あれから何日かが経つ。
これで、よかったんだろうか…。
自分に問いかける日々が続いた。

ねぇ、澪ちゃん。
いま、あなたは幸せ?
ねぇ、梓ちゃん。
澪ちゃんと仲直りできた?

教えて、誰か…。
私のしたことが、正しかったのかどうか…。

紬「…ん?」

ポケットに何か入っていることに気づいた。
取り出してみると、かわいい首飾りだった。
これは澪ちゃんがうちに泊まりに来た時に忘れたもの。
次会った時に渡そうと思っていたのに、まさかこれが形見になるなんて。

…そういえば、りっちゃんはあれからどうしているのだろうか。
澪ちゃんのことも、
梓ちゃんのことも、
唯ちゃんのことも、
きっと何も知らない。

りっちゃんに会いたい。
私のしたことが正しかったのかどうか、教えてほしい。
私は救いを求めるかのように、りっちゃんの元に向かった。



【澪と律の家】

ピンポーン

紬「りっちゃん。紬ですけど」

紬「………」

紬(…留守かな)すっ

ガチャ

紬(鍵が開いてる…?)

紬「りっちゃん、入るよ?」


家の中は真っ暗だった。
部屋の電気をつけると、隅に小さな人影があった。
りっちゃんだ。

律「…あぁ、ムギか。どうした…?」

髪はぼさぼさで、服装も礼服のままだった。
それだけじゃない。体も痩せ細っており、瞳には光がなかった。
とてもじゃないけどあのりっちゃんとは思えなかった。

紬「りっちゃん…」

りっちゃんは、澪ちゃんを失ったショックからまだ立ち直れていなかった。
もしかしたら。と思ったが、その通りだった。

律「なぁ、ムギ…」







律「澪のやつ、知らない?」







紬「えっ…?」

立ち直れていない?ちがう。
現実は、もっと残酷だった。
りっちゃんは、澪ちゃんの死を受け入れていなかった。

律「あいつさ、かれこれ一週間ぐらい帰ってないんだ」

律「連絡もよこさないし、つながらないし」

律「今週あいつが炊事当番だってのにさ」

律「ムギ、何か知ってる?」

光の消えた眼差しが、私に向けられる。
どこを見ているかもわからない。虚ろな瞳が。

紬「………」

私は悩んだ。
もしここで本当のことを伝えてしまったら、
澪ちゃんの死を受け入れてさせてしまったら、
りっちゃんは壊れてしまうのではないか。
梓ちゃんのように。

紬「…私も、ちょっとわからないな」

もう、誰も失いたくない。
いつかきっとりっちゃん自身が澪ちゃんの死を受け入れる日が来る。
そう信じて、私はウソをついた。

紬「りっちゃん、お風呂に入っておいで。その間に片付けておくから」

律「…あぁ」


りっちゃんがお風呂に入っている間、私は部屋を簡単にだが片付けた。
澪ちゃんが死んでから随分とりっちゃんが荒れた生活をしていたというのがよくわかった。
あらかた片付け終えた私は澪ちゃんの私物の整理を行った。
洋服やアクセサリー、もちろんベースもきれいに整頓する。
りっちゃんが澪ちゃんのことを受け入れられるように。
このままだと、いつか帰ってくるものだと思いこんでしまうから。

ガラッ

お風呂からりっちゃんが出てきた。

律「……!」

紬「さっぱりした?お腹空いたでしょ、何か軽く作って―――」

律「………みお」

紬「えっ?」

律「お前、帰ってたのか…?」

何を言ってるの、りっちゃん。
私は、澪ちゃんじゃない。

律「お前な、連絡ぐらいしろよ!どんだけ心配したと思ってんだ」

紬「りっちゃん…?ちがうよ、私は紬だよ」

律「なに言ってんだよ、おかしな奴だな」

律「それ」

紬「?」

律「その首飾り、この前私と買いに行ったやつじゃん」

澪ちゃんが私の家に忘れた首飾り。
形見として私が身に着けていた首飾り。
これが、りっちゃんを目を狂わせた。
澪ちゃんの私物整理をしているうちに澪ちゃんの匂いがついたのかもしれない。
りっちゃんは、私の姿に澪ちゃんを重ねていた。

