【音楽室】

梓「あのっ、澪先輩っ…!」

梓「こ…ここ、これ。受け取ってくださいっ」

どこに隠していたのか、梓は小さな包みを私に差し出した。
かわいく飾られたその包みからは、ほのかに甘い匂いがした。

梓「わ、私…澪先輩のことが好きですっ」

梓「だから、その。つ、つつつ…」

梓「付き合っていただけませんかっ!」

雪がしんしんと降る2月14日。
私は梓に告白された。


澪「…へ?」

間抜けな声を出してしまった。
こんなこと全く予期していなかったからだ。

澪「えーっ…と、…梓?」

梓「………」

黙りこくっている。
どうやらドッキリとかそういう類のものではないようだ。
そもそもどうして今の状況に至ったのか、頭の中で整理が必要だった。

2月に入り3年生は自由登校になった。
すでに進路の決まっている人は残り少ない学生生活を楽しみ、
受験生は最後の追い込みと本番の試験を迎える、そんな時期。
私たち4人は最後の試験を終え、その報告のために学校に来たのだ。

――――――
――――
―――
――



律「ふぃ~っ、さみぃなぁ」

唯「本当だねー」

紬「でも無事に試験が終わってよかったわ」

澪「あとは結果を待つのみ…か」

澪「………」

澪「う、受からなかったらどうしよう…」

唯「大丈夫だよ澪ちゃん!きっとみんな合格してるよ」

紬「そうよ、私たちなら大丈夫!」

澪「2人とも…」

澪「そうだよな。あんなに頑張ってきたんだ、大丈夫だよな!」

つるっ

澪「うおあっ」

どてっ

律「あ、スベった」

澪「みんな、今までありがとな…」

唯「は…早まらないで澪ちゃん!」

紬「そうよ!雪が降ってるんだもの、仕方ないわ!」

澪「そ、そうだよな。こんなの雪の日なら誰にだってあることだ。うん、きっとそうだ!」

すくっ

澪「よし、早く学校に行こう」

唯「おー!」

ぽとっ

紬「あ…」

律「おーい澪。財布落としたぞー」

澪「もう死ぬ」

唯「澪ちゃぁぁぁん!!!」



【学校】

律「いやー久々の学校だな。みんないるのかな?」

紬「もう入試もほとんど終わりだし、いるんじゃないかしら?」

律「そっか、和とかめっきり見てないからなぁ。うぅっ、上履きつめてっ!」

唯「ずっと予備校通ってたみたいだよ」

律「うげー、やっぱすげぇなあいつ」

紬「さわ子先生に会うのも久しぶりね」

唯「あずにゃんも元気してるかなぁ」

澪「うわあああっ!」

どさどさ

律「な、なんだどうした?!」

澪「げ、下駄箱の中に…」

唯「…チョコレート?」

紬「なるほど。バレンタインデーだからね」

律「それにしてもすごい量だな…さすが澪だ」

澪「て、ていうか何で私が今日来るって知ってるんだよ!」

律「いやー、それはあれじゃん?ファンクラブの情報網的な」

唯「恐るべし秋山澪ファンクラブ…」

紬「そういえば、あちこちで甘い匂いがするわね。にぎわってるのかしら」

律「今年は受験でそれどころじゃなかったからなぁ~」

「あ、秋山先輩だ!」

「澪先輩!これ受け取ってください!」

澪「あ、ありがとう…」

律「ふむ、やはり凄まじい人気だな」

唯「いいなぁ澪ちゃん」

紬「よきかなよきかな」

澪「うぅぅ…」



【職員室】

さわ子「お疲れさま。みんな第二志望まで合格してるから、あとは第一志望の結果を待つのみね」

律「澪は滑ったり落としたりで実に縁起悪いけどな!」

澪「うるさい!それ以上言うと泣くぞ、いいのか!」

紬「まぁまぁ。りっちゃんもあんまり不安を煽らないで、ね?」

さわ子「みんな同じ大学に行けるといいわね」

唯「うん、大丈夫だよ!」

律「その自信はどっから出てくるんだよ…」

さわ子「あ、それと澪ちゃん」

澪「はい?」

さわ子「今年は豊作みたいね」にやり

澪「んなっ?!」

紬「ば、バレてる…」

さわ子「はぁ…。若いっていいわねー。私におすそわけしてもいいのよ?」

唯「さわちゃんは誰かにあげないの?」

律「まっさかー!さわちゃんにあげる人なんていないっしょ!」

さわ子「りっちゃん、もう1年高校生やる?」にこっ

律「すいませんでした」

さわ子「今年は忙しいのよ、私が担任になって初の卒業生だから」

さわ子「ま。何にせよ試験は全部終わったんだし、めいっぱい羽を伸ばすといいわ」



唯澪律紬「失礼しましたー」

