― みお!


「りつ、今日のお昼は何食べようか・・・オムライスかな・・・?」

梓がいなくなり1人になっても相変わらず澪はもう物言わぬ律とのおしゃべりに夢中だった。

それは恐怖心や見殺しにした事への強い悔恨、そして律の死が一気に澪に押しかけた末の結果だった。

もはや澪の頭の中にヤッテヤルデスの事はなく、ただ、目の前の律と遊ぶ事だけを考えていた。

「タノシイ」

澪がその声に気づいて顔を上げると目の前にはヤッテヤルデスがいた。

澪にとってそれは単に律を自分の手から奪いに来た敵としてのみ感じられた。

「く、来るな!」

澪は慌てて立ち上がり、律をかばう様に背中へ隠して後ずさりして行く。

ヤッテヤルデスは澪の行動に不可解なものを感じつつ、その間合いを詰める。

「律は私のものだ!お前なんかにやんない!」

澪は叫びながら威嚇するように腕を振りつつ後ずさりしていく。

ヤッテヤルデスはそんな澪に飛び掛り、その鋭利な犬歯で一気に澪の頚を食いちぎった。

ちぎられた頚動脈からは赤い血がごぼごぼと噴き出し血溜りを作っていく。

やがて膝をついた澪の手からは律の頭が離れて静かに赤い床に転がる。

その直後、澪もまるで律と見つめ合うようにその横に静かに倒れこんだ。

ヤッテヤルデスはその光景をしばらく見つめた後、血の海を踏みしめながら再びどこかへ去っていった。


― あずさ!


「み・・・澪センパイ・・・」

全力疾走で駆け上がった梓はそのまま血溜りの中に座り込んだ。その横たわる澪と律。澪の頚にはぼっかりと裂け目が出来ていた。

どうすればいいのかわからない。梓はそれを最後にそのまま呆然とし、思考がストップした。


しばらくの間あまりのショックで停滞していた感覚の処理は急に回復し、梓の耳にはいきなりサイレンの音が耳に流れ込んできた。

梓はそれをきっかけに血まみれのまま立ち上がると、ふらふらと窓の外を覗き込んだ。

広場にはパトカーが集結し、回転灯のリフレクターはきらきらと輝いている。

警察官があわただしく走り回る光景を梓はぼんやりと見つめる内、梓の思考は唐突に回復した。

警察・・・!?助かる!生き残れるかも知れない!

その事実が梓に再び活を入れる。

しかし、足元に倒れる澪と律を目にすると、梓の不安定な精神状態に行方もわからない紬と唯、憂の存在が一気にのしかかった。

「探さなきゃ…」

それは一度は回復しかけた梓の思考を再び鈍らせ、梓はうわ言のようにつぶやくと血溜まりを踏み越え、

夢遊病者のように唯の教室である3年2組へと向かっていった。


― むぎ!