紬「………私は」

――――――
――――
―――
――







8月も終わりにさしかかっていた。
私は今、りっちゃんの家に同居している。

ガチャ

律「ただいまー」

紬「おかえり」

律「はぁー疲れた。なぁなぁ見てくれよ、じゃーん!」

紬「あ、免許!」

律「やっと取れたぜ。しかも一発合格だ、すげーだろ!」

紬「すごいすごい♪」

律「なぁんだよそっけないなぁ。もっとほめてくれよー」


律「 澪 」


そう、澪ちゃんとして。

私は「琴吹紬」を殺し、「秋山澪」として生きていくことに決めた。
失いたくない。その一心だった。

紬「ごはん出来たよ」

律「おぉっ、なんか今日は豪華だな!」

紬「無事に免許も取れたことだしね」

律「へへへ」

紬「それじゃ、いただきましょ」

律「いっただっきまーす!」ぱくっ

律「おっ!おいしいなこれ」

紬「そう?よかった」

律「ようやく澪も味付けの加減がわかってきたみたいだな」

律「最初の頃は濃くてあまあまだったのにな。いやぁ人間ってのは成長するもんだ」

濃くてあまあまな澪ちゃんの味付け。
その独特の味、もう味わうことが出来ないのだ。


律「なぁ澪」

紬「なに?」

律「今度みんなでさ、ドライブ行こうよ!」

律「私そのために金ためて免許取ったんだぜ」

律「ムギも唯も誘ってさ。梓も呼んで」

律「梓なんて全然会ってないからなぁ、元気してるかな」

律「そういや、唯も最近見かけないな。バイトも来てないみたいだし」

紬「…実家に帰ってるんじゃない?憂ちゃんもいるし」

律「ふーん、そっか」

バイトのオーナーの話しだと、唯ちゃんはバイトを辞め実家に戻ったらしい。
たぶん実家でも色々なものを背負い、追われながら暮らしている。
もしかしたら、もう…。

紬「………」

律「どうした?黙りこくっちゃって」

もうみんないなかった。
澪ちゃんも梓ちゃんも、唯ちゃんも。
2人は私が手を下したと言っていい。そのことは重々わかってる。
いっそのこと、私も死んでしまえばと思ったこともあった。
でもそれじゃあ残されたりっちゃんはどうなるの。
何も知らないまま独りになるなんて、そんなのあまりにも悲しすぎる。

