6月14日。
私と澪先輩の4ヶ月の記念日。
今日はちょっと遠くに出て買い物をすることになった。
天気は、雨だった。

澪「うーん、雨やだなぁ」

梓「そうだね、早く梅雨明けるといいけど…」

澪「早く夏休みにならないかな」

梓「どうして?」

澪「だって、そうすれば梓にたくさん会えるじゃないか」

梓「…そうだね!」

澪先輩といる時間は幸せだった。
月に一度しか会えないんだもの、幸せじゃないわけがない。
帰りたくなかったし、もっと一緒にいたかった。
充実していたし、満足もしている。

でも、胸につっかかることもあった。
あれから、唯先輩から連絡は一度もなかった。



【大学】

7月。
梅雨も明け、気温もあがってきた。
もうすぐ夏がやってくる。

律「やべぇよ、澪!どうしよう!課題終わんないよ!!」

澪「自業自得だろ、バイトばっかしてるからだ」

律「そんな冷たいこと言わないでよ澪しゃあん…」

この時期は多くの授業でレポートの提出が課される。
一年生の私たちは履修科目も多く、当然たくさんのレポートが出されていた。

唯「ムギちゃんだずげで~!!!」

紬「じゃあ、今日私の家で一緒にやろっか♪」

唯「本当っ?!ありがとう~」

律「…なっ?」ちらっ

澪「なんだその目は」ずびし

律「あてっ」

紬「せっかくだし、みんなで一緒にやる?」

律「おっ、いいねー!待ってました!」

澪「ムギ。あんま甘やかすと今後のためにならないぞ」

紬「まぁまぁいいじゃない。今日はみんなバイトもないんだし」

紬「久しぶりにお茶でもしましょ?」

澪「けど…」

紬「う~ん…。澪ちゃんがそこまで言うなら仕方ないわね…」

紬「じゃあ3人でやりましょうか♪」

澪「」

唯「わぁい!ムギちゃんのお茶飲むの久しぶりだなー」

律「わりぃな澪!家のこと頼んだわ!」

澪「………」

澪「……私も」

澪「…私もいぐぅ~!!!」

紬「うふふ、やっぱりね」

澪「あっ、ムギ!こうなるってわかっててわざと言ったんだな!」

紬「さぁ、何のことかしら♪」

澪「ぬぬぬ…」

ムギに一本食わされた。
ムギだけじゃない、唯も律もにやにやしていた。
3人揃って、まったく…。いじわるな奴らだ。
こうして私たちはムギの家にお邪魔することとなった。



【紬の家】

律「ふぅ~っ…」

律「飽きた」

澪「まだ30分も経ってないだろ!」

律「だってほら、ムギのお茶がないとやる気出ないって。な、唯?」

唯「その通りだよりっちゃん!」

紬「それじゃあちょっと休憩しましょうか」

そう言うとムギはキッチンに向かった。

紬「はい、どうぞ」

律「あぁー…幸せ」ずずっ

唯「んんー、おいしい」

紬「よかった♪」

結局ティータイムを満喫していた。
レポートの進み具合に関しては…言うまでもなかった。



【澪と律の家】

律「ふわ…おやすみ」

澪「えっ?!もう寝るのか?」

律「お腹いっぱいでさ、そんじゃ」ばふっ

あの後、みんなでご飯を食べ解散した。
久しぶりに4人で一日中いた気がする。
律は帰るなり布団をかぶり寝てしまった。

澪「………」

ピッ

私は携帯を取り出し、電話をかけた。

prrrr prrrr

ガチャ

紬『もしもし』

そう、ムギに。

澪「ごめんな。今大丈夫?」

紬『大丈夫よ、どうかした?』

澪「その、相談があるんだけど…」

紬『梓ちゃんのこと?』

澪「な、なんでわかったんだ?!」

紬『誰にも知られたくないことだから、わざわざ電話にしたんでしょ?』

澪「実は、8月14日で梓と半年になるんだ」

澪「だから、何かプレゼントしたいなぁって思って」

澪「全然会えなかったし、構ってあげられなかったから…」

紬『それで、私に何が良いか相談に乗ってほしいってことかな?』

澪「う、うん…」

ムギはこういうところにはいつも助けられていた。
みなまで言わなくても、理解してくれるから。

紬『うーん、アクセサリーとかどうかしら?』

澪「指輪とか?」

紬『そうね…。でも指輪はもっと大切な日にあげた方がいいと思うわ』

紬『イヤリングは高校生だからまずいし…』

紬『ネックレスとかどうかしら?小さくてかわいいのもたくさんあるし』

澪「ネックレスか、なるほど…。確かにいいかも」

紬『今度一緒に見に行ってみない?私もイヤリング見てみたかったの』

澪「本当か?助かるよ、ムギ。ありがとう」

紬『じゃあ、今週末にお出かけしましょ』

澪「うん!」

ムギには感謝してもし尽くせなかった。
いつか恩返ししなきゃな。
どんなネックレスにしようかな、梓に似合うやつがあればいいけど…。
想像は膨らんだ。週末が楽しみだった。





