学園都市第二世代物語 > 14


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14 「最低・最悪」 

 

利子(りこ)があたしをにらんでいる。

あたしは一瞬目をそらす。

利子の目にじんわりと涙が浮かび、つーと流れ落ちる。

あたしは耐えきれずにまた目をそらす。

「ママ?」 利子があたしを呼ぶ。

あたしは答えられない。

あたしは、下を向いたまま、利子を見ることが出来ない。

「ママ、あたしを見て」

あたしは顔を上げられない。どうしてもあげられない。

「ママ、どうしてあたしを捨てたの?」

ごめんなさい、と言おうとしても、声が出ない。

「ママ、あたしが嫌いになったの?」

(そんなことない!)あたしはようやく顔を上げる。

目の前は、誰もいない真夜中のどこかの道。

 


「許して、お願い、許して!!!」

 

目が覚めた。

 

 

       

「また、見たのね……?」

そこには、心配げにあたしを見つめる、泣き出しそうな志津恵(しづえ)の顔があった。

ち、見られたか……

あたしは起きあがって、志津恵の顔を見つめて、軽くウォーミングアップをする。

「志津恵、いつまでもひとの寝起き見てるもんじゃないわよ?」   右手がほんのり青光りを放ち始める。

悲しそうな顔をしていた志津恵は、ホッとしたような表情になる。

でも顔にふっと影が差して「 『母さん』 、やっぱり苦しんでるのね……」  と小さくつぶやいた。

「ふん、歳のせいってやつさ。あたしもヤキがまわったもんだ……あーぁ 『娘』 に心配されるってのも情けないねぇ」

あたしは志津恵にバレているだろう強がりを言って、ベッドから出る。

「今日は学校は?」

あたしは 『娘』 に尋ねてみる。

「今日はあたしは休みよ? 『母さん』 は?」

志津恵が逆に聞いてくる。

「へっ、先生と違って風紀委員会<ジャッジメントステーツ>は年中無休ってね」 

あたしは見せてしまった弱みを覆い隠すように強がって言葉を返した。

「風呂入ってくるね。志津恵、今日出かける?」 

あたしはバスローブを持ってバスルームに向かいながらまた 『娘』 に今日の予定を聞いてみる。

「ううん? 特にない。それより、来週のカリキュラムの組み直しもしなければならないし、今度は高校で……」 

「あっそ」

あとの方の言葉は良く聞こえなかった。

あたしはバスルームに入った。

「ごめんね、心配掛けて、志津恵」 あたしは小さい声で『娘』に謝った。

                           

 

 

「お母さん」 はまたあの子の夢を見たらしい。

あれからもう15年も経つのに、やっぱり忘れられないんだろう。

 

でも、ここ最近、そう2年くらい前からちょっと雰囲気が変わっている。

昔は、それこそ私が来て間もない頃は、「お母さん」 があの夢を見ると大変だった。

もう涙ボロボロ、汗びっしょり、起きたら起きたで最悪の御機嫌、ピリピリしていてとりつく島もない有様、そんな時にうかつにもヘマでもしようものならものすごい勢いでひっぱたかれるわ、はり倒されるわで、ものすごく怖かった。

もっとも、そのあとでちゃんと八つ当たりしたことを反省して、高そうなお菓子やおみやげを買ってきて、あたしの御機嫌を必死に取ろうとするところが「お母さん」の憎めないところだったけれど、正直そんなことしないでいいから、最初からもう少し優しくして欲しいなー、と私はずーっと思っていた。

 

ところが、最近はその夢を見ても、涙ボロボロまでは同じなのだけれど、起きてしまうとけろっとしているのだ。

あまりに昔と違いすぎるので、最初、私はものすごく恐ろしかったことを絶対忘れない。

おかしい。絶対に、おかしい。

催眠療法か何かを受けたのだろうか……?

 

……15年も前なのに。

……わずか二歳の生涯だったのに。

                   

私はものすごく羨ましい。

そりゃぁだって、彼女は「お母さん」のホントの子供なんだから、当たり前なんだけれど、私だって15年も「お母さん」と一緒なのに、あの子の7倍もの時間を過ごしているのに、彼女に勝てないのはつらい。

 

悔しい。


 

 

……でも、そんなことを考えちゃいけないだろう。

あのまま、あそこにいたら、私は学園都市に、いや、とっくにこの世には居なかったに違いない。

「お母さん」 は、私を救ってくれて、私が持っていなかった全てを与えてくれたのだ。私をここまで育ててくれたのだ。

ちょっと荒っぽかったけれど。

 

そう、例えそれが、あの子の代わり、だったとしても。

 

私は 「お母さん」 に感謝してる。

 

だって、

             ―――― 「お母さん」は ―――― 

 

 ――――   「麦野志津恵(むぎの しづえ)」と言う名前を与えてくれたのだ  ―――― 

 


 ――――   「18番」 という番号で呼ばれていた実験動物、私<チャイルド・エラー>に  ―――― 


……


 

 

「じゃ行ってくるから。志津恵? あんた、たまには外に出てフラフラしてみたら? オトコッ気なさすぎるわよ?」


………う、う、う、う、うるさーい! 


