【禁書】5+0+0+5【SS】 > 1


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 平年より少し……ではなく、各地で大雪警報が出たり積雪で道路が塞がれ交通機関が麻痺し
たりと、とんでもなく寒かった冬も少しずつ遠退いて行き、枯れていた木々には新緑が芽生え、
そろそろ桜のつぼみも開き始めようかというぐらいには暖かくなってきた早春。
 御坂美琴はまるで、今年の冬の寒さに凍えるように縮こまり小刻みに震えながら頭を抱えて
公園のベンチで小さく丸まっていた。

「私はなんちゅー約束を……」

 美琴は今、とある懸案事項を抱えている。その内容は友人である佐天涙子から頼まれたダブ
ルデートのセッティング。
 学生の有する長期休みのうち学年編成のため、唯一宿題も補習もない春休みを謳歌しようと
朝っぱらからオシャレなカフェのテラスで優雅にカプチーノを啜っていたのが間違いだったの
だろうか。それとも一学年上だしちょっとお姉さんぶってみようかな、とか思っちゃったのが
間違いだったのだろうか、とにかく美琴はそこで自分のプライベートですら一度も経験した事
のないデート(しかも今回はダブルデート)のセッティングの約束をしてしまったのだ。テラ
スで優雅にカプチーノを啜っていた美琴の前に絶望フェイスでフラフラとやってきた佐天のた
めに。

(でもあんな顔であんな事されたら断れるわけないわよねー)

 美琴はテラスでの出来事を思い出す。思い出す、と言っても二、三時間程前の話でしかないが。


                 * * *


 学園都市内でも中々の人気を誇るカフェ、そこのテラスで美琴は注文したカプチーノが運ば
れて来るのを待っていた。テラスは店の表の通りに面するように作られており、行き交う学生
たちや道路を挟んで作られた四季の花を咲かす花壇を見ながらコーヒーを嗜めるようになって
いる。
 しばらく花壇を眺めてあの花の名前はなんだろう。とか今通った人の付けてた携帯ストラッ
プかわいいなー。とか、なんとなしに通りを眺めていると店員が注文したカプチーノを木で出
来たテーブルの上に置いた。運ばれてきたカップの中を覗くと、そこには泡立てたミルクと爪
楊枝、バリスタの技術によってファンシーなデザインのゲコ太ラテアートが美琴に笑顔を向け
ていた。

「か、かわいぃー!」

 意外なところでゲコ太と出逢えた嬉しさに思わず大声をあげる。ハッとすぐに我に返り、両
手で口を塞ぐが案の定、周りの客の視線を集めてしまっていた。

 


(はっずぃ……)

 下を向き、少し赤くなった顔を隠す。黒子や初春などが一緒に居ればどうってことはないが、
今は一人なのだ。美琴に集まった視線はすぐにそれぞれ別の方向へと戻る。それを確認すると
美琴はまたゲコ太ラテアートを愛で始めた。
 先程は一人だったから恥ずかしかったが、一人だからこそ出来る事もある。おもむろに携帯
を取り出すとカシャリとラテアートの写メを撮る。そしてまた愛でる。一々、口うるさい黒子
がいないため美琴のテンションは下がる事なく上がり続け、ボルテージは朝十時の時点ですで
に最高潮に達していた。

 
 満足行くまで愛でた後、美琴はようやくカップを口元に持って行く。仄かなコーヒーの香り
が鼻腔をくすぐり何とも優雅な気持ちにさせる。と、普通の人ならコーヒーへの感想を持つが、

(あぁ……ゲコ太崩れちゃった。可愛かったのに……可愛かったのになぁ)

 涙目になりながら朝一番で出逢えた愛しのゲコ太との早すぎる別れに、心を軽く傷つけてい
た。
 それでもカプチーノ自体は評判通り、割と美味しかったのでそれが救いか。
 ゆっくりとした動作で優雅にカプチーノを啜っていると、何やらこちらを凝視している人間
を美琴は視界の端でとらえた。その人物は何やらフラフラとした足取りで美琴の方に近づいて
くる。顔は俯いていてよく見えないがそのちょっと怪しい人物は、

