【桜ヶ丘高校】

4月。
私はとうとう3年生となった。
未だに自分が最高学年であることが信じられない。

キーンコーンカーンコーン

始業式が終わると、私の足は当然のごとく音楽室に向かっていた。

ガチャ

梓「………」

そう。もう音楽室には誰もいない。
先輩たちは卒業してしまったから。
わかってはいたけど、寂しかった。

先輩たちが卒業してから、軽音部は私一人だった。
その後憂と純が入部をしてくれて、3人になった。
本当は4人以上部員がいないと部として認められないんだけど、
さわ子先生が無理言って認めてくれたみたい。

さわ子「トンちゃんも立派な部員でしょ?」

って。

とはいっても純はジャズ研と掛け持ちしてるし、
憂も家のことが忙しくてなかなか揃うことはなかった。

集まった時はセッションしたり、お菓子食べたりと、そんな感じだった。
それでも私はよかった。あの空間にいるだけで幸せだったから。

私は毎日音楽室に足を運んでいた。
トンちゃんに餌をあげて、ギターを弾いて、適当な時間に帰る。
たまにさわ子先生が来てくれて色々とお話をしてくれた。
先生が学生だったときの話とか、先輩たちが1年生だった頃の話、
3年生の担任だった時の話とか、尽きることはなかった。
ギターも一緒に弾いてくれた。

新歓ライブや勧誘はやらなかった。
さわ子先生は勧めてくれたけど、断った。
何て言うか、あの空間が壊れてしまいそうな気がして。

澪先輩とは連絡はとっていたけど、会うことはなかった。
あっちも大学が忙しいみたいだし、家も離れてしまったから。
憂や純はいてくれるし、さわ子先生も来てくれるけど、
胸にぽっかりと穴が空いたような日々が続いた。



ひと月が過ぎ、5月に入っていた。
部室に足を運ぶとだいぶ散らかっていることに気づいた。

梓「…よし!」

私は部室の掃除を始めた。
ゴミを拾い、雑巾をかけ、機材や窓もピカピカに磨いた。
ついでにやってしまえと物置の整理もした。
たくさんの写真や物が出てくる。全部、先輩たちとの思い出だった。

梓「………」

少しの間感傷に浸っていると、

こつん

何かの音がした。

梓「あ……」

水槽からだった。

梓「ごめん、トンちゃん。餌まだだったね」

急いでトンちゃんに餌をあげる。
よほどお腹が空いていたのか、いつもよりたくさん餌を欲しがった。

梓「ごめんね、ちょっと懐かしいものがいっぱい出てきちゃってさ」

トンちゃんに話しかける。

梓「そういえば、トンちゃんがもうここに来て1年が過ぎたんだね」

1年前を思い出す。今でも鮮明に覚えていた。
あの時も部室の掃除をしてて、さわ子先生の古いギターが見つかって、
そのギターが凄い額で売れて、使い道とかみんなでいっぱい考えてて、
先生に1万円だったって嘘つくんだけど結局バレちゃって、それから、それから…。

梓「うっ…ぐすっ」

いつの間にか涙が頬を伝っていた。
寂しかった。どうしようもなかった。
戻りたい、あの頃に戻りたい。
5人で机を並べて、毎日お茶していた時に。
何で私だけ、置いてけぼりなんだろう。

トンちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。

梓「えへへ…。ごめんね、ちょっと寂しくなっちゃってさ」

梓「今日はもう帰るね。また明日」

そう言ってトンちゃんに別れを告げ部室を出た。
あのままあそこにいたら、もう戻れなくなってしまいそうだったから。


帰ってる途中も先輩たちとの思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
この道は…。このお店は…。ひとつひとつが思い出の場所だった。

もう我慢出来ないよ…。
澪先輩じゃなくてもいい。会いたい。先輩に、会いたい。
ふたたび目に涙がこみ上げてきたその時、



「あーずにゃん」



私の後ろで懐かしい声がした。


梓「えっ…?」

唯「やっほー、あずにゃん久しぶり♪」

唯先輩だった。
高校生の時とは全然違う、大人びた格好。

梓「唯先輩、どうしてここに…?」

唯「いやぁー実家に取りに行くものがあってさ。その帰りなんだ」

唯「あずにゃんも今帰り?お、ちょっと背伸びたんじゃ―――」

梓「先輩っ!!!」ぎゅっ

唯「うおぉっ?!」

梓「私…わだじ…っく。うわああああああん」

思いっきり先輩に抱きついた。
たまたま会った、その偶然が本当にうれしかった。
私は泣いた。子どものように、泣いた。

唯「どったのあずにゃん、寂しかった?」

梓「………」こく

唯「…そっか。ごめんねあずにゃん」ぎゅっ

この匂いと優しい声、まぎれもなく唯先輩。
ほんのひと月ふた月会わなかっただけで、こんなにも懐かしく思えるものだった。

唯「そうだあずにゃん!」

梓「…はい?」

唯「私の家、おいでよ!」

私は唯先輩の家に招かれた。



【唯の家】

唯「ただいまー」

梓「お、お邪魔します」

唯「ごめんねーちょっと散らかってるかも知れないけど」

私は唯先輩の一人暮らししている家に上がった。
散らかってるとは言ったけど、もともと物が少ないからか質素な感じがした。
唯先輩の匂いがたくさんする。懐かしい匂い。

唯「適当なとこ座ってていいよ」

梓「はい」

私は唯先輩のベッドの近くに腰かけた。

唯「はい、あずにゃん」

梓「すいません。いただきます」

簡単なお茶菓子を用意してくれた。
唯先輩の好きそうな、甘いお菓子と烏龍茶。
私は烏龍茶をすすった。

唯「こうして飲んでるといつも思うんだよね」

唯「やっぱりムギちゃんの淹れるお茶が一番だなぁって」

梓「…そうですね」

本当にその通りだ。
部室でムギ先輩が淹れるお茶は、他のどんな物よりもおいしい。

唯「あずにゃんは最近どう?学校は楽しい?」

梓「………」

梓「楽しいですよ、音楽室はがらんとしちゃいましたけど」

梓「でも憂や純もいてくれるし、充実してます」

本当は寂しくてどうしようもなかったけど、私は強がった。
先輩に迷惑や心配をかけたくなかったから。
でも、唯先輩はそれもわかっている気がした。

梓「先輩たちは、みんな元気ですか?」

唯「うん!澪ちゃんもりっちゃんもムギちゃんも、元気にやってるよ!」

梓「そうですか」

みんな相変わらずのようだ。
それが聞けただけでもうれしかった。

梓「あ、そろそろ帰らないと…」

唯先輩との話に夢中になっていると、いつの間にか夜も更けていた。
時間の流れが早いと感じたのはいつ振りだろう。

唯「そっか、一人で帰れる?」

梓「大丈夫です、ありがとうございます」

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

唯「またおいでよ!一人暮らしって結構寂しいんだ」

梓「…はい!」

私は久しぶりに味わった充実感を噛みしめながら帰路についた。


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