学園都市第二世代物語 > 18


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18 「夏休み!」

 

一学期が終わった。

必死の補習が功を奏したのか、とりあえずなんとかカリキュラムは学園都市レベルに追いついた、ということらしい。

「学業補習 完了」の通知が成績表と一緒に入っていた。成績は、まぁ良し、とすべきだろう。

「やった、やっと終わった……」

あたしは長かった補習期間を思い出していた。

「ヤッホー、これで女子高生に戻れる~!」 

「成績落ちるとまた補習が復活するから、気をつけた方がいいわよ?」

浮かれるあたしに、湯川先輩が声を掛けてきた。

「はぁ………」   

ちぇ、少しぐらいはしゃがせて欲しいなぁとあたしは思った。

「で、夏休み、あなた何か予定あるの、かな?」   

湯川先輩があたしに聞いてきた。

「そうですね、久しぶりに実家に帰ってみようと思ってますけれど、まだいつ帰るか決めてません」

「あらそうなの? あのね、……よかったら、海に行かない?」

海か……もうずっと行ったことがないな……お母さんに連れて行ってもらったのって……小学校2年の時か。

「あの、……まさか女ふたりでですか?」

「え? いやいやいや、多い方が楽しいから。あたしの方はあと2人来るけど、ウチはまだ余裕あるし、どうかなって」

いや、助かった。湯川先輩と二人ってのは、ちょっと勘弁して欲しいもの……。

「もしかして先輩のご実家ですか?」

「そ、西伊豆だけど? 魚は美味しいし、海は綺麗だし、富士山も見えるし、お風呂は温泉だよー?」

新鮮なお魚? ここ学園都市でもそれなりに美味しいお魚も食べられるけれど、やっぱり海辺だよね!

そして、温泉? うーん、絶対行くしかないな!!

「行きます! 絶対行きます! 何が何でも行きます! みんな誘って行きます!」

「じゃ、今日とりあえず声掛けてもらって、行きそうな人の数、後で教えてくれる、かな? 家の準備もあるし、学校に外出届出さなければ行けないし」

「はーい! ……で、肝心なことですけど、いつ行くんですか?」

「あしたでもあさってでもいいけど、期間は一週間!」

「いや、明日は無理ですよ、準備しないと……」

「ならあさって出発!」

詩菜大おばさま、ごめんなさい。帰るの、少し遅れます……。

 

 

「おー富士山だ!」
「えー? あれ? 頭白くないの?」
「夏には富士山の雪は解けちゃうからね。真っ黒よ」
「へー、知らなかった……」

あたしたちは、湯川先輩の実家、静岡の西伊豆に来ていた。

湯川先輩のクラスメートは二人。

古賀祥子(こが あきこ)さんと、佐藤操(さとう みさお)さんだ。

あたしの方は、いつものメンバー、

青木桜子(さくら)、遠藤冴子(さえちゃん先生)、大里香織(カオリん)、斉藤美子(ミコ)、前島ゆかり(ゆかりん)。

合計9人の、花の女子高生軍団が学園都市から来襲したのだった。

海と、山と、温泉。最高の場所だ。

青い海を前景に富士山がそびえ立つ。出来すぎた風景だ。

冬は空気も澄んでいるだろうから、雪を被った富士山の姿は絶景だろうなと思う。

あたしは荷物を置くと、一人で海岸へ出て、ぽけーっと波が打ち寄せる海を眺めていた。

潮の香りが鼻をくすぐる。

ひとは水を見ると心落ち着くと言う。

全ての生命を生み出した、母なる海。

一体、どれだけの水が海にあるのだろう?

 

「リコちゃーん!」 カオリんが呼んでいる。

「バーベキューの準備するから戻ってきてって!」

「オッケー! そっち戻るわ!」 

あたしはしゃがんでいた岩場から立ち上がろうとしたが、ずっと同じ形でしゃがんでいたせいで、固まっていた足が急激に伸ばされた形になり、バランスを崩してしまった!

「きゃあっ!」   

身体が宙に浮いて、次の瞬間、


――― どっぷぅぅぅぅん ――― 

 
あたしは海に落ちた。

岩の上に落ちていたら、あたしは死んでいたかもしれない。

ゴボボボボボと大量の泡と共に沈み込む。

(痛っ!)

脛を擦った。そしてそれほど深くなかったことであたしは腰を岩にしたたかに打ち付けてしまった。

反動で前へつんのめる形で頭が下へ沈み込む。

腰の痛みであたしは一瞬気を失いそうになった。

(うわっ!)

