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1
 スモッグの匂いの漂う朝の気だるい空気の中、彼は目を覚ました。
 彼はベッドからむくりと起き上がると、朝一番のガムを一枚噛んだ。こうでもしないと、彼は自分の指を齧り尽くしてしまうからだ。最初は爪を噛むだけだったが、そのうち指に齧り付き、骨をしゃぶるようになった。既に彼の左手の小指の長さは第一関節を切っていた。
 彼は気ままに街をふらつき、寝泊りに困れば同じように街をふらつく適当な女を強姦し、その家に転がり込んだ。これは若者達の間で流行のライフスタイルであり、「バックドラフト」と呼ばれた。
 「適当な女」という単語は、彼にとって多少語弊があるかもしれない。通常「バックドラフト」は集団で行われる事が多く、女一人の腕力などは軽く御せるのだが、彼は数を恃もうとしなかった。自分以外の人間を低俗な連中として軽蔑していたからである。なので彼は女を選ばざるを得なかった。出来るだけ意志が弱そうで、頭の悪そうな女を選んだ。長年の経験の勘か、或いは生れつきの天稟か、彼には不思議とそんな女の区別ができた。
 今彼の隣で寝息を立てる彼女もそうだった。利己的で、刹那的で、その癖他人に依存し、ランチのメニューさえ一人で決められないような白痴だった。彼はそういう女を毛嫌いしていたが、彼女のような女が腕を掴まれ、押し倒され、服を剥ぎ取られる際に見せるあの諦めの表情は、彼の性的欲求を十二分に満たした。特に今度の女は癖になる。彼女の太腿に釘を打ち付けた時、彼はそう直感した。彼女は娼婦だった。項から背中の辺りまで、質の悪い蛇の刺青が施されていた。どうせ仲間内での流行り病だろう。彼はそう思った。
《夜までに戻る。鍵は持っている。変な気を起こすな》
 彼は書き置きを残すと、昨晩の出来事など嘘のように眠る彼女の両手両足を縛り上げ、部屋を後にした。何をするわけでもない、ただ街をふらつく為である。
 街には最新式の球体型浮遊家屋が溢れている。いくつかはバックドラフトに襲われたのか、墜落している。交番には金属バットで頭を砕かれた警察犬の死体が転がっている。公園では資本主義者達の決起集会が開かれている。その脇のベンチで浮浪者がうわ言のように延々と円周率をつぶやく。彼はそんな街の様子を見回して、今日二枚目のガムを噛む。
 今の社会に不満を持つ人々を、彼は理解できなかった。財産は全ての人間に平等に分け与えられる。身の丈以上の金が欲しければ誰かから奪えばいい。性的快感が欲しければ誰かを犯せばいいし、イライラする事があれば誰かを殺せばいいじゃないか。この世はこの上なく自由だ。彼はそう思った。



2
 彼はその日行う遊びを、「移民狩り」に決めた。これも若者達のオーソドックスな遊びのひとつだ。
 この国では数十年前に移民が迎えられた。日に日に減少する国民総人口の増加のため、閉塞した文化の活性化のため、と仰々しく銘うたれたこの計画だったが、移民達はこの国を食い尽くした。総人口の数こそ爆発的に増えたものの、彼らは原住民達から奪いつくし、そして時には殺した。この国の治安は一変し、移民達にされるがままの状態に陥った。
 しかし、現政党に政府が譲渡されてから移民は徹底的に排斥された。国家社会主義は単一の民族でなければ実現し得ないという考えの下に、肥えた金持ちの移民は財産を根こそぎ押収され、ならず者の移民達は処刑された。残された移民達は日の当たらない場所に追いやられ、政府の影に怯える毎日を過ごす事になる。
 若者達はそんな移民達を弄んだ。好きなだけ自分達の衝動のはけ口として利用し、飽きれば殺した。殺してもお咎めがくるわけでもない。政府は若者達の行為を黙認し、泳がせた。
 そして彼も、移民を快く思ってはいなかった。奴らは蝗と同じだ。好きなだけ畑を食い潰し、またどこかの別の土地へと移り住む。そうやって馬鹿の一つ覚えのように同じ事を繰り返す。彼の心にナショナリズムやイデオロギーといったものは存在しなかったが、彼は一旦移民の事を考え出すと無性に腹が立ち、剥き出しの左小指の骨をガリガリと齧るのだった。
 彼は移民の集落に辿り着いた。集落は人通りはなく閑散とし、木製の家屋が軒を連ねている。彼は手はじめにジッポライターのオイルを適当な家にぶっかけた。それからおもむろに煙草に火をつけ、投げ付ける。炎はたちまちに燃え広がった。この家の中にもし人間が住んでいたとすればあっという間に火達磨になって死んでいるだろう。その物々しさに気付き、家から間抜けに顔を出す移民達一人独りを、彼は持っていた金属バットで殴り殺す。頭をかち割った。背骨を粉々に砕いた。男のペニスを潰した。女のヴァギナにバットを突っ込んで引き裂いた。逃げ惑う奴らから先に殺した。今日はそういう気分だった。




仮宿に帰ると両手両足を縛られた女が舌を噛み切って死んでいた。
しまった。轡をつけるのを忘れていた。彼はそれだけ思った。