”麦野沈利(むぎの しずり) ・ 原子崩し<メルトダウナー> の娘 ”


だからオトコが寄ってこないのよ~!!
 

これだけは、私も予想だにしなかった……。そりゃ子供のあたしにわかるはずも、ないよね ……orz


 

 


「すみません、またヘマしました」 

漣孝太郎は上司、麦野沈利の前で報告していた。

麦野は黙っている。

しばらく経って、麦野が口を開いた。

「ヘマはしていないでしょ? 5分前には着いてるんだから。遅刻したら問題だけど? 

早めに行っておいて良かったわけでしょ?

不測の事態が起きたけれども、それに対応すべく計画を組んでおいたのが成功した訳だから。違うかな?」

「はい」 

漣はおとなしく答える。

「だから、今回のあなたの仕事に関しては、なんら問題はないの。わかった?」

「は、はい。有り難うございます」

「バカったれ! 有り難う、じゃないわよ! 何勘違いしてるの?」

一転して麦野は厳しい言葉をはき始めた。

「前にも言ったわ。テレポーターが戦場で演算を忘れたら死あるのみ、ってね。覚えてるわよね?」

「はい」

「よろしい。何故、忘れたの?」

「……」

「どうせ女の子の話でしょ?」

「……はい」

「ったく。あのね、男に女の話したら、女に男の話したら、普通は心が揺れて当然なのよ! 当たり前なの。

問題はね、一旦動いちゃった平常心を如何に早く取り戻すかが勝負なのよ! 

あんたみたいに1時間も2時間もかかったら生き残れないわよ、いい? 

動くのは仕方ないの、人間なんだから。動揺した心をいかに短時間で平常心に戻し、演算可能な状態に戻すかが勝負なのよ! わかった?」

「はい! わかりました」 

漣は顔を上げてはっきりと答えた。

「何がわかったのか、言ってごらん?」

「は、はい。自分は、とにかく心を平準化して、動揺しないように、動転しないように、と言うことばかり気にしてました。

ある程度は対応できるようになってましたが、予想していなかった事態が起きると、まったくその訓練は役に立ちませんでした。

訓練の方向を間違えてました。今度は、いかにして動揺を早く抑えるか、興奮を静めるか、と言う点を集中して

訓練します。 以上です」

「よろしい。訓練の成果を期待します。今日はこのあと特に仕事もないから、帰りなさい」

「はい! 有り難うございました。漣孝太郎、帰ります!」

ふっと漣は消えた。

 

……

 

「そんなに簡単に動揺なんか抑えられないって……」

麦野はつぶやいた。

「あの子は優しいから…そもそも戦闘には向いてないわよね」

 

しばらく書類を見ていた麦野はひとりごちた。

「さて、表彰式でもちょっと覗いてみるか。あの子もいるらしいし」
                                
 

 

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(なんで佐天さんが座ってないのよ?) 

上条美琴は壇上にいる4人の表彰者を見ながらやきもきしていた。

学園都市の広報委員として、来賓としての出席であった。

彼女は母・佐天涙子に娘・利子の表彰について連絡を取っていたが、

「残念ながら出張で今は日本にいないので、出席出来ません」

という返事であった。

あまりの素っ気なさに言葉が出てこなかった美琴だったが、

「まぁ今まで2回とも、利子ちゃんが学園都市にいるときに佐天さんが来ると事件になってるからなぁ……

気にしてるのかも……」

せっかくの娘の晴れ姿なのに惜しいな、と考えていた美琴であった。

 

しかし、


―――― 肝心の佐天利子がいない? ―――― 


式次第を読んでいた美琴は気が付いた。

(佐天さんの名前もないじゃない? どういうことよ? 外したの? なんで?)

むかーっときた美琴であったが、昔のようにいきなり雷を落とすようなことはもうない。

(なんでよ、どうしてよ?)