「……佐天さん?」

学年は一つ下、通っている学校も別、けれども紛れもなく美琴の友人な佐天涙子であった。

「御坂さぁぁぁん」

 いつものエネルギッシュな彼女の声とは比べ物にならないほど暗い声で美琴の名を呼ぶ。佐
天の発した声は明らかにネガティブオーラを孕んでいた。そのせいか、美琴の目には佐天の背
中から、この世の全ての憎しみや憂いを凝縮したような肩翼だけで五mにも及びそうなドス黒
い翼が生えているように見えていた。
 佐天が美琴に近寄ろうとフラフラ机の間を縫うように歩く。佐天がガールズトークに花を咲
かせていた高校生たちの横を通るとその楽しそうな声はピタリと止まった。佐天が誰かの横を
通るたび、通られた側の会話はピタリと止まる。
 世間一般では天使が通った、霊が通ったと言うのであろうが改めなくてはいけない。会話が
唐突に止まる時、そこには佐天が通っているのだ。
 

「ど、どうしたのよ? いつもと比べて随分と纏ってるオーラが違うけど」
   
 自分の横にある椅子を天使状態で幽霊状態な佐天のために引く。美琴にしか見えない翼が頬
を撫ぜる。途端に美琴を強い虚脱感が襲う。本当にこれは何なんだろうか。ついに佐天さんも
超能力に目覚めたのか、そうするとこれはLEVEL5で能力名は『負負負負(ワールドエンド)』だ
わ。などと美琴が考えていると、佐天は先ほど美琴の引いた椅子に腰をかけ、そしてテーブル
に躊躇なく額から突っ込んだ。

「えぇっ!? ちょっと佐天さんどうしたのよ!?」

「御坂さん、私は……」

 テーブルと対面したまま続ける。

「私の青春は多分もう……絶対過ぎ去っているんです」

「はぁ?」

 意味が分からないと首をかしげる。まだ中一なのに青春が? なに? テーブルとキスしたま
ま動こうとしない佐天の後頭部を見ながら美琴は頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。

「私、昨日宿題のない春休みを思いっきり満喫してやろうと色々お店を回ってたんですよ。一
人で」

 注文を取りに来た店員に低い声で「水」とだけ答えて話し出す。美琴はフォローの意味合い
も込めてカプチーノのお代わりと佐天の分のコーヒーを注文した。

「あっ、私キャラメルマキアートがいいです」

「じゃあ、さっきのコーヒーやめてソレで」

「かしこまりました」

 一言ツッコミたかったが堪える。触らぬ神に祟りはないのだ。
 


「えーっと、それでふと気付いちゃったんですよ」

 テーブルとのディープキスをやめて美琴の目を見つめる。その眼力に思わず美琴はたじろい
だ。

「な、なにに?」

「お買いものしてた人たち、私以外みんな彼氏持ちだったんですよぉ!!」 

 テーブルをダンッと叩き勢いよく立ちあがる。椅子はグラッと後ろへ仰け反るがなんとか倒
れずにいてくれたようだった。それでも周囲の目を集めるには十分の声量であったが。

「彼氏いないの私だけ!!!」

 えー? なになに? 痴情の縺れ?
 中学生って若いよねー
 そんな!御坂さん百合百合だったんですか!?
 周囲から色々囁かれるが構っている場合ではない。美琴に向けられた佐天の目からは何か鬼
気迫るものが感じられる。ここで佐天を無視して周りに構ったりすると先ほどのドス黒い翼で
周りに引かれてしまう程のネガティブ女子中学生にされかねない。

「そ、そんなことないんじゃないかなー。ホラ、私だっていないわけだし」

「御坂さんはその気が無いだけですよ!その気になれば男女構わずどーせ入れ食い状態です!
精神的にも肉体的にも!!」

「佐天さん落ち着いて!後マジで黙って!!」

 とにかく、今はいつもとちょっと違う所のネジが飛んでいる佐天を落ち着かせたい。美琴は
心から節にそう願った。だから遠くで「そうですよ!僕は何時だって入れ食われる覚悟があり
ますよ!というより挿れ食われたいです!」などと、訳のわからない事を言っている変態の声
が聞こえるがそれは無視する。

