― しんや!


誰もいなくなった桜高。その音楽室。

トンちゃんの水槽の水音だけが響いている。


ドアが開くと、そこを照らし出す懐中電灯の光。警備員だ。

「異常なし」

老いた警備員は部屋を一通り見渡すと、隅の鍵箱を開いてパトロールレコーダーに鍵を挿し込む。

カチリという動作音とパイロットランプを確認し、再び彼は外へ出て行った。


それを見計らったように部屋の片隅から出てくるモノがいた。


一見するとツインテールをした少女の頭の形状を持つ生首である。

しかしその生首はツインテールを使い自立していた。

もみ上げとなる部分も30センチほどの長さを持ち、それは手の役割を果たしているのだろうか、

そして窓枠によじ登ると難なくその「髪腕」で窓を開き、夜の闇へ消えていった。


真っ暗だ…。

…ここはどこだろう?


『よし!ゴキブリ殺せ』

『死ねぇぇええええええ!!!!!ゴキブリィイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『ゴキブリをやっちまえば解決だろ』『ゴキブリ』

『ごきにゃん死ね』『ごきにゃん』

『あずにゃんぺろぺろ』 『ゴキブリ死ね』

『ツインテールが触覚みたい』『ツインテール片方切ったら死ぬ』

『唯に近づくな』『ごきにゃんうざい』『あずにゃん人気ないな』


真っ暗な世界に突然響いていくる声。男女ともつかない異様な声。

それは全部私を指しているらしかった。

…誰?どうして…?

…私のこと?

左右を見ても闇は広がり、何も見えない…。

声のトーンは強くなり、どんどんその人数も増えてくる。

「や…やめて…」

思わず耳を塞ぐ。

それでもその声は容赦なく飛び込んでくる。

「やめて!」

その途端、無数の声は沈黙した。

恐る恐る私は目を開けると、もう声はしなかった。

まるで朝日が射しこむように世界が白くなっていく。

そして現れた真っ白い世界は清潔そのものを感じさせるようだった。


「ヤッテヤルデス」

変な声が背後からした。


「な、何コイツ…」

驚いて振り返った私の目の前には自分と同じ顔をした生首があった。

生首のくせになんか言ってる、そう思った時、そのまま唐突に世界は停電したかのように真っ暗になった。


「あっ…夢か…」


次に梓の視界が開けた時には見飽きた自室の天井があった。

「…ひどい夢」

梓は小さな溜息をつくともう一度眠りに落ちた。


夜明けはもう近く、透き通った秋の空はうっすらと青みを帯び始めていた。


― あさ!

「ふぅ…」

和はいつものように見慣れた通学路を歩いていた。

たった数分早かっただけなのに通学路を歩く人はまばらだ。

ふと脇のブロック塀を見ると黒い生き物が歩いている。

それを視界の隅で捉えつつ今日の授業についてを考えようとした時だった。

その黒い生き物は振り向いた。

和が猫かカラス程度だと考えていたそれは能面のような顔をした梓だった。

違う、梓ちゃんじゃない。生首だ。

和がワンテンポ遅くその事実に気づいた時、既にそれは家の影に消えていた。


― がっこう!


二時間目の休み時間。あまりに不気味な光景を目にして以来貧血のごとく気分が悪くなった和は机に俯せていた。

唯「あれ?和ちゃん具合悪いの?」

和「え…?そう?」

唯の心配そうな問いかけに和は体を起こして外していたメガネを掛けながら答える。


梓「唯先輩!」

その時だった。梓が教室を覗き込んだ。


和「ひっ!」

和は思わず悲鳴を上げて仰け反る。

梓「…和先輩?」

唯「和ちゃんどうしたの?」

和「な…なんでもない!なんでもないから!」

和は唯を振りほどくようにしてそっぽを向いた。

梓「唯先輩。さっき私に携帯渡したまま忘れてたんですか?」

梓はそれを気にしつつ唯に携帯を手渡す。

唯「あっ~忘れてたよ!あずにゃんありがとう!」

梓は思いもしない和の拒絶が少し心に引っかかりながら自分の教室へ向かって行った。


― ほうかご!


