496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:19:11.94 ID:+dEPnVKoo



月日が流れ、両親が亡くなって五年目の初夏が訪れた。


いつかと同じように俺の部屋の扉がノックされる。


「よぉ、今暇だろ?」

「勉強……してたんだけど……」

「よし、そんじゃ付いて来い」

「……ハァ」


息抜きくらいならいいかな、と付いて行くといつかと同じようにバイクの前だった。


「ほら、後ろに乗れ」


そう言い放ち、ヘルメットを放る。


「……どこに?」

「ま、いいから」


タンデムシートに跨り、兄の運転するバイクは夜の片田舎を走っていく。


ドルルルルン



「どこだよ、ここ」

「さぁ、知らね」

「あのさ、勉強してたんだけど……!」

「いいじゃないか。月でも見上げようぜ」



そう言って、バイクから降り、草むらに座った。



「綺麗だなぁ~。ま、アイツには敵わないけどな」

「……」


少し、不服だったけど、何か話があるのかもしれないと思い直し、並んで座ることにした。


月と人を見比べて勝ち誇っているのはこの人くらいだろう。

アイツという人は、兄が付き合っている人。

中学時代から兄と一緒で、俺に対しても姉のように接してくれる優しい人だった。

俺を甘やかすから、母さんとダブって、たまに困ってしまう。


「壁に耳あり障子に目あり、っていうからさ。ここで伝えておくわ」

「?」

「俺たちに子どもができた」

「……え」


普通の兄弟なら、そこで喜んで、祝福の言葉を伝えただろう。
だけど、脳裏に浮かんだのは、あの祖母の冷たい目。

497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:21:02.83 ID:+dEPnVKoo



「な、なんで……」

「いやぁ、最近さ、お見合いをさせられてただろ?」

「……」

「それを知ってるからさ、アイツ。なんだか遠くに行きそうで怖いっていうもんだから」


安心させるため……って、なにやってんだよ。


「どうしてお見合いをさせてるか分かっているのかよ」

「跡継ぎを固めておきたいんだろ。婆さんの血を受け継いでるのオレ等だけだもんな」


爺ちゃんは婆さんの婿養子として跡を継いでいる。

昔から、この一族には男が生まれにくいという呪いらしきものがあった。

父さんがここから離れると同時に縁を切った。

だから俺等が生まれた、のなら愉快だが。


「最近の、ヤツ等の目、分かってるだろ……?」

「あぁ。俺たちをあからさまに邪魔者扱いしてるよな」


正直、居心地が悪かった。

俺たちと祖母、そして、親戚数名が一つ屋根の下で暮らしている。


俺たちのご飯が無い日もある。

同じ屋根の下で住んでいる者の悪意に吐き気すら覚える。


そんな者の前で、今の話を聞かせればたちまち悪意が憎悪を呼び、兄を叩きつけるだろう。


「……なにやってんだよ」


つい、そんな言葉が零れてしまった。


「おまえ、ヤツ等と一緒だな」

「――ッ!」


俺たちに、子どもができた

その言葉を俺に伝える兄の表情は幸せそのもので、文字通りの幸福を表していた。

それなのに俺は、自分の身を守ることだけしか考えないで、大切な言葉すら伝えられずにいた。


「おまえ、楽しいか、今の生活」

「……」


答えに困る。
爺ちゃんに恩義を感じているから、獣医を諦めて医者になるのもいいかな、なんて考えていたところだ。

498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:21:42.40 ID:+dEPnVKoo



「楽しいことなんて、ある方が少ない世界だぞ」

「……」


それは、医学に対しての話だ。


「父さんの隣で見てきたから分かるだろうけど、その苦労なんて多分倍以上にあるだろうな」

「……」

「俺はなりたいから、父さんを越えるなんて夢のまた夢だけど、それでも人を治していきたい」

「……婆さんが何を言うか」

「おまえさ、婆ちゃんのこと、嫌いか?」

「!」


考えたことも無かった。

小さい頃に、あの冷たい目を見たときから、恐怖感があった。
だから、苦手なんだと思っていた。

兄から指摘されて気付く。


「嫌い……じゃない。婆さんにだって恩義を感じてるから……」

「……そうか、よかった」


何がよかったのか。
俺の答えに安堵の色を映す兄がよく分からなかった。


「婆ちゃんさ、父さん……息子が亡くなって、辛かったんだよ」

「……」


そうだ。
自分の子を失って、哀しくないわけが無い。


「そして、爺ちゃんも逝ってしまっただろ。だから、あんな家に居る今の状況をなんとかしたいんだよ」

「……なんとかって」

「そこは、ほら。おまえの役目って事で、考えてくれ」

「……」


あの家を出ればいい、なんて声に出せなかった。


あの人……いや、兄と結婚するのなら、義姉さんか。

義姉さんの都合も考えずに一緒に暮らすことなんて……無理がありすぎる。

優しい人だから、受け入れられるんだろうけど。


「おまえには、そういう人、居ないのかよ」

「そういう人って?」

「彼女だよ」

「……」


残念なことに居ない。