「とにかく座って。店員さんが持って来てくれたキャラメルマキアートでも飲んで落ち着きま
しょう?」  

 佐天は自分の横で涙目で震えているちょっと気の弱そうな店員さんを見つけると、しぶしぶ
椅子に座る。美琴は店員さんにお礼と謝罪をした。
 

「すいません。昨日付きつけられた悲しい現実にどうしようも無くなってしまって……」

「たまたま佐天さんの行ったお店がカップル多かっただけじゃないの? 学校の友達にもいるで
しょ? 彼氏いない人なんて」

 普通の佐天と今日初めて会話出来た事に少し胸を撫で下ろす。

「それがみんないるんですよ」

「えっ?マジで?」

「はい。中には学園都市外……地元ですね。そこの友達と夏休みの帰省中に付き合い始めたっ
て子もいます」

 これは美琴の予想外だった。そこから切り崩そうと思っていたのに、まさかの遠距離恋愛者
までいるとは。しかし、美琴の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。

「あっ!大丈夫よ佐天さん!初春がいるじゃない!」

 初春飾利。後輩でルームメイトである白井黒子の属する風紀委員に初春も属しており、美琴
自身の友人でもある。失礼ではあるが彼女なら彼氏彼女といったものには疎いはずで、黒子か
ら彼氏がいるとも聞いたことはない。

「初春に男は近づけさせませんよ。初春は一生純潔を守るキャラですもん」

 佐天の頭のネジは、正規の位置には戻ってきたようだがキチンと締めつけられてはいない様
だった。

「だから私だけなんですよ。彼氏いないの」

「そんな、無理してまで彼氏欲しいかなぁ? 私にはわかんないなーその気持ち」

「と、言うより実のところデートしてみたいだけなんですよね。私、もうすぐ中二になるのに
デートどころか男の人と遊んだ事すらなくて」

 へへっと困ったような顔をして佐天は笑った。次いで「だからちょっと憧れっていうのもあ
ると思います」と少し頬を染めながらキャラメルマキアートに口をつけた。急にしおらしくな
った佐天に少し困惑しながら、美琴もつられてカプチーノの啜る。
 
 


 ただ、佐天の気持ちもわからない事はない。自分だって同じ思春期の中学生なのだ。異性が
気にならないと言えば確実に嘘になる。自分はとある高校生を追い回してたり、たまには普通
に会話もしたりするが話を聞く限り佐天にはそれさえもなさそうだ。佐天の言い分も当たり前
といえば、そうなのかもしれない。

「御坂さんはデートってしたことありますか?」

 突拍子もない質問に美琴は飲んでいたカプチーノをブハッと噴き出す。幸い佐天には掛から
なかったが、木で出来たテーブルには放射状にカプチーノが飛び散り見るも無残な姿となって
しまった。

「で、デートぉ?」

 ハンカチで口を拭いながら例の店員さんにフキンを持って来てもらうように催促する。美琴
たちのたび重なる失礼に付いて行けず、先ほどまでなんとか涙目で堪えていた店員さんの目か
らはポタポタと涙がこぼれていた。

「御坂さんがデートした事ある人なら、その話を聞いて妄想してみようかなーって思ってみた
んですよね」

 デート。アレは果たしてデートに含まれるのだろうか……美琴は去年の夏にした、上条当麻
との恋人ごっこを思い出す。一緒にホットドックを食べたりドサクサに紛れて最初に手を繋い
だり(引っ張って行ったとも言う)したがアレをデートとは……
 しかし、自分は佐天の一つ上でもうすぐ最高学年となる。のにデートもした事ないなどとは
言えない。というより言いたくない。思春期特有の見栄っ張りに悩まされながら美琴は「デー
トぐらいならあるわよ」と答えた。そして矢継ぎ早に

「でもアレね! 口で説明すんのは難しいわ! だから佐天さん! ちゃっちゃと経験してきなさ
い! 佐天さん可愛いしデートの相手なんて腐るほどいるでしょ?」

「私別に可愛くなんてないです。それにそのお相手がいないんですってば……」

 美琴はしまった……と思った。自分としては今のでデートの話を回避してハッピーエンドの
予定だったが肝心なところが抜けていたのだ。しかし「だから話してくださいよー」なんて言
われるのは困る。言えるような内容ではないから。美琴が自分のアホさにあたふたしているの
を他所に、なにやら佐天は顎に手を当ててう――んと唸っていた。
 