バタン

唯「ん~!終わったぁー」

紬「久しぶりに学校に来たことだし、お茶して行きましょうか」

律「そうだな、澪のもらったチョコレートをつまみにして!」

澪「な、なにっ?!」

律「冗談だよ。いやしんぼだなぁ澪は」

紬「でもそれだけの量食べたら体重に響きそう…」

澪「さぁみんな遠慮するな、どんどん食べるんだ!」

唯「わぁーい♪」

律「現金なやつ…」



【音楽室】

唯「んー、おいしい~」

紬「今日は寒いからいつもの紅茶にちょっとシナモンをブレンドさせてみたんだけど、どうかしら?」

澪「体の芯からあったまる感じがするな」

律「あれだな、これぞ五臓六腑に染みわたるってやつだな!」

唯「おぉ、りっちゃんなんか賢いよ!」

律「へっへーん、どんなもんよ!」

澪「じゃあ律、五臓六腑ってどこか言えるか?」

律「うっ…そ、それはだな…」

紬「うふふ」



【放課後】

ガチャ

梓「先輩方、こんにち―――」

唯「あーっずにゃーん!」

梓「ひゃあっ!」

唯「ん~、久しぶりだねぇあずにゃん」

梓「や、やめてくださいっ!」

唯「いいじゃんいいじゃん久しぶりなんだからぁん」

梓「んもうっ…離れてくださいっ!」ずいっ

唯「あずにゃん、ちゅめたい…」ずーん

律「ったく、お前らは相変わらずだな」

澪「久しぶりだな、梓。元気にしてたか?」

梓「はい!先輩方もお疲れ様でした」

律「まだ合格が決まったわけじゃないけどな」

梓「大丈夫ですよ、先輩たちなら!」

紬「梓ちゃん、今お茶淹れるわね」

梓「すいません、いただきます」

唯「あずにゃん…。あずにゃん…」

律「お前はいつまでヘコんでんだよ…」



梓「あのっ!せ、先輩方っ」

唯澪律紬「?」

梓「こ、これ、みなさんで食べてください!」

律「おぉ、チョコケーキじゃん!どうしたんだ?」

梓「ば…バレンタインデーだし、試験も無事に終了したことですので…」

紬「まぁ、おいしそう」

澪「すごいな、梓の手作りか?」

梓「ちょっと憂に手伝ってもらっちゃいましたけど…」

唯「いっただっきまーす!」

律「立ち直り早すぎだろ!」



もぐもぐ

梓「ど、どうですか…?」

律「んんめぇな!」

唯「おいひいぃ~♪」

紬「お茶にもよく合うわね」

澪「本当だな」

梓「よかったぁ…」

  ・・
    ・・
      ・・

唯「ふわ~…あ。なぁんか眠くなってきちゃったよ」

紬「最近ずっと試験づくしだったからね」

澪「そろそろ帰ろうか、雪もまだ降ってるみたいだしな」

律「そうすっかぁー」

梓「………」

唯「どしたのあずにゃん、帰らないの?」

梓「私これからちょっと純と約束があるんで、先輩たちは先に帰ってください」

律「そっか。そんじゃな、梓」

紬「今日はありがとうね」

澪「気をつけて帰るんだぞ」

梓「はい。先輩方もお疲れさまでした」

律「よぉーっし!ずっと我慢してたゲームやりまくるぞー!」

唯「私も思いっきり寝よーっと」

律「唯は普段から寝てばっかじゃんよ」

唯「そんなことはないよ失礼な!」ぷくー

紬「ふふふ」

ちょんちょん

澪「ん?」

梓「あの、み…澪先輩っ…」ぼそっ

澪「どうした?」

梓「あとで、またここに来ていただけますか…?」

澪「?いいけど…」


――
―――
――――
――――――



そして私は忘れ物を口実に3人を帰し、再び音楽室へやってきた。
梓の約束も、私と2人きりになるための嘘だったようだ。

澪「ど、どうして私なんだ?」

梓「わ、私…。入部した時からずっと澪先輩のことが気になってたんですっ」

梓「でももう先輩たちは卒業しちゃうし、想いを伝えられないまま会えなくなるなんて嫌だから…」

梓「だから…そのっ、バレンタインの力を借りようと思って」

梓「タイミングが悪いのはわかってます。まだ受験が終わったわけじゃないし」

梓「だけど、いまを逃したらきっと後悔するから…」

梓「い、嫌ならはっきり言ってくださいっ。同情とかで付き合ってもらうのは、私もやです…」

耳まで真っ赤にしていた。
私のそんな間抜けな問いに対して目の前の後輩は正直に答えた。
何てことを言わせてしまったのだろう。後ろめたさすら感じる。
ずっと私のことが気になっていて、勇気を振り絞って私に想いを告げた。
それ以外に何があると言うのだろう。