週末。いい天気。
照りつける日差しが眩しい。もう夏も目前だ。

紬「おはよう」

澪「おはよう、ムギ」

紬「それじゃ、行きましょうか」

澪「どこか行くあてがあるのか?」

紬「ちょっと電車で行ったところに大きなデパートがあるの。だからそこに行きましょ」

澪「わかった」

私とムギは電車に乗って、目的地に向かった。



【デパート】

澪「うわぁ、大きい…」

紬「この中にアクセサリーショップがいくつか入ってるの」

紬「行きましょ♪」

澪「うん」

ムギは慣れた様子で案内してくれた。
何度も足を運んでいるんだろう。

澪「何かごめんな、付き合ってもらっちゃって」

紬「いいのよ全然。こういうお買い物って、わくわくしない?」

澪「…そうだな!」

目的のアクセサリーショップに着く。

澪「うわぁ、いっぱいある」

紬「好きなの見てていいわ、私もイヤリングのところ見てくるから」

澪「わかった」

ムギの言うとおり、たくさんのネックレスがあった。
大きいものから小さいもの、形も様々だった。

「何かお探しですか?」

澪「へ、へっ?!あ、えと…」

店員の人に話しかけられた。
こういうのはどうも苦手だ。

澪「あの、その…。プレゼントにネックレスを買おうと思ってまして…」

「記念日ですか?」

澪「まぁ、そんなところです…」

その後たどたどしくも店員の人と話をし、
小さなハートのネックレスを買うことにした。

「後ろに名前を彫ることも出来ますが、いかがなさいますか?」

澪「あ、じゃあお願いします…」

言われるがままに頼んでしまったが、
サンプルを見るととてもかわいらしく彫られていた。

紬「おまたせ、いいのあった?」

澪「あぁ、かわいいのが買えたよ」

紬「どんなの買ったの?」

澪「だっ、ダメっ!恥ずかしいから…」

紬「むぅ~…」

澪「あ、梓に渡したら梓から見せてもらってくれっ」

紬「まぁ、澪ちゃんったら♪」

澪「う、うるさいっ///」

澪「ムギもいいのが買えたみたいだな」

紬「うん!」





梓「ふぅ、暑いなぁ…」

私は今日、電車で行きつけの楽器屋に向かっていた。
ギターの鳴りが悪くなった気がするので、メンテをお願いしに行くのだ。
私の住んでるところとは違ってこの辺りは随分と栄えていて、
楽器屋も大型の店舗が揃っている。

梓「………」

メンテをしてもらっている間、私はずっと考えていた。
澪先輩のこと。そして、唯先輩のこと。

私は澪先輩のことが好き。
これは偽りなく本当のことだし、一緒にいるときは幸せ。
欲を言ってしまえば、本当はもっとたくさん会いたい。
記念日だけじゃなくて。
私は会わないとどんどん不安になっちゃう人間だから。
でもそれは言わなかった。
頑張ってる澪先輩の邪魔をしたくはなかったし、
何より、澪先輩を信じてるから。

とはいえ、唯先輩のことも私の心を揺らしていた。
いつもなら、軽く流す程度で終わったのに。
なぜかあの冗談はいつまでも頭に残っている。
今思うとあの時の唯先輩の表情は少し違った気がした。
悲しげって言うか、何て言うか…。

梓「……考えすぎか」

そうこうしているうちにメンテが終わる。

梓「うん、いい感じ」

せっかく来たんだからもう少しぶらぶらしてから帰ろうかな、
そう思いデパートに向かうと見覚えのある姿があった。

梓「あ…!」

澪先輩だ。

まさに偶然だった。こんなところで会うなんて。

梓「澪せんぱ――」

声をかけようとしたが、澪先輩の隣にもう一人知っている姿があった。
ムギ先輩だ。
2人は買い物を済ませたらしくデパートから出て行った。
私は声をかけるのをやめた。
ムギ先輩といる澪先輩が、あまりにも楽しそうで、眩しかったから。

