その後も澪は薬を飲み続けた。
紬は、本心では「薬を与えてはいけない」と思いながらも、
たった一人の仲間を失うのが怖くて、澪に薬を渡す日々が続いた。

澪「薬!薬くれよ!!むぎ!!!」

紬「お、落ち着いて澪ちゃん、今あげるから……」

薬を求める澪の顔は、狂犬のようだった。

澪「はぁっ、はぁっ…ごくごくっ」

薬を飲んだ瞬間、澪の表情はもとの穏やかな状態に戻るのであった。

澪「ふぅーっ」

紬「澪ちゃん……体、大丈夫?」

澪「大丈夫だって、心配性だな。ははは」

紬「……」

紬は先日、澪の担任から相談を受けていた。
教室での様子がおかしいが、部活ではなにか変わったことはないか、と。
担任によれば、澪は終始なにかに必死に耐えているような感じらしい。

その場では「特に変わったことはない」と答えておいたが、
ここまで副作用が進行してしまうほど薬にハマるとは紬も思っていなかった。

澪「むぎ、もう1本くれないか」

紬「だめよ、1日1本だけ」

澪「ちぇっ」

澪はそう言うと、コップの中に残るお茶を舐めはじめた。
あきらかに、求める薬の量が増えている。


その夜。

プルルルルルル
紬「あら、電話。澪ちゃん?」

澪『なあ、むぎ。薬、薬、くれないか。今すぐ欲しいんだ、頼む』

紬「ちょっと澪ちゃん、何言って……」

澪『いまむぎの家に向かってる途中だ。準備しといてくれ、な』
プツッ
ツーツー
紬「み……澪ちゃん」


澪が紬の家に来るまで5分とかからなかった。

紬「澪ちゃん……」

澪「なあ、くれよ、早く……欲しいんだよ、薬」

紬「だ、ダメよっ」

澪「えっ……」

紬「も、もうダメよっ!これ以上は、あげられないっ」

澪「な、何言ってんだよ、むぎ……私たち仲間だろ」

紬「そんなレベルの話じゃないわ!これ以上薬を飲んだら、あなた神経がやられてしまうわよっ」

澪「うるさい!!飲まない方が神経やられそうだっ。早く寄越せ、早く。持ってんだろ!」

紬「だめよっ!」

澪は紬に掴みかかり、激しく揺さぶった。
すると、紬のワンピースのポケットから薬のパッケージが転げ落ちた。

澪「あるんじゃねえかよお!!」

澪は薬をすばやく拾い上げ、自転車のカゴに放り込むと、
来た道を全速力で戻って行った。

紬「だめえっ!持って言っちゃダメっ!!澪ちゃああん!!」

紬のただならぬ声を聞きつけた執事の斎藤が玄関までやってきた。

斎藤「どうされました、紬お嬢様」

あの薬の存在は、紬と両親だけの秘密であった。
執事とは言え、琴吹家の部外者である斎藤に知られるわけにはいかない。

紬「なんでもないわ!斎藤は家に戻ってなさい、私もすぐ部屋に戻るから」

斎藤「はっ」

斎藤が部屋に戻ったのを確認してから、紬は自転車を引っ張り出して
澪のあとを追いかけた。
まだ薬を飲んでいないならば、すぐに肉体的な疲労がきてまともに自転車を漕げなくなるはずだ。
充分まだ間に合う。澪を止められる。


澪はすぐに見つかった。
川原で盛大に転んでいたのだ。
おそらく自転車を漕げなくなったのだろう。

紬「澪ちゃん!」

澪「くるんじゃねえええ!!」

紬(怖い……でも、私が止めなきゃ!!)