「あの……フキンです」

 自分のキャパシティを突破されエグエグ泣きながらフキンを持ってきた店員さんから美琴は
ソレを受け取り、唸っている佐天の顔を窺いつつ先ほど汚したテーブルを拭く。どうやら撥水
加工が施されているようで、木にカプチーノのシミが付く事はなさそうだ。これだけ店に迷惑
をかけておいてさらに綺麗な木目のテーブルにシミまで付けるとなると流石の美琴も申し訳が
付かない。
 美琴がテーブルを拭き終え店員にフキンを返しに行こうとした時、

「そうだ! 私いいこと考えました!」

 佐天が何か閃いた様だった。その声量はまたしても大きいものだったがとにかくこれであの
日のデートっぽいものを話さずに済む。と美琴は胸を撫で下ろした。

「ダブルデートしましょう! 私と御坂さんとあと御坂さんの知り合い二人とで!」

 のもつかの間、とんでもない無茶ぶりが美琴を襲う。

「ダ、ダブルデート!?」

「はい! それなら御坂さんも初デート出来ますし私も出来ます!」

 嘘は、見抜かれていた。いや、嘘ではないのだが。

「ちちちょっと待って佐天さん! いないから! デート誘えるような男はいないから!!」

「またまたー。白井さんから聞いてますよ?なんだか去年の夏ぐらいから一人の高校生を追い
かけ回してるみたいじゃないですかー。その人誘ってくださいよ」

 「後で黒子殺す」ふざけた事を吹いたルームメイトに殺意を覚えながらも、美琴は必死で口
を動かす。

「あ、アイツはそんなんじゃないのよ!そう!言うなれば倒すべき人間というかゲームで言う
とラスボス的な!だからデートに誘うとか私がアイツの事好きとかそんなんじゃなくてっ!そ
りゃあアイツは頼りがいあって優しくて、でも困った人間がいたら利害なしに全力で助けちゃ
うようなお人好しでそんな所もいいなーなんて私はそんな事全然まったく一ミリも思ってない
わよっ!!?」

 

動揺して余計な事まで言いそうになり無理やりに喋るのをやめる。実はもぅ結構な所まで言
ってしまっていたが、美琴はもちろんデートに漕ぎ付けそうにないと悟った佐天もその事には
気付かなかった。

「そうですか……残念です」

 いい案を出せたと思ったが全力で拒否された佐天はテラスに来襲した時のような絶望フェイ
スで項垂れる。背中からはジワジワとドス黒い翼が……

「ちょっ、えぇ!? 佐天さん!?」 

「はい?」

 翼は先ほどよりも範囲を広げ、二つ隣の席で楽しそうに話しているカップルを飲み込んだ。
すると一秒前まで笑顔で話していたカップルは急に真顔になり、一言も言葉を発する事なく、
まるで修羅場かのような空気で睨み合う。一対だった翼は四、五、六対と数を増やし、テラス
全体を浸食する。そしてテラスから、人の声は消えた。
 尚も翼は拡大を続け遂には歩道にまで影響し始める。これは不味い。このままではドス黒い
翼が学園都市を覆い、春休みをエンジョイ出来なくなる。美琴は自分の春休みの、延いては、
学園都市全体の楽しい春休みのために決意する。と、いうより折れる。

「わかった! わかったわ!! 声かけてあげるからそんな落ち込まないでっ!!」

 その言葉にテーブルと熱いキスを交わしていた佐天が顔をあげる。ネガティブな翼の進行は
テラスに備え付けてある手すりより先には進まない。道路では小学生が元気な声をあげて走り
去っていた。

「デートの相手私が見つけとくから! ね? だからこれ以上落ち込まないで!」

「ホントですか!?」

「ホント! ホント!!」

 翼がビデオの巻き戻しのようにサァっと退いて行く。テラスの道路側から順に笑顔と笑い声
が戻って行く。

 