目が覚めると、ムギは教室の血溜まりの中に倒れていた。

ゆっくりと起き上がると目の前には唯と憂の姿があった。

外からはサイレンの音や喧騒が聞こえてくる。

この失神というインターバルは限界だった紬にワンクッション与え、紬の思考を完全に回復させた。

「夢じゃなかった…」

紬は呟くと背中に冷たさと所々の生乾きのゴワゴワした感触を感じながら立ち上がる。

恐らく血の臭いがこの部屋には充満しているのだろうが、完全に匂いに慣れた今、何も感じることはなかった。

そして沸き上がってくるのはあの生物への憎悪だけになっていた。全ての悲しみは今だけ封印する。

そう紬は決め、気合を入れるように自分の頬を叩いた。

ならばやることはただ一つ。ヤッテヤルデスの存在を世間に知らしめ、ヤッテヤルデスを追い詰め、葬り去る。

もう十分手遅れだという自覚はあった。しかしこうなった今、紬は自身が果たせる責任がこれしかないと考えていた。

素早い脱出方法は何か、紬は改めて廊下側から死角になるよう廊下窓の真下に座り込み、それを考え始める。

当然ながら教室の窓から飛び降りるというのが真っ先に浮かぶ。

だが下手をすれば無意味な自殺になるかも知れない。

しかし廊下は昨日とは比べものにならないほど凶暴なヤッテヤルデスが闊歩し、その目を掻い潜って脱出することは一種の賭けだった。

他に手段がないのか考えようとした時だった。

黒板側のドアがガチャリと開いた。

この瞬間紬は詰んだと悟った。

刺し違えるくらいしてやろうという覚悟を決め、どういう悪あがきをしてやろうかと必死に考え始めた。

「あ…むぎせんぱい…」

しかしそのムギの気合に反して現れたのはスカートまで血まみれの梓だった。

「あ…梓ちゃん…」

紬は思わず立ち上がりそうになるが、はやる気持ちを押さえ、ジャスチャーで梓に姿勢を低くさせ、ドアを閉めさせた。

「紬先輩…生きてたんですか…」

「梓ちゃんも…よかった…」

梓の精神状態はこれを契機に平静へ戻りつつあった。

「どうやって外に出ようかしら」

「もう警察が来てます。そのまま玄関からじゃ無理ですか?」

「とにかく生存を知らせたいわね…」

「電気点けるとか…」

「ダメよ。ここにいるのがヤッテヤルデスにもバレちゃうかも」

二人は頭を抱え込んだ。


― けいさつ!

