『ローマ人の物語』時代考証サイト

XV-ローマ世界の終焉


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ゲルマン人の同化について

2ch

594 :世界@名無史さん:2007/06/03(日) 13:57:51 0
   ゲルマン人てさ、やっぱ多民族との同化を嫌う民族なの?
   東ローマ領に侵入してきた蛮族(スラヴ人など)は同化したのに、
   西ローマ領に侵入してきたゲルマン人は同化しなかった。

   『ローマ人の物語ⅩⅤ ローマ世界の終焉』にも、

   「元首政時代のローマ帝国ではローマ人の兵士とゲルマンやガリアや
   スペインの女たちとの結婚は珍しくなく、その間に生まれた混血児は
   ローマ人として育ったものだが、テオドリックの治世下では、ゴート族の
   男とローマの女の結婚は聞かれない。平和的ではあったが、互いに侵蝕
   し合うことはなく、まるで二本の河が並んで流れるのに似た状態で
   あったのだろう」

   とある。

595 :世界@名無史さん:2007/06/03(日) 14:36:06 0
   同化してなかったら
   今もイタリアにゴート人が存在してるでしょ
   この人テオドリックがローマ人とゴート族を別々に統治したことを大げさに
   書きたいがために適当なこと言ってるだけだと思う

596 :世界@名無史さん:2007/06/03(日) 14:42:13 0
   ああそれと確かゴート貴族とローマ貴族の婚姻を禁止してたような記憶が
   だからといって同化してないってことにはならないな
   後にランゴバルドが攻めてきた時はそんな規制もなくなってごちゃごちゃになったんじゃないか?
   それとスペインの西ゴート、フランスのフランクとゲルマン人は同化しまくってます
   フランスの場合はゲルマンの影響が他のラテン諸国より文化的にも制度的にもかなり大きい

597 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2007/06/03(日) 15:30:21 0
   そもそも、ゴート族だと分かる系図及び血縁関係がはっきり
   記録に残っているのは、貴族階級くらいだと思う。
   それ以外の庶民は、結婚でも本人と親の名前が記録に残る程度だろうから、
   三~四代目ともなると文字の記録だけでは区別がつかなくなっている
   可能性が結構ある。
   近代国家みたいに国籍みたいなもんがあるわけでもないし。

『ローマ法大全』の運用ついて

2ch

613 :世界@名無史さん:2007/06/05(火) 11:39:07 0
   塩野さん、『ローマ世界の終焉』に、

   だが、『ローマ法大全』自体は、ユスティニアヌスが統治していた東方では活用
   されずに終わった。ラテン語で書かれていたからである。ローマ人が作ったの
   だから、彼らの言語であるラテン語で書かれていたのも当然で、また、実際の
   編纂にかかわった四人のギリシア人の法律家も、法律が専門である以上はラテン語も
   達者であったはずである。ところが、もはやビザンチン帝国と呼ばれるのが適切な
   東ローマ帝国で普及していたのは、ギリシア語のほうであったのだ。つまり、
   『ローマ法大全』は、ユスティニアヌスが訴えたかった相手には、言語の壁の
   おかげで通じなかったことになる。

   と書いているが、ローマ法が入ってこなかったのはビザンツよりもむしろロシア
   なのでは?ビザンツ帝国滅亡後、古典古代的なものが西欧へ伝わり、ヘシュカスモス
   (静寂主義)がロシアに伝わったと聞いたけど。

614 :世界@名無史さん:2007/06/05(火) 12:36:03 0
   ローマ法
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%B3%95
   >>9世紀には、バシレイオス1世とレオーン6世が
   >>ユスティニアヌス法典中の勅法彙纂と学説彙纂を総合的にギリシャ語に翻訳させ、
   >>バシリカ法典として知られるようになった
   まぁ、今までの前例から塩野ちゃんのほうが嘘だろうな

   それとここローマ厨が多いから言っとくけど
   西欧の法律はゲルマン法とローマ法の融合
   特に英米系の法律はローマ法の影響が他より薄く
   慣習法に立脚していてよりゲルマン法的だ
   なんでもかんでもローマ起源ってわけじゃないぜ

615 :世界@名無史さん:2007/06/05(火) 14:01:01 0
   ttp://igv.dde.jp/4/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%B3%95
   東ローマ帝国においては、ユスティニアヌス法典が法実務の基礎となった。
   レオーン3世は、8世紀前半にエクロゲー (Ecloga) という新たな法典を公布した。
   9世紀には、バシレイオス1世とレオーン6世がユスティニアヌス法典中の勅法彙纂と
   学説彙纂を総合的にギリシャ語に翻訳させ、バシリカ法典として知られるように
   なった。ユスティニアヌス法典やバシリカ法典に記録されたローマ法は、東ローマ
   帝国の滅亡とオスマン帝国による征服の後でさえ、ギリシャ正教の法廷やギリシャに
   おいては法実務の基礎となり続けた。
820 :世界@名無史さん:2007/07/11(水) 11:32:50 O
   >>800
   指摘が当たったね。
   信者は塩野には功罪ともにある、ということを認めたがらない。

   >>801
   ビザンツではローマ法大全のギリシャ語版が末期まで使われたのに「ローマ法は
   忘れ去られた」みたいに書いたのは明らかに嘘だな。
   ビザンツの概説書読めば、すぐに分かることなんだけど。

オドアケルについて

2ch

690 :世界@名無史さん:2007/06/18(月) 15:39:52 0
   ふー。やっと15巻読み終わりましたよ。
   ところで、この15巻の中盤、モロに
   「西ゴート族の族長オドアケル」って書いてあるけど、間違いですよね。


691 :世界@名無史さん:2007/06/18(月) 16:48:29 0
   >>690
   なんてやる気のない間違え方・・・ 

697 :世界@名無史さん:2007/06/24(日) 10:46:54 0
   >>「西ゴート族の族長オドアケル」
   あれだよ、平氏政権の時に源頼政が源家の棟梁と称したようなもんだろ。
   ゴート族で一番力を持った(最終的に)から族長だと・・・

   すいません、無理がありました。

698 :690:2007/06/25(月) 21:17:44 0
   >>690

   いやあ、どうして私が「西ゴート族の族長オドアケル」なんて、
   ほっとけばいいような小さな点を指摘をし問題にしたかっていうとさ、

   べつに揚げ足とって塩野さんを貶めたいってことではまったくなく、また
   本当にオドアケルが西ゴート族の族長かどうかって問題でもなくて、

   前後の文脈からそういえるはずがない(オドアケルは、東ゴート族の
   テオドリックと違って率いることの出来る仲間がいない等の記述あり)、
   すなわち史実云々以前に、塩野さんの文章の中で論理的に矛盾してる
   ってことなんだよね。

   こうなると、さすがに問題でしょ。

699 :690:2007/06/25(月) 21:18:42 0
   間違えた。アンカー>>690じゃなくて>>697ね。
   塩野さんを笑えないな。

700 :世界@名無史さん:2007/06/26(火) 06:25:21 0
   >>698
   それは著者本人のみならず校正・編集にも難ありですね
   出版社の担当は真剣に読んでないor著者に何も言えない雰囲気があるのかな?

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