梓「…なんだよ、澪先輩」

梓「あんなにうれしそうな顔してさ」

ちらりと見えた澪先輩の横顔は、とても幸せそうだった。
私の前でなくても、あんな顔してるんじゃん…。

ほんの少し悲しくなった。それと同時に、不安にもなった。
私は結局澪先輩には声をかけず、帰路についた。





【電車】

紬「楽しかったね」

澪「あぁ」

買い物が終わった私たちはその後街をぶらぶら回ったり、
お店に入ったりと楽しい時間を過ごしていた。

澪「梓、よろこんでくれるかな…?」

紬「大丈夫よ。好きな人からもらったプレゼントがうれしくないわけないわ」

澪「本当に、色々とありがとうな」

紬「それにしても、梓ちゃんは幸せね」

澪「どうして?」

紬「だって、こんなに澪ちゃんから愛されてるんだもの♪」

澪「ばっ…ムギ!!///」

紬「澪ちゃん、しっ!ここ電車よ?」にやにや

澪「うぅ…」

つい電車の中で大きな声をあげてしまった。
照れくさかったけど、うれしいことだった。



【澪と律の家】

澪「ただいまー…ってあれ?」

律の姿がなかった。
またバイトか。本当、よく働くな。

澪「ふうっ」

私は今日買ったネックレスを見つめる。
早くこれを梓に渡してあげたかった。
ずっと構ってあげられなくて、寂しい思いをさせてきたから。

brrrr brrrr

電話が鳴った。

澪「もしもし」

梓『あ、もしもし。先輩?』

梓からだ。

澪「どうした、梓」

梓『なんとなく、声が聞きたくなって』

澪「そっか」

梓『先輩、今日何してたの?』

梓のためにプレゼントを買いに行ったんだよ。
そう言いたかったけど、はやる気持ちを抑えた。
私は適当に言ってごまかすことにした。
楽しみで楽しみでうっかり口を滑らせちゃいそうで怖い。
これからはボロが出ないよう少し意識して接しなきゃな。

澪「朝起きて、課題やって、バイト行って…いつもの通りだよ」

梓『………』

梓『……そっか』






――ウソつき。

心の中でそうつぶやく。

私は澪先輩に電話をした。
なぜだかわからない。無意識のうちにボタンを押していた。
本当は、抱えていた不安な気持ちを取り除きたかったのかもしれない。
「何してたの?」その単純な問いに正直に答えて欲しかっただけかも知れない。

