学園都市第二世代物語 > 19

19 「私って誰?」 

 

ママ、どうして泣いてるの?

ママ、どうしてあたしを抱いてくれないの?

ママ、ヘンだよ?

ママ、怖いよ?

ママ、どうして?

ママ? どこへ行くの?

ママ、あたしも一緒に行く!

ママ、あたしをおいて行かないで!

ママ、帰ってきて! あたし、良い子でいるから! ママ、ママ!! お願い!戻ってきて!! ママ!!!!

「いやぁーっ!」

あたしは飛び起きた。

これで、3回目、だろうか。

あたしを、お母さんが捨ててゆく、悪夢。

最初の時はテレビドラマかと思ったが、どうも違うような気がする。小説? マンガ? 元ネタがわからない。

(だんだん、リアルになっていくような気がするけど……?)

 

「リコ、どうしたの?」
「うなされたの?」

 

カオリんと、ゆかりんが心配そうにあたしを見ている。

まだ午前3時。草木も眠る丑三つ時、だ。

「ご、ごめんね、怖い夢見たの……」

「カレに振られたとか?」   ゆかりんが訊く。

それもまたきつい。

「こら、ゆかりん、そう言うことで図星当てちゃダメでしょ!?」

さくらはいびきをかいて寝ていた。鈍感なのか大物なのか……

あたしは 「ふん」 と言ってまたふとんにくるまった。

なんなのだろう、この怖い夢は。

だいたい、あたしは 「お母さん」 と呼んでいるはずなのに、夢のあたしは 「ママ」 と呼びかけているし。

わけわかりません。

あー、もういやっ!        

 

 

「はい、これが診断書です」

「有り難うございました」

「お大事にね」

あたしと湯川先輩は、先般お世話になった病院に来ていた。

足のけがはまだ完全に直っておらず、一部で膿んでいた。

まぁそのうちかさぶた状になって、それが剥がれれば完治だし。

お尻のほうは既にかさぶたになっており、こっちの方は早く完治しそうだとのこと。

「この診断書で無罪になってくれると嬉しいんだけどなぁ……」    

あたしがつぶやくと、

「まぁ、いざとなったら、あなたのお知り合いに頼むって手もあるわよ」 

と湯川さんがまじめな顔で言った。

「はい?」

そんな知り合いなんていたかしらん?とあたしが湯川さんの顔を見ると、

「上条さんとか白井さんとか偉いひとがお知り合いじゃないの? もし、困ったことがあったら相談すべきよ」

と言って、湯川さんは片目をつぶった。

「えー? 相談すると無罪になるもんですか?」

あたしは湯川さんの「相談」の意味がわからないので正面から聞いてしまった。
                          
「あなた、その言い方はちょっと問題よ」

湯川さんがあきれたようにあたしに言う。

「というより、もしかして本気で言ったの?」

「……いけなかったですか?」

あたしはどう言うべきなのか未だにわからなかったので、もう一度同じ意味の答えをしてしまった。

「はぁ……いいわ、あたしが頼むことにするから」

「えー、あたしじゃ役不足ですか……?」

「そう言う訳じゃないけど、あたしがこの旅行の言い出しっぺだし、起きたのはあたしの地元だから、まぁあたしが説明するのがスジかなと思っただけ。気にしないでね」

は、はぁ……気にしないでね、と言われると実は気にするもんなんですけれど……

「そう言えば、佐天さん? あとで、あの時のおじさんたちに御礼に行かなきゃダメよ?」

そうだ。あたしとカオリんを病院へ運んでくれたおじさんたちに御礼しなきゃ。

「じゃ、街でおみやげ買って行かなきゃダメですね。ちょうど良いから買っていきましょうよ?」

あたしと湯川さんは方針変更、急遽街で手みやげを買うことにした。

                                  