澪「はああああ、はあああああああ」

澪は震える手で薬の箱を開けた。

紬「だめっ澪ちゃん、飲んじゃダメ!!」

紬が止めるよりも早く、
澪は箱の中に入っていた10本のスティックを開け、
一気に口の中に流し込んだ。

紬「だめええええっ!!そんなに飲んだら!!!」

澪「はあああっ、はあああっ、はあああっ!
  すごいなあこの薬は!やっぱり良く効くよ!!
  こんなにも落ち着けるんだからさぁ!!」

澪の眼は完全にイッていた。
口の端からよだれを垂らし、全身を小刻みに震わせている。

澪「なあ、むぎぃ、お前さぁ、私を裏切るんだよなあ、はあはあ」

紬「なっ…」

澪「だってそうだろうがよぉ、私から薬を奪おうとするんだからなぁぁぁぁ!!」

澪「裏切ったんだろおおおおおおおお!!!」

紬「ち、違うわっ!澪ちゃんのためを思って!!」

澪「うううるせええええええええええええええ!!!!!」

川の周りは見渡す限り畑や田んぼであった。
大声を出しても誰かに届くことはない。

澪「はああああ……はああああああ……ふううううううう……殺す」

紬「えっ」

澪「殺すっていったんだよ、殺す殺す殺す、お前を殺す」

澪は足元に落ちている石ころを紬に向かって投げつけた。いくつもいくつも。

紬「ひっ、いやっ、やめて!いたいいたい!!」

澪「うるさいよ、私の心はもっと痛いんだからなぁ、はあはあ」

澪は石を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返しながら、
うずくまる紬のもとへと歩を進めた。

澪はひときわ大きな石を手に取って、
紬の脳天に叩きつけた。

ガスッ。

紬「ぎあああっ!」

勢いよく血が飛び散る。
しかし澪は意に介さず、淡々と石を叩きつける。
ガスッ、ガスッ、ガスッ。

やがて紬は動かなくなった。

澪「はあ……死んだか、あっけないね」

澪は懐から紙とペンを取り出し、にせの遺書を書いた。
そして、近くにあったゴミ箱からコンビニ袋を取り出し、そこに遺書を入れた。
さらにそれを紬の服の内側に押し込んだ。

澪「ばいばいむぎ。あははは、裏切り者の末路だよ。あはは」

澪は紬の亡骸を抱え、川に入って行った。
そして一番深いところで紬を沈め、そのうえに石を載せた。


翌日。
大量に薬を飲んだ反動で、
澪の体は今までにないくらい不調であった。

澪(ああ……寒気がする……目がかゆい……関節が痛い……のどが渇く……)

教師「でーあるからしてー、秋山、ここの問題やってみろ」

澪「はあ…はあ…はあ…」

教師「ん?秋山、大丈夫か?」

澪「はあ……はあ……」

澪は顔をあげることすら億劫に感じていた。

教師「体調、悪いのか?保健室行くか?」

澪「はあっ……はあっ……」

澪はよろけながら立ちあがった。
そして、そのまま教室から出て行った。

教師の「一人で大丈夫か?」との問いにも答えることはなかった。


澪は保健室には行かず、音楽室に行った。
今日はどのクラスも音楽室を使っていなかった。

澪「はあ……はあ……」

ふるえる手で食器棚を開き、自分のコップを取り出すと、
中を一心不乱に舐めはじめた。
薬など付いているはずはないのだが。

澪「はあああっ、はああああああ……はあ、はあ、はあっ」

体を襲う不調にも波があった。
澪は一時的にだが落ち着いてきた。

澪「はあ、はあ、はあ」

澪は、いつもみんなでお茶をしていたテーブルに着いた。
色々なことを思い返そうとしたが、頭が上手く回らなかった。

もはや時間の感覚も曖昧だった。空腹感も湧かなかった。
澪はずっとそこに座っていた。
しかしとつぜん、さらに大きな不調の波がやってきた。

澪「はああああああああああああっ、はあああああああああああっ」


澪「はあっ、はあっ」

今までにないくらいのつらさだった。
体中の神経がすべてはち切れそうだった。
胃の中でも何かが渦巻いているようだった。
脳内にはわけのわからない映像が大量に浮かんできて、頭が割れそうだった。
手も足もこまかく震えていた。