とビリビリしていた美琴はふと、ある文字に気が付いた。

「他、匿名者 1名」 

(もしかして、これ、佐天さん? なんで……そうか、そうよね。そうだわ、彼女はおおっぴらに表にでたら危険だわよね)

彼女の生い立ちを考えれば、むしろ大々的に顔をさらけ出すことは絶対に避けねばならないことに気が付いたのだ。

(いや危なかったー、自爆するところだったわよ……、そうよね。これでいいんだわ。だけど誰が気が付いたんだろう?)

美琴は観客席をチェックし始めた。
 
(いたいた! あそこに……え? ……… 違う! あれは原子崩し<メルトダウナー>? 

え?なんであんたがそこにいるのよ?まさか知ってて?)

美琴は真っ青になった。佐天利子だと思ったのは産みの親、麦野沈利であったのだ。

遠目で見間違えるほど似てきたのだ。

(ホンモノの利子ちゃんは……いない? ウソ、絶対いるはずよ……)

そのとき、ドアが開いて、一人の女子高生が入ってきた。

(あれだ!……って、なんてこと、最悪! こらぁ、あんたどこに行こうとしてるのよ、えええええ、そこに座るの? 

それまずい!)

 なんと佐天利子は、麦野沈利の3列前に座ったのだ。

(写真撮られたら、いやテレビにあの位置で映ったら、親娘だって思われても不思議じゃないわよ! 

だいたい麦野、あんた気が付きなさいよ? 自分の娘でしょうに!?)

そのとき、麦野が立ち上がり、通路を抜けて扉を開けて外へ出て行った。

美琴は見た。

佐天利子がゆっくりと振り返って、去りゆく麦野をじっと見ていたことを。

(まさか、気が付いた? ……まさかね。一度、あの倉庫で顔見てるはずだけど、気づいてなかったし。

……あとで探っておくか)

上条美琴は人知れず安堵の息を吐いた。

 

*上条美琴の周りに座っている人々は美琴の異変にとっくに気が付いていた。 

彼女がイライラして神経が逆立っていることに彼女の半径5m以内にいる全員が気づいており、皆は毛が逆立つような負のオーラを浴びせられて恐怖に震えていた。

原因がどうやら観客席にいる誰かにある、ということは彼女の顔の向きで簡単にわかった。

1人の女が出て行った直後、彼女のとぎすまされていた神経が一気に緩んだのを感じた周りの出席者は、一斉に「はー」とため息を吐き、司会者が「みなさん、何かお疲れのようですが、大丈夫ですか?」と聞くハプニングが起きたのだった。
                        

 

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驚いた。よもや、後から利子が入ってくるとは思わなかった。しかも、あたしの3列前に座るとは。

制服姿も良く決まっている。さすが、我が娘。あたしは殆ど着たことがなかったけれど。

去年の、あのときは頭は包帯姿だったけれど、今は豊かな綺麗な髪がある。こうしてみるとぐっと大人びて見える。

そうか、そりゃそうだ。もうあの子は18……。

あの子がゆっくりと左右を見渡した。

その横顔は、もはや2歳の頃の面影は感じられない、1人の若い、未来ある女性のソレだった。

おもわず、あたしはあの子の一瞬の横顔に嫉妬した。

そのあと、あたしは、あの佐天という女に感謝した。

どうなることかと思ったけれど、

途中であたしと同じことをしようとしたけれど、

あのいい加減な女は、あの子をここまでしっかり育て上げてくれたのだ。

もう十分だ。

ここは危険だ。あの子と並んでしまう。見られたらまずい。

あたしは、泣きそうになるのを必死にこらえて、外へ出た。

よかったね、利子(りこ)。

ありがとう、佐天。
                    

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あたしはまたトイレに行って吐いた。

今回のは結構つらい。回復しきる前にタクシーに乗ったからだろうか?

あたしはフラフラしながら自分の席に戻るべく、扉を開けた。

何か、気持ちの良い、不思議な感覚をあたしは感じ取った。

この感じ、どこかでこの感覚を味わったことがあるような……懐かしい? 心和ませる?

何かよくわからない、でもとても心地の良い感覚が、自分の席に近づくと、どんどんはっきりしてきた。

ヘロヘロにだったあたしはなんとか自分の席にたどり着き、腰を下ろした。

すると、その心地よい感覚がはっきりとあたしを包み込んだのをあたしは感じ取り、ぐらぐらしていた脳みそは

急激に立ち直り始めた。

しばらくあたしはその感覚に身をゆだねていたが、突然その気持ちよい感覚が動き出した。

あたしが後を向くと、1人の女のひとが通路を後の出口に向かっていくところだった。

あたしはその後ろ姿に、どこか覚えがあるような気がした。

気持ちよい感覚は、その人と共に動いているようだった。

なぜなら、その人が扉を開けて出た瞬間、心地よい感覚は消滅したから。

あたしはよっぽどその人を追いかけようかと思った。でも何故か身体は動かなかった。

「みなさん、なにかお疲れのようですが、大丈夫ですか?」 

司会者が突然変なことを訊いたけれど、あたしにはわかった。

あたしは答えたかった。(さっきまで死んでましたけど、もう大丈夫で~す!)と。
                                         
 