-----------------------------------------

机の内線電話が鳴る。

麦野沈利がハンズフリーをタッチすると、出たのはサポートセンターの女性だった。

「あ、あの、麦野さんに外線ですが?」

「誰から?」

「それが……名乗らないのです」

「ちっ、電話勧誘かい、叩っ切りなさいよ、そんなの」

「いえ、それが、あの」

「歯切れが悪いわね、どうしたのさ?」

「あの、お嬢さんのことで話がしたいと言ってまして 『 は?』 ……録音してますし、逆探知も始めてますが?」

「………そう、わかった。それ続けて。あたしが出る」

「はい」

ホッとしたようなサポートセンターの女性の声。その直後。

「しずりさん?」

知らぬ声。そのわりには馴れ馴れしい感じがする、女の声。

「悪いけど、名前で呼びかけてくるほど仲の良いお友だちじゃないようだけど、どちらさま、あなた?」

用心深く、そしてなるべく時間を掛けさせるようにゆっくりと話す麦野。

「そういえば、直接お会いしたことが無いかもしれませんわね、『アイテム』 の麦野さんとは」

「むっ?」

久しく聞かなかったその名前。ということは、相手は暗部。

暗部にいた中で、今も生きている可能性のある女……麦野の記憶の中で、未だ会話すらしたことのない女……

全く知らないのならともかく、可能性のあるのは……いた。

思い出したくもないメルヘン野郎の仲間に。

「 『スクール』 か?」

「おお、あのヒントで当てるのは、さすがはレベル5。今なお現役で頑張っていらっしゃるだけのことはありますわ」

皮肉めいた言葉がカチンカチンと麦野のカンに触って行く。だが、「不思議と」 麦野は冷静だった。

もうすぐ逆探知出来る。

「お止めなさいな、探知など無駄ですから。わたしは下のホールにおりますから。

お時間がございましたら下りてきて頂けるととても助かるのですけれど?」

「くっ?」

予想外の言葉。そしてスカウターにメールが入った合図が点滅する。たぶん逆探知出来たという知らせだろう。

「わかった、下のホールにあんた居るのね?」 

麦野は返事をする。どんなヤツかと。

「ええ、平和的にお話をしたいと思っておりますので、お待ちしますわ?」

人を食ったような調子は変わらず、その電話は切れた。

麦野は上着を羽織って部屋を出た。スカウターは置いたまま。

                                

下のホールに出ると、あまり普段見かけない私服のアンチスキルやらガードマンなどがゾロゾロ集まっている……のだが、全くピリピリとした雰囲気がない。

むしろこれからみんなで飲み会だぁ、というようなとても和んだ雰囲気が異様だった。

「お待ちしてましたわ、麦野沈利さん?」

ごく普通のスーツを着た女がやってきた。

「あんたか? あたしの娘に何の話が?」

事と次第によっては……と考えたのだが、そこで麦野は異変を感じた。

原子崩し<メルトダウナー>の発動が出来ないのだ。

出来ないというよりは、「そう言う気が起きない」 と言った方が正しいだろう。

「く、あんた、……」

「はい。わたしは心理定規<メジャーハート>。 『スクール』 の生き残り。

原子崩し<メルトダウナー>の麦野沈利さんにお会いできて嬉しいです。

……ここで立ち話もなんですから、ちょっと出かけましょうか?」

 

 

「で、こんなとこまで連れてきたってわけ?」

心理定規<メジャーハート>がクルマを止めたので、ようやく麦野は口を開いた。

二人は多摩川の河原まで来ていた。

「ここならば、まぁ聞かれる可能性は相当低いですからね。読唇術ってのもありますが、まぁそれはクルマの中であれば大丈夫でしょう」

「随分と慎重なのね?」

「ええ、一方通行<アクセラレータ>なんかは筆談でしたしね」

そう言って心理定規<メジャーハート>は僅かに冷たい笑いを浮かべ、

「佐天利子(さてん としこ)さんをご存じですね?」

といきなり切り込んできた。                 

もちろん麦野もそれくらいでは動じない。

(やはり、志津恵の方ではなかったか……)

「お嬢さんのこと」 で電話をしてきた女、ということで、当然ながらそれくらいは予想の範囲の事だ。

「ええ、知ってるわよ。それで?」

「その子が先日、うちの学校に来ましてね、催眠療法とあたしの心理定規<メジャーハート>で、眠った彼女に呼びかけたんですよ」

思わせぶりに一旦言葉を切る。

「彼女、なんて言ったと思います? 

