ス「!!!」

ストーカーは驚きのあまり、その場で小さく飛び跳ねた。澪もあまりの予想外の出来事に、その場に釘付けになった。

澪「なっ……!」

唯「どうして梓ちゃんをストーカーするんですかっ!」

ス「っ……」スッ

ス「……!」

ストーカーは素早く唯に背中を見せて、駆け出そうとした。そこで初めて澪の存在に気づいた。澪は道路の中央に立って、ストーカーを挟み撃ちにした。

ス「な、何なんだ! お前たちは!」

澪「私たちは中野さんから依頼があって、あなたに会いに来ました!」

唯「どうして梓ちゃんを苦しめるんですか!?」

ス「そっ、そんなやつ知るかっ! 僕は偶然ここを通っただけだ!」

ス「そこを退けっ!」

澪「退きません!」

澪の大声にストーカーはたじろいだ。そして、ポケットから警棒を取り出した。それを見た澪は少し後ずさりした。

ス「早くしろっ!」

犯人は澪と唯を交互に見て焦燥感を露わにした。

澪「絶対に退きませんっ!」

ス「そこを退けえええぇぇぇぇっ!!!」

ストーカーが澪目掛けて駆け出した。

純「澪さん!」

突如、横から純が飛び出して、犯人の腕を掴んだ。

ス「なっ……!」

澪「純ちゃん!」

ス「離せっ……この……!」 スッ

ストーカーは強引に純を振り払い、純に向けて警棒を振り上げた。純は顔が強張り、頭上の警棒を見つめた。

澪「危ないっ!」

澪は純に覆い被さるように飛びついた。直後、澪の頭に鈍い衝撃が走った。

ガッ ドサッ

純「いてて……」

純は尻餅をついて、痛みに顔を歪めた。気がつくと澪が自身に寄り添っていた。みるみる純の血の気が引いていった。

唯「澪ちゃん!」

純「み、澪さんっ!」

唯が顔を真っ青にして駆けつけた。

ス「あ……」

純が体を揺すっても澪は何の反応も示さなかった。ストーカーは口を開けて呆然と倒れている澪の背中を見つめていた。

ス「う、うああああああぁぁっ!!!」

ストーカーは事の重大さに気づいて、がむしゃらに駆け出した。

純「っ!」スッ

純が黒い筒を構え、照準を定めた。

パーン

煙と共に網が飛び出した。網はストーカーに絡み付き、動きを止めた。ストーカーはその場で転び、網の中でジタバタともがいた。

唯「澪ちゃん! 澪ちゃん!」

純「澪さんっ!」

澪「う……」

澪は唯と純が抱きかかえてくれているのに気づいた。頭が熱かった。二人の声が頭に中で反響する。遠くからサイレンが聞こえる気がした。足音も聞こえてきた。澪は力を振り絞って横を見ると、梓がこちらに向かって走っているのが見えた。
澪の意識はそこで途切れた。




病院

澪「ん…………」

澪は眠りから覚めた。辺りを見るとそこが病院だということがすぐにわかった。白いカーテンの隙間から、日光が差し込んでいて、室内は明るかった。すると、扉が開く音がした。