 

表彰式はつつがなく終了した。

あたしはロビーで湯川さんが出てくるのを待っていた。

「佐天さん、お疲れ様ですわ」

「は、はいっ!」

白井さんがあたしのそばに立っていた。テレポートしてきたのだろう。ちょっとびっくりだ。

「いえ、ありがとうございます!」

「どなたか、お待ちですの?」

「あ、湯川先輩を待ってます。今回表彰を受けてらっしゃいますので」

「あ~、朝あなたと一緒だった方ですわね? 急いでいたので御挨拶も出来ませんでしたわ。

そういえばチャイルドエラー虐待事件の第一通報者があなたともう一人、教育大付属高校の方でいらしたわね。

その方ですわね?」

「ええ、……そういえば、去年の春、第1中央能力センターで、あたしと同じグループに湯川先輩はいたんですよ? 

顔見れば思い出すんじゃないですか?」

「まぁ、それは奇遇ですわねぇ、世の中は狭いものですわね」

おしゃべりをしていたところに、その湯川さんがやってきた。

「せんぱーい、ここですよ~」

湯川さんは、手を振るあたしを見つけたらしい。

「あら、ずいぶん元気になったのね? もう具合はよくなったのかな?」

湯川さんは白井さんの顔を見て頭を下げた。

「先ほどはどうも有り難うございました。朝は遅れてしまいまして大変失礼致しました。

御挨拶もせずにすみませんでした。

昨年春に、第1中央能力開発センターでお目にかかっております、教育大付属高校二年生の湯川宏美です。

今回は表彰して頂きまして有り難うございました」

「こちらこそ。風紀委員会<ジャッジメントステーツ>統括総合本部の白井黒子ですわ。

貴重な通報を有り難うございました。50人もの子供たちが救われましたの。

これからも宜しく御願い致しますですの」

「いえ、元々は」 と湯川さんがあたしをぐいと前に出し、

「彼女が九官鳥を保護したからです。

佐天さんも功労者ですし、あと1名、私は知らないのですが、その九官鳥から、子供たちを虐待していた施設の場所を引き出した能力者がいるはずです。

本当なら彼女もここで表彰されるべきなんです」

「鳥から情報を引き出した、ですって? それはまた珍しい能力をお持ちの方ですわね。むぅ……

と、それはともかく、その方、今回はどうして表彰されていないのかしらね」

「本人が強く拒否された、とだけわたしは聞いています。理由は存じませんが……」

「そうですの……人には色々な事情がありますから、とやかく詮索するのはいけませんわね。

でも、どんな能力でも、人の役に立つことがあるのだ、と言うことは御理解していただきたいものですわね」

最後の言葉はあたしにぐさっと来た。あたしに向かって言われたような気もした。

 

「湯川さ~ん?」

あ、上条美琴おばさん?