瞬間、鼻から水が入り込む。つーんとした痛みが走る。

死ぬかもしれない、という恐怖が頭をよぎる。

 

いきなりあたしは強い力で引きずりあげられた。予想もしない力だったので逆にあたしはちょっとパニックになりかけた。

あたしは海から放りあげられ、宙を飛び、そして何かにぶつかった。

「キャッ!」
「ぶっ!!」

あたしはカオリんに激突したのだった。


しばらく二人とも動けなかった。

「ゲホゲホ、か、カオリん……」
「リ、リコ大丈夫?」


「ゲホ、体中、ゲホ、痛くて、ゲホゲホッ、息、が、苦しい……」
「リコ、重い、少し、動けない?」
「ごめん、ゴホッ、あたし、今、うご、け、ない……」

水を少し飲んでむせるし、身体は痛くて思い切り息が出来ない。

重なったまま、あたしとカオリんは小さな声で会話をしていた。

 

「おみゃぁらー、だゃあじょーぶかー!?」

地元の人だろうか、おじさん2人が駆け寄ってきた。

「おお、可愛い娘さんじゃなぁ、しっかりしろ! おお、こっちのお嬢さん、鼻血出とるで」

そう言いながら1人のおじさんがあたしをカオリんの上から下ろす。

「い、た、い」  あたしは消えそうな声で叫んだ。

「おお、ぃたぁーなら生きとりゃーすな、だゃじょーぶずら」

「ほれ、これ詰めい。お? そっちのお嬢さん、足から血流してるで?」

もう一人のおじさんはポケットからティッシュを出してカオリんに渡した。あたしは足に傷を負った。血が流れている。

「すみません、ありがとう、ございます……」  

カオリんがティッシュをちぎって鼻に詰めている。

「おお、こりゃ血止めが必要だで。あっこの家で包帯もらってこ」 

一人のおじさんがあたしの足のけがを見て近くの家に走って行った。

「す、すみません」  

あたしは少し息が出来るようになったが、まだ大きい声で話せない状態だった。

「しかし、おめぇさ、海にでも落ちたんかや? えーかん濡れとるで」

「……はい……落ちました……」

「あんた、宙飛んでこんかったけ? ようわからんけじゃ?」

「……わかりません……」   

実際、あたしもよくわからないのだ。もしかしたら……カオリんの能力?

「ほれ、かってきた。ちょっくりゃあ、ぃたゃあかもしれにゃあけれど、がまんしてくよぉー」

おじさんが消毒薬であたしの脛の傷を洗う。

「くぅぅっ!!!!」  

あたしは痛さで涙が出た。

「砂がひゃぁってるずら、医者行って洗ったほうがいいずらよぅ」

そう言いながらおじさんは器用に包帯をあたしの足に巻いてゆく。

「おう、真治、クルマもってこ? 娘さん病院連れてったほうがいいずら?」

「おう、行くさ。こっちの娘さんも一緒に連れてくで」

あたしたち二人はかくしてそのまま診療所へ送られることになった。
                                    
 

 

 

「志津恵、あなた今日学校休み?」

珍しく寝坊した娘に「母」麦野沈利は声を掛けた。

「……夏休み……うちらの学校は……寝かせて……」

ふとんに潜り込んでいる志津恵が眠そうな声で返事を返してくる。

「そうか……、はは、良い身分だねぇ。あたしもガッコの事務員になれば良かったかね」

やれやれ、と言う感じで麦野は志津恵の部屋を出る。

 

(夏休みなのか……あの子は東京に帰るのかな?) 

ふと、麦野は利子の事を思い出す。

スカウターを手に取り、「メール・音声同時送信」をセレクトする。

「夏休みだそうだけど、今はどこにいるのかな?」

簡潔な文章にして、送信先を「漣孝太郎」にセットして送信した。

 

返事は来ない。

 

返事が来ない。

 

全然返事がこ・な・い……

 

ぷち……

 

(何やってるんだ、あのクソガキ……)

ここしばらく麦野はぶち切れた事がない。

それはそれで平和な証であり、正直目出度いことではあるのだが、反面溜まったストレスをどう処理するかが問題である。

(お・し・お・き、かく)

危ういところ……で、ブブブブとスカウターが振動した。

「発信者 漣孝太郎  音声通話 通話開始しますか?」の文字が躍る。

(ち、もう少し早く決めときゃ良かったか……) 

格好の弄り相手を失って更に不機嫌さが増した麦野は「通話開始」を選択した。

「こーたろーくぅぅぅぅぅんー? 今、何してたのかにゃーん?」

 