澪(死ぬのか、死ぬのか私、私もうダメだ、死ぬ、死ぬんだ。
  頭が割れる、吐き気がする、体中が痛い、痛いんだっ)

もはや機能しなくなりつつある感覚器官の一つが、ドアがひらく音を捉えた。
しかし澪にはもはや何の音かは理解できなかった。

「なんだあ、澪、来てたのか。早いなー」
「今日むぎちゃん休みなんだよねー」
「あー、そういやそうだ。お菓子どーする?」
「私買ってくるよ~」
「なんか唯に任せたら変なの選びそうだな~。私も行くよ」
「澪ちゃんはどうする?」

澪(みお?みおってだれ?だめだかんがえたら頭がわれそうだ)

「シカトかよ。いこうぜ唯」


「たっだいまー」
「澪まだ寝てんのか」
「いいじゃん、起こさないでおこうよ」
「そうだな」


澪(しゃべるな。しゃべるな。あたまにひびくんだ。あたまがわれそうだ)


ガサガサ
「ポテチはやっぱりコンソメだよね~」
「うるせー!薄塩だろ!」
「コンソメのほうがおいしいよー」


澪(へんなにおいを立てるな。きもちわるくなる。はきけがする)


「コンソメの良さが分からないなんてシロートだね」
「うるへー」
パリパリもぐもぐ


澪(やめろやめろやめろやめろ)


「澪ちゃんの分も残しといてあげなきゃねー」
「いいだろ別に澪の分なんて」
「だめだよー」


澪(やめろ。近づけるな。きもちわるい。吐き気がする)


「ひさしぶりに練習すっか~」
「えー、澪ちゃん寝てるのに、起きちゃうよ」
「澪が寝てるからやるんだよ!」
ズンタカズンタカズンチャチャチャーン
「もーりっちゃーん」
ドンドカズンタカドンドカズンタカ


澪(うるさいうるさいあたまがわれるあたまがわれる)

澪(きもちわるい、あたまがいたい、きもちわるい、あたまがいたい)

ズンズカダカダカズッチッチーン

ズンダカダカダカダカダカダーン

澪(やめろやめろやめろやめろ)

澪(きもちわるい うごけない もういやだ あたまがわれる あたまがわれる)

ズンタカズンズンズンダダダダダダーン

澪(あたまが あたまが)

ズンダダダーン


澪(あ)








澪にひとかけらだけ残っていた正気が

最後に認識したものは

自分の精神がはじけ飛ぶ音だった。










澪「ああああゲロ吐いちゃうゲロ吐いちゃうよおおおおおお」















憂「これが大方のことの顛末ではないかと……
  かなり想像で補った分もありますが」

刑事「いや、おそらくそれで殆ど合っているだろう。
   教師たちや遺族の証言データと合わせても、別に違和感はないしな」

憂「ところで、なぜ紬さんが殺された夜、
  琴吹さんの家の人は警察に連絡しなかったのでしょう。
  殺されたことは分からなくても、失踪したんなら通報くらいは」

刑事「それは琴吹紬が薬を持っていたからだろう。
   ヘタに警察に見つかったら危ないしな」

憂「そういうことですか」

刑事「しかし今回の件で琴吹家が薬の売買で巨万の富を得ていたことも分かった」

憂「その薬のせいで、お姉ちゃんや…澪さんや…
  梓ちゃん、律さん、紬さん、和さん、さわこ先生まで……」

刑事「薬はきっかけにしかすぎねえ。
    本当の原因は誰もが持っている心の闇ってやつだ」

憂「…救われませんね」

刑事「ああ……ところで嬢ちゃん、高校でたら警察に来ないか」

憂「えーっと…考えときます」


けいおんリサーチ200X
     第2部
      完