そうだ、来賓で壇上に座っていたんだっけ。広報委員だものね、土曜日も仕事か……、大変だなぁ。

「失礼? 広報委員の上条ですけれども、えっと、あなたが湯川宏美さんでしたよね?」

後にはテレビカメラを構えたクルーが2人居る。

あたしは反射的に一歩引いた。

白井さんがめざとくあたしの動きを見て、あたしの手を取った。

次の瞬間、


 ――― あたしは白井さんと一緒に小綺麗なレストランの前にいた ――― 


テレポートされたのだ。

「そういえば、佐天さん、テレポートされても全然驚きませんのね? 朝もそうでしたし。

テレポートされた経験がおありですの?」

白井さんが不思議そうにあたしに訊いてきた。

「え? は……い、いえ、一瞬だったので驚くひまもなかったというか……」

なぜか、ここで漣さんの名前を出すのはマズイ、という気がしたあたしは、適当にごまかした。

「そうですの? まぁ、今日は近かったから1パスで済んだからかもしれませんわね。

初めての方では目を回された方もいらっしゃいますのよ、ふふふ♪」

いや、白井さん、それ、そんな嬉しそうに……ちょっと怖いです(ガクブル

「佐天さんはマスコミの取材は苦手でしたわよね?」

白井さんが話を戻してあたしを見る。

「え……ええ、おかげさまで助かりました」

「では、あたくしは上条広報委員のところに一旦戻りますの。その前に」

白井さんはドアを開けた。ベルがチリリンと鳴る。

ウェイターさんがやってくる。

「予約しておりました白井ですの。わたくしはちょっと仕事が未だ残ってますので戻りますけれど1名待ちますので御願いしますわ」

「お待ちしておりました。かまいませんですよ。あとどれくらいかかりそうですか?」

白井さんは時計を見て、

「そうですわね、10分~15分でしょうか?」

「そうですか、ではおなかも空くと思いますから、お嬢様には先にスターターを差し上げてもかまいませんでしょうか?」

(え? あたし、お嬢様じゃないですけれど)と言おうとしたけれど、別にどうでも良さそうなのであたしは黙っていた。

「そうですわね、佐天さん? あなた、おなか減ってるでしょうから、スターターを先に召し上がってても宜しいかと思いますわ。

でも食べ過ぎますと、メインディッシュがおいしく召し上がれなくなりますわよ?」

と白井さんは、まるであたしの食いっぷりを見透かしたかのように釘をさした。

「は、はいありがとうございます」

そう言うや否や、あたしのおなかが「わっかりやした、親方!」というかのように、ぐうぅぅぅぅぅうと鳴いた。

「あらまぁ……正直ですわねぇ。では、御願いしますわね」

そう言って白井さんは店を出て行った。

「それではガーリックトーストを大至急お持ちしますね」

ウェイターさんは笑いをこらえて戻っていった。

 

あたしはひとり、真っ赤になって固まっていた。
                           
 

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「お待たせー、おなか空いたでしょー?」 

扉を開けて、美琴おばさんが開口一番あたしに向かって訊いてきた。

「おばさん、止めて下さいよ、ただでさえとっても恥ずかしい思いしたばっかりなんですから!」

あたしはまた顔を赤くして、わたわたと手を振る。

「佐天さんは、とっても正直なんですのよ?」 

うう、白井さん、止めて!

「スターターでおなかふくらますと、あとで悲しいことになるのよ? ……って、その様子だと、ちょっと食べ過ぎてない、かな?」

湯川先輩がじっとテーブルの上を見てズバッと指摘してきた。

確かにガーリックトーストを2切れ、すっごく美味しかったパンを1コ食べたけど、ナイフを使わないとうまく食べられない固いパンだったので、随分粉が落ちてしまった。それを見たらしい。

「大丈夫、佐天さんならそんなもの、へっちゃらよね?」 

美琴おばさん、それは褒めてるんでしょうか、それとも……

「さぁさ、みんな座りましょ! って、あら? 二人足らないわね? なにやってるのかしら?」

「……ですわね。今日は朝の特命事項以外は何もスケジュールには無いはずですのに」

「ちょっと連絡してみるわ」

美琴おばさんがバックから携帯を取りだした瞬間、

 

「なーにうじうじしてんのよ? コーちゃん、早く入りなさいよ!」

 

え? その懐かしい声は……コーちゃんって?

 

「おまたせー! あーっ、リコ!! やっと会えたね!! やっと学園都市来たんだね! キャッホー!」

突き抜けてハイテンションの上条麻琴が、

ちょっと拗ねた感じの漣孝太郎をズルズルと引きずって入ってきたのだった。

 

 

漣さんが麻琴に引っ張られるように入ってきたとき、あたしはどきっとした。

二人はあたしの向かい側に並ぶ形で座り、さっきの表彰式の話を始めた。

しかし、麻琴と漣さんの会話を聞いていると、この二人の関係が、只の風紀委員<ジャッジメント>同士、ではないことに気が付いた。

「あれ」「それ」、二人が同じ時を共有していないとわからない符丁。

それらが飛び交う二人だけの会話が成立しているのだ。

(そうか……麻琴は漣さんとつきあってるんだ……)

そのとき、あたしは気が付いた。

(麻琴が、お化粧してる!)   

 

―――― 誰のために? 決まっている。漣さんのために、だ ―――― 

 

あたしの中に、ちょっともやもやしたものが産まれた。

(これ、なに?) 

あたしは、そのもやもやに戸惑いつつ、二人を凝視していたらしい。

湯川先輩ににツンツンとつつかれてあたしはふっと現世に戻ってきた。

(あのさ、あの二人、ここのメンバーとはどういう関係なの?)