澪「う…」

澪は部室のドアノブを回そうとした瞬間、不吉な予感に襲われ手を離した。

これを開けるとなにか良くないことが起きる。そんな感じだ。

律「あれ?澪?何してんだ?」

澪がドアの前で逡巡していると、後ろから律がお構いなしにいきなりドアを開けた。

澪「っ!」

澪は思わず律の後ろに隠れる。

律「なんだよー?部室の中になんかいるのか?」

律は部室に躊躇いなく入った。

澪も続いて恐る恐る足を踏み込む。

光が差し込む部室の中は何の異常もなく、いつもの状態だった。

トンちゃんは水槽でふわふわと泳ぎ回っている。

澪「は…は…」

拍子抜けしたように澪は近くにあった椅子に座り込んだ。


すぐにムギと梓が現れる。

澪「…あぁ、ムギ…梓」

梓「あれ?澪先輩。顔色悪いですよ?大丈夫ですか?」

紬「さっき、和ちゃんもなんか具合悪そうだったわ―」

ムギが最後まで言い終わらない内に部室のドアが勢い良く開く。

そこに立っているのは純だった。

梓「あれ?純?何―」

梓が怪訝そうに近づこうとすると純はそのままガクガクとまるでマリオネットのように梓の方へ歩みだした。

そして突然ガクッと項垂れた純の後頭部には更に頭がくっついていた。

梓「え?」

澪「ひいい!」

澪は転びつ律の方に逃げる。

律「ん?」

あさっての方を向いて全く気づいていなかった律がゆっくりと振り返る。

律「ぎゃあああああああああああ」

頭は突然立ち上がり、折りたたまれていた真っ黒い脚が伸びる。

そのまま純の肩に登ると、純を打ち捨てて澪に飛びかかる。

純はそのまま頭から机に倒れこんだ。

紬「!」

澪「ひいっ」

澪が飛びかかるのをなんとか避けると、頭はそのまま床に突っ込む。

それは地面に激突すると痛みのあまりかのたうちまわり始める。

律「澪!」

律は咄嗟にスティックを地を這うそれに突き立てた。

律の手には発泡スチロールかウレタンを突き抜いたような不気味な感触が走り、

やがて芯となる何かに当たったのかスティックの沈み込みが止まる。

スティックが刺さったままもがくようにのたうちまわる異生物。

黒い足のようなものはバタバタと床に叩きつけられる。

澪「り、りつううう!」

澪は律にしがみつく。

もう生涯、見ることのないような不気味な光景が広がる。

梓「…」

紬「みんなどけて!」

ムギの怒鳴り声がその沈黙を破った。

ムギは細かく痙攣する異生物に消火器を叩きつけた。

ペキョ、といった奇妙な音を立て異生物はABC消火器に潰れた。

紬「な、なんなの…これ…」

澪「…」

律「と、とりあえずさわちゃん呼んでこよう…」

梓「ちょっと待ってください純が!」

梓は慌てて机に突っ込んだまま動かない純に駆け寄った。

梓「純!起きて!純!起きろ!」

半ばパニックになってしまったのか梓はめちゃめちゃに純を揺さぶる。

律「お、おい梓!やめろ!危ない!」

紬「ダメ!そんな乱暴なことしちゃ!」

澪「せ、先生呼んでくる!」

律と紬は梓を押さえ込み、澪は急を知らせに職員室へ走った。

間もなく数人の先生とともにさわちゃんが駆け込んでくる。

さわ子「みんなケガはないの!?」

澪「全員無事…いや、あっ、あれ純ちゃんが!」

さわ子「!?」

さわちゃんは真っ先に慌てて倒れたままになっている純を抱き起こした。

さわ子「…い、息は!?」

さわ子「生きてる…」

さわちゃんは安心したようにため息をついた。

純「あ…」

さわ子「あっ!す、鈴木さん!大丈夫?」

純はしばらく呆然とさわ子の顔を見つめた後、その胸に顔を埋めた。

「うわああああ!!!!先生ぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

純の泣き声が響き渡る。それも当然であろう。

訳のわからない生物にしがみつかれたその心情は察して余る。


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