シャワールーム

唯「大丈夫だよ、澪ちゃんは律ちゃんたちが捕まえてくれるよ」

梓「うう、でも…」

唯「今日はかえろ、ね?」

梓「いいいい、いやですっ!うち、共働きで、夜中まで私一人だけで……
  そんなの怖いですっ!!」

唯「じゃ、じゃあ私の家に来る?憂もいるしさ……」

梓「う、うう……じゃあ、そうします…すみません」

唯「いやいや、いいんだよ」



唯は梓の肩を抱いて、シャワールームから出ようとした

しかしその時、校庭の端から悪魔の形相で一直線に走ってくる澪が見えた

梓「い……いやああああああああああああ!!!!!!」

唯はとっさに扉を閉め、
ドアノブの内側についているロックをひねった

ダァン!!と澪が扉に勢いよくぶつかる
扉のすりガラスから澪のシルエットが見えた

梓「ひっ…ひええええっ」

唯は怯える梓をやさしく抱きしめた
怖いのは唯も同じだったが、先輩として後輩を守らねば、という使命感に駆られていた

澪はドアノブをガチャガチャと乱暴にひねっている
もはや鍵の存在など心もとない

そしてついにバキッという破壊音とともに、ロックごとドアノブはひねり潰されてしまった

ゆっくりと扉がひらき、頭から血を流した澪がシャワールームに入ってきた
さきほど剣道部に攻撃されたときの出血である

じりじり、と唯と梓に近寄って行く澪

澪が進むごとに後ずさる唯と梓
2人は部屋の隅へと追い込まれてしまった

もう後ろに逃げることはできない
ならば、あとは素直に襲われるか……もしくは、戦うか

しかし戦っても勝ち目のないことは唯にも分かっていた
唯は喧嘩の経験などなかったし、戦い方自体知らなかった上に
素の状態での身体能力も澪の方が勝っているのは理解していた
それに狂人は手加減を知らないだろうし、何をされるか分からない

そこで唯は、澪を限界まで近付けて、
思いっきり突き飛ばしてスキを突いて逃げるという作戦を思いついた
唯は基本的に運動音痴であり、こんな小手先の作戦で逃げ切れるとは思わなかったが、
何もしないよりはましである。賭けである。

唯が作戦を考えている間にも澪は「うがあああ」という奇声を上げながら少しずつ近づいてきていた
目測で澪との距離は50?ほどに迫った

がくがくと体を震わせる梓に、唯は小声で囁いた

唯「いくよ、あずにゃん」

梓「えっ…」

梓は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて、唯の表情から発言の意図を読み取ろうとした
唯の顔はなにか決心をつけたようだった

