梓「はぎ……っあ゛……」

梓はまだ立ち上がれない。
そこへゆっくりと六本の足で近づいてゆく。

澪「もう勝負ついちゃったけどさ、もうちょっと楽しませてよ」

元々大きい蜘蛛とゴキブリとではゴキブリが一方的に捕食されるのみだ。
唯一の利点の飛行能力を奪われた梓は肩で息をしながらうずくまっている。

澪「ほら、立たないと」

梓を無理やり立たせたところで、梓が蹴りを放ってきた。

澪「おっと、そうでなくちゃ楽しめないよな」

澪の猛攻が始まる。



唯「はあ……はあ……!」

梓の教室にギターを取りに行った唯は、その帰りに窓から梓と澪の姿を見かけて急いで校庭に向かっていた。
梓が尋常でない吹っ飛び方をしている。
唯から見たらいつ死んでもおかしくないような様相だった。
梓のギターと今度こそ何が合ってもケンカを止めるという思いを胸に抱いて校庭に飛び出す。

唯「はあっ……げほっ、澪ちゃんもうやめてえっ!!」

叫び声が校庭に響いて澪の動きが一瞬止まった。
だが再び梓に向かって長い足で歩み寄る。

唯「澪ちゃん!!」

一方の梓は辛うじて立っているものの羽はもげ、片方の触角はちぎれ、片方の腕は捩れていた。

梓「ゆ……せんぱい……」

澪「唯にお別れを言ったほうがいいんじゃないか?」

嘘か本気か、澪は梓に尚も攻撃を仕掛けるようだ。

梓「くも女め……」

澪「元気がいいな梓は」

梓「ちいっ!」

梓は澪が目の前に来た時を見計らい全力で唯の元へと駆け出した。

澪「さすがゴキブリ、しぶといなっ!」

澪もその後を追う。

梓「唯先輩っ! ギターを出してください!」

唯「へっ?」

梓「早くっ!!」

唯「は、はいっ!」

唯がギターを取り出した。
梓はそれを奪い取るとギターのヘッドを澪に向けた。

梓「はあはあ……唯先輩、ありがとうございました」

唯「あ、うん。それより大丈夫なの……?」

梓「大丈夫です」

澪「演奏は梓が居なくなってから私と唯だけでゆっくり奏でるよ」

梓「いいえ、澪先輩には暫く大人しくしていてもらいます」

梓「このジャイアントキリングビームライフルで!」

唯「ビーム……ライフル?」

梓「Giant Killing Beam Rifleです。私は何だかんだいって敵が多いですから。こんなこともあろうかと科学の結晶を持ち歩いてるんです」

澪「そんなので……」

梓「倒せますよ」

澪「やってみろよ!」

澪が糸を飛ばす。
梓は澪に狙いを定める。

梓「くらえっ! G.K.B.R.ッ!!!」

梓がギターについているアームを回してから押し込んだ。
砲身(ギターヘッドの先端)から眩い光が収束して一瞬で澪を貫いた。

澪「ぐあっ……!?」

澪はその場に崩れ落ちた。



唯「澪ちゃーん!?」

唯が澪の元へ駆け寄る。

唯「澪ちゃん! しっかりして澪ちゃん!」

梓「大丈夫ですよ」

唯「大丈夫って……!」

澪の腹には風穴が開いている。
いつの間にか澪の下半身は人間のそれに戻っていた。
人間の腹に穴が開いていて大丈夫だとは唯には思えない。

梓「私たちは特別なんです。そのくらいで死んだりしませんよ」

唯「ほ、ほんとう?」

梓「はい、ほんとうです。すこし……やすめば……」

言いながら梓の膝が折れた。
そのまま地面に突っ伏す。

唯「あずにゃあん!」

梓「わ、たしも……限界です。ちょっとねます。おやすみです……」

そう言って梓は寝だした。

唯「え、あずにゃん?」

唯「わ、私はどうすれば……いいのかな?」

こうして梓と澪の小競り合いが一段落した。



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梓が初めて軽音部に興味を引かれたのは唯達が1年生の時の学園祭ライブ。
その演奏の録音を聞いてギタリストに憧れて、自分が桜校に入学したら軽音部に入ろうと決めたのだ。
しかしいざ入学して新歓ライブを見た梓は不穏なものを感じ取った。
演奏は感動するくらい良かったのだが何か嫌なものが引っかかる。
第六感が危険を知らせていたが、あのギタリストに会いたかったことと嫌な感じの正体を確かめる為に軽音部の部室へ向かった。
嫌な感じの正体は部室の扉を開けるとすぐに解った。

澪「……」

こいつは危険だと虫の知らせが教えてくれた。
今すぐ逃げなければと思うもあっさり捕まってしまう。

律「確保ーーーー!!」

梓「ギャーーーー!!」

部室で先輩の話を聞いていた梓は軽音部に興味を持った。
人の良さそうな先輩達にも好感が持てた。一人を除いて。

勘だったが澪のことを他の部員は殆ど気付いていないようだった。
ギターの唯なんかは警戒心や疑心というものが全く見受けられない。
そして唯から何か不思議なものを感じ取った。
梓にはそれが何なのか解らなかったがその感覚はどこか心地よくて悪い気はしなかった。
そんなこんなで唯に好感を抱く。
やっと会えた憧れのギタリストを、こんな無垢な人をみすみす餌にするわけには……。
そう考えた梓は命がけで軽音部への入部を決めたのだった。

梓が入部してから、澪は蜘蛛であり自身の天敵であると言う事を知った。
唯が実はあんなだった事も。
尊敬の念はしぼんでいったが代わりに暖かいものが膨らんできて……。
何だかんだ言っても唯の事は好きなのだ。
それ故に外敵から守らなければと日頃から澪をマークしていた。

梓自身が捕食の対象なので当初は生きた心地がしなかったがどうやら澪は取って食べるつもりはないらしい。
怖い事には変わりないが段々と軽音部の生活に馴染んでいった。

澪の性格は恥ずかしがりで怖がりで大人しい。
が、相手が梓のような捕食対象なら話は別だ。
途端に強気になるし狩の時には獰猛な一面を覗かせる。

つまり梓はよくからかわれたり馬鹿にされたりするのである。


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