『あたしは、佐天じゃない。私は<りこ>で、佐天さんとは別人。ママは<しずり>だよ 』 って言ったんですね」

麦野の顔色が変わった。

(決まった!) 

心理定規<メジャーハート>はほくそ笑んだ。

(しずり、と言う名前は学園都市にはあなたしかいなかったからね。間違いなく、あんたがあの子の母親だったのね!)

「ふ……ふ」

「?」

「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!!!!」

いきなり麦野が心理定規<メジャーハート>の襟首をひっつかみ、恐ろしい形相で締め上げる。

「あの子は二つで死んでるんだぁーっ!! くっだらねぇことで、このアタシを弄くるんじゃねぇーっ!!!

おまえ……ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね……」

麦野自身が薄青く発光し始める。              

(そ、そんな、バカな。実の娘の距離に合わせたのに、なんで殺気が溢れ出てくるわけ? 

実の娘を殺す気なんて、そんな!)

「ま、待って、あたしは、あの子の父親が知りたかっただけ! それだけなんだから! 

垣根、垣根帝督の子なんでしょ!!」

一瞬、麦野の手が緩む。

その隙に心理定規<メジャーハート>が麦野のあごにアッパーカットをくらわした。

「ぐふっ?」

 ――― ゴン ―――

「ぐ」 

麦野が頭をクルマの天井にぶつけ、崩れ落ちる。

「いったい、なんなのよ、あんたって人は!?」

心理定規<メジャーハート>はドアを開け、うなる麦野を引きずりだして思い切り放り出した。

土手の斜面を麦野が転がり落ちて行く。

それを途中まで見ていた心理定規<メジャーハート>はクルマに再び乗り込み、急発進させて逃げていった。

 

下に転げ落ちた麦野は、茫然として心理定規<メジャーハート>の言った言葉を反芻していた。

(あたしは、佐天じゃない。私は 『りこ』 で、佐天さんとは別人。ママは 『しずり』 だよ)………

(私は 『りこ』 、ママは 『しずり』 だよ)………

(私は 『りこ』 )………

 

そんな……バカな……

ありえない……

うそだ……

「うそよ……いまさら、そんなことって……どうして? あり得ないわよ」

青い空に、もくもくと聳える入道雲。

麦野沈利は放心状態のまま、、雲を見上げながらぶつぶつとつぶやいていた……。

 

                                
------------------------------------------------

あたしと湯川さんはプラプラと小さな街を歩いていた。

次のバスまで、結構な時間があったからだ。

とりあえず助けてくれたおじさん達への御礼は買ったので、あとは自分たちのおみやげの当たりをつけようかな? というところだった。

 

ふと。

 

あたしはどうして見つけたのだろう?

単に通り過ぎるはずだった商店街の1軒、結構年季の入った写真屋さん。

学園都市には全くないし、あたしの住んでいたところでもずっと少なくなってしまった写真屋さん。

 

あたしは、その中の1枚の写真に、目を留めた。留めてしまった。

どうして目に留まったのだろう?