「不良、スキルアウト、6名、鎮圧完了、したところ、です!! 連絡、遅くなりました! なんでしょうか?」

息を切らしながら孝太郎が報告してきたのだった。

予想外の内容に返事が出来ない麦野。

とはいえ、さすが百戦錬磨の強者。

1秒で立ち直った麦野が返事を返す。

「あ、あ、それはご苦労さん。取り込んでるみたいね? しばらくしたらまた連絡するわ。ケガはない?」

「いえ、大丈夫です。今回はテレポート失敗はありませんでした! では後ほど」

「音声通話完了:リダイヤルしますか?」の表示が出る。                                

(何やってるんだ、あたしは……)

この炎天下の中、風紀委員<ジャッジメント>特殊任務委員として活動している漣に、あろうことか自分の「娘」のスケジュールを調べさせようなどと考えた自分の身勝手さに腹が立ってきた。

(公私混同、親バカの最たるものね、情けないったらありゃしない……さて、どうするか、放っておくか。

いや、親バカかもしれないけど、調べないといけないような気がする……自分で行くか!)

 

風紀委員会<ジャッジメントステーツ>特殊任務委員室の自分の席で、麦野はチェックにかかった。

もちろん、いきなり佐天利子のところにアクセスはしない。そこらへんは最低のリスク管理だ。

まずは、あの表彰のところからスタート。表彰者を検索する。

名簿順に、どうでも良い他の表彰者の検索を行い、「湯川宏美 学園都市教育大学付属高校2年」を見つけ出す。

この名簿の中には佐天利子はいないが、あの子はこの湯川宏美という風紀委員と共に九官鳥事件に関係していたとのレポートがあるのだ。

それから、今度は風紀委員の特権を必要とするデータ群へアクセスを開始する。

学園都市の風紀委員専用のアクセスページにログインし、諸届の項目から、XX年夏休みの専用ページに飛ぶ。

夏休み、冬休み、GWなどは学生その他が学園都市外へ出ることが非常に多いので、毎回専用の特集サイトが設けられるのである。                                    

そこから、学校名で学園都市教育大学付属高校女子部を選択し、「外泊・外出届」を開く。

ずらりと表示されるID番号と個人名。個人名でソートをかける。

 

まずは「湯川宏美」からだ。しっかり外出届が出ている。

期間:7月XX日~XX日 

場所: 静岡県XX市XX町XX番地

宿泊場所: 自宅

目的: 帰省のため

その他:同行者8名 別紙の通り

 

その場所を見て、麦野の顔が一瞬ほころんだ。

昔、産まれたばかりの利子を連れて住んだ町があるところだ。

正確な事はわからないが、隣町とか、たぶんそう離れてはいないだろう。

「へー、あそこからここに来たんだ、この子……」

一番幸せだった、と今でも言えるだろうあのひととき。

出来るのなら、願いがかなうのならば、あの頃に戻りたい……あの平和だった、穏やかな日々に……。            

 

「まさか!?」

麦野は気づいた。   

『同行者8名』 

別紙をクリックしてファイルを展開する。

届が開かれる。

 

「同行者名:青木桜子、遠藤冴子、大里香織、古賀祥子、斉藤美子、佐天利子、佐藤操、前島ゆかり」


  ―――― いた ―――― 


予感的中。

佐天利子が加わっていた。

 

(あの子が、あそこへ行くのか……)

麦野は自分の不安の元が、彼女の夏休みの日程にあったことを理解した。

突き止めた結果は、むしろ逆に不安を煽る結果になってしまったが。
                                  
あの子がもちろん細かな事を覚えている訳がない。二歳になるかどうかの頃だ。

仮にあったとしても、単発のイベントを細切れでほのかに覚えている程度のはずだ。

そして、何よりも、あの子は記憶を消されているのだ。あの子の記憶は、学習装置<テスタメント>によってまっさらに上書きされたのだ。

心配するようなことが起きる訳がない。そもそも「心配すること」ってなに? どんなことよ?

言ってご覧なさい、沈利? あなたは何を心配しているの?

……麦野はひとつひとつ、論理的に自分の不安に対して否定する事実と推論をぶつけて行く。

何も起きない。佐天利子の記憶に、友人達との楽しい夏休みの記憶が、青春の1コマが記憶されるだけだ。

そう言い聞かせた。

……なのに、何故? どうしてあたしの心はこんなに不安なのだろう?