ずっと、勉強しかしてこなかったから。

499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:22:24.18 ID:+dEPnVKoo



「アイツの話では、結構ファンがいたみたいだぞ」

「……俺の?」

「ちっ、嬉しそうにしやがって」

「……いや、別に」

「過去形だ、バカ。今のおまえには誰も近づかないぜ」

「……」


両親が亡くなって、俺は以前にも増して机に向かった。

その時間があったからこそ、医大にすんなり通ることができた。

爺ちゃんが亡くなって、医者になるしか道は無くなったような気がした。

更に机に向かう時間が増えた。その変わりにナニカを失っていた。


「今のおまえに、父さんと同じように人を治療できるのか?」


そのナニカを兄は指摘しているんだ。


「父さんの思想、いつも聞いてただろ。今のおまえは本しか見てないから危なっかしくてな」


人をみて治す


「おまえには、動物と向き合っていた方がいいとオレは思う」

「……」

「あの時のおまえは、楽しそうだった」

「……っ」


兄は立ち上がってバイクの元へ歩いていく。


「……しょうが……ない…だろ……」


やっと口に出した言葉は、諦めでできた頼りない声と共に夜の闇に消えていった。


500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:23:29.48 ID:+dEPnVKoo



家の中に入っても誰にも気付かれない。

どんな生き方しようがどうでもいいという世界だ。住んでいるもの同士が無関係だった。



「免許取れたのか?」

「……うん。今日」

「じゃあ、お祝いとして貸してやるよ。これで」

「……金取るのかよ」


右手人差し指を立てている。


「ガソリン代としていただく」

「……分かったよ。でも、いいのか?」


後ろに乗せてもらって気付いた。

風を切るのがとても気持ちが良かったんだ。

訓練の時とは違った爽快感が癖になりそうなくらい。

だけど、これは兄が手に入れたバイクだ。
そう簡単に貸してくれるとは思ってもいなかった。


「おまえには車で世話になってるからな」

「……別に、あれくらい」


兄も車とバイクの免許を持っている。というより婆さんに取らされた。
バイクは自分たちでバイトして稼いだ金だ。


「いつかさ、オレの家族と、おまえの家族でキャンプとか行こうぜ」



――それが、兄の最後の言葉になった。


501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:26:14.69 ID:+dEPnVKoo




両親の葬式には涙が枯れるのかどうか疑問に思うほど泣いた


爺ちゃんの葬式には涙が枯れるほど泣いた


だから、兄の死には、涙が出なかった






「死神」







祖母にそう呼ばれた



疑いようが無い

納得してしまった


俺が使用した後に兄が乗った車

ブレーキの調子が悪いと気付いていたのに、次の日に整備しておこうなんて考えていたせいだ

それを兄に伝え損ねたから、そのまま帰らぬ人になった



爺ちゃんが目の前で倒れたのに何もできなかった


騒いでいるだけで救急車も呼べなかった



両親が死んだのも俺の我侭から生まれた不幸だ


まっすぐ帰っていれば、俺も一緒に店に入って色んな曲を探していれば


時間はズレて事故は起こらなかったんだ


トラックが突っ込んでくることはなかったんだ




4人、俺に関係して死んでいる



死神





命を吸って生きているんだ




俺は


502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:28:50.95 ID:+dEPnVKoo



死神だ
死神 死神 死神 
死神  死神 死神死神
死神死神 死神 死神
死神 死神死神死神死神 死神
死神死神 死神なんだ

死神 死神死神




命を奪う



死神






「自分の命は狩れない」


そんなルールがあるのかは分からない


けど

そういうことなんだろう




兄の通夜にも出ないで、葬式も放棄して


死神と同等に悪魔にでもなろうとしているのか


俺のこれからの人生

この先は人から外れた道しかない


全てを棄てた



ナニモ無イ

彩ノナイセカイ

503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:29:33.14 ID:+dEPnVKoo



アノヒナハドウナッタ

巣ニ戻シテアゲヨウカ

モウイチド捨テラレルカモシレナイ


カワイソウダケド


ショウガナイジャナイカ


人間ノオレニハ

ドウブツノ言葉ハワカラナイ


最期ニイイコトヲシヨウ


ソノアト


アクセルヲメイイッパイ握ッテ


終ワリ



シニガミノ俺ニハ


カナシマセル人ナンテイナイ




シニガミガ自ラノ命ヲ奪ウ




贖罪ニナルダロウカ


4ニンノ命ヲウバッタオレハ


赦サレルノダロウカ


ユルサレルワケガ無イ


イキテイテモ地獄ダ


オワリヲ迎エタイ




オンナガ居タ


何ヲシテイル?