「御坂さんアリガトウございます!!」

 ヒマワリの様な笑顔でギューっとキツク抱きしめる佐天の背中を、美琴はいいの、いいのと
ポンポン叩く。ただ聞いて措かなければいけない事が三つある。

「でも、相手高校生よ? それに一人は多分大丈夫だけどもう一人はいい奴じゃないかもよ?」

「全然OKです! むしろ高校生とか大人っぽくて素敵です!」

「そもそも断られるかもよ?」

「その時はしょうがないです!」

「それとさ……」

「なんですか?」

「佐天さんって能力のレベル今どれくらい?」

「……? LVEL0のままですよ?」

「そぅ。ならいいの」

「?」

 精神系攻撃最強の負負負負(ワールドエンド)は偶にしか発現しない原石で未完の大器なのだ。

               
                 * * *


 携帯の着信音で夢だと思いたい午前中の回想から美琴はふと我に帰る。メールの差出人は上
条当麻。頭を抱えて蹲る前に手汗を尋常じゃないほど掻きながら勇気を振り絞ってメールを送
っていたのだ。
 断れ! 断れ! と願いながら新着のメールを開く。そこには『いいぞ。日時とか決まったら
またメールしてくれ』と、断る気持ちゼロの文章が書いてあった。嬉しい、とは思う。これは
最低でも当麻が自分の事を友達とは思ってくれてると言う事だし、あれだけの手汗を無駄にし
なくて良かったのだから。しかし、今でなくても……と美琴は心の中でごちる。どうせならこ
んななし崩し的な感じではなく自分で決心した時に送りたかった。いや、これは言葉のあやで
あって私がアイツを好きって訳では……
 

「なァァンで金だけ飲み込ンでコーヒーも釣りも出ねェンですかァ!!?」

 ふにゃふにゃ妄想していると公園に備え付けて付けてある自動販売機の方角から罵声が飛ん
でくる。視線をやると華奢な身体に恐ろしく白い皮膚、真白い髪、少し距離があるので分かり
づらいが恐らく赤目、そして全身黒ずくめの男がお金を飲み込むことで有名な自動販売機に蹴
りを入れていた。

「コンビニがなかったから仕方なく自販機で我慢してやろうと思ったのによォ!! っざっけン
じゃねェってのォォォ!!!」

 思い切り振りかぶり渾身のミドルキックをお見舞いする。が……

「いってェ!!脛打ったァァァアァァァァアァ!!!!!!」

 どうやら自動販売機の角で脛を強打させてしまったらしい。砂が洋服に付く事もお構いなし
に地面でゴロゴロと転がる。眼光するどい赤目にはなにやら光るものが浮かんでいた。

「一方通行」

 地面で脛を押さえて悶絶している少年の名前を口にする。一方通行、学園都市に七人しかい
ないLEVEL5、その中でも圧倒的実力差で第一位に君臨している少年だ。その最強が今、地面に
蹲っている。彼を地に伏した相手は、自動販売機。
 美琴は苦笑しながらその光景を眺めていた。

「このクソ自販機がァ! こっちが能力使ってないからって調子に乗ってんじゃねェぞ!!」

 一方通行は涙目のまま立ちあがり、最強を地面にひれ伏せるほどの戦闘力を持つ自動販売機
と真正面に対峙する。

「いいぜェ。俺が本気でやりゃァ、てめェなンざ瞬殺出来ンだよ」

 地面を蹴るベクトルを操作し、普通の人間ではまるで到達できない様な高さまで飛びあがる。
そして最高到達点まで達した時、一方通行は右の拳を握りしめ大きく振りかぶった。

「ぶっ壊してやらァァァアアァァァァアアァ!!」

 