見つけなければよかったのに。

あたしは吸い寄せられるかのように、ショウウインドウの前に立った。

 

それは、若い母親と可愛い子供の、屈託のない笑いを浮かべている写真。

どうということはない、ある意味、ありふれた、写真。

幸せ一杯、という、見た人ならそう思うこと間違いなしの、明るい、人を微笑ませる写真。

 

 

でも、

あたしは、その写真を見た瞬間、息が止まった。

あたしは、稲妻に打たれたような、全身を走る衝撃を感じた。

 

 

誰に言われた訳でもない。

書いてあったわけでもない。

でも、あたしにはわかった。

「あたし」だ。

この子は、「あたし」だ。

あたしが、写っている。
       
                  

――― これ、………あたし、……だ、よ、ね? ―――

 

左目のちょっと下のほくろ……あった。間違いない。あたし、だ。

 

そんなことがあってたまるものか。

 

あたしは、佐天利子。さてん としこ、だ。

あたしの、大切なお母さんは、佐天涙子、さてん るいこだ。

 

しかし、そこにいるのは、

世界で一番幸せ、というほほえみを浮かべていたのは、

あたしを抱いて、わたしママですよーとっても幸せ~、という表情を浮かべていたのは、

 

涙子母さんじゃなかった。

 

あたしに似ている、このひと、誰?

                     

「どうしたの?」 

湯川宏美が戻ってくる。

立ちすくみ、身じろぎしない佐天の様子を見た湯川は、その視線の先を見る。

「あら、佐天さんに似てるわぁ、このひと? あぁ可愛い赤ちゃんだねー♪」

 

いきなり、『あたし』 が飛び出てきた。

(ママだ!!!)

 

あたしは驚いた。

(ママとあたしよ!)

 

冷静なはずの 『あたし』 が、いつもは沈着冷静なはずの 『あたし』 が。

(ママ! ママ!!)

 

あたしのアタマの中で、『あたし』が絶叫している。

(ママ! ママ!! ママーっ!!!!)

 

あたしは立っていられず、くたっとしゃがみ込む。

 

「佐天さん!?」

湯川宏美が駆け寄ってくる。

だが、佐天利子は湯川宏美がそばにいることに全く気が付いていない。

湯川宏美は異常事態が起きつつあることを感じ取った。

 

(ママ、あたしを置いていかないで!)

(ママ、どこへ行くの!!)

あたしの脳裏に、今朝の、あの悪夢がよみがえる。

何回か見た、あの悪夢の意味が今わかった。

 

それは、『あたし』 の記憶。

 

ぼやけていた顔が今はっきりと見える。

その顔は、この写真の顔。

 

(ママは、しずり……、むぎの しずり)

(わたしは……りこ……むぎの り……こ?)

ぼんやりとした思念が流れ込んでくる。

                                           

むぎの……?

え?

あの、全身ビーム女が、この女……?

『あたし』 の、ママ?

 

ええええっ?

 

それって、それって……

 

『あたし』 は、むぎの りこって、 それじゃぁ、

 

――― このあたしはいったい誰? ―――

 

さてんとしこである私って、

誰なの?

 

自己を根底から覆す驚愕の事態。

だが、混乱する佐天利子におかまいなく、麦野利子が暴走する。

(ママが、涙を流してた……泣いてた)

(ママが、あたしに背を向けて走って行っちゃった……)

(あたしを置き去りにした?)

(あたしを、ママが捨てた?)

(あたしは、ママに捨てられた、子?)

(そんな、そんなの、うそ! うそよ!! うそでしょ、ママ!???)

 

「マ、マ ? …… うそよ、うそだ! うそだぁーっ!!!!!!!!!」

佐天利子が絶叫する。

 

「さ、佐天さん?」 

佐天利子のAIM拡散力場が暴走し始めたのを感じ取った湯川宏美が恐怖の色を浮かべ、一歩二歩と距離を取る。

                         


「こ、これ……!!」

ここは800km近く遠く離れた小豆島。

滝壺改め浜面理后がびくっと震えた。

彼女は突然、強力なAIM拡散力場を感じ取ったのだった。

「誰だっけ?」

記憶を元にチェックが始まる。  

 

  ――― いた。けど、えっ? ――― 

 

「これは…………でも、あの子、死んだはずじゃ? そんな馬鹿な?」

理后は携帯に飛びつき、ものすごい早さでメールを打ち始めた。

(ありえない。けど、私の 『能力追跡』 AIMストーカーに間違いは、ない)

 

(うそだぁーっ!!!!!!!!!!!)

