とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 19


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~第二十三学区・夜明け前の管制塔~

短いようで、長かった一週間の休息。

長いようで、短かった一夜が明ける。

今度こそ終わらせる。この醒めない悪夢を――

結標「帰るわよ、秋沙。私達の居場所(いえ)に」

姫神「…淡…希…」

眼下には炎上する超音速旅客機から逃げ出すクルー達が、眼前には爆発する飛行船から這い出す敵対勢力がそれぞれ見える。

背中越しに泣き疲れた子供のようにへたり込みながら呟く――私のルームメイト、姫神秋沙の姿も。

姫神「…どう。して…。…ここ。までして…」

結標「ここまで追い掛けなきゃ、ここまでしなくちゃ、貴女はわからないでしょう。何が猫は死期を悟ると姿を消すよ。馬鹿言わないで」

まるでジャンヌダルク(救国の聖女)にでもなった気分だ。

聖なるオルレアンの剣なんかじゃなくて手にしているのは軍用懐中電灯だけど…もうなんだって良かった。

結標「貴女は死なない。世界は終わらない。私達の明日はまだ続いて行く。勝手に諦めて、勝手に終わらせないでくれないかしら?」

この学園都市(せかい)を救うだとか、絶対悪の敵を倒すだとか、そんな英雄(ヒーロー)に私はなりたいんじゃない。

なりたくてもなれないし、なれたってなりたくない。そんなの私のガラじゃないしキャラじゃない。

結標「――考えたの。秋沙。ここに辿り着くまで、どうしたら貴女を助けられるか、そればっかり考えて飛んで来たわ」

私の力はちっぽけだ。レベル4であろうが座標移動(ムーブポイント)があろうが…
自分がこんなにも力無い存在だと思い知らされた夜はなかった。

結標「けどね、何度考え直しても何回思い返しても、貴女を救えるかわからなかった。当たり前よね。ゲームじゃないんだから」

同時に――こんなにも自分が周りに支えられ

生かされ

手を貸してもらえたか

背中を押してもらえたか思い知らされた夜もなかった。

結標「でもね、秋沙――私達、まだ生きてるのよ」

越えて行きたい。この夜を。

結標「うまが合いそうにもない風紀委員(能力者)と手を組んだりしたわ」

超えて迎えたい。朧気に、幽かに、登りつつある夜明けを。

結標「気にいらない女の子(暗部)が道を切り開いてくれた」

登り行く太陽を、訪れる『今日』と言う『明日』を貴女と分かち合いたい。

結標「根性根性うるさいヤツ(原石)が私の背中を押してくれた」

救いようのない景色だって、絶望的な世界だって、私達は生きてる。

結標「変な先生(科学者)が、私の中の貴女への気持ちを気づかせてくれた」

避難所のみんな一人一人が生き延びようとしていた中の一人に、私達だって含まれててる。

結標「ろくに話した事もない警備員達(人間)が、ここまで貴女を守ってくれた」

私達の世界にヒーロー(特別)なんていない。みんなちっぽけで、ちっちゃくて、ちんけなものだ。

結標「みんな、生きようとしてる」

結標「私達を救ってくれたんじゃない」

結標「私達だから助けてくれたんじゃない」

結標「みんなが必死に生き延びようとしたから」

結標「私はここにいられる」

結標「貴女はここにいる」

それでいい。この小さな世界の片隅で、貴女と生きていけるならば。

他愛もない日常と、時々刺激的な非日常を過ごせるならば。

結標「――私達は、生きてるのよ――」

何度だって戦う。この醜くくも美しい世界で――

笑劇は終わり

無言劇は終わり

喜劇は終わり

悲劇は終わり

茶番劇は終わり

惨劇は終わり

ここから先は…救出劇で幕を引く!!!


結標「――私はもう、貴女のために死を選ぶような未来(あした)なんていらないわ」


そう――


結標「――貴女が、私と生きるのよ」


もう、私達は――


結標「――私と一緒に生きて!!!秋沙!!!!!!!」


―――独りじゃない―――!!!