 グングンと落下速度は増していき、標的までの距離はドンドン縮まって行く。五メートル、
三メートル、一メートル――
一方通行の拳と自動販売機の角がぶつかる瞬間、

「やめなさい!」

 突然の横やりに思わず能力を解く。しかし振り切った拳を戻すことは出来ず、激しい鋭痛と
共に、一方通行は無機物相手に二度目の敗北を味わうこととなった。



「はい、こんだけ出てきたし元は取れたでしょ?」

 両手いっぱいにジュースを抱え、美琴はその中から適当なものを選び一方通行に差しだす。
一方通行は、しゃがんで右手を押さえ、下を向いたまま動こうとしない。

「何よー。いつまで痛がってんの?」

「ちょっ、マジで」

 やはり下を向いたまま左手を前に突き出し美琴の言葉を遮る。声は酷く小さいものだった。

「アレ壊しちゃダメよ? 私のお気に入りなんだから。まぁ、出てくるジュースは選べないん
だけどね」   

 腕の中にある大量の缶を一旦ベンチに置き、そこからヤシの実サイダーなるものを選んでプ
ルタブに指を掛ける。プシュッという清涼感あふれる音が鳴り、プルタブを元に戻してから、
美琴は喉を鳴らして炭酸を楽しんだ。

「あァー……」

 美琴がヤシの実サイダーを飲み干すころになってようやく一方通行は立ち上がり、ベンチに
腰をかけた。

「バカね。痛がり過ぎよ」

「そもそもお前が……」

 言いかけてやめる。無駄に争う事になるだけだし、なにより先ほどの痛みで脱力感が半端で
ない。
 

「なンでもねェ」

「あっそ」

「アンタこんな所でなにやってたのよ?」

「コーヒー飲もうとしたンだけどよォ。近くにコンビニなくて仕方ねェから自販機で買おうと
して、アレに金突っ込んだら飲まれたンだよ」

 言いながら美琴の精密な蹴りにより自動販売機が吐き出したジュースを物色する。その中に
コーヒーは無く、代わりに苺大福ジュース、パイン抹茶、辛麺スープなど、かなり前衛的なも
のばかりがラインナップされていた。

「そォいうお前は公園で一人で何してンだよ。実は寂しいやつだったンですかァ?」  

「んな訳ないでしょ。少なくともアンタよりは友達多いわよ。考え事よ考え事」

「フーン」

 さして興味がないのか、一方通行は自分には飲めないと判断したジュースたちを地面に置き、
縦に積み始める。

「実はねー」

「おゥ」

 聞いてもいないのに美琴は勝手に喋りだそうとする。一方通行はそれを止める事なく適当に
相槌を打ちながら缶を積み上げる。その高さはすでにベンチに腰掛けている一方通行の目線に
まで達していた。

 

「私、明日デートすることになったのよ」

「そりゃ良かったじゃねェか。相手はなンだ?そこら辺走り回ってる掃除ロボか?」

「人よ。ヒ・ト」

「そォか、小学生か。いいンじゃねェの? 年の差カップル」

「しかもダブルデートなのよ。なぜか私が相手見つけなきゃいけないんだけどね」

「最近はガキへの防犯徹底してっからガンバレ」

「一人は見つかったんだけど後一人がねー」

「防犯ブザー鳴らされっとソッコーで警備員くるからなァ」

 グダグダとかみ合わない会話をしながら美琴は気付く。今、自分の横に座っている人間の性
別は男。佐天はいい奴ではないかも知れない事を承諾している。そして自分の知り合いだから
気を使う必要は無し。カシャカシャと学園都市第三位の頭を使い計算する。そして――

「アンタ、デート要員決定ね」

「は?」

 もう、コイツでいいや。という結論に達した。

「聞こえなかったの?」

「聞こえたけど意味わかンねェ」

 ベンチの上に立ち、高く缶を積み上げていた一方通行は瞬きを三つした後、目を見開いて美
琴を見降ろす。その目には『驚愕』の文字しかなかった。
 

「だからー、アンタ明日私たちとデートすんの。メンバーは私と私の友達とアンタと上条当麻
よ。私の友達は二人とも知らないけどアイツいるし寂しくは無いでしょ?」

 ガラガラと積み上げた缶が崩れ落ちる。その衝撃でいくつかの缶がなぜか小爆発を起こして
いたが二人とも無視する。両者とも学園都市トップのLEVEL5。小爆発程度、気にする必要は無
いのである。本気になれば小爆発どうにでも出来る。今重要なのは、美琴が発している美琴に
とってはただの結論、一方通行にとっては解読困難な言葉なのだ。
 一方通行は手に握ったままにしていた『ヒエヒエ!甘納豆サイダー』を後方に放り投げなが
ら口を開く。今日初めて二人の間で意思疎通が図られる。
 
