618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:52:38.80 ID:WmJAPMKKo



律「私も世界の太陽神と関わっていたから、もう一つの世界の私と繋がることができたってわけだ」

梓「……はぁ」

律「早い話が、世界を救ったってことだ!」

紬「偉いわ、りっちゃん」

律「フフン、そうだろ」


鼻を高々にしているので、本当の話なのか判断しかねます。


梓「スゴイデスネ」

律「気持ちが込もってないぞー。もう一人の私に助けを求められて、その亜空間に誘われたんだな」

梓「怖くなかったんですか……? 一度経験してるのに……」

律「まぁな。けど、もう一人の私は切羽詰った顔をしてたし、私も仲魔がいるから少しだけ余裕だったんだよ」

紬「ふむふむ、それでそれで」

律「もう一人の私は、ナニカと対峙していた。それは世界の太陽神を封じ込めていた悪神でした!」


急に話を盛り上げようとしているのは、話の信憑性を薄くしようとしているからなのかな。


律「それぞれの田井中律は仲魔と共に巨大な悪神と死闘を繰り広げます!」

紬「わくわく」

梓「……」

風子「……」

律「そして倒します」

梓「律さん、それは物語の展開としてはあまりにも」

律「うるさい。重要なのはそこじゃないんだよ。……やっぱ、創作物だよな」


笑いながら話すから、それが嘘じゃないと信じられる。



紬「そして、私も呼ばれたのよね」

律「あぁ……。髪のこと、悪かったな、むぎ」

紬「ううん、いいの。だって、りっちゃんの恩に比べたらこれくらいの代償、なんてことないわ」


そう言って切なそうに、右手で髪の毛を触る仕草が私の胸を打った。

619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:53:19.67 ID:WmJAPMKKo



梓「むぎ先輩の髪が短くなっているのはそれと関係しているんですね」

紬「そうなの」

律「……倒したのはいいけど、もう一人のむぎが眠ったままで意識が戻らなかったんだ」

梓「え……」

律「それで、むぎに手を貸してもらって、もう一人のむぎを目覚めさせたんだな」

梓「……具体的にはどうやったんですか?」

律「むぎの髪の毛を切って、生命力に変えたのと同時に、むぎから直接エネルギーを送り込んだ」

紬「そうなの。だから、向こうの私はもう大丈夫よ」

梓「……そうですか。……よかったです」

律「……」

風子「……」


さっぱり分からなかった。

律さんとむぎさんの創作モノとして考えておいた方がいいのかもしれない。


なんて、北海道に行かなかったらそう思っていた。


風子「どうして、髪なの?」

律「……すぐに用意できるのが、それしか思いつかなかったんだ」

風子「……」

ゴウト「ニャー」


他にも理由が隠されているみたい。
それなら、追求するわけにはいかない。


律「あとは、きっかけ次第なんだけど……あっちの梓に任せるしかないんだよなぁ……」

風子「?」

梓「私ですか?」

律「いや、なんでも」