ああ、出来るなら、あたしも伊豆に行きたい……

だが、彼女の自尊心は「娘のため」という私用による休暇を取ることを拒否し、彼女の責務とスケジュールもまた、休養を許さなかった。

 

 麦野はまだ知らない。

彼女の娘、「麦野利子」の心が、強力無比で過酷な「学習装置<テスタメント>」の記憶消去上書き作業に耐え抜き、今も「佐天利子」の陰でひっそりと生き続けていることを。
                              
      
 

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湯川さんと、彼女のお父さんがクルマで駆けつけてきた。

「大丈夫?どうしたのよ、ほんと心配したわよ」   湯川さんの開口一番。

「……すみません……ドジ踏んじゃいました……」   あたしはまだ大きな声を出せないので小さい声で謝った。

「申し訳ありません、ご迷惑おかけしまして済みません」   カオリんも頭を下げた。

「とりあえず、あんたたちの健康保険証は持ってきたから出してくるね」 

湯川さんはあたしとカオリんの保険証を受付に出しに行った。

「いやいや、それでも大したけがでなくてよかったね。宏美が血相変えて飛んできたときには何が起きたかと思ったよ、ハハハハ!」

豪快に笑うお父さん。

「ちょっと、恥ずかしくなるでしょ、そんなに笑ったら。まったく乙女心をわかってないんだからお父さんは!」

湯川さんが戻ってきた。

「そうそう、はい、これあなたのバッグ。着替え入ってるようだから丸ごと持ってきた!」

「す、すみません」   あたしは蚊の鳴くような声で御礼を言った。

「大里さんのバックはこれね。あなたもほら、血の跡付いてるし、着替えなさいな」  

湯川さんがカオリんのバッグを渡す。

「あ、有り難うございます」   恐縮してカオリんがバッグを受け取った。

「すみません、あの、着替えられる場所ありませんでしょうか?」   湯川さんが診療所の人に聞いている。

あー、またこれで湯川先輩に頭があがらない~!                         

 

着替えながらあたしはカオリんに謝った。

「ご、ごめんね、カオリん。あたしのせいでけがさせちゃって……」

「ううん、あたしがもっと驚かせないように近くまで来て言えば良かったの。あなたのけがの方が酷いじゃないの。

ごめんなさい」

「でね、カオリんって、もしかして念動力者だったの?」

「……うん。でもね、いままでこんなことは出来なかったのよ。

せいぜいあまり大きくない石とかで、人間なんかとてもとても。

だから、正直今でも信じられないの。リコがあたしに向かって飛んできたのを見て、あたし、びっくりしてすくんでしまった、というのが本当なの」

「でも、おかげであたし助かったわ。腰打って、あたし息が詰まりそうだったの。あのまま沈んでしまっていたと思う。

カオリんのおかげよ。

……それに、最後、カオリんにぶつかって、クッションになってくれたからよかったけど、もしよけられたらあたし、ものすごい勢いであそこに放り出されたことになるから、ヘタしたら大けが、骨折してたと思うな……」

「あのパワー、火事場のバカ力ってヤツなんだろうな……」   カオリんがつぶやいた。

「カオリんさぁ、あたしを引きずり上げたのは事実なんだから、多分潜在能力は高いんだよ、きっと。

やり方さえつかめればきっとレベル3や4になるわよ」  

あたしは、励ますつもりでカオリんに言ったのだが、答えは逆だった。

「ううん、リコ? あたしは今のままでもいいの。サイキックパワーが今以上強くなって、レベル3や4になったからって、世の中が良くなるわけじゃないし」

「でもさ、現実にあたしはカオリんに助けられたのよ? カオリんの能力は、人の役にたったのよ。

それは忘れちゃいけないと思うよ」 

あれ? あたし、なんでこんな事言ってるんだろう? 普段は自分の能力を否定してるあたしが……おかしい。

 

いきなり足にけがをしてしまったあたしは、その日温泉に入れず、悔しい結果になってしまった。

ちなみにカオリんも同じ。

――― いいお湯だったわぁ ――― 

*:.。..。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:* ミ ☆


湯上がりの火照った幸せそうな顔をしてるみんなが羨ましかった…… 

くそー、自棄食いしてやる~!」

 

 

朝日に照り輝く海の明るさであたしは目が覚めた。げ、まだ朝5時前!

でも素晴らしい天気。暑くなりそうだ。

あたしはふとんから出て、窓から海を眺める。学園都市のあたしの部屋から見る風景とは完全に別世界だ。

おととい買った水着を着て……足とお尻、けがしてたっけ。足はともかくお尻のけがはどうにもならない。

水着は論外、スカートだってはけないかも?

それはちょっと情けない。今日はガマン、かなぁ……。

 

不意にぽんと肩を叩かれた。

「ひゃ!」

「あはは、驚かせてゴメンね。おはよう、ちょっと外に出てみない?」  

湯川さんだった。

 

まだ寝ているみんなを起こさないように、そっとサッシを開けて、あたしたちは外へ出た。

潮風がさわやかだ。遠くではリズミカルに漁船のエンジン音が響いているし、すぐそばではスズメが朝早くからさえずっている。

「素敵なところですね」 

あたしは心底そう思って言った。

「そう? あたしはここで産まれて育ったの。だからあたしから見れば、いつもの風景、かな?