あたしが答えようとしたとき、美琴おばさんが「はーい、お待たせ! 始めましょう!」とパンパンと手を叩きながら話し始めた。 

「今日はせっかくのお休みのところ、お集まり頂きありがとうございます」

「初めての方もいらっしゃるので、まず、自己紹介から行きましょうか、言い出しっぺはわたしね。

わたしは上条美琴。学園都市の広報の仕事をしています。そこにいる、」

と美琴おばさんは麻琴を指さして、

「常盤台学園高等部の服着た、やかましいのが娘で、上条麻琴といいます。

いろいろとご迷惑おかけしていますが、宜しくお願いします。

ほら、じゃあんた、次、自己紹介しなさい」

と御指名した。

「えー、御指名にあずかりました?」

といって麻琴が立ち上がって引き継ぐ。この呼吸、さすが親娘だねぇ。

「常盤台の超電磁砲<ビリビリおんな>が結婚して産んだ娘があたし、上条麻琴でございます。

マコと呼んで下さいませ。

やかましいのは母譲りでございまして、あたしの責任ではございません。この母にしてこの娘あり、です。

宜しくお願い致します」

ニヤニヤしながら麻琴がとんでもない自己紹介を終えた。笑いが起こるけれど……

「………」

あらら、美琴おばさん、黒いオーラが……

(なんて言ってるかわかりますか?)

あたしは隣の地獄耳<ロンガウレス>湯川さんに小声で聞いてみた。

(覚えてなさい、マコト、あとで思い切りとっちめてやるからね、だって。まぁ親娘漫才みたいなものじゃないの?)

さ、さすが地獄耳<ロンガウレス>……え? 今AIMジャマー止めてるんですか?

 

「僕は、漣孝太郎、飛天昇龍高校3年。僕には両親はいません。すいません、用があるので帰ります。ごめんなさい!」


えええええええええええええええ?????????? なにそれ?????

 

………… そ、ん、な …………

 

座が静まりかえった。

              

漣さんがつかつかと店を出て行く。

「ちょ、ちょっとー? コーちゃんたらー、何バカ言ってるのよ? バカバカバカバカ!! ちょっと待ちなさーい!」

麻琴が漣さんを追いかけて飛び出していった。

あたしは反射的に白井さんを振り返った。

白井さんは………… じっとうつむいていた。

 

つーっと 涙がほほを…………


ど、どうしよう……… うかつに話しかけられない、よ。

湯川さんも息をのんでいる。

 


恐ろしい沈黙が席を支配した。

 


「おまたせしましたー、シーザーサラダですー!」

沈黙を破ったのは、お店の、明るい笑顔のウェイターさんだった。

                         

 「あたくしが、いけなかったのですわ」 白井さんがぽつりと言った。

「あたくしがいなければ、あの子はここで、皆さんとわいわい騒いでいたはず、ですわ。

麻琴さんがいたのですもの。あたしが、ぶちこわしたんですわ、せっかくのパーティを」

「やめなさいよ、黒子! あんたまでここ暗くしてどうするのよ?」

美琴おばさんが白井さんをなだめようと……

「わたしは、やっぱり、まだあの子に許してもらえないのですわね……」

白井さんはそう言って両手で顔を覆うと、


もう耐えきれなくなったのだろう、 


―――― 「ううっ」という嗚咽の声が漏れ ―――― 


ふっと姿を消した……。

 

「はぁー、どうしてこうなるのかしら……」

美琴おばさんが頭をかかえて突っ伏してしまう。

                      

(さっきの続きだけど、漣さんて、あの白井さんの?)

湯川さんが小さな声で訊いてきた。

(はい、息子さんだそうです。離婚されて、漣さんはお父様の方に行ったそうなんですが、でもそれも学園都市の小学校に入って寮生活に入って離れてしまったようで、『両親はいない』というのはある意味正解かも……)

(それは漣さんは言い過ぎよ、本当にいなくなっていたらチャイルドエラーになっちゃうし。

ご両親だってどうしようもなくなって最後の手段で離婚されたんじゃないの? 

捨てられたわけでもないのに。甘えてるわよ!)

(いや、そこらへんは、事情を知らない他人がどうこう言うのは止めた方が……)

(あら、佐天さん、随分とカレの肩を持つのね? んんん????)

(違います。あたしも父を知りませんから、なんとなくわかる気もする、っていうだけですよ)

(え?)

