211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:37:34.27 ID:cZyQGuAxo



冬「よいしょ」

夏「……しょっと」

風子「……ふぅ」


流し場へ到着。

蛇口を捻って水の温度を確認すると……。


風子「やっぱり冷たいね」

冬「蛇口を捻ってお湯が出るなんて、とっても便利なんですね」

夏「うん、こういう時に便利さを実感するよ」


さくさく作業を進める。


普段味わえない事を体験する。

それは大変な事だから貴重で、楽しめたらそれが力になるのだと、私は思う。

楽しんだもの勝ち。


それは、お祖母ちゃんの口癖だったな。


冬「つめったいですっ!」

風子「ほら、お湯に手を入れて!」

冬「……あったかい」

夏「ふ、冬ねぇっ」

冬「はいっ」

夏「あったかい……」

風子「ふふっ」


面白くて、楽しい。



風子「これで、終わりだよね」

夏「うん」

冬「は、はい」

風子「それじゃ、急いで戻ろう」


冬ちゃんが寒そうに震えている。

焚き火で温まらないといけない。


風子「先に行ってるね!」

夏「あ……」

冬「わたしもっ」

夏「ちょっ、ふゆねぇ!」


ダダダダダッと焚き火まで走ってしまった。

212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:38:47.82 ID:cZyQGuAxo



冬「はぁっ、はぁ」

風子「あれ……?」

燕「っ!?」

夏「なにしてんの?」

燕「びっくりした……」

風子「ほら、冬ちゃん」

冬「寒かった~」

燕「火に薪を入れていただけ…だが…」

風子「どうしてですか?」

燕「いや……、留守番というか……」


火を守っていてくれたのかな。


冬「はぁ、あったかいです」

夏「まだ寝ないのなら、話でもする?」

燕「……寝るから、いい」

風子「……」


なにか戸惑っている印象を受ける。


冬「袖触れ合うも他生の縁、といいますよ」

燕「……」


それを察知したのかは分からないけど、冬ちゃんが縁を引き寄せる。


燕「……――。」

風子「……」

冬「え……?」

夏「?」

燕「おやすみ」


そう言って……、テントへ戻っていった。

その背中を見つめてしまう。

暗闇に溶け込んで行く後ろ姿に少し恐れを感じた。


彼が抱えているものはとてもじゃないけど私には理解できない。


夏「なんて言ったの?」

冬「聞こえなかった……」

風子「……」


――そんな縁、持たないほうがいい。


彼はそう呟いた。

213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:39:39.51 ID:cZyQGuAxo



澪「和訳されたタイトルってなにかな」

姫子「……?」

澪「……」

姫子「あっ! 聞いてたの!?」

澪「うん」

風子「……あ」

夏「来ましたね」

冬「それじゃ、わたし達も歯を磨きに行きましょう」

夏「行きましょう、ふぅちゃんさん」

風子「うん」


努めて私らしく、姫ちゃんに伝えなくていいものを伝えないように。


風子「それじゃ、火の番よろしくね、すぐ戻るからね」

姫子「うん……」


3人並んでその場をあとにする。



シャカシャカと歯を磨く音が響く。


風子「……」

冬「……」

夏「……」


磨き終わるまで私は重たい何かを考えていた。


214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:40:39.77 ID:cZyQGuAxo






――♪


ダニー『調べてきたよ』

モモ『ありがと』

ダニー『やっぱり、周りの記録が出てきたよ』

モモ『そう……』

ダニー『偶にいるんだよね、こういう人間って』

モモ『……アンが関わってるの?』

ダニー『ううん、それぞれ運んだ担当が違うからね。
    偶然が重なりすぎると、一人の死神が疑われて当然なんだけどさ』

モモ『……』

ダニー『でも、二コルがあの場所に居たって事は、アンが狙っているって事かな』

モモ『……』

ダニー『あの様子じゃちょっと危なかったなぁ』

モモ『見てくる』

ダニー『ダメだよモモ、次のリストが着ちゃったもん。
    あの子にばかり構ってられないよ』

モモ『……』


――♪



215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:42:26.28 ID:cZyQGuAxo



姫子「どうしたの?」

風子「ううん、なんでも。澪ちゃんは?」

姫子「今は夢の中」

夏「やっと寝れたーって感じですかね」

冬「ふぅー、あったかぁい」


火に手をかざしている冬ちゃん。

座って火を眺めると吸い込まれていきそうになる。


姫子「風子」

風子「……うん?」

姫子「どうしたの?」

風子「……なに…が?」


成り立たない会話。

わざと成り立たせなかった。


姫子「別に、いいけどさ」

風子「……」


ツバメさんの持つ雰囲気に気後れされた心を、振り払う。

時計を見るとすでに10時を回っていた。


私は話題を変える。


風子「カマキリいたよね」

夏「いましたね、久しぶりに見ましたけど、あんな形だったかなーって」