でも、確かにあたしはここが好き。綺麗な海と、潮の香りと、山の恵みと、温泉。海の向こうに聳える富士山。

田舎だけど、でも誇りに思ってる、ってところ、かな?」

湯川さんは遠くを見ながらそう言いながら、視線をあたしに向けて、

「昨日のことなんだけど、」   とちょっと困った顔で切り出した。

「あなた、海に落ちたのよね?」

「ええ、そうです。みっともないったらありゃしませんけれど……」   あたしは頭をかいた。

「そのとき、大里さんに助けられた訳だけれど、彼女は能力を使っちゃった、んだよね……」

「……あ!……」

そうだった!

学園都市外での能力使用は御法度だったっけ……ひじょーにまずい、まずいですね……

「知ってるよね? 外で能力使っちゃいけないこと」

「はい……」   カオリん、ごめんなさい。あたしが不注意だったから……

「まぁ、緊急事態だったから、そして人の命が助かった、という言い訳は立つので、抗弁は出来ると思うの。

あなた、今日は海は入れないわよね?」

「明日も無理だと思います……」

「先生、次はいつ来いって言ってた?」

「あさってか明々後日と」

「じゃ、あさって、先生のところに行ったついでに診断書もらってきましょう。大里さんへの処分が軽くなるよう努力しないと」

「あ、あのぅ……」   あたしは湯川さんに聞いてみた。

「カオリん、いえ、大里さんにはもう?」

「昨日のうちに聞いといたわよ」   湯川さんはそう言って微笑んだ。

「あなたを助けるためだったから無我夢中でしたって。罰受けるのは面白くないけど、使ったことには……」

「悔いもないし、恥じることもないわ。リコ、気にしなくて良いのよ」   カオリんがサッシを開けて顔を覗かせていた。

「カオリん……」

「でもね、リコ? 診断書はお願いね。あたしだって罰は軽い方がいいからさぁ?」   カオリんが笑って言った。

 

 

三日目。

今日もまた良い天気。

カーテンから漏れる朝日であたしは目が覚めた。やっぱり5時前だ。むちゃくちゃ早起きだ。

昨日と同じように、あたしはふとんから出て、朝日に輝く海を眺めていた。

「リコ、早いねぇ」   ミコちゃん(斉藤美子)がふとんから出てきた。

「おはよ。ミコちゃん?……も朝早いね?」   あたしは寝起きのミコちゃんの顔を見ながら聞いてみた。

「なによ、あたしのすっぴん見てそんなに驚かないでよ(笑) そんなにヘン?」

ミコちゃんからは予想もしない返事が返ってきた。ず、図星だ。

「ふーん、別人に見えるってか……。まぁあたしの化粧が巧いってことだから許したげるわよ」

そう言うと、ミコちゃんは冷蔵庫から水のペットボトルを取りだしてきて、「ベランダ出てみない?」とあたしを誘った。

まだ寝ているみんなを起こさないように、そっとサッシを開けて、あたしたちは外へ出た。

 

今朝も涼しい潮風が吹いている。スズメたちは今日も朝からにぎやかにさえずっている。

「すっごく良いところだよねぇ」   あたしは心からそう思った。

「うん、自然が豊かだよねー、ここ。やっぱり海があるのって、最高だね」

ミコちゃんが一口水を飲んで、あたしにボトルを渡してきた。間接キス……だよね? まぁいいか。女の子同士だし?

あたしも一口飲んだ。はー、生き返る。

「間接キス? ……ああ、そうか、アハハ、気が付かなかったわ、ゴメンね。そう言うつもりじゃなかったの」

えええええええ、また? ちょっと、どうして?

