ひとふたり 片羽と老人
白樺千畳
老人には年の若い、片羽の友人がいた。退職後にむらむらと頭をもたげた上昇願望から始めた社会奉仕が老若二人を出会わせたのだが、それは双方にとって満ち足りた出会いであった。少なくとも老人はそう感じていた。若者の我と、人情味とはその老いた健常者のめがねにかなうだけものであったのである。当然、友人関係には年齢の大小も、手足の有無も関係はなかった。
老人には青年の、時にぞんざいになる言葉遣いも好ましかった。彼の日本語は乱れていなかったからだ。障害者、健常者の分け隔てなどはなく、むしろ自分を一個の個人として他者と線引く彼のものの見方も当然だと思った。それで全てに肯定的で、あっけらかんと笑い、よく飯を喰い、屁をひって申し訳なさそうに笑い、高いびきをかいて寝る、ともすれば己が不具を誇らしげに考えているようなところが好きだった。年寄りはそこに、かつての男子の姿を見いだしていた。敗北の意味を知り、奪われるつらさを知り、ものを持たぬ喜びを知り、上だけを向いていても足をすくおうとする者のいない時代。今よりも、華やかで、「あだ」で、それでいてつまようじ一本引き抜けば瓦解しそうな男達を彼は憶った。
それだから、老人は若者を祭りに連れて行った。茶の湯を勧めた。浄瑠璃へも誘った。寄席での上手な野次り方を教えてやった。ひいきの歌舞伎役者を選んでやった。あいの手の大きさを競ってみたりもした。酒の飲み方も教えたし、グラスハープを鳴らしてみせ、彼が好奇の目を向けるのを楽しんだこともあった。花札の取り方も、麻雀の役も教えた。賭け事に金をながすことの醍醐味を教えたのである。そのようにして、不格好な青い果実はこの世の楽しみをぐういぐいと吸収し、急速に成熟の度合いを高めていった。そんな物ものの中で若い魂が特に惹かれ、情熱の焔をくゆらせたのが、女の買い方と、将棋のさし方である。
とはいえその若者には、若者に教授をした老人にさえ、女の扱い方に関する才能はこれっぽっちもなかったので、そちらはおのずと金のかかる遊興へと落ち着いた。その点将棋はいい。金もかからぬ上に不必要な会話もない。男達はふたりして、女どもに手向けられた敗北感を黙々と解消したわけである。
二人はことあるごとに将棋をさした。施設でも、講演場でも、車中でも。さしあう黄金色の将棋盤のうえで、二人はひしり、ひしりとダイアローグを重ねた。老人の宅には古い脚付き将棋盤があったので、若者はそれ目当てでよく遊びにいった。そのたびに蘊蓄好きな老人は「これの裏のくぼみは血溜まりと云ってね。昔は第三者が口出ししてきたなら、そいつの首を切ってここに置いたんだよ」と細君を脅すのであった。
「口なんか出しませんよ。それでなくたって怒りっぽいのに。そんなで殺されたら、たまらないわ」
「佐藤さん、その話もう何回聞いたかわかりませんよ」
いつものことであった。
その日も昼時から佐藤家の縁側でふたりは将棋をさしていた。しかし、老人には若者が訪ねてきた時から気になっていることがあった。
——— 20手目 △6二銀
それは彼の顔面、あごの先の少し上、唇の右端の下あたりに、ぼつり、とたたずむ大きなにきびである。
——— 21手目 ▲5八金
——— 22手目 △5四歩
彼の浅黒い皮膚の内に、それは真ッ白く浮かんでいた。よく見れば化膿した肉がはち切れんばかりに盛り上がっているのが判り、その薄皮一枚を透かした下では、にきび脂と膿とが流動しているのが判る。老人はもうずっと、それを潰してみたい衝動に駆られていた。
——— 23手目 ▲5六歩
——— 24手目 △5三銀
にきびを自分のものとして潰す妄想を始めた。にきびの右左に親指と人さし指を添える。2~3ミリに膨れあがったそれを肉ごと、包み込むようにはさみあげる。すると、ヴツリ、びゅぷ、と音を立て皮膚が破れ、白濁したゲル状の脂と血が混じったものが膿んだ毛穴から飛び出るのだ。でろりとした混合物はちくりとした痛みと共に体外へと排泄される。そして丹念に拭き取られた後に残るのは赤く清潔な、クレーターのような傷跡である。
——— 43手目 ▲2五歩
辛抱たまらなくなった彼は、ついに彼に聞いてみた。
「そのあごのところ、大きなにきびだね」
「え? ああ、できちゃいました」
「潰さないのかね?」
「潰すと跡が残るので。スキンケアしてるので平気ですよ」
その彼の言は老人には酷く不自然なものに感じた。彼がどうしてそんなに見てくれを気にするのか、一瞬計りかねた。
——— 44手目 △5一角
その女々しさをたしなめようかとも思った。スキン・ケア!
——— 45手目 ▲2八飛
次第に年かさの男には、目の前の男児がその若者ぶりを誇示していると感じるようになった。彼奴はその暴力的な若さをにきびにのせて振りかざしているとも思われた。
——— 46手目 △2二飛
無様な若者にとっての美とはなんだろうとまで考えるようになった。そのにきびがあまりにも汚らわしく映ったからだ。
——— 47手目 ▲6五歩
へそを曲げた年寄りはもう、貴様の教えてきたことはなんだったのだ?、とにきびに問われているようであった。そう思えば先ほど、彼が商売女とおぼしき女の車で来宅したことを「結構」と笑った自分のことをこそおろかに感じた。
——— 48手目 △7三桂
「あ、ちょっと待っ……、いや考えさせて。いい手ですね、いい手です」
そう言って不具の若者はその長いあごに手をよせた。
思うや思わざるやでさした自分の一手に反応する彼にいわれのない不信をを感じつつも、佐藤は「しめた」と思った。だがしかし、裏腹に若者は節だった丸い指でもって上手ににきびをよけてそこいらを撫ぜ、そして、おもむろに言った。
「そう見ないで下さいよ。気を散らそうとしても無駄ですよ」
そのまま阿呆のように口を開けて盤を眺めている若者を見て、老人は「こいつは本当は馬鹿なんじゃなかろうか」と思い始めた。自らの愛した無垢がもはや無いように感じると恐ろしくなった。
とどのつまり、老人は若者のイメージを愛していた。自身の若かりし日を愛していた。体のいい愛玩を、自分とは遠くはなれた不具者に施していただけだったのである。それはオナニズムである。それがわかると急速に、どんどん侏儒に対し無関心になるのを感じたので、老佐藤は若者には早く帰ってもらいたいと思った。
参考文献
棋譜/先手:初代大橋宗桂 後手:本因坊算砂、1607(慶長12)6月
谷崎潤一郎「刺青」『谷﨑純一郎文庫第一巻』六興出版、1973
三島由紀夫「金閣寺:改版版」新潮社、1960
澁澤龍彦「バベルの塔の隠遁者」『異端の肖像』より『澁澤龍彦集成V』桃源社、1970
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最終更新:2010年04月27日 03:15