「デートォ?」

「ダブルデートよ」

「俺が? お前とお前のお友達と三下と?」

「そう」

「嫌に決まってンだろ。寝言は寝て言え」

 一応確認した後、間髪いれずに却下する。今言われたメンバーでキャッキャウフフする意味
なんて感じないし、必要もない。そもそも急にデートする、などと言われても困る。焦る。

「どうしても?」

「どォしてもだな」

「こんなにお願いしてるのに?」

「そンなにお願いしてねェだろ」

「そっか。なら仕方ないわね」

「おゥ」
 

 あっさりと美琴が引いた事は一方通行にとって少し意外だった。もちろん承諾するつもりは
全くないがもっと駄々をこねられると踏んでいたのだ。

「さっき自販機に玩ばれてた事言いふらされても」

「はィ?」

 美琴は諦めてはいなかった。和平がダメなら今度は強行突破するしかないと考えたのだ。も
ちろんそこまでして一方通行と一日一緒に居たいわけではない。ただ、今回のダブルデートに
打って付けな人間を手放したくはないのだ。

「じゃあねー、一方通行ぁ」
 
 語尾にハートマークが付きそうなほど甘ったるい声で公園の入口へ歩き出す。口元には軽く
笑みがこぼれていた。

「ちょっと待てェ!!」

 すかさず一方通行は美琴の前に立ちはだかるが横をスルリと抜けられる。それでも一方通行
はすぐに美琴の横に付く。

「なァに言ってンですかァ!?」

 さっきのアレを言いふらされるのはマズイ。これでもクールでカッコいい、触れるな危険を
売りにずっと第一位でいたのにアレが周りに伝わるとダサくてウケる、お触りOK一方通行にな
ってしまう。それは一方通行にとって、とても都合の悪いことだった。羞恥の目も気にせずに
世の中を渡って行けるほどの精神的強さはない。意外とナイーブだったりもする。さらに美琴
には約一万人の妹達が世界中にいるのだ。妹達は脳波をリンクさせ情報を共有している。もし、
一人にでも話が伝われば世界中に広まる可能性もある。一応ネットワークを管理する上位個体
である打ち止めは手元にいるが、情報を止めるとは限らないし、打ち止めの性格上面白がって
逆に一気に広める可能性だってある。もし、そんな事をされて世界中に情報が広まってしまう
とナイーブ少年一方通行には引き籠るほか道は残されていない。
 

「大丈夫よ。ちょっと知り合い数人に話すだけだから」

 笑顔ではあるが決して目は笑っていない。一方通行は悟る。美琴は本気だと。デートに行く
事を承諾しないと確実言いふらすと。
 
「わ、わかった」

 美琴の細い腕を、細い指で掴み足を止めさせる。そして、覚悟を決める。

「デート、行ってやらァ」

 その言葉を聞いて、美琴は作り物ではない笑顔で弾む様に言った。

「はい、決定!後でやっぱ止めるとか無しだからねっ!」

「あァ」

「いやー下手な演技した甲斐があったわー」

 その言葉に、一方通行の思考が止まる。今、コイツはなんて言った?

「あんなダサい姿、他の人に言えるわけないでしょ。大体誰も信じないわよ。第一位が自販機
相手に悶絶してたなんて」

「じ、じゃあ俺が断ってても言わなかったって事ですかァ?」

 最強に有るまじき弱弱しさで尋ねる。
 
「当り前じゃない。その時はまた他の人に当たるか当麻の友達連れてきて貰ってたわよ」

「嵌めやがったな、このクソアマがァ!」

「とにかく明日はちゃんと来なさいよ!約束したんだから」

「時間は後でメールするからー」

 それだけ言い残し軽く手を振りながら美琴は公園を後にした。一人残された一方通行は、しば
らくの間、美琴の出て行った入口を茫然と見送るしか出来なかった。
 学園都市の最強は、能力でどうにもならない様な分野では割と脆かったりするのだ。
 

 