話は梓がふらふらと歩いていた数分前に遡る。

校舎の向かいに建つ民家のベランダには双眼鏡で遠距離監視を担った所轄の刑事課員が二人陣取っていた。

その警察官の双眼鏡は二階を歩く梓の姿をはっきりと捉え、警察官は大慌てで隊内無線のハンドマイクを取った。


その一報は多重通信指揮車に伝えられ、県警本部からようやく辿り着いた警備部長を筆頭に担当幹部達を沸かせた。

しかし県警は人質救出部隊を有しておらず、4人しか在籍ぜず看板倒れしかけている特殊班と人質救出対処要員として指定されてあった機動捜査隊員が組み込まれ、

臨時編成で人質救出部隊を編成することとなった。装備は覆面パトカーに積みっぱなしの灰色の県警型防弾ヘルメット、突入型防弾衣、

耐刃グローブに肘と膝にパッドとを装備しただけの急ごしらえとはいえ、警棒で撃退される生物相手ならば充分な能力を持ちうるだろうと判断した。

腰が引けるということは熟練された警察官でも有り得ない話ではない。実際に訓練時は好成績をたたき出し、いざ実戦になると全く身動きが取れなくなる者は存在する。

人間は必ず潜在意識に恐怖心というものを持ち合わせており、襲撃に立ち向かったさわ子や律、ムギは非常に勇敢だと言っても過言ではなかった。

一階を徘徊していたヤッテヤルデスはガラス窓越しに慌しく動きまわる警察の動きを見て、再び闖入者たちの襲撃が行われることを察知すると、

待ち伏せにてそれを迎え撃つべくヒョコヒョコと昇降口へ向かった。

前回の屈辱を晴らす事に燃えていたヤッテヤルデスは己が敗北を喫した奇襲攻撃を選び、それに伴う準備を整えて救出部隊を待ち受けた。



ほとんど図面確認と異生物の容姿が人の頭そっくりであるという事実を確認するだけのブリーフィングが終わると

広場には12人の救出部隊員達が整列した。隊長を務めることになった機動捜査隊の班長が号令をかける。

「安全外せ!」

一斉に自動けん銃P230のセーフティを解除する。それを確認した隊長はハンドマイクのプレストークを押しこみ最終確認を取った。

「救出イチ、準備完了」

『了解、受傷事故に注意し速やかに行動せよ!』

警備部長自らのお返事を受けると、隊長はハンドマイクを引っ掛けた。

「行くぞ!」

この号令一下、救出部隊は昇降口に入っていった。


ヤッテヤルデスが息を潜めて陣取る中、救出部隊は遂に昇降口へ足を踏み入れた。

先鋒を担った機動捜査隊の巡査がドアを背にしたまま中に右足から入っていく。

その後ろで隊員達は中へ銃口を向ける。

いざ入ってみるとアイボリーの下駄箱が並ぶ昇降口は思ったよりも薄暗く感じられ、下駄箱もその上に並べられた物も不気味に感じられた。

隊員達は構えの射撃即応体制を取ったまま、小刻みに全身で銃口を上下左右へ向けながら一歩一歩進んでいく。

ひとりの隊員が下駄箱上で蠢いたものに気づいたのは部隊が全員昇降口に足を踏み入れた時だった。

下駄箱上に並べられた段ボールやバケツが一斉に落下する。

真上から襲いかかってくるガラクタに混じってヤッテヤルデスも一緒に飛び降り、

ヤッテヤルデスはまず真下の隊員の頸をその髪腕にて挟み折った。

首の防護はさすがにされておらず、一撃で隊員がヤッテヤルデスの前に倒れる。

救出部隊は頭上からの落下物と共にやってきたいきなりの洗礼に大混乱に陥った。

思い込みや油断は禁物とはいえ、まさか昇降口から本格的な襲撃が起きるとは思っていなかった隊員達は右往左往する。

事前に遭遇した先発の地域課員達から情報を得た上でブリーフィングを行なってはいたものの、隊員達が思い描いていた

標的はもっと大きいものであり、人の頭大の物体が縦横無尽に襲いかかってくるとは夢にも思ってはいなかった。

その隊員達の首を片っ端から髪腕で一気に左下に捻って屠っていく。

そして4人目の隊員の頚椎を叩き折った際、ヤッテヤルデスはさすがにジャンプを繰り返せなくなり咄嗟に床へ着地した。

そこにようやく何人かのP230が火を噴いた。

その9ミリパラベラム弾はそれは凄まじい速度で避ける間もなくヤッテヤルデスの頬を貫いた。

初めて受けた攻撃。ヤッテヤルデスは今までとは別種の武器を持った敵でもあることを認識した。

今までの相手とは敏捷性も攻撃力も違う、そう悟ったヤッテヤルデスは直接攻撃をやめ、ステップを踏むように後退を始める。

隊員達は追い打ちをかけようと更に中へと踏み込もうとするがそれを隊長は制した。


救出部隊はわずか5分弱で4名の殉職者を出して撤退し、結果的にヤッテヤルデスの勝利となった。

だがヤッテヤルデスによるワンサイドゲームはこの瞬間、終焉を迎えたのである。


― あずさとむぎ!

教室で頭を抱えていた二人は立て続けに響いた銃声で慌てて床に伏せた。

「な、なんですか!?」

「じゅ、銃声よ!」

この時の二人は銃への恐怖感や流れ弾への恐怖など全く感じず、

逆に銃声が福音か何かのように聞こえ、二人は警察が突入したという事実に嬉しさを覚えていた。

もうすぐ助かる。そんな思いでいっぱいになった。

しかし、待ちわびる二人のもとに警察官が現れる様子は一向になく、外側の騒々しさのみが拡大していった。


― けいさつ!


救出部隊の勇姿を固唾を飲んで見守っていた幹部たちは昇降口へ消えていって間もなくの発砲音に

多重通信指揮車のスモーク張りの窓へへばりついた。

外周ではジュラルミン盾片手に校舎の周りを固める警察官達が大慌てで身を低くして走りまわる。

警棒程度で撃退できる相手のはずが、拳銃使用にまで追い込まれた事態に幹部は大混乱に陥った。

『至急至急!救出イチよりゲンポン!救出イチ、村田、杉田、高島、片山が死亡!後退する!』

そこにほとんど絶叫に近い隊長の声が飛び込み、死亡というワードにいよいよ幹部たちは血色を失った。


ぞろぞろと後退してくる救出部隊を盾を構えた同僚たちが周りを取り囲むように固め、

正門前に待機した救急車へ運びこむと、サイレンを高らかに救急車が4台、桜高前を出発した。


幹部たちは早々と錯綜していた情報を根拠に現地本部へノコノコと出て来るのをあと2時間遅らせればよかったと後悔しながら

それでものろい思考で前代未聞の重大事案だということをようやく理解しつつあった。


カラーコーンから防弾警備車の果てまで全てかき集められるだけかき集めた県警機動隊が到着したのはそれから50分後のことで、

ガス漏れを口実に100メートル件の住人を極力追い払うべく、桜高の周辺に機動隊員による阻止線が張られた。


― あずさとむぎ!