澪「………」

とはいえ、私も動揺を隠せないままだった。
てっきり梓は唯のことが好きなのだと思っていたからだ。
確かに入部したての頃はよく私の元に来てくれていた。
しかし次第に唯が梓のことをかわいがるようになり、梓も唯に懐いていったからだ。
だから梓の告白は正直驚いたし、それと同時に不思議な感覚にも陥っていた。

梓「………」

梓は下を向きながら震えていた。
私の返事を待っている。

澪「…梓」

梓「は、はいっ…!」



澪「こんな私でよければ、よろしくお願いします」



梓「……!」

丁寧に返事をした。
同情とかではなく、本当の気持ちだ。
もっと梓のことを知りたいと思ったし、私のことも知ってほしいと思った。
いきなり恋愛感情を持った関係を意識するのは難しいかも知れないけど、そんなの時間の問題だ。
私は梓の告白を受けた。

梓「………え?」

澪「ど、どうした梓。きょとんとして」

梓「いいん…ですか…?」

澪「に、2回も言わせないでくれ、恥ずかしいから…//」

梓「……澪先輩っ!!」

だきっ

澪「うわあっ」

梓「うっ、ひぐっ。せんぱぁぁぁい」

澪「ど、どうしたんだ梓?!い…嫌だったか?」

梓「ぢがいます…ちがうんでず…」

梓「絶対っ、無理だと、思ってたから…」

梓「私、うれしくて、うれじぐて…ひっく」

梓は泣いていた。
泣き顔を見せまいと必死に私の胸の中に顔をうずめている。

澪「…そっか」

ぎゅっ

かける言葉の見つからなかった私は、梓をそっと抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まる小さな体。長くて綺麗な髪。
この日、私と梓は恋人同士となった。



【帰り道】

梓「…へへ」

澪「どうしたんだ?」

梓「いや、何かこうしていることが夢みたいで…」

澪「みんなには報告した方がいいかな?」

梓「うーん、変に気を遣わせるのも申し訳ありませんし…今はいいんじゃないでしょうか」

澪「まぁみんな茶化しそうな気もするしな」

梓「…それに」

澪「?」

梓「秘密の交際って、何かドキドキするじゃないですかっ」

澪「…!」ぼんっ

澪「あ、ああああ梓…なんてことを言うんだ///」

梓「ダメですか?」

澪「ダメじゃないけどっ!その、恥ずかしいというか…」

梓「えへへ」

梓「せーんぱい」

澪「な…なんだ?」

梓「手、つないでもいいですか?」

澪「う、うん…」

ぎゅっ

梓「先輩の手、あったかいです♪」

澪「うぅ…」

私と梓は手を繋いで一緒に帰った。
雪はもうすっかり止んでいた。



【澪の家】

澪「ふうっ…」

部屋に入りベッドに横たわる。
手に残るあたたかい感触。

澪「私と梓が、恋人…か」

実感がいまいち湧かない。
あんな梓は今まで見たことがなかった。
だけどその顔はとても幸せそうで、かわいくて、私の頭から離れなかった。

澪「そうだ」

私は梓からもらった包みを開けた。
中には生チョコとチョコケーキ。
ケーキはみんなと食べたものとは違い、かわいくデコレーションされていた。
生チョコを一つ口に運ぶ。

澪「…おいしい」

そのチョコは今まで食べたどんなチョコよりもおいしくて、甘かった。



【梓の家】

梓「ただいまー」

私はまだドキドキしていた。
夢じゃないよね。嘘じゃないよね。
何度も頬をつねる。
その度に、これが現実だと実感する。

梓「…はぁっ」

どっと疲れた私は、部屋に入り枕に顔をうずめた。
澪先輩、よろこんでくれたかな?
憂に教えてもらったから、味は保証出来るけど…。

brrrr brrrr

梓「メール?」


―――――――――――――

From:澪センパイ

Subject:梓へ

本文:
ありがとう。
チョコもケーキもすごくおいしかったよ。
改めて、よろしくな。

―――――――――――――


短くまとめられた文。
それは私の不安を取り除いてくれた。

梓「…たまには王道もありかな」

そう言って私が流した曲は、
「マイファニーバレンタイン」
いつもはMJQのバージョンを聞いてるんだけど、
今日はマイルスの気分。

梓「…ふふっ」

私は何度も何度も、頬をつねっていた。


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