「抑えろ、このバカヤロー!!!!!!!」

猛烈な感情の高ぶりとAIMジャマーの戦いにあたしは割り込んだ。いつもとは全く逆だ。

冷静なはずの 『あたし』 が、暴走する。

あたしは、暴走する 『あたし』 のAIM拡散力場を押さえ込もうと必死。

いつものあたしならとっくに気絶しているはずだが、そんな余裕すらない。このバカを止めなくちゃいけない!!

押さえ、込めるか? いやダメだ。

違う! 押さえ込むんだ、佐天利子!

 

アームレットのAIMジャマーが二つとも割れて両腕から落ちる。

ネックレスのAIMジャマーは真っ赤になり高熱を発している。

 

「自分をコントロールするって、母さんに約束しただろーっ!!!!!!」

あたしは、暴走する 『あたし』 を全力で押さえ込む自分の姿を、自分の頭にイメージする。

恐ろしく暴れ渦巻くAIM拡散力場の中心部が見える。

あたしはその渦を全身で抱き込んだ。

いける! このバカを押さえて、止める!!

「そうそう、いいわ、佐天利子、そうやって、ゆっくりとクールダウン、クールダウンよ……」

急激にAIM拡散力場が静まって行く。

『あたし』 がすすり泣く声がどこか遠くに聞こえる。

 

(あたし、あたし……ママ、行っちゃいやだ……行かないで)

                                

「あー………押さえきった……死んだ、もう……」

あたしは、くたっとそこに両手をついた。

「さ、佐天さん!!?? だ、大丈夫なのっ!?」

湯川さんがあたしに飛び込んできて、あたしを抱き起こし、ぴたぴたとあたしのほっぺを軽く叩く。

「あはは、すみません……へへ、ちと、疲れました……」

    ――― どさ ―――  

「地面が冷たくて、気持ちいい……」

自分の能力の暴発を押さえ込む事に成功したことで、気が緩んだあたしは、ようやく、気絶することができた。

(ごめんなさい) 

あたしが気を失う直前、遠くで 『あたし』 が謝っていたような気が……

 

「さ、佐天さん! しっかりして!! だ、誰か、救急車を! 早く!」

湯川宏美の声が街に響いた。

 


----------------------------------

「ねぇ、佐天さん、利子ちゃんは夏休み帰ってくるわよね?」

上条詩菜が今日2回目になる質問を佐天涙子にしている。 

 

ここは佐天涙子の家。

上条詩菜は佐天の家に愚痴をこぼしに来ていたのだった。

「ええ、なんでも仲間と海に行ってから帰って来るっていってましたよ? 

まぁ、お友だちも出来ているようですから口うるさい親のところより、気の置けないお友だちと一緒に騒いでいるほうがよっぽど楽しいでしょうからね」

まぁ、そんなもんでしょ、と言う感じで佐天涙子が答えを返す。

「そうかしら? 麻琴ちゃんは風紀委員<ジャッジメント>のお仕事があるから、ってずっと帰ってこないようなことを当麻さんは言ってるのよ? 

ああ、もう年寄りなんかどうでもいいってことなのかしら。

やっぱり息子より、娘の方が親を大事にしてくれるのねって、本当に悔しいわ!」

(もう2周目なんだけどなぁ……、それに麻琴ちゃんは娘じゃないし、孫だってばさ)

と、密かに佐天涙子は突っ込む。

  

「そろそろ、お昼の支度でもしましょうか? おばさまは今日は何か?」

「私? そうね、……軽くそうめんなんかどうかしら?」

「ああ、いいですね。この間頂いたヤツが残ってますから、それと昨日の残り物でちゃちゃっとやっちゃいましょうか?」

「あらあら、さすがね、佐天さんは。じゃぁお願いしても宜しいのかしら?」

「どうぞどうぞ。昨日は私がお世話になりましたし。せめて今日くらいは」

どれ、と佐天がキッチンに向かおうとしたそのとき。

 

