15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:04:35.28 ID:45Owf8ybo




あ、あの人がそうかな。船に乗り込むときに見たマークが胸に付いている。


風子「すみません」

「はい、なにか?」

風子「この船の乗務員さんですか?」

「そうです。なにかお困りのことでもありましたか?」

風子「お風呂の入浴時間を教えてください」

「入浴時間は深夜の24時半までとなります」

風子「そうですか……。混む時間帯は決まっていますか?」

「そうですね、ただ今の時間帯は混んでいると思われます。
 ゆっくりと入られるなら1時間後くらいがいいと思いますよ」

風子「分かりました。ありがとうございました」

「いえ、御用がありましたらなんなりとお尋ねください」


笑顔で答えてくれた、丁寧な人。

見た感じだと乗客が少ないように思ったけど、結構乗っているみたい。
1時間後までは人が多いんだね、丁度良かったな。

客室に戻ろうか、それとも一人で散策してみようか。
決めた、一人で船内探索しよう。




風子「……」


特に何もなくて客室へ戻ってきたけど。
姫ちゃん寝てるのかな。
二段ベッドの上にいるはず。そっと覗いてみると……。


ジャカジャカ

姫子「……」

風子「……」


音楽を聴いて一人の世界へ閉じこもっていた。
ノイズキャンセルされるから、そっとしておこう。

読みかけの小説でも読もうっと。





――リン。





耳の奥で鈴の音が鳴ったような気がした。


16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:07:29.90 ID:45Owf8ybo



――…


うん。主人公の女の子が覚悟を決めて現実を受け入れるこのシーンは読み応えが――


姫子「風子いたの?」

風子「え?」


上から顔を出して覗いてくる姫ちゃん。
驚いてるね。


姫子「戻ってこないから探しに行こうかと思ってたんだけど……」

風子「ずっとここにいたよ」

姫子「……いつからいたの?」

風子「えっと……」


左手首に装着した時計を確認してみる。

あれ――


風子「止まってる……」

姫子「?」

風子「もうネジが切れたのかな……?」

姫子「いいけど、何時まで入れるって?」

風子「24時半まで入れるよ」

姫子「んー、大体1時間くらい経ったから行こうか」


姫ちゃんの言葉に反応して腕時計をまた確認してしまった。
止まっているのを知っていたのに、ついやってしまう。
これをヒューマンエラーと呼ばれている。そこまで大きな失敗ではないけどね。


姫子「……」

風子「……」


姫ちゃんと並んで歩く。

歩く。

歩く。



ジャジャーン

ババババババー

姫子「ゲーセンじゃん」

風子「うん」

姫子「してやったりな顔しないでくれるかな」

風子「ゲームでもしていかない?」

姫子「しないよ。目的を忘れないでね」

風子「はい」


やれやれといった表情でも付き合ってくれる。
それが自然になっているので、なんだか嬉しかったりする。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:08:38.21 ID:45Owf8ybo