                                                             * * * 
 

時刻は午前九時。上条当麻はいつもより気合いを入れて髪をセットしていた。傍らには普段は
絶対買わない様なファッション雑誌。開いているページは『この春のモテ髪!!』と題され、白
い歯をチラリと見せて笑っているイケメン達の顔写真がズラリと並んでいる。
 当麻はその中から自分の髪の長さでも出来そうな髪形を見つけ、かれこれ一時間ほどソレに近
づけようとワックスだったりムースだったりを駆使して髪をいじっているのだが中々思うように
はいかない。どうあがいても、いつものツンツンヘアーから脱出することは出来ないでいた。

「あーもー! やめだ! どうにもならん!」

 一時間セットし続けた髪を水で濡らした両手でグシャグシャっとする。そしてドライヤーで簡
単に乾かすと何時もの上条当麻がいた。

「ヤバイな。もうあんまり時間がないじゃないか」

 整髪料と抜け毛ですっかり汚なくなってしまった洗面所から抜け出し、昨日のうちにハンガー
にかけておいた服に着替える。自然と陽気な鼻歌が出ている事に当麻自身は気付いていない。

「とうま、なんだかご機嫌だね」

 先ほどまでスヤスヤと眠っていた銀髪碧眼のシスターが、頭から毛布をかぶったままノソノソ
とベッドがら這いずり出てきていた。当麻の鼻歌で起きたのだろう。

「そ、そっかー?」

 鼻歌をやめイソイソと上着のボタンを留める。見つかってしまった……という思いは拭えない。
出来ればインデックスには見つからずに家を出たかった。置手紙を残して、インデックスの分の
朝・昼あと一応夜ご飯は冷蔵庫の中でチンをすればいいだけの状態で眠っている。
 
「あれ? どこかにお出かけするのかな?」

 当麻がいつもの部屋着ではない事に気付いたインデックスは当麻に近づきながら目を光らせる。
出かけるのなら自分も連れて行って欲しい。最低でもお土産は買ってきて欲しい。

 


「インデックス、そこで『待て』だ」

 数々の幻想を打ち砕いてきた右手を前に出し、近寄るインデックスを静止させる。今日は人生
初のデートなのだ。相手は良く知った人間だがもう一人女の子が来るみたいだし、折角誘って貰
ったんだから無下には出来ない。いくらタイプは年上のお姉さんであっても思春期の男子、そう
言う事に感心は有りまくり。だから遅刻は避けたい。そのため不測の事態起こるような因子は最
初から除外しておきたかったのだ。もちろんインデックスが嫌いだから逃げたかった訳ではない。

「とうま。私は犬じゃないんだよ?」

「わかってる。が、今は俺が部屋を出て行くまでステイだ」

 ちゃぶ台の上で伸びをしていたスフィンクスを胸で抱きかかえながらジリジリとインデックス
が歩み寄る。
 それと同じ速さで当麻は玄関へと後ずさる。

「ちゃぶ台の上に手紙を置いてあるからそれを見るんだ」

 怪訝な顔をしながらインデックスはちゃぶ台に目を落とした。するとさっきは気付かなかった
が確かにそこには手紙が置いてあった。宛名は『Dear インデックス様』
 一度、抱えていたスフィンクスを床に放し、手紙を広げる。

『ちょっと大人の階段を昇ってくる。ご飯は冷蔵庫の中に入ってあるからチンして食べてくれ。
スフィンクスのエサは朝と夜だけだから気をつけろ。火は絶対使うな。何か困ったことがあった
らすぐに電話してこいよ。お前に渡したゼロ円携帯の数字の1を押したら俺にかかるようにして
あるからな』
  
 読み終えてから、手紙をグシャッと丸めた。やっぱり当麻は一人で楽しく遊んじゃうつもりな
のだ。自分は除け者にして。そんなの嫌! とインデックスは歯をむき出して噛みついてやろうと
顔をあげる。
 しかしそこには開けっぱなしになった玄関のドアから少し肌寒い風が入ってくるだけだった。
 むむぅ、と頬を膨らませる。どうせもう聞こえないだろうが、言っておかなければならない。
インデックスは思いっきり肺に空気をため、心のモヤモヤとともに一気に吐き出す。

「とうまのバカァァァアアァアァアァァ!!」

 耳を劈く大声量を背に、当麻は全力疾走で待ち合わせ場所まで向かうのだった。
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