唯「風ちゃ~ん、姫ちゃんの姿が……って! むぎちゃんだ!」

紬「唯ちゃん!」


唯さんの声でむぎさんが嬉しそうな表情になる。
それで今までどことなく深刻だった空気が流されていった。


唯「わーい!」

澪「むぎがいるのか……?」

律「いたのかよ、澪!」

澪「久しぶりだな、律」

律「あー、なんか普通すぎて、びっくりしたー」

梓「ありがとね、ゴウト」

ゴウト「ニャー」


ゴウトちゃんを撫でる梓ちゃんの表情には嬉しそうな、どことなく寂しそうな色が映っていた。

620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:54:09.14 ID:WmJAPMKKo



澪「久しぶりだな、むぎ」

紬「うん、久しぶりね」

唯「会いたかったよ!」

澪「私もだ」

紬「私も、ね」

律「五年ぶりに軽音部員が揃ったわけだ」

梓「……やっと揃いましたね」


空気が変わる。



梓「むぎ先輩が律さんに今日の連絡を入れたんですね」

紬「その通りよ」

律「ありがとな、澪。ちゃんと送られてきたメールは読んだぞ!」

澪「……うん」

唯「私は送ってないよ! 薄情なりっちゃんには送ってないよ!」

律「まぁ、メールでやりとりしていたら、こんな風に懐かしい気分にはなれなかったかもな」

紬「そういうものかしら?」

風子「そうだよね。5年間も連絡取っていないから、私たちりっちゃんの顔を忘れてたよ」

律「忘れてたのかよ! ちょっと焦ったんだぞ、さっき! 薄情はこっちだぞ、唯!」

唯「あずにゃん、背が伸びたよね?」

梓「はい、7ミリほど」

唯「やっぱり!」

紬「雰囲気も変わったわ」

梓「そ、そうですかね」

風子「私は気づかなかったな」

梓「ほとんど毎週会ってるから、変化に気づかないってだけですよ」

律「……無視か」

澪「……」


4人から少し離れている澪ちゃん。

表情は険しい。

621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:54:36.31 ID:WmJAPMKKo



澪「りつ……」

律「ん?」

澪「痩せすぎじゃないか……?」

唯「んー? あ、ホントだ」

律「フッ、世界を歩くってのは、そんな楽なもんじゃねえんだぜぇ」

澪「……おい、真面目に答えろ」

紬「……」

律「いや、本気で心配されるほどじゃないんだけど……。ただ、食が減っただけだよん!」

澪「……」

唯「ほんと~?」

律「んだ。食材が何時でも手に入る訳じゃねぇがらな。この体系を維持するのがベストってだけだべ」

澪「ふざけるなよ、律」

律「……」

紬「りっちゃん……」

梓「……」

唯「?」

風子「……」


澪ちゃんの真剣な問いかけに、りっちゃんは真面目に答えていない。
だから、不安を駆り立てのかもしれない。

さっきの話に繋がっているのだとしたら、私も不安になる。


律「さっき言ったことは本当だよ。食べ物が手に入らないから水だけで凌いだ時もあった。
  それでも栄養を取らないといけないからって、虫も食べたんだぜ。イナゴだけどな!」