紬「ううん、何でもないよ」

律「あーっ、楽しみだなぁー!みんなとドライブ」

紬「…そうね」

この笑顔だけは、失ってはいけない。
それが今の私に出来る唯一のことだから。

ピンポーン

律「あ、誰か来た」

紬「私が出るね」

ピンポーン ピンポーン

紬「はーい」

呼び鈴が何度も鳴った。
誰だろう、こんな時間に。
私は早足で玄関に向かい、扉を開けた。

ガチャ







憂「こんばんは、紬さん」



憂ちゃんだった。
ポニーテールの髪をおろし、前髪をピンで止めている。
見てくれは唯ちゃんそのものだった、恐ろしいほどに。

紬「憂ちゃん…」

憂「お久しぶりですね」

紬「…そうね」

そっか。
あなたがこうしてここに来るということは、そういうことなんだね。



唯ちゃんは、もういないんだね…。



憂「いい匂いがしますね、ご飯中ですか?」

紬「そんなところかな。どうしたの、こんな時間に?」

憂「今日、お姉ちゃんが、死にました」

紬「………」

憂「死にました、っていうのは少し違いますよね」


憂「殺されました」


憂ちゃんの目はあの時のりっちゃんの目に似ていた。
光のない、絶望感に浸された瞳。
でもりっちゃんのそれとは少し違う。
猟奇と憎しみを含んだ、どす黒い目だった。

憂「お姉ちゃんは、ずっと苦しんでました」

憂「私のせいだ。私のせいだ。って」

憂「梓ちゃんと幸せに暮らしてたのに。やっと想いが伝わったのに」

憂「紬さんのせいで、お姉ちゃんは…」

紬「憂ちゃん、聞いて。梓ちゃんは―――」

憂「………」どすっ

紬「………?!」

紬「…げほっ」

腹に鈍痛が走った。
口の中に鉄の味が広がる。
私は憂ちゃんに刺された。

憂「返してよ、ねぇ。お姉ちゃんを、返してよ…!!」

私は事の顛末を話すつもりだった。
だけど、もしそれを知っていたところで、関係はないだろう。
姉が理不尽に殺された。その程度の認識にしかならないのだから。

紬「うっ…」

痛みで意識が飛びそうだった。
でもここで倒れるわけにはいかない。
りっちゃんに、余計な不安を与えるわけにはいかない。

律「澪ーっ、いつまでやってんのー?」ととっ

紬「?!こ、来ないでっ!来ちゃダメ!!」

ダメ、来ないで…。
あなたはこんなところを見る必要はないの。
あなたは、笑っていればそれでいいの。

律「………おい。何だよ、これ」

律「何で、血を流してんだよ…」

律「澪ッ!!」

律「大丈夫か、おい澪!しっかりしろ!」

憂「澪…?律さん、何言ってるんですか?」

律「憂ちゃん…?お前が…やったのか…?」

憂「………」

律「何の恨みがあって澪にこんなことすんだよ!!!」

紬「私は平気。大丈夫だから…」

律「平気なわけあるかよ!!こんなに血を流して…」

律「すぐに救急車呼ぶからな。ちょっとだけ耐えろよ、澪」

憂「………」

憂「…そういうことでしたか。紬さん」

今のやりとりで憂ちゃんはすべてを理解したようだった。

憂「そうやって律さんを騙して。罪滅ぼしのつもりですか?」

憂「偽善者」

紬「……!」

辛辣な言葉が胸に突き刺さる。

偽善者。

そうかも知れない。
私がやっていることは、所詮自己満足、偽善でしかなかった。

澪ちゃんを止められなかった。
梓ちゃんを殺した。
唯ちゃんを追い込んだ。
全部、私のせい。
だけど私は知らないうちに、そこから逃げていた。

りっちゃんを盾にして。

憂「律さん。よく聞いてください」

憂「そこに倒れているのは澪さんじゃありません。紬さんですよ。琴吹紬さん」

律「え…?」

律「………ウソだ」

律「ここにいるのは澪じゃないか!なぁ、澪!そうだろ?お前は澪だろ?!」

紬「………」

何も言えなかった。
言ったところで無駄だと悟ったからだ。
私はもう「琴吹紬」になってしまったから。

律「お前は…本当にムギなのか…?」

律「じゃあ澪は…。本物の澪はどこにいるんだよ!なぁ!!」

憂「律さん、忘れちゃったんですか?」

律「忘れた?!何のことだよ!!」

憂「いや、受け入れてないだけか…」ぼそっ

紬「?!や…やめて、憂ちゃん!ごほっ、それだけはっ…!」

お願い、言わないで。それだけは…。
りっちゃんを、壊さないで。
せっかく取り戻したのに。
ようやく笑えるようになったのに。
りっちゃんから、笑顔を奪わないで…。


憂「 澪 さ ん は 、 と っ く に 死 ん で る じ ゃ な い で す か 」


律「え………?」

憂「律さんもお葬式に出たでしょう?」

憂「8月14日を、思い出してください」

律「……………」

律「………そうだ」

律「……澪は。電車に轢かれて……それで……」

律「は…はは、ははははは。そうだよな、私、一体何を…」

律「そ、そうだ…!唯は?梓は?!みんな何してんだよ、澪が死んだってのに」

憂「お姉ちゃんも、梓ちゃんも、もういません」

律「……嘘…だろ…」

もう、おしまいだった。

すべてを知ったりっちゃんは、その場に崩れた。
それと同時にりっちゃんの叫びが響く。
断末魔の叫びとは、まさにこのことだろう。

結局、私は最後まで何も出来なかった。
助けることも、守ること。
もう何も失いたくない。そう決意していたのに。

意識が遠のいていく。
私はりっちゃんが壊れていく姿を、ただただ見つめることしかできなかった。







ごめんね。


END