澪「いらっしゃいませ」

今日は唯と同じシフトだった。
いつも明るく接客している唯が、今日はおとなしかった。
休憩中も変わらず、話をしてもあまり盛り上がらなかった。
何か悩みでもあるのかな?
帰りに聞いてみよう。そんなことを考えながら仕事をしていた。

 ・・
   ・・
     ・・

バイトが終わる。
夏休みに入ったからか、お客さんの数が多くてんやわんやな一日だった。
帰り道、唯に聞いてみた。

澪「なぁ、唯…」

唯「なぁに?」

澪「なにか、悩みでもあるのか?」

唯「…どうして?」

澪「なんていうか、元気なかったからさ」

澪「最近ずっとそんな感じだし、何かあるのかなと思って」

唯「………」

唯はしばらく黙りこんでいた。
もしかして、人には言えないようなことなのかな。

澪「い、言えないようなことならいいぞ?」

澪「ただ、その…いつもの唯らしくなくて心配だっただけだから」

唯「大丈夫。平気だよ」

澪「そっか、ならいいんだけど」

唯「ねぇ、澪ちゃん」

澪「ん?なんだ?」







唯「あずにゃんと別れて」







澪「………えっ」

澪「いま、なんて…」

意味がわからなかった。
梓と別れろ?
何で唯が私と梓の関係を知っているんだ…?

澪「ど、どういうことだよ…」

唯「もう、あずにゃんを傷つけないで」

傷つける?私が?
確かにずっと会えなかったし、構ってあげられなかったのは事実だけど…
傷つけてるわけじゃない。梓だってちゃんと理解してくれたんだ。
なのに、どうしてそんなこと言われなきゃならないんだよ。

澪「き、傷つけてるかどうかなんて唯にはわからないじゃないか!」

澪「それに、何で唯にそんなこと言われなきゃいけないんだ!!」

唯「あずにゃんは、私のものだからだよ」

――ドクン…。
心臓が停止したかのような感覚。
私の…もの…?
ちがう!ちがう!!
梓は、私のだ。
私の大好きな恋人なんだ。

唯「澪ちゃん、自分が何をしたかわかってないの?」

澪「当たり前だ!どうして、唯のものって言いきれるんだ!!」

唯「本当に、わからないの…?」

澪「わかるわけないだろ!!」

唯「…そっか」

唯「 最 低 」

なんで…なんでここまで言われなきゃいけないんだ。
私が梓に何をしたっていうんだ。

唯「わからないなら、わからないままでいいよ」

唯「あずにゃんは、私が幸せにするから」

唯「じゃあ、またね」

なんだよ、なんなんだよ…。
唯に何がわかるっていうんだ。
私が、どれほど梓のことを想っているか。
どれほど寂しい思いをしてきたことか。


prrrr prrrr

私は梓に電話をかけた。

梓『もしもし』

澪「梓か…?」

梓『どうかしたんですか?』

澪「唯にな、さっき梓と別れろとか言われてさ」

澪「ひどい冗談だと思わないか?しかも私のものとか言ってさ」

泣くまいと必死だった。
いま出来る最高の明るさで振る舞った。
冗談だよ、そうだと言ってほしかった。

梓『冗談じゃないですよ』

澪「えっ…」

梓『私は、唯先輩のものです』

澪「なんで…どうして…」

梓『どうして…?澪先輩が私を見捨てたんじゃないですか』

私が梓を見捨てた?
そんなこと一度もない。
唯も梓も、何を言っているのか全然わからなかった。

梓『私に隠し事して、ウソをついて、冷たくして…』

梓『先輩が、私を突き放したんじゃないですか』

澪「私は…私はそんなことしてない!」

梓『…ウソつき』

澪「………!」

私は気づいた。
ムギとプレゼントを買いに行ったことを隠したこと。
それを悟られまいと、少し固く接していたことに。
梓を驚かせるためにしたことが、裏目に出たのだ。

澪「梓。ちがうんだ、これは―――」

梓『もういいんです』

梓『唯先輩が、私の心を埋めてくれたから』

…やめてよ。

梓『だから、もう。いいんです』

敬語なんて使わないで。

梓『澪先輩といれて、すごく幸せでした』

好きだって、言ってよ…。

梓『さようなら、澪先輩』

澪「!!待って、あず――」

プツッ

ツー ツー ツー



澪「………」

終わった。何もかも。
涙も出なかった。
私が間違ってたのかな。
私のせいなのかな。
でも、少し考えてみればわかることだ。
何をやってもうまくいかない、不器用な私。
そんな私が誰かと付き合うだなんて、最初から無理な話だったんだ。
だけど、本当に楽しかった。人生で一番、幸せな時だった。