唯「野生だね」

律「へへ、そうだろ? いや、少しニュアンスが違う」

澪「……」


それだけでは納得しない澪ちゃんの表情。



律「日本では考えられない危険なことからも備えておかなければいけない」

紬「……」

律「感覚を研ぎ澄ますにはこれくらいがいいんだ」

澪「……嘘を吐くな」

律「なんだよ、何を言っても信じないじゃねえか」


さすがのりっちゃんも怒りをあらわにした。

真面目に答えていたのは澪ちゃんも分かっていたと思う。

622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:55:21.24 ID:WmJAPMKKo



澪「私たちには嘘を吐くな」

律「嘘なんか言ってねえよ」

唯「……」

梓「……」

紬「……」


二人の雰囲気を察して、三人は黙って見守っていた。


澪「帰ってきたのは何時だ?」

律「……五日前」

澪「その間に体重を増やそうとしただろ」

律「う……」


澪ちゃんはりっちゃんの手を取る。


澪「髪、肌、そして爪……。すぐには回復しない」

律「……」

澪「もっと、荒れてたんじゃないのか?」

律「…………う……ん」


母が子どもを諭すように問いかける。
子どもが母に謝るような声で頷く。


澪「……ここまでして、世界を旅しなきゃいけなかったのか」

律「……」

澪「私たちに連絡を絶ってまで、しなくちゃいけないことだったのか?」

律「……」



真っ直ぐ見据える瞳から逃げるように、視線を下げて返す言葉を探している。

さっきの話を聞いた後では、りっちゃんの行動が良い結果をもたらしたことには間違いない。

だけど、それを知らない澪ちゃんは、心配することしかできない。



律「大切な、借りがあったんだ」

澪「……」

律「借りと言うより、恩だな」

澪「恩人?」

律「あぁ、大切な命を助けてもらった。だから、恩返しをしたかったんだ」

澪「……そうか」


心からの言葉。

それは聞く人を根拠無く納得させる力を持つ。

623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:55:53.58 ID:WmJAPMKKo



律「……むぎと逢うまで……少し……」

紬「……ッ」

律「…………少しだけ……キツ…かった…………かな」

風子「……!」


初めて見る、彼女の弱さ。


梓「律さん!」

律「あ、梓!?」


梓ちゃんがりっちゃんに抱き付いた。


梓「ごめんなさい。……それと……ありがとうです」

律「はは、まぁ……よきにはからえ」

紬「りっちゃん、ありがとう」


むぎさんも後ろから抱きしめる。


律「もうお礼は聞いたからいいんだよ」

紬「足りないわ」

澪「バカりつ」

律「いて……」


右手、拳で軽く突いた。


唯「うぉぉおおっ! りっちゃーん!」

律「いでっ!?」


頭から突き進んでいった。


唯「よくわからないけど、仲間に入れて」

律「勢いだけでやるなよっ!」

紬「ふふっ」

澪「あははっ」

梓「変ですね、これ」


風子「……」


変な光景だね。
だけど、温かそうだよ。


律「ははは……っ、ほらっ、離れろよっ」

唯「りっちゃんが泣いてる」

律「な、泣いてねえよ」


そう言いながら声が少しだけ潤んでいた。

624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:56:29.55 ID:WmJAPMKKo



紬「はい、使ってりっちゃん」


差し出されるハンカチ。


梓「どうぞ」


むぎさんに続いて梓ちゃんも差し出した。


律「……おいこら」

澪「ほら、使ってくれ」

唯「りっちゃんに涙なんか似合わないよ」


差し出されて4つのハンカチ。

誰のを取るのか、そういうゲームなのかな。


梓「……」


梓ちゃんが私を見て、ナニカを訴えている。


風子「……使って」

律「さぁ、私は誰のハンカチを取るのでしょうか~! しかし、残念! 自分の使います!」

唯「そっかぁ」

梓「残念です」

紬「そうね」

澪「……」


差し出したハンカチをそれぞれ仕舞った。


律「って、泣いてないから使わねえよ!」

風子「……」

紬「澪ちゃんがあの曲を選曲したのよね」

澪「うん。いい曲だと思うからさ」

梓「世界的に有名な曲ですよね」

唯「はい! わたしもしっかりと練習してきました!」


右手を挙げて主張している。

625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:57:23.26 ID:WmJAPMKKo



梓「五年ぶりですけど、練習もなしにやって大丈夫なんですか?」

唯「大丈夫だよ」

梓「その根拠はどこから……」

澪「そうだな、一度くらい合わせておきたかったな」

紬「練習がてらの本番、頑張りましょう!」

梓「はい! そうですね!」

律「……」

風子「どうしたの?」

律「べつに~……」


穏やかな顔になったのは、この場の雰囲気に触れたから。


風子「日常に戻ってきたってことかな」

律「……私の台詞を取るなよ」

紬「でも、どうしてこの曲を選んだの?」

澪「多分、姫子が大切にしている曲だからだ」

梓「そうなんですか、風子さん?」

風子「あ――」


姫ちゃんが旅立ったことを伝えてなかった。


今日、軽音部が演奏をしてくれることはサプライズとして私一人で密かに進行していた。


裏目に出たね。どうしようかな。

626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 13:59:41.99 ID:WmJAPMKKo