冬「前に見たのはいつだったかな……」

姫子「……」

風子「姫ちゃん、眠らないの?」

姫子「うん、少しだけ暖まっていくよ」

冬「聞かせてください」

風子「……」


姫ちゃんが、焚き火を見つめ、

夏ちゃんが星降る空を仰ぎ、

冬ちゃんが私を見つめる。

無人販売店での続きを話したかった。

腕時計を右手で包んで、時間を遡った私の心を聞いて貰う。


風子「お母さんの実家が絵に描いたような田舎でね……」


少しだけ想い出話を……。

216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:45:29.83 ID:cZyQGuAxo



半年に一度、年に二回だけの帰省。
車でも新幹線でも時間のかかる距離だから、
泊りがけのちょっとした旅行になる。


祖父と祖母が耕している畑があって、そこで採れる野菜がおいしかったんだよ。

物心が付いた頃には祖父と一緒に畑へ出かけては晩御飯に並ぶ野菜を採っていたの。

祖父は物静かな人で、怒ったり、笑ったりしないけど、いつも家の真ん中にいて、
広くて緑豊かな畑の中でもすぐに居場所をみつけられるくらいの、大きな存在感があったんだ。

帰りの車の中で、お母さんが言う言葉はいつも決まっていた。

風子がいるとお祖父ちゃん楽しそう。

それがなんとなく分かっていたから付いて周っていたんだと思う。
相手が嬉しいと、私も嬉しい。と、幼心ながらに感じていたんだろうね。

お祖母ちゃんとは逆で、感情というものを少ししか見せない人だった。

手の平に虫を乗せて、この虫は畑に重要な役割をもたらしてくれるんだ。と説明をしてくれた。

虫がいるから鳥が来る。鳥が来るからここは賑やかだと言っていた。

その事をお祖母ちゃんに聞いたら、おかげで虫と鳥に野菜が食われてねぇ、と言っていたけどね。


冬「クスクス」

姫子「お祖父さんのその時の反応は?」

風子「そ知らぬ顔をしていたよ」

夏「いい夫婦ですね……」

風子「……うん」


そんな環境に居たから、私は昆虫を触ることに抵抗は無かった。

従兄妹も近い年齢だから、一緒に畑や川原で遊びに出かけたりもしたよ。

半年に一度のその三日間はとても輝いていたような気がする。

子どもの頃の三日はとっても長くて、あっけないぐらい短かった。


毎年毎年、楽しい想い出が溢れていった。

お祖父ちゃんたちとお別れして、家へと向かう途中の胸の苦しさは最後まで慣れなかったな……。


冬「最…後……?」

風子「うん。毎年欠かさなかった旅行は私が中学へ上がると同時に終わってしまったの」

夏「そうですか……」

風子「話はこれでおしまい。寝ようか」

姫子「……」



217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:47:22.60 ID:cZyQGuAxo



パキパキパキと薪が音を立てている。

暗闇を照らす炎の灯りが少しだけ心強かった。

その火を消す。


冬ちゃんたちと別れてテントの中へ。



――――――



冬たちと別れてテントの中へ。


体が冷えないように、シュラフで身を包む。


姫子「よいしょっと」

風子「もしもし」

『はい、聞こえますよ』


風子は無線機で遊んでいた。

遊び相手は冬だ。


風子「澪ちゃんはどうですか?」

『とっても幸せそうに寝ていますよ』

姫子「……なにしてんの」

風子「無線機で遊んでいるの」

姫子「見れば分かるけど……」


まぁ、いいや。

おやすみ。


『姫ちゃんさん、寝ちゃいましたか?』

風子「うん、寝つきがいいからね。問題ないよ」

姫子「……」


起きていたら問題ありなんだろうか。


少しずつ意識が遠のいていく。

意識のスイッチが入ったり、消えたり。


218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:48:19.89 ID:cZyQGuAxo




風子「それでね、先月に行った服屋さんで――」


先月に行った…………服屋……?

あぁ……あの時は…………店員さんに……迷惑を……。


姫子「!」

風子「姫ちゃんは隣に私が居ると思って、店員さんにずっと話しかけていたんだよね」

姫子「風子っ」

風子「あ、起きてたんだ」


しれっと応えている風子を無視して無線機を奪い取る。


『面白いですね、姫子さん』

姫子「な、夏?」

『冬ねぇ、もう寝ましたよ』

姫子「どうでもいいけど、さっさと寝るからね」

『はーい。おやすみなさーい』

姫子「まったく……」


ブツッと途切れる。

と、同時にテント内の灯りも消える。

風子がランタンを消した。


風子「おやすみぃ」

姫子「っ!」


完全に覚醒してしまった。


姫子「……ハァ」

風子「ふぁあ……」

姫子「眠たそうだね」

風子「運転して疲れたからね」

姫子「……はいはい、そうでしょうけど」

風子「む……、大変だったんだよ? この疲れの深さを姫ちゃんに分かるわけないよ」

姫子「意味も無くムキにならないでよ」

風子「……」


訳の分からないつっかかりを軽くかわす。


219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/15(火) 23:49:34.05 ID:cZyQGuAxo



