プロバイダの情報不開示に関する責任(最判平22・4・13)

プロバイダの情報不開示に関する責任(最判平22・4・13)

 特定の場合プロバイダは情報を開示する義務がありますが……その義務違反があったときにどういう責任を取りうるか、そもそも何を持って義務違反とするのかの判断です。

事案
  • 「2ちゃんねる」に書き込まれた内容が自分及び自分の運営する施設に対するため、その記事を書き込んだ者の情報開示をプロバイダ側に求めたが、プロバイダ側はそれに応じなかったため、原告がプロバイダに対し、情報の開示と、情報が開示されなかったことについての損害に対する損害賠償請求を求めた事案。
  • 控訴審は開示は認めなかったものの、不開示によって生じた損害について一定の因果関係があるとして認容したのを受けて、原告・被告ともに上告。

判決
  1. 原告側の請求棄却
  2. 理由
    1.  インターネットの書き込み等によって自己の権利を侵害されたとする者は,侵害情報の流通によって自己の権利が侵害されたことが明らかであるなどの要件を満たす場合,プロバイダに対し,その発信者情報の開示を請求することができる旨を規定している。
    2.  一方でプロバイダがその請求を受けた場合,原則として発信者の意見を聴かなければならない旨,またプロバイダが開示請求に応じないことにより、その開示請求をした者に生じた損害については,故意又は重過失がある場合でなければ賠償の責任を負わない旨規定している。
    3.  以上のような法の定めの趣旨は,発信者情報が,発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密にかかわる情報であり,正当な理由がない限り第三者に開示されるべきものではなく,また,これがいったん開示されると開示前の状態への回復は不可能となることから,発信者情報の開示請求につき,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなどの厳格な要件を定めた上で,開示請求を受けたプロバイダに対し,発信者の利益の保護のために,発信者からの意見聴取を義務付け,プロバイダにおいて,発信者の意見も踏まえてその利益が不当に侵害されることがないように十分に意を用い,開示請求が要件を満たすか否かを判断させることとしたものである。
    4. そして,プロバイダがこうした法の定めに従い,発信者情報の開示につき慎重な判断をした結果開示請求に応じなかったため,当該開示請求者に損害が生じた場合に,不法行為に関する一般原則に従ってプロバイダに損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えられることから,損害賠償責任を制限したのである。
    5.  そうすると,プロバイダは,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が要件に該当することを認識し,又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり,その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ,損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。


解説
 これまでのメディアと異なり、インターネットというメディアは、誰もが情報の発信元となりうるメディアといえます。
 一方、自由に書き込めること、そして誰もが自由に見ることができることを考えると、安易な表現によって他人を傷つけることにもなりかねないメディアといえます。
 (この点、既存のマスメディアが他人を傷つけなかったか?というと疑問ではあるのですが…)
 しかし、何でもかんでも「他人を傷つける」とか「有害だ」とかという理由で規制していった場合、やはり表現の場が制約されてしまうという問題は生じますし、表現に対する萎縮効果が生じてしまう恐れもあります。

 そこでいかにバランスを取るかというのが、今のネット社会の問題であるといえます。

 今回の最高裁判例は、名誉感情を害するような言葉について誰かが記載した場合、その誰かが利用しているプロバイダに情報を開示する義務があるのか、さらに開示義務を満たさなかった場合に不法行為責任を負うのかという2つの争点があります。
 まあ主に論じられているのは後者のほうなんですが。

 判決文を読む限りだと、被害者の損害と被害者の主張を入れた場合に生じうる表現の自由や通信の秘密への影響の大きさを考慮した上で、情報開示について要件を厳格化した今のルールがあるとしています。
 そして開示しなかった場合にプロバイダが負う責任の判断として、それが要件に該当するのが明白か、要件に該当するのが明白なのにそれを開示しなかったことにつき重過失がある場合に限定しています。
 表現者・プロバイダに有利な判断といえ、表現の自由への影響を考えたら妥当な判断だといえるでしょう。
 最近児童ポルノ規制法やらなにやらで、いろんな手段を使って、いろんな連中が表現規制をしようと躍起なんですが、やはりどんな形であれ表現規制は人権や民主主義にとって危険なことを認識しておいたほうがいいです。

 実は判決の理由のほうでは書かなかったのですが、これ、書き込まれた言葉の判断についても面白いです。
 実際に書き込まれた言葉は「気違い」という言葉で、もちろん侮蔑的な言葉なんですが、控訴審ではその言葉が使われたことそのものが社会生活上許されるものではなく、原告の名誉感情等を侵害する、としています。
 一方最高裁は、この言葉の使われた前後の流れなども踏まえた上で、そこまで名誉感情を害しているとは言えない、としました。
 控訴審を詳しく見てないのでなんとも言えないのですが、要するに控訴審はその言葉が使われたことそのものが悪いことと考えているのに対し、最高裁はその言葉がどういう流れの中で出てきたかを重視しているように見えます。

 この辺はある種、その言葉だけをもって糾弾材料とするようないわゆる「言葉狩り」とは異なる考え方なんだろうなあ…と思います。
 確かに言葉だけをもってそれを糾弾したり排除するのはちょっと違うと思うし。ましてその言葉以外正しいことが書いてある場合、そのすべてを削除することになりかねないですし。そうなるとやはり表現の自由という観点では良くないのかな、ってのは分かりますし、このようにして厳格に捉えていくのは妥当なんだと思います。

 しかし、読めば読むほど思うんですが、この高裁判決って、なんでこういう結論になったのかが分からないです。
 開示請求を認めていないのに、開示がされていないことを理由とするプロバイダの責任を認めるというトンデモ判決ですからね。なんで責任の生じない部分に責任が生じるんだとw


(本項目において差別的・蔑視的な表現が使われておりますが、この事案の特殊性、また判決文という公文書からの流用という性格などから、あえて使用していることをご了承ください。)



最終更新:2010年04月30日 11:54
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