脱衣所で服を脱いで浴場へのガラスを開ける。
予想を上回る空間でビックリした。湯船までが広くていい感じだね。


姫子「船に湯船があるよ」

風子「……」

姫子「へぇ……」

風子「……」


楽しそうでなによりです。




湯船に浸かること10分。
そろそろ出たいなぁと思うけど、姫ちゃんはまだゆっくりしたいみたい。


姫子「面白いよね」

風子「うん。湯船に波が立っているなんてね」

姫子「変な感じがする」

風子「あ、そうだ」

姫子「?」

風子「朝早くに入ってさ、ここで水平線から昇る太陽を拝まない?」

姫子「いいね」


楽しそうに返事をしてくれる。それがとても嬉しい。

客室とは違って窓枠が大きいので海の世界が広がっている。今は見えないけど。


姫子「日の出時間を調べておくよ」

風子「うん」


嬉しくて声が弾んでしまう。
これは止められないからしょうがないよね。


18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:11:01.88 ID:45Owf8ybo




服を着て脱衣所をあとにする。

サッパリとした気分がとてもいい。これだからお風呂は大好きなんだよね。


風子「部屋に戻る?」

姫子「ちょっと売店へ……」

風子「お酒なんて買わないよね」

姫子「えーっと……」


目が泳いでるよ、姫ちゃん。
しょうがないなぁ。


風子「一缶だけなら付き合うよ」

姫子「サンキュ」




売店で購入した缶ビールが二本。
年頃の女の子が船でそれを飲むなんて。風情に欠けるよ、姫ちゃん。


客室へ戻ってきて私のベッドで向かい合って座る。


プシュッ

姫子「それじゃ、初日おつかれ」

風子「おつかれさま~♪」

コツン


軽く乾杯をとる。
悪くないよね。むしろ、いいよね。


姫子「……」

風子「……」


ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲む二人。
風情どころの話じゃなくなったけど、この客室には私たち以外誰もいない。

いいよね。


姫子「ぷふぅ……」

風子「ぷはっ」


おいしい。
始まりの日の終わりにこんな時間を過ごせることが嬉しい。


それからは、これからの予定について話をしたんだけど、
それは確認作業になるから、イマイチ盛り上がらない。
10回目の確認になるからしょうがないんだけどね。


19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:13:17.20 ID:45Owf8ybo




私たちはこの旅が楽しみで仕方がなかった。
久しぶりに会う友人たち。
顔を合わせることがなによりも嬉しくて楽しみ。
それは姫ちゃんも同じみたい。


風子「もうなくなちゃった」

姫子「一缶だけだって、自分で言ったでしょ」

風子「……うん」

姫子「朝起きられなくなるよ?」

風子「それは困るね」

姫子「確かに、物足りないけどね」


我慢しておこう。
姫ちゃんと二人でこんな時間を過ごすことはこれからないかもしれない。
だから、今の時間を深く味わいたかった。
それなら、尚更控えるべきだよね。

明日の予定を確認して、今日の予定は終わってしまった。


風子「ふぁあ……、眠い……」

姫子「時間的には少し早い気がするけど、……寝ようか」

風子「……うん」

姫子「それじゃ、おやすみ」

風子「おやすみ」

姫子「……」


挨拶を交わして姫ちゃんはベッドに上がって行った。

布団に入って仰向けの体勢になる。

記録も書いたし……、後は寝るだけ。

少しだけ、眠るのがもったいなく感じる。


風子「……」


上の段にいるのが姫ちゃん。
また一人の世界に閉じこもっているのかな。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:14:28.94 ID:45Owf8ybo




