裁判員制度に関する控訴審判決(東京高判平22・4・22)


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裁判員制度に関する控訴審判決(東京高判平22・4・22)

 下級審ですが、裁判員制度の合憲性に関する裁判が出ましたので記事にします。

事案
  • 第一審で裁判員裁判を受けた結果有罪となった被告人が、控訴時に「憲法は裁判官のみの裁判を想定しており、裁判員制度は被告の裁判を受ける権利を侵害している」と主張した。

判決
  1. 控訴棄却
  2. 理由
    1. 憲法は司法権について、裁判官を下級裁判所の基本的な構成員として想定していることは明らかだが、下級裁判所の構成は直接定めておらず、裁判官以外の者を下級裁判所の構成員とすることを禁じてはいない。
    2. 憲法と同時に制定された裁判所法が刑事について陪審の制度を設けることを妨げないと規定していることや、憲法が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障していることからも、憲法制定時の立法者の意図も、国民の参加した裁判を許容するか、少なくとも排除するものではなかったことは明らかだ。
    3. 裁判員法は、公平な裁判ができる裁判員を確保するために、資格要件や職権の独立の規定などがある。適正な手続きの下で証拠に基づく事実認定が行われ、法が適正に解釈、適用されることを制度的に保障するために、法令の解釈や訴訟手続きは裁判官が判断し、裁判員が関与する事項は、裁判官と裁判員が対等な権限で十分な評議を行い、判断は裁判官と裁判員の双方の意見を含む合議体の過半数で決められることとされている。このような裁判員制度は憲法の要請に沿うもので、被告の権利を侵害しない。
    4. 弁護人は、参加意思の有無にかかわらず国民に裁判への参加を強制し、守秘義務や財産上の不利益を課す裁判員制度は、憲法が保障する国民の基本的人権を侵害すると主張する。しかし、裁判員になることを義務付けているのは、裁判員制度が司法への国民の理解増進と信頼の向上に資するという重要な意義があり、そのためには広く国民の司法参加を求めるとともに負担の公平を図る必要があるためで、十分合理性のある要請に基づくものだ。やむを得ない事由がある場合には辞退を認めるなど負担軽減の措置がある。義務付けは裁判員制度を円滑に実施するための必要最小限のものと評価でき、憲法に抵触するとはいえない。
    5. 裁判員らに守秘義務を課すことは、適正な刑事裁判に必要不可欠であり、表現の自由を保障した憲法に抵触しない。
    6. 裁判員制度の目的が公共の福祉に合致することは明らかで、財産上の不利益が生じる可能性があるからといって、制度を設置した立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるとはいえない。
    7. 弁護人は、裁判員制度の証拠開示手続きに不公平があり、憲法が定めた適正手続きの保障を侵害すると主張するが、充実した審理のための公判前整理手続きで当事者に主張を明示させ、証拠を開示させるとしており、目的や手続きは合理的かつ妥当で、憲法には違反しない。


解説
 マスコミでは裁判員裁判の合憲性が出たとか騒いでますが、まだ下級審レベルなので実のところこれが確定する、って訳ではないです。
 やはり最高裁の判断が出てみないと…って部分はあります。

 ただ、合憲とした論ですが、基本的に憲法通説に則ってます。現行憲法で陪審員制度が採用可能かどうか、という論点で、学説は条件はあるとしながらも(この辺が学者学者によって見解が異なるのですが)陪審制度を認めているので、それよりもより裁判官の参与が強い裁判員制度が合憲になるのは妥当といえば妥当でしょう。
 事実、判決文でも挙げていますが、裁判所法も陪審を選択した場合を想定した条文もあります。
 それを考えると、制度論としての合憲性は、どうやっても覆らないと思います。

 問題は裁判員制度が合憲として、その制度設計が合憲か否かです。
 まだ正式な判決文が最高裁のサイトに掲載されていないので、実際に弁護人が何を主張したかが分からないのですが、判決文を読む限りだと、「裁判員裁判で被告人が公正な裁判を受けられなくなる」点と、「裁判員裁判によって国民への負担が大きすぎる」点を主張しているように思うんですが、実は後者は主張としては失当なんですよね。
 というのは、被告人の権利と裁判員の権利って、別に関係ないんですよね。で、弁護人は被告人の権利を擁護するために存在する以上、まずは被告の権利を擁護する方策を主張すべきであって、それとはつながってこない裁判員の権利義務を主張するのはどうなのかな、って感じがします。

 裁判員裁判は裁判員が事前報道などで情報を知ってしまっている以上、予断排除ができない恐れがあることとか、あとは裁判の形式は被告にとって重要な利益である以上、ある一定の量刑で区切ったりするのはおかしいんじゃないかと思うんですよね。
 だからもしも私が弁護人ならば、「裁判の形式の決定について、被告人に選択権、もしくは選択決定の際の意見陳述権がない」のはおかしい、と主張すると思います。やはり弁護人が行うべきは弁護人の権利擁護ですから。




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