警察が失敗について責任のなすり合いを繰返しているころ

救出という一瞬見えた希望をあっさり裏切られた二人は限界に近づいていた。

時間の感覚は徐々に狂っていき、ずっと壁にもたれまま息を殺して続ける圧迫は正常な思考を少しずつ削いで行く。

外でサイレンと怒号は飛び交っているものの、一向に二人の元へ助けが来る様子もない。

「もう四時半ですね」

梓はすっかり忘れていた壁掛け時計を見てから紬に話しかけた。

「ねぇ…梓ちゃん」

「…はい」

「あれからどの位経ったのかしら…?」

「わかりません…」

梓がかすれた声で答えた。

二人は逃げ惑っていた間時計を気にする余裕などなく、今初めて時間というものを意識した。

しかしその意識の有無に関わらず、刻々と時間は冷たい床に座る梓と紬の行動力も減らしていた。

「もう…そこから飛び降りようか」

紬は呟いた。梓もそうすればいいのではないかと思った。

窓の外の空は大分秋らしく赤く染まってきていた。


― ヤッテヤルデス


その頃、死屍累々の1階廊下を歩き回っていたヤッテヤルデスは頬に受けた銃弾が自分に回復しがたいダメージを受けたことを知り、

初めて「恐怖」という感情が芽生えかけていた。

触れた頬には穴が空いている。しかもスティックを刺された時と同じ感覚が全身に走ったことを感じ取っていた。

今までの攻撃はすべて殴打であり、ヤッテヤルデスの強靭な表皮においてはそれらは深いダメージを与えていなかった。

初日にはまだ不完全だったその表皮へは律がスティックを突き立てることも出来たが、今のヤッテヤルデスにとってヒッコリー材ごときは問題なくなっていた。

そんな所に現れたその武器。ヤッテヤルデスの自信は新しく現れた敵によってゆっくりと揺らぎ始めていた。


― じゅうろくじごじゅっぷん!


暗くなっていく空の中、二人はさっきから強烈な睡魔に襲われ始めていた。

連続した緊張状態を維持させる事は精神力をザクザクと削り、もう今や積極的に動こうとする気力は二人から失せかけていた。

時計をみる気力もなく、ただ暗くなっていく教室で黙っている。

おまけに隅には憂と唯の姿があり、どうしても視界に入るそれが死への恐怖も倍増させていく。

それでも少しくらい眠っても…という思いと眠ったまま死にたくはないという思いの狭間を二人は揺れながらも耐えていた。

梓と紬はお互いに身を寄せ合って冷たさを少しでも和らげつつ、手を握り合いその感触で何とか気力を確保しようと必死だった。

『クセノン、照射!』

暗くなっていく空の下、赤色回転灯の光は綺麗に映える。

そんな中指揮車のラウドスピーカーが叫ぶと、並んだクセノン投光車によって校舎が白く浮き上がった。

その白い光は廊下にも一斉に射し込み、暗い廊下は昼間のように照らし出された。

『こちらは○○県警察です!これから救出部隊が進入します!生存者の皆さんもう少しです!』

指揮車のバスケットによじ登っていた機動隊員はそれに加えて気を利かせたつもりで突入のお知らせも付け足した。

二人の朦朧とした意識は真っ白い光と飛び込んできた声で一気に鮮明となった。

紬と梓は思わず立ち上がって廊下を覗き込む。

窓の向こうにはクセノン投光器が立ち並び、こちらを照らしている。

続いて飛び込んだ救出という言葉でそのまま二人は抱き合った。


その頃、音楽室の窓から外を伺っていたヤッテヤルデスはいきなり1000カンデラを誇るクセノン投光器の光をもろに受け、その視力を大幅に低下させた。

― 敵が再び来る、そう悟ったヤッテヤルデスはそのまま転げるように窓枠から飛び降りると、大慌てで二階へと駆け下りた。

短く響き渡るサイレンに正門前を塞ぐように停車したパトカーが後退すると、

茂みの影からは厳つい警察車両達が現れた。

明るい水色のカラーリングに反して特型警備車と呼ばれるこの車両は耐弾耐爆性能がある程度確保され、

銃座と銃眼も設置されてあり、警察向けの軽装甲車といっても過言ではない。

続いて後衛のようにガラスを穴の空いた防護板で覆った青色の常駐警備車が現れる。

両脇から集まってくる防弾盾を掲げた機動隊員を両側に伴って赤色回転灯を消し、車幅灯のみでじわじわと進むそれらは非日常性を不気味に強調した。

広場中央の花壇前に警備車が停車し、車両後部にある観音扉が開くと、黒ずくめの防弾装備に身を包んだ完全武装の銃器対策部隊員たちがアルミステップを踏みしめて降車した。

配備されたばかりの真新しい「高性能機関けん銃」ことMP5Jをその手に携えて、それぞれ別れて校舎内に進入していった。


― じゅうきたいさくぶたい!