あたしが驚いてミコちゃんを見つめると、彼女はちょっと緊張した顔でしゃべり始めた。

「これが、あたしの能力、なの」

「あたしの能力は、心理解読<インタープリット>」

ミコちゃんがぽつぽつと話し始めた。

彼女はいわゆる「顔色を読む」ことが可能なのだそうだ。

しかも、ものすごいのは、人間はもとより、場合によっては犬・猫やチンパンジーなどの類人猿やイルカなどの動物たちに対しても有効な場合があることなのだ。

しかし、本人はこの能力をとことん嫌っている。これ以上能力開発なんかしたくもないと言う。今現在レベル3だそうだ。

彼女に言わせると、いきなりの初対面でも数分経つと、相手がいま何を考えているのかが顔に出てくるのだそうだ。

自分の思念を読まれるのは相手にとってはたまったものではない。だから彼女の能力を知った人はみな彼女を避ける。

子供の時にそれっぽいことを話したら村八分にされ、一家丸ごと引っ越すハメになったという。

以後、彼女は絶対に自分の能力を話さなくなった。

彼女は学園都市内でも常にAIMジャマーを装着している。

「あたしはこれがあって本当に嬉しかったな」と寂しく笑った顔を忘れられない。

「もしかして」あたしはミコちゃんに聞いてみた。

「九官鳥とお話した?」

ミコちゃんはぷっとふきだしてしまった。

「あはは、やっぱりばれたか? まぁしゃべったらばれるとは思ってたけれど。そう。あたしなの」

笑いながらミコちゃんは話を続けた。

曰く、たまたま遺失物の件で風紀委員<ジャッジメント>第77支部に相談に行っていたところ、同じ高校のひとが九官鳥を持って入ってきたのだそうな。  (それが湯川さんだと知ったのはずっと後らしい)

「おなかすいた・ごはんまだ?」と叫ぶ九官鳥が珍しかったので見ていたところ、何やら児童虐待の話になり、それがどこだかわからないという話になった。

そこでミコちゃんは、ちょっと失礼してその九官鳥を覗きに行ったところ、子供たちの名前がいくつか出てきたのだそうだ。

あたしからすると、九官鳥にそんなに表情やら思念があるとは思えないのだけれど、彼女には見えたらしい。

その名前で検索したところ、運良く1名がデータでヒットしたのだそうだ。

そこでテレポーターの1名が潜入したところ、彼の見たものは、やせ細った哀れな子供たちの姿だったそうな……

「じゃぁ、ミコちゃんの能力で子供たちが救われた、ってことなのね?」

「……そう、かもしれない。でもね、今回は運が良かっただけなのよ? あなただっけ? 最初に九官鳥を保護したのは。

あなたが保護しなかったら? 湯川さんが興味を持たずに、風紀委員<ジャッジメント>に話を持ち込まなかったら?

風紀委員<ジャッジメント>が興味を持ってくれなかったら? 本当にたまたま全部良い方向に動いただけなのよ。

……さて、じゃあたし、ジャマーつけるわね。リコも内心読まれるのはいやでしょ? 

大丈夫。ジャマーつければあたしは只の女子高生になるからさ、安心してよね。」

そういうと、ミコちゃんはもぞもぞとジャージからヘアバンドとイヤリングを取りだした。

それでわかった。寝起きの違和感。ヘアバンドがなくて、髪を全部下ろしていたからだ。

「これがそうなのよ。これつけると、直ぐに頭に負荷がかかってるなぁって気が付くの。まぁ慣れちゃうんだけど。

外したときもそうなの。すごくすっきり感があるんだよねー」

そう言いながらミコちゃんはさっさと髪を纏めてバンドで止め、イヤリングを耳に留めた。

おお、いつものミコちゃんが現れた。たった2つのアイテムなのに、随分違う印象になるもんだ。

「う、やっぱりちょっと来た」 

一瞬ミコちゃんの顔が曇る。

それ、わかる。あたしもジャマー外すと、頭がすっきりと冴えた感じがするし、その後で再装着するとアタマにもやがかかったように感じるのだ。

もっとも直ぐに慣れてしまい、装着していることを忘れてしまうのだけれど。

「リコ? お願いだから、今の話、絶対に言わないでね? 絶対よ!」 

ミコちゃんがあたしに指切りげんまんを示してくる。

「うん、わかった」 とミコちゃんに不安を与えないようあたしは即答した。

その直後。

 

「おーい、リコの次はあたしだよー?」
「そのつぎ、あたしね?」
「あ、あたしもそうだから」
「絶対、言わないから安心して」

みんながニコニコして小指を立てていた。

 

「あたし、地獄耳<ロンガウレス>だしね、聞こえちゃったのよ」   湯山さんが困ったような照れくさそうな顔で言う。

「あたしもさ、名前の通り自動書記<オートセクレタリ>は勝手に起動しちゃうんでさぁ、でももう全部消去しちゃったから大丈夫よ」   ゆかりんがにっこり笑って言う。

「み、みんな……こんなあたしでも、いいの?」   ミコちゃんが泣きそうな顔になっている。

「あったり前じゃないの、友達だもん」
「そういうこと。なんならジャマー取ってもいいぞ? 今ならねw」
「ミコはあたしのおともだち。そして、みんなの仲間だから」


「あ、ありが……と……う」 

感極まったのか、ミコちゃんは座り込んで泣き出してしまった。

みんなもミコちゃんのまわりにしゃがみ込んでミコちゃんを励ましてる。まるで、青春ドラマのように。

いや、ホンモノの青春だよ、これは。

 

朝食後。水着に着替え出撃の準備タイム!