英子「風子~?」

風子「どうしたの?」

夏香「どうしたのって、そろそろ時間なんだけど……あ、紬さんだ」

紬「久しぶり~」

英子「久しぶり、元気だった?」

紬「うん♪」

律「凱旋門、良かったな~」

英子「うん、ビックリしたよ。律さんがいるんだもの」

律「へへ~」

澪「フランスで一緒だったのか?」

律「あ、あぁ……。うん……そうだぜ……」

澪「どうした?」

律「べ、別に~……」

英子「律さんと一緒にいた――」

律「シー、シー!!」

夏香「どうしたの?」

律「いいから、今言わなくていいから、な?」

英子「う、うん……?」

澪「何を隠しているんだ?」

律「いや……その……」

風子「……」


あの凱旋門の写真に写ってた人たちに関係しているのかな。

澪ちゃんを警戒してるのが気になる。


風子「英子ちゃん、カメラ貸してくれる?」

英子「いいよ。どうぞ」

風子「ありがとう。えっと……」

律「あ! あの時のカメラじゃねえか!」

紬「待ってりっちゃん!」

律「は、離せむぎ!」

梓「写真に何が写っているんですか?」


二人ともナニカに気付いたみたいだね。

これこれ、英子ちゃんとりっちゃん、金髪の女性に、梓ちゃんの少し前と同じく、髪を結っている女の子。

627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 14:00:13.04 ID:WmJAPMKKo



風子「これ、見て」

澪「うん……?」

紬「どれどれ~」

澪「歩じゃないか」

律「約束だったからな……今年の春に合流したんだ」

梓「歩も一緒だったんですね。……この金髪の女性は……!」

紬「もしかして!」

律「そ、それはだな」

澪「――エレナ!?」

律「せ、正解~」

澪「どっ、どうして教えなかった律ッ!」

律「うっ」


豹変した澪ちゃんの態度に私と英子ちゃん、なっちゃんは驚いて肩が震えた。

りっちゃんの両肩を掴んでいる。


唯「おぉ~、歩ちゃん可愛い~」

梓「エレナさん、綺麗になってますね」

紬「さすがアメリカ人ね。……この一枚って凄いのね」

梓「そうですね、律さん繋がりですけど、貴重です」

英子「そうなんだ。だから、あの時の律さん、興奮気味だったんだね」

夏香「……澪さんもね」

風子「……」

澪「なんで隠してたー!」

律「か、隠していたわけじゃねえ……!」

澪「何時の話だっ!」

律「は、ハネムーンだから……えっと」

英子「大体、3ヶ月前くらいだよ」

澪「最近じゃないか!」

律「そ、そうだな……悪かったから、離してくれ……」

澪「あ、あぁ……ごめん」

律「こうなるから、慎重に話さないとって思ってたんだ……」

澪「話、した?」

律「まだまだ夢の途中だってさ。マジですげぇよエレナ」

澪「……うん。……律だけずるいな」

律「ずるくはないだろ。偶然というか奇跡というか……」


澪ちゃんの友人かな。
とても会いたがっているように感じる。

628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/30(日) 14:01:46.62 ID:WmJAPMKKo



紬「私と別れた後にパリへ行ったのね」

律「うん。パリの前にイタリアで歩と合流したんだ」

紬「歩ちゃんは?」

律「里帰りしてる。勢いだけで飛び出してきたから、ちゃんと家族と話をしないとな」

梓「会いたいです」

律「こっちに来るって昨日連絡があったから、明日会おうと思えば逢えるぞ」

梓「な、懐かしい!」

紬「こっちで生活するの?」

律「うん。ってか、世界に出た原因が私にあるから、ちゃんと責任を取らないとな。
  元気すぎて疲れるぜー」

澪「かわいい妹が出来て嬉しいって顔だな」

律「ち、違うわい!」


その子はりっちゃんをとても慕っているように見える。

写真に映った表情からそう感じ取ることができた。


澪「風子」

風子「?」

澪「コムケのテントで話をしたこと、覚えてる?」

風子「……うん」


――私を通してその人の言葉が伝えられたら、それはとても素敵なことなんだと思う。


澪「この人なんだ。世界を一人で旅している、彼女の名前は、エレナだ」

風子「……」


りっちゃんの隣で嬉しそうに、楽しそうに、最高の表情で。

それは英子ちゃんも、歩ちゃんも、その中心にいるりっちゃんも同じ表情をしていた。

とても、綺麗な一枚。


姫子「グッド・ラック」 48

最終更新:2012年10月02日 10:56