唯「うおりゃああああああ!!」

唯は澪をぶっ飛ばすべく、両手をおもいっきり澪の方へと突き出した
が、唯の手はあっけなく澪に掴まれてしまった
澪の顔がにやあああああっ、と不気味な笑みを浮かべた

梓「ひいいいいっ!!!」

唯「あずにゃん、逃げてええっ!!」

梓「えっ、でもっ!!」

唯「ここはいいから、あずにゃんだけでも!私のことは気にしないで……ぐぼぁっ」

唯の口は澪が吐いた大量のゲロで塞がれてしまった

梓は躊躇っていたが、意を決してシャワールームから飛び出した

すると、校庭の端から数人の教師が走ってくるのが見えた
サスマタを持ったガタイのいい男性教師4人と、さわこであった

梓「さわこせんせええええええええ!!唯先輩が!唯先輩があああああああ!!!!」

さわこ「大丈夫よ、澪ちゃんのことは運動部の子たちに聞いたわ
    先生たちが何とかしてくれるわ。警察も呼んだから安心して、ね」

梓「ううううっ」

教師「よし、行くぞ。秋山澪は尋常じゃない身体能力を持っているようだが、
    あの密室空間内で大人4人に囲まれたらひとたまりもないはずだ」

教師「おうっ」

教師たちはシャワールームに突撃した

梓やさわこの居る場所からはシャワールームの中で何が起こっているのかは分からなかった

梓は最悪の事態も考えついたが、それを上塗りするように
「大丈夫、先生たちが何とかしてくれる」と何度も脳内で繰り返した

1分も経たずにシャワールームの扉がひらいた

出てきたのは教師1人だった
いや、出てきたというよりも投げ出されたというべきだろう
教師は地面に突っ伏したまま動かなかった

そしてさらに、2人目、3人目の教師がシャワールームから外へと投げ出された

そこで梓とさわこはやっと気がついた

澪は教師たちを皆殺しにしたのだ、と

2人は腰が抜けてしまい、その場に座り込んだ
もはやまともに思考を巡らせることもできなかった
2人の頭にあるのは秋山澪への恐怖、それだけだった

そしてついに、残り1人の教師と唯の死骸が放り出された

シャワールームから、澪がゆっくりと姿を現した
そして梓とさわこを視認するや否や

澪「ぎゃあああああああああひゃひゃはっやっひっひひひひひいううひひひひひ!!!!」

眼をひんむき、タガの外れた笑い声を上げながら
2人のもとへと全速力で走ってきた

梓「あっ、あっあああああああああああああ!!!!!」

さわこ「いやあああああああああああああああああああ!!!!!」

2人は声を上げることしかできなかった

澪は走った勢いをそのままに2人の首に手をかけ、
そのまま持ち上げた

澪「ぐっひひひひひひひいいいいいいいい!!!ひっひいいいいいいい!!!!」

梓「あ・・・ぐっ・・・・・・・」

さわこ「うぐっ・・・・・・・」

2人がこと切れるのに1分もかからなかった


前年に引き続き生徒会役員になっていた真鍋和は、
夕焼けの射しこむ生徒会室でひとり書類の整理をしていた。
学年が上がったため、そして前年の実績もあるため
それなりの仕事を任されるようになっていたのだ。

和「♪~」

和はこういう地味な事務仕事が好きだったし、
今日も誰もやりたがらないのを率先して引き受けていた。
処理すべき仕事は山ほどあるが、たくさんあればあるほど
和はやりがいを感じるのであった。

やっと半分の書類を片づけた……と言ってもまだまだ残っているのだが、
和が一息つこうとしたその時、
校内放送のチャイムが鳴った。

『校舎内に残っている生徒は、至急、携帯電話で職員室に連絡しなさい。
 職員室の番号は……』

なんだろう、この放送は。
和は妙な気分になった。
常日頃から学校に携帯電話を持ってくるなと言っていた教師たちが、
今日は携帯電話を使えと言っている。

『校舎内に残っている生徒は、カギのかかる教室に入ってじっとしていなさい』

カギのかかる教室にいろ?
ということは、不審者でも入ったのだろうか。

和は3カ月ほど前、近所の中学に不審者が入った事件を思い出していた。
それからしばらく大人たちが目を光らせて街中を監視していたが、
最近では事件のほとぼりも冷めてパトロールもなくなり、みんな事件のことなど忘れてしまっていた。

忘れたころにやってくる――か。
和はそんなことを考えながら、生徒会室の扉に鍵をかけた。

そして、職員室に電話をかけた。

『こちら職員室だ』

和「あ、2年の真鍋和です。いま生徒会室にいるんですが」

『わかった。鍵をかけて、じっとしてろ。異変があったらまた連絡しろ』

和「はい。でも、何なんですか?何かあったんですか」

『それは言えん。とにかくじっとしてろ』

和「はい」


教師たちのこの策は考え抜いた末の苦肉の策であった。
秋山澪がどこにいるか把握できていない以上、生徒たちを避難させるのは危険である。
帰宅させるにしても、秋山澪が学外に出てしまったらおおごとだ。
教師たちは生徒の居場所を把握することを優先した。
万全の策とは言えるはずもないが、生徒を守るにはこうするしかない。
あとは警察の到着を待って、警察とともに秋山澪を捜索し、生徒を避難させるという計画だった。

生徒会室の和は、再び事務仕事に戻っていた。
この学校に不審者が潜んでいるかもしれないと考えると怖くなったので、
仕事をすることで心を落ち着けるためだ。

和「よし、と」

和はてきぱきと書類を処理していた。
次期生徒会長候補と一部で呼ばれているが、その名に恥じぬ働きぶりである。

その時、和のうしろの窓ガラスに、どん、という音が響いた。
運動部だろうか、ソフトボール部のボールでも当たったのか……
そう考え、とくに気にすることなく仕事を続行した。

また、どん、と鳴った。
今度はさっきより音が大きい。
またソフ部……いや待てよ、
不審者が入っているのに校庭での部活が続けられているわけがない。

和はふりかえった。

和「いっ・・・いやああっ!!」

和は椅子から転げ落ちた。

窓ガラスには澪がへばりついていた。
人間とは思えない悪魔のように歪めた表情で和を見下ろしている。

澪はどん、どん、どん、とガラスを叩き続けている。
叩くたびに力が増しているようだった。
鉄線の入った強化ガラスとは言え、叩き破られてしまうかもしれない……
そんなありえないような仮定でさえも思い起こさせるような迫力が、今の澪にはあった。

生徒会のエースとは言え、和もただの女子高生である。
ただただ恐怖心に支配されてしまい、腰を抜かして床を這いつくばって逃げるしかできなかった。
なにかあったら職員室に電話を……などという教師からの言いつけも吹き飛んでしまっていた。