数人を除いて、もう日焼けして赤くなっている人もいて、いかにも夏休みという感じになってきた。

あたしも水着にこそなっていないものの、襟足や腕、足はそれなりに日焼けしていた。

顔も日焼け止めクリームを塗りたくってはいたけれど、海辺の直射光・反射光は生半可な日焼け止めクリームなぞはものともしないのだ。

「へへ、日焼けサロンより健康的だよーん」   ゆかりんは綺麗にサマーガールに変身しつつあった。見事、だ。

「歳くってから後悔するわよ?」   さえちゃんがまぜっかえす。彼女は逆に夏の太陽対策・完全武装派であった。

パンツルックに長袖、手袋に帽子、日よけ傘、UV対策の化粧品に日焼け止めクリームバリバリ。

海に行っても、海ではなく海の家に殆ど居ずっぱりなのだそうだ。

はっきり言って、そこまでするならいっそ海に来ない方がいいんじゃないの? と言いたくなるような話。

もちろん水着など持ってきていない。

「波の音は心を落ち着かせ、ストレスを弱める働きがあるし、適度な潮風も健康に良いのよ?

問題は強すぎる紫外線だけなんだから」 というのがさえちゃん先生の言であった。

「冴子もまた極端だと思うけどなぁ」   そういうミコちゃんはミコちゃんで、毎日水着をとっかえひっかえしている。

水着のあとがくっきり残るのは恥ずかしいからだそうだが、ブラやワンピースのラインが、あっちこっちにうっすらと出ているのは、ちょっとおかしな気もするけれどもねぇ。

                         

「おー、さくら、新しく買ってきた水着はソレか?」   ゆかりんの声にみんなが一斉にさくらに注目する。

「ちょ、はずかしいから見るなーっ!」

さくらは、当初、なんとスクール水着で来たのだった。小柄でスリムなさくらがスクール水着を着ていると、

あまりに嵌りすぎていて、みんなから 「かわいい」 「ロリすぎ」 「小学生」 とかさんざん弄りまわされたのだった。

特に1つ上の先輩からは完全におもちゃにされていた。

ということで、彼女は昨日1日つぶして、地元とちょっと離れた市街のお店を片っ端からまわって、新しい水着を買ってきた、というわけだ、「あたしと一緒」 に。

「わざわざ恥ずかしいの買ってきたの?」
「見るなって言われてもねぇ?」
「水着は見せるためにあるんじゃね?」
「なーに?彼でも来るの?」
「えー、それマジ??」
「なによそれ、それならそうと言いなさいよ」

それは、可愛らしいフリル付きのワンピース。やっぱりさくらは弄られていた。

さて、あたしはどうしようか……

                
 

「スイカ割りやろーよ」
「夏の風物詩だねぇ」
「やろやろーぅ!」
「念のため言っておくけど、能力禁止だからねっ!」
「もち!」

みんなではしゃいでいる。

ここはあたしが落ちた岩場ではなく、反対側の、あまりそう広くはない海水浴場。

結局、あたしは持ってきたセパレーツの水着に短パン・Tシャツ、麦わら帽子という出で立ちでやってきた。

お尻のけがのところに化膿止め薬を塗ったガーゼがぽこっと出ているので、水着ではすごく恥ずかしいが、

短パンをはくとパッと見ではわからないので助かった。

「うぉりゃー!」

  ―――― ボコ ――――

「ミサがやったぁー」
「割れたー」
「完璧……」

ミサ(佐藤操)先輩がど真ん中に叩きつけ、スイカは見事に2つに割れた。

実際にやってみればわかるが、大抵は変な角度で当たってしまい、汚い割れ方になることが多いのだけれど、佐藤先輩は絵に描いたように綺麗に割ったのだった。

「でもさー、これどうする? 誰か包丁……持ってきてるわけないよね?」   ミサ先輩がみんなに聞く。

たしかに綺麗に2つなので、人数分にどうやって小割りするかが問題になった。

「あ、あたし、昨日行った海の家に持っていって切ってもらいましょうか?」 

おお、さえちゃん先生、思いもかけないところで役にたちそうだね?