こっそりカーテンを開いて覗いてみる。
音楽を聞きながら携帯ゲーム機で遊んでいる。


ジャカジャカ

姫子「……」

風子「気付かないね」


こっちに気が付かないほど閉じこもっているみたいです。
独りは寂しいよ。


風子「よいしょ」

姫子「ん、うわっ!?」

風子「お邪魔します」

姫子「邪魔だよっ、狭いって!」

風子「それ、ゲーム?」

姫子「いいから、ベッドから降りて!」


聞き流す。
体の右半分が完全に密着している状態だけど、別にいいよね。


風子「なにこれ、シミュレーションゲーム?」

姫子「狭いっての! 早く降りてよ!」

風子「面白そうだね」

姫子「話を聞けって!」


本気で嫌がってるみたい。
それなら、梃子でも動かないからね。

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:15:15.68 ID:45Owf8ybo




姫子「ちょっ、風子!」

風子「見ているから進めていいよ」

姫子「あのね……」

風子「うん?」

姫子「……ハァ」

風子「……」


勝った。


―――――


負けた。

偶にこの子の意図が見えない時がある。見えたところでどうにもならないけど。

とりあえずゲームを続けてみよう。絶対飽きるだろう。


風子「……」

姫子「……」

ピッピッピ

ピコピコピコ

風子「……ふぁあ」

姫子「……音楽でも聴く?」

風子「うん。聴かせて」

姫子「ほら」


愛用しているウォークマンを渡す。

聴いていた曲は風子が聞くような音楽じゃないと思うけど、退屈しているなら気も紛れるかな。

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:16:15.41 ID:45Owf8ybo




姫子「……」

風子「……」


ウトウトとしだした。眠たいなら自分のベッドに戻ればいいのに。

しょうがない、眠ってしまったらわたしが風子のベッドで寝よう。


風子「……すー」

姫子「……」


やっぱり寝てしまった。
この体勢で風子を起こさずに移動するのって難しいんだけどな。
どうしよう。

とりあえず、イヤホンを返してもらおう。


姫子「……」

風子「……ふー」



ジャカジャカ

やっぱりこの曲を聴いていると落ち着く。

わたしにこの曲を教えてくれた女の子、田井中律。
彼女とは卒業して以来会っていない。
どこでなにをしているのか、足取りがつかめなくて少し心配している。
これから再会する友人が詳しいかもしれないから、その時に聞いてみよう。


23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/15(日) 10:20:43.53 ID:45Owf8ybo




長いようで短かった一日が終わる。
まだ初日だけど、こんな日が続けばいいなと思う。
これからの一週間がそうであってほしいと心から思う。


この船が辿り着く先は、釧路港。

北の大地、北海道へ向けて船は進んでいく。


わたしと相棒達を乗せて……。



風子「……すぅ」

姫子「おやすみ、風子」



一日目終了


27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 19:58:57.02 ID:jhabFmV8o




二日目



誰かがわたしの名前を呼んでいる。

母さん……?
今日は休みだからもう少し…………。


風子「おはよう」

姫子「……」


少しずつ覚醒してくる。

そうだった。
ここは船の客室であってわたしの部屋じゃない。


風子「ほら、はやく行こう。お風呂入ろう」

姫子「……」


お風呂……。
そうだ、日の出を見るって話をしていたっけ。

体を起こしながら窓を通して外を眺める。
この角度では波打つ水面しかみえない。

 
風子「……私はお母さんじゃないんだけどなぁ」

姫子「……」


梯子伝いに降りていくと、風子の呟く声が耳に入った。
どういう意味だろう。

……いいや、気にしないでおくとしよう。

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:00:52.79 ID:jhabFmV8o




結局わたしもそのまま寝てしまって、夜中に目を覚ますと風子は律儀に下のベッドへ移動していた。

窓からもう一度外の景色を覗く。

そこには夜明け前の碧い世界があった。東の空が白く染まりかけている。


一人きりでいるとき

私は水平線を夢見る


姫子「……」

風子「見惚れていないで、早く行こうよ。準備できてる?」


とある歌詞を思い出していた。

見惚れていたわけじゃないよ。ただ、ぼんやりしていただけ。
着替えの服を取りに梯子を伝いながら上る。

イタリア語の歌詞。


29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:02:23.95 ID:jhabFmV8o




風子と並んで歩く。

わたしは身軽だからという理由で持ってきたジャージを着ているけど、風子は違う。
プリントTシャツに、ハーフパンツをうまく着こなしている。


風子「……」

姫子「風子……?」

風子「……?」

姫子「?」


足を止めて周りを見渡している。
わたしと目が合って、不思議そうな顔をしている。なぜか不安になる。


姫子「どうしたの?」

風子「鈴の音……」

姫子「鈴?」

風子「聞こえたような……?」


わたしの問いかけに答えてはいない。
自分で言って自分で確認しているような口調になっている。

よく分からない。


姫子「……」

風子「気のせいかな」


答えに辿り着いたようだ。
もう一度聞いてみよう。


姫子「どうしたの?」

風子「どこか遠くから、鈴の音が聞こえてきたの。――リン。って」

姫子「へぇ……」

風子「気のせいだったみたい」


再び足を進める。


姫子「……なんだろうね。風鈴とか」

風子「風鈴はチリンチリンだよ」

姫子「じゃあ、一回だけ鳴ったんだ?」

風子「うん。一回だけ」


30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:03:26.21 ID:jhabFmV8o




一回だけ鳴る鈴の音かぁ。
なんだろう。連続して鳴るのが普通だと思うんだけど、微妙に気になってしまった。

うーん……。
鈴虫……は、適当すぎるかな。猫の首輪の鈴とか……、船の上にいるわけないか。
誰かの持ってるケータイのストラップか、お守り辺りが濃厚かな。
それじゃなかったらやっぱり風鈴になる。