澪はなおもガラスを叩き続けていた。
さらに叩く強さを増し、ガン、ガン、ガン、ガンという音に変わっていた。

そしてついにガラスにひびが入った。
澪は手を血まみれにしながらガラスや鉄線を引きちぎり、
ついに中に入れるくらいの大きさの穴が開いた。

和「ひっ、ひいいいいいいっ!」


平沢憂はまだ教室に残っていた。
今日は珍しく両親が帰ってくるから、部活は早めに切り上げて、
2人で晩御飯の買い物に行って両親にご馳走しよう……と唯に言われていたためであった。

憂「お姉ちゃん、遅いなあ…まぁ不審者が入ったんじゃ仕方ないかな……」

憂は宿題を片づけながら、事件が沈静化するのを待っていた。
すると、外からパトカーの音が聞こえてきた。

憂「警察が来たんだ。これで大丈夫かな…」

憂は安堵した。
すると、教室の廊下側にある窓がノックされた。

「憂、私よ、私」

憂「その声、澪さん?」

澪「ああ、開けてくれるか?」

憂「いいですよー。でもいいんですか?勝手に歩き回って」

憂は窓の鍵を外して開けた

憂と澪は窓越しに会話する。

憂「部活、終わったんですか?」

澪「部活?部活…部活……ぶ、か、つ………」

憂「澪さん?」

澪「すまない……ちょっと体の調子が……おなかが痛くて」

憂「だ、大丈夫ですか?」

澪「ちょっと食い過ぎた……胃袋に収まらない……ううぇっぷ」

澪がえづくと、澪の口から肌色のなにかが顔を出した。
なんだろう……ソーセージ?……いや違う、これは人の指だ!!!

憂が気づいた瞬間、澪は口の中のモノを盛大に吐き出した。

澪「ぐっぐえええええええええええっ」

びちゃっ、という音とともに床に落ちたのは、胃液にまみれた人の手だった。
指先から肘までの人間の手。目立つ傷跡がないということは噛まずに飲み込んだのか?

憂は変に冷静だった。

憂「澪さん?」

澪「うっ、うっげえええええええええげぼぼぼぼぼぼ」

澪はなおも人体の部品を吐きだし続けた。
もう片方の腕。両脚。胴体。そして最後に……頭。
澪は顎が壊れてしまったらしく、口をだらしなく開けたままである。

憂はその吐き出された顔に見覚えがあった。
が、なかなか思い出せなかった。
そして、思い出せないのはこの人のメガネをかけていない顔に見慣れていないから…と思い当った

憂はやっと思い出した。この吐き出された人間は真鍋和だ、と。

憂はここに至ってもまだ落ち着いていた。
あまりに非現実的すぎて、驚くということができなかった。

憂「そうだ。先生に電話しよう」

憂は携帯を取り出した。
すると、澪は

澪「ううううぼあああああああああああああああ、ふああああああ」

顎の外れた口で奇声を上げ始めた。

澪「ああああああああうああああああ!!!!うううううううあああああああ!!!!」

憂「ひいっ」

澪は窓枠に膝をかけ、教室内に乗り込もうとしたが、
憂がとっさに窓を閉めたため、廊下側に転げてしまった。

澪「ううううううううううううううううあああああああああ!!!!!!」

澪は素手でガラスをたたき割り、窓枠をへし折った。
そして再び教室に入ろうとしたその時、


「動くな!!警察だ!!!」


憂が電話するまでもなく、
奇声と音を聞きつけた警察の機動隊がかけつけ、澪を包囲した。

警察「秋山澪、殺人の容疑で逮捕する!そこを動くな!!」

澪「ううううううううううううううううううあああああああああああ!!!!
  あああああああうううううあうあうあうああああああ!!!」

だらしなく口をあけ、目の焦点も合わない澪は、拳銃を構える機動隊の中へと
飛び込んでいった。

澪「うううううあああああああああ!!!」

警察「動くなあ!!」

バキュン、バキュン

拳銃の弾が2発、澪の太ももと脇腹を貫いた。
しかし、澪の動きは止まらなかった。
機動隊の盾を奪い取り、防御手段のなくなった隊員の首に手をかけ、
女子高生とは思えない握力で締めた。