湯川さんも沈黙した。

 

そこへチリリンとベルが鳴って扉が開いた。

「あのバカ。 あー、どうしてああ子供なんだろ?」 

麻琴が帰ってきたのだった。

                        
 

 

さんざんなパーティになってしまった。

美琴おばさんは黙ってワイン飲んでるし。

麻琴、あたし、湯川さんの3人も、どうも話が進まない。

料理も2人欠けて、

「リコ、全然食べないね?」
 
「うるさーい、こんな雰囲気でバクバク食べられるほど、あたしは鈍感じゃないわよー!」

……と言い返すこともなく、

目一杯盛り下がったまま、パーティは終了した。

せっかくのお料理も、悲しいくらいおいしくなかった。

「ごめんなさいね、湯川さん、せっかくのおめでたい話をぶちこわしてしまって、本当にごめんなさい」

美琴おばさんが平謝りに謝っている。

「いえ、とんでもないです。呼んで頂いただけですごく嬉しかったですから」

湯川先輩、大人の対応だよねー。

第1中央能力開発センターの時といい、湯川さんにとっては絶対忘れられないイベントになってしまっただろうな。

「湯川さん、リコ、ごめんなさいね。アイツ、素直じゃないのよ。もう18にもなるのに、何子供みたいに拗ねてるんだって言ってやったんだけど、言えば言うほど意固地になっちゃって、情けないったら……もう」

麻琴が同じように謝っているんだけど……

「マコ、あのさ、つまんないこと聞くけど、あんたたち、いつからあんたたち、そういう関係なわけ? 

あんたたちの話、単なる同じ風紀委員<ジャッジメント>のメンバー同士じゃなくて、もっと親密な関係にしか

聞こえないんだけど?」 

あたしはちょっと胸が痛むのを感じながら麻琴に突っ込んだ。

「さすが利子ちゃんね……。そうよね、わが娘にしてはずいぶん積極的だけれど。 

麻琴? まさか、あんた、彼とおかしなことしてないでしょうね?」

うわ、美琴おばさんが参戦してきた。かすかに見えるのって、火花? まさか電撃??

「え、やだちょっと、二人ともなにそんなに真剣になってるのよぅ? あたしとコーちゃんはそんなことありません!」

「ちょっとあんたねぇ……」

前に出ようとする美琴おばさんを制して、あたしは麻琴をひっつかまえた。

「やだ、目がマジだよリコってば。いや、ちょっと離してよ、あたし何もヘンなことしてないってばさー!」

あたしはじたばたする麻琴を左手でぐいっと抱き押さえ、がしっと抱きしめた。

「マコ、あたしの目を見なさいな」 

そう言いつつ、あたしは麻琴の目を見つめながら右手で麻琴をなで回す。

「どうなのよ? ホントのこと、リコねぇちゃんに言ってごらんなさい」

小さな声であたしは麻琴に話しかける。

「……」 

湯川先輩は目を丸くして、あたしたちの怪しげな雰囲気の会話を茫然として聞いている。

「ふにゃー……」

「ふにゃーじゃないでしょ? マコ? どうなのよ?」

「だからぁ、まだ何もしてないんだから……、ほっぺにキスしただけだよぅ、うふふふふ♪」

あたしの手が止まった。

 

              

「マコがしたの?」

「うん……」    ま、なんて幸せそうな顔しちゃって……

「いつ?」

「4月10日だよ? 高校入学おめでとうって、これ、ペンダントもらったの……。嬉しかったなぁ……

でね、御礼にね、ほっぺにしちゃったの。うふふふふふ」

麻琴がとろーんとした顔で、可愛らしいハートマークのソレをつまんであたしに見せる。

うわぁー、あほらしい!!!! あたし、まるでバカじゃん? 聞いてられないわぁ! あたし、泣きたい!

ふと脇を見ると、湯川先輩が真っ赤になっている。お母さんの美琴おばさんは……あれ?少し震えて……る?

「そしたらね、カレがね、あたしの唇にね、チューしてきちゃったのぉ……キャ、恥ずかしい!」

 

! こらぁ! したんじゃないかい!! ちゃんと何かしてるじゃないかぁ!! 偽証だ!


「有罪<ギルティ>」 湯川先輩が厳かに断言した。

 

「は……」

くたっと美琴おばさんがしゃがみこんでしまった。

「ママ!?」
「おばさん!?」
「上条さん!?」

あたしたち3人が駆け寄る。

「はは、今日は、すっごくいろんなことがあった日だわねぇ……悪酔いしたかな……ちょっと足にきちゃったかも」

美琴おばさんは、何とも言えない顔でつぶやいた。

「黒子と(わたしが)親戚に? いや、まだ(そうならない)可能性はあるわ、あるはずよ、あるに決まってる……」


あたしもちいさくつぶやいた。

「不幸だ」

湯山さんが「はい?」という顔をした。
                      

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あたしは湯川先輩と一緒に寮に戻ってきた。

「お、帰ってきた!」

「リコー、もう具合はいいの?」

「カレはどうしたの?送ってもらったの?」

カオリん、さくら、ゆかりんの三羽がらす、がめざとく突撃してくる。

あー、うざったい! あたしは、今、最高に機嫌が悪いぞ~!!!!