でも、その不安は取り除かれることはなかった。

澪『梓は今日なにしてたんだ?』

梓「私は…」

梓「私は特に。家でギター弾いて勉強してたぐらいかな」

澪『そうか。もうすぐ期末考査だもんな』

梓「…うん」

梓「疲れてるだろうから、切るね」

梓「おやすみ」

澪『あぁ、おやすみ』

ほとんど一方的に電話を切った。

―――自分とは会えないのに、どうして。って思わない?―――

唯先輩の言葉を思い出す。
澪先輩も、あの時同じようなことを思ったのかな。

先輩はウソをついた。
私が澪先輩に問いつめられたときは正直に話したのに。
裏切られた気分だった。
不安と不信感が募る。
もしかしたら、もう…。

梓「…私のことなんて、どうでもよくなっちゃったのかな」



もやもやとした日々が続く。
勉強にも、ギターにも身が入らない。
あれからも澪先輩とはやりとりしてるけど、
私の抱いた不安は増えていくばかりだった。

その一方で私は期待をしていた。


唯先輩からの連絡を。


高校の時からそうだった。
私が悲しんでたり、不安になってる時、
先輩はそれを察したかのように現れて、手を差し伸べてくれる。

正義のヒーロー。
稚拙な表現だけど、私にとってはそんな存在だった。

いまの私は、澪先輩よりも唯先輩を求めていた。

brrrr brrrr

電話が鳴る。

梓「唯先輩?!」

ピッ

純『や、梓』

梓「…なんだ、純か」

純『なんだって言い方はないんじゃないのー?』

梓「なに?」

純『いや、英語のテスト範囲教えてもらおうと思ってさ』

梓「はぁ…」

電話の相手は純だった。
そうだよね、そんな都合よくいくはずないよね。

梓「えーっと…」

私は純にテストの範囲を教えた。

純『いやー、助かった。ありがとね』

梓「じゃあ切るよ」

純『ちょっと待った!』

梓「なに?」

純『梓、また何か悩んでんの?』

梓「………」

純『ふふっ、図星か』

純『まぁ何をそんなに悩んでるのか知らないけどさ』

純『自分に素直になんなよ。梓はすぐ意地張るから』

純『それだけ、じゃね!』

純に見抜かれていた。
そういうところは変に鋭いんだから。

梓「素直に…か」

純の言葉に心が揺れる。
私は今、何が一番したいんだろう。
私は今、何を一番望んでいるんだろう。

梓「………」

ピッ

prrrr prrrr

ガチャ

唯『もしもし?』

私は、唯先輩に会いたかった。


梓「唯先輩、こんばんは」

唯『どうしたの?』

梓「その…特に何があるってわけじゃないんですけど」

梓「元気ですか?」

唯『うん、元気だよ♪』

梓「あの、先輩…」

唯『ん?』

梓「今度の週末、会いに行っちゃダメですか…?」

唯『んー…』

唯『ダメっ!』

梓「ど、どうして…」

唯『前も言ったでしょ?澪ちゃんヤキモチやいちゃうって』

梓「で、でもっ!今回は私からじゃないですか」

唯『そんなの余計ダメだよ、澪ちゃん悲しむよ?』

梓「いいんです、もう…」

唯『あずにゃん…?』

梓「澪先輩は、たぶんもう私のこと好きじゃないですから…」

そう。たぶん澪先輩は、もう私のことなんてどうだっていい。
あれからも澪先輩はずっとそっけなかった。
隠しごともしてるみたいだった。
何度か問い詰めてこともあったけど、「ないよ」とあしらわれた。

前の先輩は本当に私のことが好きで、想ってくれていた。
自惚れるぐらい、それがわかった。
けど、今の先輩からはわからない。
募る不安。次第に薄れていく澪先輩への想い。

梓「私、会いたいんです。唯先輩に」

唯『………』

梓「ダメ…ですか…?」

唯『…おいで、待ってる』



【唯の家】

梓「おじゃまします」

唯「ん、いらっしゃい」

週末。私は唯先輩の家に出向いた。
私から唯先輩に会いに行くのは初めてのことだ。
いつもの場所に腰かける。

唯「澪ちゃんと何かあったの?」

唯「あんなに幸せそうな顔してたのに」

梓「…実は」

ムギ先輩といたときの澪先輩のこと。
ウソをつかれたこと、それからのこと、すべて話した。
話してどうなるわけでもないことぐらいわかってる。
それでも、聞いてほしかった。それだけで、救われるから。

唯「そっか…」

梓「………」

しばらく部屋に沈黙が流れる。
今日の唯先輩は少し違う。
いつものあの明るさがなく、終始静かだった。
どうしてだろう。
そう思っていると、唯先輩が口を開いた。

唯「ごめんねあずにゃん。私、最低だよ」

梓「何がですか?」

唯「今の話を聞いて、心の底で浮かれた自分がいた」

梓「…?」

唯「やっぱりダメみたい。我慢出来ないや…」







唯「私、あずにゃんのことが好き」








突然の告白に戸惑いを隠しきれなかった。

梓「えっ…?先輩、それは冗談だって…」

唯「冗談で終わらせるつもりだった」

唯「会わなければ忘れるかなって思ってたから、連絡もしなかった」

唯「でも、ダメだった」

梓「先輩…」

唯「わかってる、澪ちゃんと付き合ってるって」

唯「でもさ、好きなんだよ…」

真剣な目つきだった。
泣きそうな顔をしていた。
今度は冗談じゃない。
私は、唯先輩に想いを告げられた。

梓「………」

私はどうすればいいのだろう。
ここで先輩の想いに応えてしまったら、
私は澪先輩のことを捨ててしまうことになる。
裏切ってしまうことになる。
澪先輩のことは今でも好きだ。
だけど、唯先輩の想いにどきどきしている自分がいる。
様々な思いが錯綜していた。

梓「あの…その…」

言葉が出てこない。
間を持たせるかのように、あの。その。と繰り返していた。

唯「………あずにゃんっ」

梓「えっ―――んんっ?!」

いきなり唯先輩は私に迫ってきた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
気づくと目の前には唯先輩の顔。
唇には、あたたかい感触。

私は、唯先輩にキスをされた。


梓「………」

どれくらいこうしていたのか。
唯先輩はゆっくりと唇を離す。
胸の高まりを抑えられなかった。
どうして、こんなにどきどきしているんだろう。
自分でもわからなかった。

梓「せ…先輩…?」

唯「…私、あずにゃんを幸せにする」

唯「絶対に裏切らないし、捨てないよ」

唯「ずっと、大好きだから」

梓「………!」

そうだ。
よく考えたら先に見捨てられたのは私の方じゃないか。
裏切られたのも、私の方じゃないか。
このまま辛い思いをするのなら、もう…。

唯先輩に、すべてを委ねてしまった方がいいんじゃないのか。

先輩は私をベッドに押し倒した。
抵抗はしなかった。心のどこかでそれを望んでいたのかもしれない。

そして――――。


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