あずさ


私はずっとずっと


大好きだよ





【紬の家】

prrrr prrrr

電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう。

紬「もしもし?」

澪『ムギか?私だ、澪だよ』

紬「澪ちゃん、どうしたの?こんな時間に」

澪『その、謝ろうと思ってさ。ごめんな』

紬「どうしたの、急に」

澪『プレゼント、無駄になっちゃった』

紬「…澪ちゃん?何があったの…?」

澪ちゃんの声はとても低く、沈んでいた。
私は澪ちゃんに問いかける。

澪『梓にさ、振られちゃった』

紬「えっ…?」

澪ちゃんはさっきあったことを話してくれた。
今、澪ちゃんがどれだけつらい思いをしているのか、
想像することすら怖かった。

紬「そんなの…。そんなの梓ちゃんの勘違いじゃない!!」

紬「ちゃんと誤解を解けばまた仲直り出来るわ!」

澪『いいんだ、もう。どのみち梓は唯しか見てない』

澪『私が何を言ったって、もう無駄だよ』

澪『ごめんな、ムギ…。たくさん迷惑かけて』

紬「澪ちゃん、会って話そう?またお酒でも飲んでさ、一緒に考えよう?」

澪『もういいんだ、ありがとう』

『…もなく…番線に…列車が…通…ます。
白線の…下がっ…待ち…さい』

受話器の奥からアナウンスが聞こえた。
嫌な予感がした。澪ちゃん、あなたまさか…。

紬「澪ちゃん…。今、どこにいるの…?」

澪『言わない。言ったらムギは来るから』

紬「澪ちゃんダメよ!早まらないで!」

澪『無責任なのはわかってる。不器用だってことも知ってる』

紬「待って澪ちゃん!私の話を聞いて!!」

澪『でも、私にはこうするしか出来ないから…』

紬「やめて、そんなこと言わないで…」

紬「……私が」

紬「私が、澪ちゃんを幸せにするからっ…!」

紬「だからお願い、戻ってきて…」

私は涙ぐみながら澪ちゃんに訴えた。
傷が癒えるまで、私が傍で支えてあげるから。
だから、やめて。


死のうとなんて、しないで。


澪『ありがとう、ムギ』

紬「!」

紬「澪ちゃん、私今から迎えに―――」

澪『でも、もう迷惑はかけられないよ』

紬「えっ…」

澪『本当に、ごめん』

紬「馬鹿な真似はやめて!お願い!!今すぐ戻って!!!」

澪『―――ばいばい』

紬「澪ちゃ―――ッ?!!」

ブツッ

ツー ツー ツー

紬「ウソでしょ…?ねぇ、澪ちゃん。ウソだよね…?」

轟音と同時に電話が切れた。
無機質な機械音だけが耳に流れた。



バンッ

私は家を飛び出した。
最寄りの駅の駅員から電車の運行情報を聞く。
ここから2、3ほど離れた駅で人身事故が起こったようだ。
私はタクシーを拾い、急いでそこに向かった。

現場はブルーシートに囲まれていた。
車掌を始め、駅員、警察にレスキュー隊までいる。
時間も時間なだけに、人だかりがたくさん出来ていた。

紬「すいません、どいてください!」

私は野次馬を跳ね除け『立入禁止』と書かれたテープに向かう。

「何してるんだ!下がりなさい!」

駅員に止められる。構うもんか。

紬「うるさい…。離して…っ!!」

私はつかまれた腕を振り払い、中に入った。

紬「澪ちゃん!!!」

紬「………」

すべてを見ずともわかった。
澪ちゃんは、死んだ。
駅員やレスキュー隊員がしぶしぶ事故処理をしている。
警察は車掌に事情聴取をしているようだ。
現場には「またか」「やれやれ」といった空気が流れていた。
何よ…何も知らないくせに…。澪ちゃんが…どんな思いをしていたことか…。

少し離れたところに、場違いな細長くて小さな箱があった。
私は近づき、小奇麗なそれを手に取る。

紬「これは…」

小さなハートの形をしたかわいいネックレス。
後ろには『to Azusa from Mio』と掘ってあった。
そう、これは澪ちゃんが梓ちゃんのために用意したプレゼントだった。

紬「うぅっ、くっ…澪ちゃん」

私はネックレスを抱き大粒の涙を流した。
どうして、どうして…?
どうして澪ちゃんがこんな目に遭わなきゃならないの?
あんなに幸せそうで、あんなに楽しみにしてたのに。
澪ちゃんが、何をしたって言うの?

「こら君、ここは部外者が立ち入っていいところじゃないんだよ!出ていきなさい」

悲しみに暮れているのもつかの間だった。
駅員に連れられ、外に追い出された。


…私が。
私が、伝えなきゃ。本当のことを。
このまま終わるなんて、あまりにも報われなさすぎる。
私が梓ちゃんの誤解を解いてみせる。
それが澪ちゃんのために私が出来ること。
澪ちゃんを止められなかったことへの、償い。

悲しみを胸にしまいこみ、私は帰路についた。


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