「ごめん、あたし、気分わるいからちょっと寝る!」

「へ?」 
「え?」
「はい?」

予想していなかったのだろう、三人があっけにとられていた。

 

 

(はぁ、あの、麻琴が、ねぇ……)


あたしはベッドに寝転がって考えていた。

理由は随分違ったものになったけど、あたしは学園都市に来た。

麻琴がそこにいたから、という理由も実はゼロじゃない。

(なのに、あんにゃろう、あたしに断りもなく、しかも漣さんとキスしちゃったですって、嬉しそうにノロケちゃって!

なーにがペンダントもらっちゃいましたよ、ムフフフフフですって? ばっかやろぅー!)
 
                       


「どう?」   大里香織が小声で訊く。

「かなり荒れてるみたい」   青木桜子が、前島ゆかりのノートを見ながら答える。

「あんたたち、ほんとストーカーだわよ?」

あきれつつも、湯川宏美は青木桜子と一緒に前島ゆかりのノートを食い入るように見ている。

「シッ!! 聞こえなくなるからしゃべっちゃダメ!」

ドアに張り付いた前島ゆかりは、自分のノートに自動書記<オートセクレタリ>で、佐天利子が中で喚いてる言葉を打ち出して行く。

「マコって誰よ?」   大里香織がつぶやく。

「たぶん友達でしょ?」   青木桜子が答える。

「か・な・り、危ない感じのね。姉と妹みたいだけど、ちょっと百合ッ気あるわよ、この二人の関係。

昔からの幼なじみです、とは言ってたけどね」

湯川宏美が、ついさっきの二人が絡んでいた場面を思い出してわずかに赤くなる。

「うそー、リコが? ちょっと想像できないかも……」   青木桜子の声が高くなる。

「ちょっと、さくら、声でかい!」   前島ゆかりが小声で注意する。

「さくらだってその気あるじゃん……」   大里香織が小さな声でつぶやいた。
 
「それでね、朝のカレ、そのマコって子とつきあってるらしいのよ」   湯川宏美が話を続ける。

「えー? 百合なのにぃ?」   前島ゆかりが思わず叫ぶ。

「声がでかーい!」   青木桜子がお返し、と言う感じでパシ、と軽く前島ゆかりをはたく。

「で、とりあえずキスまではしちゃったって」   湯川宏美が小さな声で言う。

「うそー!」
「あちゃー、それでか……」
「やるねー、その子」

三羽ガラスが声を揃えて”小さな声”で驚きを表現する。
                       
「そっかー、朝のあのひと、先に友達にツバつけられちゃってたんだ……?」   青木桜子が頷きながら言うと

「あるよねー、そう言う例ってさ」   大里香織が同調し、

「いやー、あたしも話には聞くけど、実際に現在進行形で見たのは初めてだわ」   湯川宏美が話を合わせる。

 

「そっか……リコはダブルショックなんだね」   前島ゆかりがぼそっと言う。

「「「?」」」    三人がはてな?と言う顔でゆかりの顔を見る。

「そうでしょ? かわいがってたお友だちはオトコとつきあってた、そして自分がちょっと気を引かれたオトコは自分のそのお友だちとつきあってた、という訳だからさ……」

「おお、昼メロだねぇ」
「ドロドロだねぇ……」
「そうね、ダブルパンチだね……」


”バカーっ!!” 

部屋の中から、主である佐天利子の悲痛な叫びが聞こえてきた。

「うは」
「こりゃまたでかい波が来たねぇ」
「そろそろ、避難します?」
「そうね、もうだいたいわかったから撤収しましょ?」

佐天の部屋の前で集結していた4人はそそくさと引き上げていった。


……翌日、せっかくの日曜日なのに、寮監から4名は呼び出され、監視カメラの映像を見せられた上で「覗き」の現行犯としてこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

罰は食堂の大掃除であった。

とくに風紀委員<ジャッジメント>であり、表彰されたばかりの湯川宏美は残されてこんこんと説教をされたうえで食堂の掃除に放り込まれたのであった。
 

 

→  15 「沈利と志津恵と利子と麻琴」

←  13 「風紀委員<ジャッジメント>77支部」

                                                           

*作者注  投稿原文では、表彰会場へ湯川宏美を白井黒子はテレポートで案内している (コマ番537~538)のですが、式終了後に初めて出会ったかの如く挨拶をしており (コマ番556~557)  矛盾していますので、ここでは修正をかけています。

*タイトル、前後ページへのリンクを作成、改行並びに美琴の一人称を修正しました(LX:2014/2/23)

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