警察「う…ぐはっ」

澪の手から死体となった隊員が離され、ドサッと音をたて床に落ちた。

警察「け…警部!」

警部「……構わん。射殺を許可する!頭をねらえ!!」

警察「「はっ!!」」

機動隊員たちは、いっせいに澪に拳銃を向けて引き金を引いた。

ばん、ばん、ばんばんばん



銃撃音と硝煙が消えた後、
そこにあったのは体中から血を流して死んだ澪の姿だった。



学校は数週間のあいだ休校することになった。
ニュースや新聞は、連日この事件について書きたてた。
まだ捜査もろくに進展していないのに、
何かのクスリでもやってたのではないか、
生徒の凶行を隠すために学校側が狂人をでっちあげたのでは、などと
身勝手な憶測が飛び交い、人々の話題もこの事件で持ちきりとなった。

秋山澪と近しい知り合いで、唯一の生き残りである平沢憂は、
休校のあいだ警察署に出向き、捜査に積極的に協力した。
朝から晩まで学校での秋山澪について聴かれることもあったし、
実際に警察と一緒に現場に赴いて調べることもあった。

しばらくして、澪の死体の検死結果が出た。
澪は日常的にある種の薬品を接種していたようだった。
しかし、なんの薬品かまでは分からなかった。

刑事「どう思う?平沢さん。思春期の多感な時期に、薬物に手を出すのはよくあることだが…」

憂「でも、澪さんがそんなことするとは思えません。あの方、怖がりでしたし。
  何かストレスがあったとしても、薬物ではらす、なんて勇気のいることはしないんじゃないでしょうか」

刑事「そうか。しかし、秋山澪の発狂、そして肉体活動のリミッター解除の原因は間違いなくこの薬物だろう」

憂「それはそうなんでしょうけど…」

憂「家宅捜索でも澪さんの家からは薬物が見つからなかったんですよね?」

刑事「そうだ、それが不思議だ。いったいどこで薬物を接種したのか……
   いや、何者かによって…薬物を投与されていた……か?」

憂「ま、まさか」

刑事「どうした、何か心当たりが?」

憂「いえ、その、澪さんに日常的に薬物を与えられるとしたら……あの人しか!」

刑事「それは、誰だ?」

憂「それはっ…」



警官「刑事!行方不明になっていた琴吹紬が見つかりました!!!」



刑事「なんだと!?どこにいた!!」

警官「それが、川の中で……水死体となって見つかりました」

刑事「なにぃ?」

警官「死後しばらく経っているようで、腐敗が進んでおり識別はできませんが、
   持ちものや衣服から琴吹紬と判断されました。これから詳細に検死とDNA検査が行われます」

憂「紬さん…!」

警官「それで……琴吹紬の懐に、こんなものが」

警官はそう言うと、証拠品を入れるビニールのパックを刑事に手渡した。
その中には汚れたビニール袋が入っており、さらにその中には一枚の紙が入っていた。

刑事「遺書…だと?」

憂「じゃあ……自殺ってことですか!?」


遺書にはこう綴られていた。

『すべて私が悪かったのです。
 日ごろから、ストレスに苛まれている澪ちゃんを救ってあげようと
 薬物を教えてあげたのが間違いでした。
 澪ちゃんは家にあると見つかっちゃうから、と言い
 毎日のお菓子に薬を混ぜるよう、私に指示しました。
 私はその通りにしました。
 薬が効いている間の澪ちゃんは、嫌なことなんか忘れて
 ほんとうに幸せそうだったから。
 他人のことなんか考えないで自分勝手にふるまう田井中律にストレスを感じることも
 足りない脳みそでバカなことを繰り返す平沢唯に腹を立てることも
 金もちであることを鼻にかけてお菓子で媚を売りまくる琴吹紬にムカつくことも
 孤独な私を友達ヅラして密かに見くだしている真鍋和にはらわたが煮えくりかえることも
 後輩のくせに可愛こぶって生意気な言葉を吐き続ける中野梓を恨むことも
 他人をおもちゃとしてしか見られない山中さわ子に吐き気を覚えることも
 年下のくせに完璧な人間である平沢憂を妬むことも
 なさそうだったから。
 だから私は澪ちゃんに薬を与え続けてしまったの。
 私がすべて悪いのです。
 ごめんなさい』

憂「紬さん…!」


刑事「ん?なんで自分のことまで書いてあるんだこれ?自虐か?」


警官「その…簡単に筆跡鑑定をした結果、それは秋山澪の書いたものである、と…」

刑事「なんだと?」

憂「じゃあ、澪さんは自殺に見せかけて紬さんを殺した、ってことですか?」

警官「そのようです」

憂「澪さん……!」



この事件については、まだまだ謎も多く残っている。
琴吹紬が薬物を投与したという決定的な証拠、秋山澪の凶器の原因など
まだまだ捜査すべきことは山のようにあるが、ここでいったん報告を打ち切らせていただく。
新たな情報が入り次第、追って報告する。



特命リサーチ200X

File.630『桜高で起こった惨劇の謎を追え』



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