「うん、じゃあたしも手伝うね」   あたしはそう言って片割れのスイカを持つ。

「さえちゃん、服汚れるからあたし持つよ」   見事なサマーギャルになったゆかりんがもう一つを持つ。

「しっかし、あんたら、そうやって並ぶと両極端だねぇ……」 

アッコ先輩(古賀祥子)が真っ黒になりつつあるゆかりんと、完全武装で白いままのさえちゃんを見比べて感嘆する。

「環境に順応するのが早いんですよ、あ・た・し♪ どこでも生きていけますから~、じゃ行ってきます」

ゆかりんはそう言うとすたすたと歩き始めた。

「あれ、さえちゃんの海の家ってあっちだっけ?」   あたしはゆかりんが向かう方向を見て「?」と思い、さえちゃんに訊いた。

「違うわよ、  ゆかり~!!!! 違うよー!!! あっち~!」   おお、さえちゃんの大声って初めてだ。

あたしたちは方向を変えたゆかりんと一緒に海の家に向かった。 

 

 

あっさり海の家のおじさんは承諾してくれて、スイカをとんとんとんと切ってくれた。

「たいしたもんだな、大抵は不細工に割れるんだけどな」

そういったおじさんは、あたしの顔を見て 「おや?」 という顔になった。

「どっかで会ったかな、お嬢ちゃん?」 とあたしに訊いてきた。

「いや~、ここ来たの初めてですから……、おととい来たんですけど」 とあたしは面食らいつつ答えた。

「そっかー? うーん、他人のそら似かなぁ、どっかで見たことあるような気がするんだけどな」

(……多分、誘拐報道か、その後の大騒ぎで盗撮された写真の載った雑誌だろうな……) とあたしは思った。

やっぱり、そう簡単には記憶から消えてくれないのだろう。

「さすがリコだねぇ、美人は覚えてもらえていいわねー」   ゆかりんが少し嫌みっぽくあたしをからかう。

「お嬢ちゃん、リコって言うのか。……リコ、リコ、うーむ」   おじさんがまた考え込む。

「リコはあだ名です。としこ、って言います」   あたしは訂正にかかる。

「奥様のお名前じゃないんですかぁ?」   さえちゃんがおじさんをいじりにかかる。

「あはは、女房の名前なんか忘れちまったよ」

「えぇぇぇ? そんなひどーい!」   さえちゃんが非難の声を上げる。

「あんた、なんか言ったかい?」   いつのまにかおばさんがそばに来ていた。おじさんの奥さんなんだろう。

「いやいや、別になんでもないさね」   おじさんがおどけて答える。

「あら、みんな可愛いわねー。青春まっただ中って感じ……あら、あなた、どっかで見たことあるわね?」

おばさんからいきなり「見たことがある」と言われてあたしはまた驚いた。

「お前、このお嬢ちゃん知ってるのか?」   おじさんもびっくりしておばちゃんに訊く。

おばちゃんはあたしをじっと見て、直ぐにはっとした顔になって苦笑いを浮かべて話し始めた。

「……あらあら、ごめんなさい、違ったわ。ひと間違いしちゃってごめんなさいね。なに勘違いしたのかしらね?

20年も前の話を。あなた覚えてない? 

ほら、なんと言ったっけ、あそこの……石橋さんちの離れに引っ越してきて、そしていつの間にかいなくなっちゃった……」

「ああ、それだよ、それ。思い出した。あの可愛い赤ちゃん連れてた人な。すごい昔の話だな。はは、別人だよ」

夫婦で話が通じてるけれど、あたしにはさっぱりわからない。

「いやいや、ゴメンね、お嬢ちゃん。あはは、歳くうと、固有名詞を忘れちゃうんだなぁ。

昔、俺らがいた街に、君によく似た人がいてねぇ。結構話題になっててねぇ、オレが二十歳の時だったな」   

おじさんが遠い日のことを思う顔になった。

「ふーん、あんた、あたしとつきあってたのに、あのひと気になってたんだ……」   奥さんがチャチャを入れる。

立派な夫婦漫才だ。

「リコ、そろそろ行こう?」   ゆかりんがせかした。

「そうね、行こ! おじさん、ありがとね! お盆お借りします!」   あたしは御礼を言って店を出た。

「おぅ、後で返すついでに、かき氷でも食べに来なよ!」   おじさんが返してくる。

「また寄らせてもらいますね!」   さえちゃんが挨拶してあたしたちを追う。

 

「なんて言ったっけなぁ……顔は思い出せるんだけど、名前が出てこねぇよ」

「あんたボケが始まってるんじゃない?」

「へいへい、オレは昔からボケでしたよ」

「あの子、絶対その人に似てたわよ、だって一瞬本人かと思ったのよ……案外あの娘だったりしてさ」

「あはは、まさかな、って話そらすなよ」

「うっさいわね、昔のおんなの名前思い出すヒマあったら、ちっとはそこらに出て注文でも取ってきなさいよね!」

「あはは、その通りだ」

 

 

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*タイトル、前後ページへのリンクを作成、改行を修正しました(LX:2014/2/23) 

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