入れたいワン……」

る   ???「では私が行こう……まずはあの虫ケラ共を消してやるコケ……」

信   ?「フフフフ……待っていろよ……」

て     「「「ハハハハハ……!」」」






END