姫子「……」

冬「落ちちゃったんだ……」


――女性ガ二人、ヒナヲ見ツメテイタ。

504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:32:01.58 ID:+dEPnVKoo



一人ノ女性がヒナをすくオウトしていタ。


それがドウイうことか、分カッテいないだろう。


相手は命だ。



姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「待て」

冬「!」



しょうがない。

面倒だけど、早く追い払ってしまおう。


後で動物病院にでももって行けばいいんだ。



「どうするの、それ」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



色々と説明をした。

本に載っている情報だけを伝えて、面倒さを教えたはずなのに――



姫子「わたしが育てます」

「……は?」


呆気に取られて間の抜けた声が出た。


冬「さすがです、姫ちゃんさん」

姫子「……なにがさすがなの」

冬「大変ですよきっと!」

姫子「なんで楽しそうなの……?」



なんなんだこの二人は。


あぁ…鬱陶しい……。


育て方をレクチャーするフリして、投げ出すのを待とう。


なにやってんだ、俺は……。


この女性の訳の分からない意思に苛ついている。

旅行途中の女がヒナを育てるという馬鹿げた行為に腹を立てている。

無知な子どもがライオンに狩られているウサギを見て、かわいそう、と言っているのと似た感じだ。

505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:33:40.80 ID:+dEPnVKoo



……違う…………。


この女性の目が……似ているんだ……。


俺を見透かしたような…………。



あぁ、鬱陶しい……。


このバッタの足を引き千切ろう。

いい加減に逃げるだろう。



「親鳥の代わりに虫を集めて、口の中に入れる。これからこのバッタの足を引き千切るから見てて」

姫子「!」

冬「……!」

澪「うっ……」

風子「そ、そこまで……」

夏「ア、アンタねぇ!」



頼むから、行ってくれ。

このヒナを育てることは得をしないって、分かっているだろ?



「キミにこのバッタの足を引き千切ることが出来る?
 バッタの命に遠慮していたらその雛は生きていけない」

姫子「……」

風子「……」


不安な目の色。

だけど、目を逸らすことは無かった。




姫子「冬、ちょっと預かってて」

冬「は、はい」

「……」


本気で触ろうとしているこの女性の強さに驚く。

だけど、手が震えている。

506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:34:56.16 ID:+dEPnVKoo



「後悔してる?」

姫子「ぇ……?」

「その命を拾ったこと」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……」


沈黙。


姫子「いいえ」

「……」


震えが止まっている。

もう、いいや。


それらしいことを言って、この場を去ろう。


「いいよ、もう……」

姫子「え?」

「俺が面倒をみるよ」

姫子「……」


「自然を舐めている風でもないし、真剣に考えていたみたいでこの問題を放り投げなかったから、
 感心したついでにその雛は俺が受け継いで育てるよ」

姫子「いや……でも……」

「面倒だろ?」

風子「……」

澪「最初からそのつもりだった……?」


気付かれたか。鋭いな、この人。


「まぁ、うん。すぐに手放すだろうと思っていたけどな……。
 俺には経験も知識もあるから信用してくれないかな」

冬「え、えっと……」

姫子「……」


悩む必要がどこにある。

さっさと渡してくれ。



姫子「最初からそのつもりだったって、どういう意味ですか?」

「え?」

澪「……」

姫子「わたし達は追い払われる為に啓発された、と」

「いや……。まぁ、違わないけどさ……」


何が言いたいんだ?

507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/09/28(金) 14:36:16.05 ID:+dEPnVKoo



「変わってるな」

姫子「?」

「その命を育てる為に必要な覚悟を一つ一つ教えたはずだ」

夏「偉そうに……」

冬「なつ……!」

姫子「はい、覚悟を知りました」

「その覚悟が生まれたってのも感心したし、驚いた。
 キミのような若さで芯のある女性に出会ったことがないから余計にな」

風子「……」

姫子「……冬」

冬「は、はい。……お願いします」

「うん。責任を持って面倒を見るよ。約束する」

姫子「信用できないからじゃないですよ」

「じゃあ、どうして躊躇った?」

姫子「……」

「俺に託せば話はすぐ終わっただろう……?」


少し引っかかっていた。

この女性の行動と意思が理解できないでいた。


姫子「感情が無いから」

「え……?」

姫子「人と話しているのに、今あなたの手の中に命があるのに、
   まるで自分ひとりしかここに居ないような振る舞いをしているから」

「……!」



なぜそれを――



姫子「知識の無いわたしより、危険だと思っただけです」

「ッ!」

姫子「行こう、みんな」

冬「は、はい」

姫子「勝手で悪いですけど、託しましたから」

「……」


なんなんだ、アレは。


雛「ぴぃ……」


なんなんだ、この手の中に在るものは……。



「なにがしたいんだ……俺は……」


姫子「グッド・ラック」 39

最終更新:2012年10月02日 10:33