姫子「…………あのさ」

風子「……?」

姫子「一度は行くの?」


話の続き。


風子「……うん。年に一度は行ってるよ」

姫子「そっか……」

風子「……」

姫子「澪がさ……」


歯磨きを終えてから聞いた言葉。


姫子「誰かに話したかった、って……」

風子「……」

姫子「風子も誰かに話したかったから、小さい頃の話をしたんでしょ?」

風子「……うん、そうだよ」

姫子「……」

風子「聞いてもらったよ」


焚き火を囲んで。

夏と冬も一緒に。

でも……。



姫子「話の続きがあるんでしょ?」

風子「……」


珍しく押し黙る風子。


風子「……」

姫子「……」


わたしは言葉を待つだけ。

223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/17(木) 21:17:28.34 ID:5IhuTtKoo



姫子「話の続きがあるんでしょ?」

風子「……」


珍しく押し黙る風子。


風子「……」

姫子「……」


わたしは言葉を待つだけ。


姫子「……」

風子「私が小学校4年生の頃に、お祖父ちゃんが他界してね」

姫子「……」

風子「……お祖母ちゃん、寂しそうだったのに」

姫子「……」

風子「私は……、この時計の時間を止めてしまったの」

姫子「……」

風子「色んなこと話したかった。それはいつか叶うと思っていた」


言葉の断片。

わたしにはそれを繋ぐことが出来なかった。


姫子「……」

風子「永遠のさよならになった」


その声には悲しさが詰まっていた。


今の風子は、気持ちの整理が出来ていないように聞こえる。

だから、言葉が途切れ途切れになっているのだろう。


だから、言葉に出して一つずつ確かめているのだろう。



風子「姫ちゃん」

姫子「ん?」

風子「ありがとう」

姫子「うん」

風子「おやすみ」

姫子「おやすみ」



とても長かった一日が終わる。


この旅の中で、たくさんのものに出会いたいと、密かに願いながら、

まどろみの中へ沈んでいった。



三日目終了

224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/18(金) 17:39:18.69 ID:SvXa0+COo







モモ『……』

ダニー『今日と明日の狭間』

モモ『……』

ダニー『昨日と今日の透間』

モモ『……どうしたの?』

ダニー『いやいや、ボクが気取っているみたいな空気にしないでよ』

モモ『そうじゃないの?』

ダニー『いやいや、いつもモモが言ってた言葉だからね』

モモ『……だいぶ晴れたみたい』

ダニー『死の匂いが? って、急に話題を変えないでよ!』

モモ『うん。だから、しばらくは平気かな』

ダニー『あくまでスルー……。
    まったく、仕え魔のボクをなんだと思ってるのさ。
    言うことも聞かないで、またここに来て……』

モモ『怒らないで、行くよ』

ダニー『もぉ~、しょうがないなぁ』

モモ『人は変われるよね』

ダニー『そういう人間を見てきたからね』

モモ『うん、大丈夫』

ダニー『本当に死神らしくないね、モモは』

モモ『……そうだね』

ダニー『別にいいんだけどさ~』





225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:26:06.95 ID:orfFVqjIo



四日目



夢を見た。

真っ白い少女と、その横をパタパタと飛ぶ黒猫の夢を。




話し声が聞こえる。


目を開くとテントの天井が目に入った。


すぐにここが北海道の和琴半島だと認識する。

北の大地でキャンプをしているという事実。


トクン、と胸が跳ねたような気がした。


顔を横に向けると、風子の寝顔が目に入る。


風子「すぅー……」

姫子「……」


珍しい。


わたしが風子より先に起きることは今までになかった。

それは、今までされた悪戯を返すチャンスということにも繋がる。


そう思ったら寝ていられなかった。


姫子「……よいしょ」


テントから外へ出る。


226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) 2012/05/19(土) 23:27:56.88 ID:orfFVqjIo




夏「あ、おはよーです」

姫子「おは……」

燕「おはよう」


しまった。

寝起きのまま出てきてしまった。

あわてて自分の頭を押さえる。


夏「……うん。寝癖がね」

姫子「……っ」

燕「……」


燕はチラッとこっちをみただけで、背を向けたままなにかをしていた。


雛「ぴぃぴぃ」

夏「それにしてもたくさん食べるな」

燕「食べることが生き抜くことに繋がっている。本能だな」

夏「ふーん」


雛に餌をあげているらしい。ここからは確認できないけど。


それより、風子に復讐をしたい。


姫子「どうしようかな……」

夏「なにがです?」

姫子「今までさ、風子に悪戯されて起こされてきたんだよね」

夏「……」

姫子「氷握らされたり、リボンを結われたり…大きいサイズね。あとは……」

夏「仕返しをしたい……と」

姫子「やられっぱなしだから」

夏「……頑張ってください」

姫子「なにか、案とか無い?」

夏「……いえ」


乗ってくると思ったんだけどな。


燕「他にはなにをされたの?」

姫子「……?」


背中越しに声が届いた。
興味が沸いたのかな。



姫子「グッド・ラック」 18

最終更新:2012年10月02日 03:35