   ――― ピンポーン ―――


インタホンのチャイムが鳴る。

「あら、なにかしら?」

「宅配便かなぁ? ………はーい?」

佐天がインタホンの子機を取る。

 

「……佐天さん? あたし、麦野です。 麦野沈利です」

「むぎの……ええええっ?」

未だかつて予想だにしない人の来訪。

ドタドタドタと佐天は玄関へ走り、扉をバンと開く。

「お久しぶりね。お元気そうで何より」

門のところに立っていたのは、まさしく麦野沈利だった。

                          
 

「お邪魔さまでした。あたし、ちょっと戻っているわね」

気を利かせて、上条詩菜が席を立ち、玄関へと去る。

「申し訳ございません。勝手に押しかけてしまいまして、大変失礼致しました」

麦野が上条詩菜に深々と頭を下げる。

「あらあら、およしになって下さいな? わたしは世間話をしに来てただけですから。

じゃ、佐天さんまたね? 利子ちゃん帰ってくる日がわかったら教えてね?」

ニコニコしながら見送っていた麦野の顔が、最後に 「としこ」 の名前が出たことで一瞬引き締まった。

 

「今の方は、どちらの方?」 

麦野が何気ないそぶりで佐天に問いただす。

「上条さん、上条詩菜(かみじょう しいな)さんですよ」

「上条? もしかして、あの?」

「そうですよ。幻想殺し<イマジンブレーカー>の上条当麻さんのお母様。

上条美琴さんの、義理のお母様、お姑さんですよ」

「そうか、超電磁砲<レールガン>のお姑さんなのか、ってあなた、どういう関係なの?」

「わたしは、御坂、いえ上条美琴さんとは中一の時から存じ上げてました。まぁ遊び友達でした。

実は、わたしたち親娘は学園都市を退去して以来、ずっとあの上条詩菜さんにお世話になってました。

部屋を借りてたこともあります。

わたしが再び働きだして、それであの子が小学校に上がってから、わたしが出張するときは上条さんに利子を預けて行ってました。

だから、あの上条さんは利子の育ての母の一人なんです」

「そう……あの子の育ての母……それは失礼しちゃったかもしれないわね」

麦野沈利はそう返事をすると、いったん黙った。

                          

「ごめんなさい、電話してから伺えば良かったんだけれど、ちょっと焦っていたので」

少したって、麦野は上条詩菜を追い出してしまったことについて佐天涙子に謝る。

「いえいえいえ、気にしないで下さい。アハハ、そういえば、わたし、ちょっとこんな格好でごめんなさいね。

家じゃいつもこんなものなので」

くたびれたジーンズにこれまたラフなTシャツ。一方の麦野はサマースーツ姿。確かに落差がありすぎる格好である。

「そうそう、これ、おみやげよ。ドライアイス入れてありますけれど、冷蔵庫に入れておいて下さいね」

それは学園都市でも1・2を争う黒蜜堂の箱。

「うわ、またこれはこれは。わたし、ずっと行ってないんですよ……。

どうも有り難うございます! 有り難く頂戴します。

……今日も暑いですね。冷たい麦茶ですが、どうぞ?」

佐天が麦野に御礼を言いつつ、黒蜜道の箱を冷蔵庫に入れ、代わりに冷えた麦茶のボトルを取りだし、氷を入れたグラスと一緒に応接セットまで持ってきた。

「どうも有り難う。夏だからしょうがないけど、ホント暑いわね。

……それで、よければ、先にお話ししたい事があるんだけど?」

「ええ。で、娘のこと、ですね?」

「さすがね。まぁ、それ以外で飛んでくることってまずないでしょうけれど……」

 

一旦区切った後、麦野は佐天の目を見て言い切った。

「単刀直入に言うわ。

あなたの娘、佐天利子(さてん としこ)の中に、あたしの娘、麦野利子(むぎの りこ)が、まだ生きてる」

 

佐天涙子が硬直した。

 

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最終更新:2014年02月23日 20:36
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