『現本より各班、これより状況を開始する』

県警発足史上初の大規模オペレーションがこの通話で幕を開けた。

その通話と同時に再びクセノン投光車へは消灯指示が飛び、一斉に投光車が消灯して校舎は再び暗闇に沈む。

その暗転した隙に降車していた制圧第一班が講堂渡り廊下入口に小走りで向かう。

施錠されていたドアのガラスはさっきの救出部隊の生き残りからなる支援班が

ガラスクラッシャーでたたき割り、手を突っ込んで鍵を解錠する。

ドアを押し開けて廊下に侵入すると、それぞれは壁に張りついてフラッシュライトを消し、

それぞれ真新しいナイトビジョンゴーグルを暗順応し始めていた目に当てる。

班長が手で前進の合図を送ると、一斉には渡り廊下を進みだした。

グリップを握る手は汗ばみ、心臓の鼓動は早く、目は忙しくギロギロ左右を窺う。

―生きていてくれ。

そんな思いを抱きながら銃器対策部隊制圧第一班の隊員達は廊下を踏みしめていく。

僅かな距離の昇降口までに2分近くかけて進み、ようやく昇降口側より進入した制圧第二班と合流した。

制圧第三班は図書館側より進入し、血溜まりの異臭の中を進んでいく。

先頭の隊員が慎重に角に張りつくと様子を伺う。ナイトビジョンゴーグルの緑色の視界には何も映ってはいない。

廊下の奥には昇降口から入ってくる制圧二班の姿があった。

安全を確認した隊員は手で前進合図を送り、制圧第三班は二階への階段を登り始めた。

二階へ上がりきると、四人が一斉に左右に銃口を向ける。緑色の視界には無人の廊下が映し出されていた。



だが次の瞬間理科室のステンドガラスは砕け散り、そこからヤッテヤルデスが飛びだしていた。

最初にヤッテヤルデスに遭遇したのは制圧第三班となり、ヤッテヤルデスはそのまま目の前の隊員に組み付いた。

「うわ!」

不意を突かれた隊員はそのままよろめいて壁にぶつかった。

だが隊員の装着していた新型ボディーアーマーは予想以上に固く、襟が首を守ってヤッテヤルデスは頚動脈に歯を突き立てることすらままならない上、

今まで相手にしてきた教員や生徒達とは比べものにならない腕力で振り払おうとしてくる隊員に苦戦を強いられた。

「この野郎おおおおっ!」

組み付かれた隊員は叫びながら邪魔になったMP5Jを放り落とし、レッグホルスターからS&M3913を抜くとそのままヤッテヤルデスの頭に押し当てた。

逆に組み敷かれかけたヤッテヤルデスが離れようしたときにはもう遅く、

隊員がM3913の乾いた音と手に反動を感じ取り、床で空薬莢が転がる小さな音がした時には

ヤッテヤルデスは沈黙し、廊下の床に転がり落ちていた。

「クソ!」

ようやく自由になった隊員は吐き捨てるようにヤッテヤルデスを一瞥した。

「おい大丈夫か?」

「あ…ああ…」

隊員は恐る恐る床に転がるヤッテヤルデスをコンバットブーツのつま先でつついてみる。

「なんだよ死んでるぜ」

「おい、油断するなよ」

その発言に根拠はなかった。そもそもヤッテヤルデスの生死の判断法など隊員達には知るすべもなかった。

判断に使える情報は動くか動かないか、それだけであった。

班長はリップマイクで現本と連絡を取り始める

「ゲンポン、こちら制圧3。生物を制圧した」

その声は多重通信指揮車に届き、指揮車内には一気に安堵の溜息が広がった。

カサカサに渇いていた喉にそれぞれ配られたペットボトル緑茶を流しこみ始める。

ようやく余裕が生まれた幹部たちにはもはや笑みすら浮かびはじめていた。

「ゲンポンより制圧3、了解した」

銃器対策部隊の隊長はマイクに返事を吹きこむと大きなため息を付き、そのまま硬いシートに座り込んだ。

「岡部くん。ご苦労さん」

警備部長は隊長の苦労を労う意味と感謝を込めて肩を軽く叩いた。

ヤッテヤルデスを制圧したという名誉を担った制圧第三班の隊員達も余裕が生まれ始めていた。

銃口はまだヤッテヤルデスに向けてはいたものの班長は片手のMP5Jのセレクターレバーをセーフティに戻すべく親指を掛けた。

だがその瞬間、押し黙り、目を見開いて転がっていたヤッテヤルデスは飛び上がり班長の頭に組み付いた。

「うわっ!」

恐るべし膂力は不意を突かれた班長の頚椎をそのまま一発で後ろにへし折り、崩れていく班長を踏み台に隊員に跳びつく。

油断してたところへの未知の生物による反撃でパニックになった隊員はMP5の引き金を引いた。

狂った銃口は白い漆喰壁やドアには弾痕が空き、さらに周りの同僚達をも撃ちぬいていった。


7