唯「澪ちゃん!」

澪「唯!」

唯は澪の顔を見るなり、持っていたペットボトルを落として、急いで駆けつけた。

唯「大丈夫!? 澪ちゃん!?」

澪「あぁ、何とか」

唯「はぁー……よかったぁー……」

唯は大きなため息をついて椅子にストンと座った。

唯「あっ、そうだ。みんなにも連絡しなくちゃ」

澪「え?」

唯「梓ちゃんと純ちゃんが澪ちゃんが目を覚ましたら連絡が欲しいって言ってたから」

澪「そっか、何か迷惑かけちゃうな……」

唯「ちょっと待っててね」

そう言って、唯は部屋から出て行った。一人になった澪は外の景色を眺めた。雲一つ無い良い天気だった。


その後、三十分ほどして、梓とその両親と純の四人がやって来た。

梓「澪さん! 大丈夫なんですか!?」

澪「はい、大丈夫です」

唯「もう一度検査して、何も無ければすぐに退院だって」

純「よかったー……」

梓父「怪我の状態はどうですか?」

澪「はい、痛みも特に無いので大丈夫です」

梓母「梓がご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした……」

澪「いえいえ! 気になさらないでください!」

澪は上体を起こして両手を振った。

澪「ところで、ストーカーはどうなったんですか?」

梓「あの後、近所の人が通報していたみたいで、警察が来て連れていかれました」

純「本当によかったね」

澪「そっか……」

澪「でも、純ちゃんがいてくれたおかげだよ」

澪「純ちゃんがいなかったら、ストーカーにはあのまま逃げられてたかもしれない……」

澪「ありがとう」

澪は笑みを浮かべながら、純に感謝した。

純「いえいえ」

純は頬を少し赤らめて、照れ隠しに両手と顔を振った。


澪は安心して一息ついた。ふと、横を見ると唯が腕を組んで、ベッドに顔を預けて眠っていた。

澪「寝てる……」

梓「昨日の夜からずっと起きてたみたいですよ」

純「よっぽど心配だったんですね」

澪「そうなんだ……」

澪「…………」

澪は眠っている唯の頭を優しく撫でた。それは温かくて、どこか優しい気持ちにさせてくれた。

澪「ありがとう……唯……」





数日後 秋山探偵事務所

梓「結局、ストーカーは罪を認めたみたいです」

澪「そうですか……よかったです!」

澪がそう言うと、梓もにっこりと微笑んだ。よく見ると、目の下の隈が消えていた。

唯「それじゃあ、一件落着だね!」

澪「そう……なるかな」

梓「はい!」

唯「やったー!」

唯「やったね、澪ちゃん!」

唯は例の如く、あちこちで飛び回って喜びを表した。

澪「うん」

梓「(純が言ってたのはこういう事だったんだ……)」

唯は子どものように喜び、澪も唯ほどではないが、満足げな表情だった。そんな二人を見ていると、不思議と満ち足りた気分になった。

梓は荷物を持って立ち上がった。

梓「それでは、本当にありがとうございました」

澪唯「はい!」

梓「あ、そうだ。最後にもう一つ言いたい事があります」

澪「何ですか?」

梓は少し照れ臭そうにしてから言った。

梓「私もお二人の事を名前で呼んでも構いませんか?」

梓「私の事はもう呼び捨てで構いません」

澪「え? で、でも……」

唯「仕事は終わってるんだよ? ここは、個人の意志を尊重しないと!」

唯はにこにこしながら、澪の肩に手を乗せた。

澪「え?」

澪「えーっと……」

澪は戸惑いながら俯いた。そして、顔を上げて梓の顔を見た。

澪「あ、梓ちゃん……」

梓「はいっ!」

梓は最高の笑みを浮かべて、返事をした。梓の元気な声が事務所によく響いた。





とある夏の日 秋山探偵事務所

唯「あ~つ~い~……」

澪「そうだな……」

この探偵事務所はクーラーが稼働していないため、耐え難い暑さとなっていた。そんな中で唯は気だるそうに机に顔を預けている。
そんなだらけきった姿の唯を見て、澪は立ち上がった。

澪「唯、話したいことがあるんだ」

唯「どうしたの?」

唯はうつ伏せになったまま澪へと顔を向けた。

澪「実は、もう一人助手を雇おうと考えてるんだ」

唯「もう一人?」

澪「あぁ、やっぱり今後も二人だけでやっていくのは難しいと思ってさ」

澪「この前の梓ちゃんの時も、唯ももう一人ほしいって言ってただろ?」

澪「だから、どうかな~なんて思って……」

最後の方は遠慮がちで、消え入るような声だった。それを聞いた唯は小刻みに体を震わせた。

澪「唯……?」

唯「いいねっ! やろうよ!」

唯は机を叩いて立ち上がった。先程までの、気だるそうな表情はどこかへ行ってしまったようだ。

唯「どうやって募集するの?」

澪「求人広告に載せてもらおうと思ってるけど……」

唯「それ以外にも何かやろうよ!」

澪「え? 他にすることあるかな……」

唯「えーっと……」

唯は目を瞑って考え込んだ。

唯「そうだ! ビラ配りやろうよ!」

澪「ビラ配り?」

唯「うん! この事務所の宣伝にもなるでしょ?」

澪「そう言われてみればそうかも……」

確かに良い手段だと思った。ビラ配りによってこの探偵事務所を認知してもらい、尚且つ求人もできる。希望の光が差し込んだように思えた。

澪「じゃあ、ビラを作らないとな!」

唯「よーし、頑張るぞーっ!」





翌日

澪「よし、ビラも入ってる!」

澪「行こうか!」

唯「うん!」

澪と唯は事務所を出た。この日は真夏日で日差しがジリジリと照りつけていた。

二人は人通りの多い広場に着いた。人々は暑いせいなのか、どこか険しい表情をしていた。澪はビラを手に取って唯にも手渡した。

唯「じゃあ、始めよっか」

澪「そうだな」

~~~~~

澪「ありがとうございます」

澪「ふぅー……何とか配り終わった……」

澪は疲れを吐き出すように大きく息を吐いた。ビラは中々受け取ってもらえず、予想以上に時間がかかった。

唯「澪ちゃーん!」

澪「あ、唯!」

唯「全部配り終わった?」

澪「うん」

唯「こっちも終わったよ!」

澪「じゃあ、帰ろうか」

二人は荷物を持って、広場を後にした。

唯「誰か来るかな?」

澪「どうだろうな……」

唯「一人でもいいから来てほしいなー」

澪はこういった宣伝の効果がどれぐらいのものなのかまったく検討がつかなかった。しかし、心のどこかでは淡い期待を寄せていた。

唯「あっ! そうだ!」

澪「今度はどうしたんだ?」

唯「誰か来た時のためにケーキ買おうよ!」

澪「……唯が食べたいだけなんじゃないのか?」

唯「ち、違うよ! 」

唯「けど、ついでだから自分の分も買おうかなぁー……」ボソボソ

澪「まったく……」

結局、二人はケーキショップに立ち寄り、ケーキを数個購入した。



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