自分の判断材料の乏しさに少し呆れる。そんなことを考えている間にお風呂場へと辿り着いた。


風子「朝ごはんなに食べようかな」

姫子「……」


朝だからまだ頭の回転が遅いってことにしておこう。
気にしていた自分を忘れよう。本人より深く考えていても仕方が無いんだから。
振り回された気分になったのを忘れよう。

軽く息を吐く。


姫子「……ふぅ」

風子「?」


31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:05:54.69 ID:jhabFmV8o




ガラガラッ

脱衣所で服を脱いで、ガラス戸を開いて浴場に入る。
湯気が体を纏ってきた。


風子「……」

姫子「……」


先客が三人。
高校生くらいの子、わたし達と同じくらいの人 二人は妹姉かな?
もう一人は背をこっちに向けているから分からない。
考えることは同じで、湯船に浸かりながら朝日を見に来たのだろう。


風子「……」

姫子「……」


いつも使用しているシャンプーとリンスを取り出す。
風子も同じく持ち込んできている。
一応取り付けられているシャンプーがあるけど、それは使わない。
ボディシャンプーは借りるけど。


風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」ゴシゴシ


二人黙って頭を洗う。
この風景を高校時代の誰かに見られたら大笑いされるんだろうなぁ。
客観的にみて、わたし達のこの黙々と頭を洗っている行動は面白いと思う。
いつも騒いでお風呂に入っているわけでもないんだけど、なぜか可笑しい。

普通の事のはずなのに……。

風子の手が頭から離れて蛇口に伸びる。
わたしの前の蛇口に、しかも青い蛇口に!!


姫子「風子ッ!」

風子「えいっ」

キュッ

ジャーー


勢いよく水が吹きかかる。水が。


姫子「冷たっ!」

風子「……」


キュッキュッ

急いで蛇口を捻る、と同時に赤い蛇口を緩める。


キュッ

ジャーー


姫子「つ、つめたかったー……」

風子「……」ゴシゴシ


32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/04/16(月) 20:07:58.69 ID:jhabFmV8o



なにごともなかったかのように……、頭に付いた泡を洗い流している隣人。

やられっぱなしはさすがに、ね。

風子の前にある蛇口を止める。

キュッ

ピチョン ピチョン


姫子「……」

風子「……」


風子の髪に中途半端に泡が残っている。
ゆっくりと視線をこっちに向けられるけど、わたしは自分の泡を落とす為に無視をする。


ジャーー

姫子「……」ゴシゴシ

風子「……」


また風子の手が伸びてくる。
今頃止めてももう遅いよ。すでに泡は落としているから、シャンプーはおしまい。


キュッキュッキュッキュッキュ


勢いよく蛇口を回す風子。
それに比例してシャワーの水圧が増していく。

ジャーーー!!!!!


姫子「いっ、いつっ」

風子「……」


水圧が痛い! 温いを通り越して冷たくなってるから変に痛い!

キュッキュッキュッキュッキュ

お湯だったら火傷していたかもしれない。なんてことを考えながら蛇口を締める。


ピチョンピチョン


姫子「……」

風子「……」ゴシゴシ


普段の行いを通している、高橋風子。
ボディシャンプーで泡を纏っている。チャンスだ。


キュッ

ジャーー


風子「……」

姫子「……」


風子を纏っていた泡がみるみるうちに流れ落ちていく。
予想通りまだ洗い終わっていなかったみたいだ。

気が済んだ。


姫子「グッド・ラック」 3

最終更新:2012年10月02日 02:38