~姫神秋沙3~

死に際に見た最後の幻だと

散り際に見た最期の夢だと思った。

姫神「あ…わ…き」

結標「言って」

彼女がここにいる訳がない。

彼女がここにくるハズがない。

結標「助かりたいって」

これではまるで御伽噺だ。

絶体絶命の窮地に

駆けつけて

割って入って

救い出すだなんて自分は本当にお姫様のようだ。

結標「救われたいって」

そう言って手を差し伸べてくれる。まるで自分を助け出した上条当麻のようだ。

結標「生きたいって」

夜明けが見える。昇り行く太陽が見える。その手が自分を夏雲溢れる空の下、差し伸べたアウレオルス=イザードのようだ。

結標「死にたくないって」

けれど――彼女は違う。

彼女は

結標淡希は

上条当麻でも

アウレオルス=イザードでもない。

結標「一度で良いから」

だから私は――その手を取らない。彼女を地獄の底まで連れて行きたくないなら…

誰も自分達を地獄の底から引きずり上げてくれないなら…!

結標「自分の言葉で叫んでよ――秋沙!!!!!!」



自 分 達 の 足 で ― ― 地 獄 の 底 か ら 這 い 上 が る し か な い ! ! !



姫神「― ― さ ら っ て ! ! 淡 希 ! ! !」


夜明けへと、手を伸ばして――!!!




~第二十三学区・夜明けの管制塔~

魔術師C『撃て!撃て!!撃て!!!』

眼下より銃弾の雨霰が、鉄火の暴風が巻き起こる――けれど

結標「飛ぶわよ!秋沙!!」

姫神「うん!!」

座標移動で管制塔から夜明けの空へと飛び出す。もう何も怖くない。あんなチャチな弾丸なんて――かする気さえしない!

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

空中から中空、中空から上空へ連続で座標移動を繰り返し弾雨を潜り抜ける。
まるで見えない翼でも生えた気分だ。秋沙が腕の中にいるだけで、どこまでだって高く飛べそうだ。

魔術師C『暗器銃を錬成!弾丸は十五!標的はあの赤髪!息絶えるまで狙い撃て!!』

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

下で白装束の魔術師が剣と銃が合体したような武器で撃ってくる。
それを私は空を切るように座標移動して、その横を銃弾がすり抜けて行く。

近衛兵「だ、ダメです!速過ぎて狙えません!!」

魔術師C『断頭台の刃を錬成!数は四十!標的を解体するまで降り注げ!』

次の瞬間、私の周囲にギロチンの刃が出現し、一気に飛来してくる。けど――

姫神「淡希!!後ろ!!!」

結標「わかってるわよ!!」

秋沙が見る。私が飛ぶ。空の中襲い掛かるギロチンの側面を蹴り出して跳び、ギロチンの刃を薄氷を踏むように翔ぶ!!

兵士「ダメです!手がつけられません!」

魔術師C『クソがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

――その瞬間、魔術師のいる場所から…

ズウウウウウウウウウウン…!

姫神「あれは」

ズウウウウウウウウウウン…!

ドロドロに溶解したような白銀の巨神兵が現出する。
妄執と妄念とが練り上げたかのような、奇怪で醜悪な造形。
人間の持てる負の感情全てを宿したような巨神兵を上空から見下ろす。

姫神「赤髪の人の時より。大きい…!」

結標「愉快なオブジェね…反吐が出るわ」

宙を舞う、空を飛ぶ、夜明けの空が青い、太陽が眩しい、雲が掴めそうなほど高くまで――

結標「―――秋沙」

姫神「信じてる」

辿り着いて――私は



姫神「――私は。――淡希を。信じてる――」



軍用懐中電灯を



ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!



捨てた。



~only my Deepblood~

いつも私の前には壁があった。

高く、厚く、冷たく、聳え立つ白い壁が

その壁はいつも四つだった。

一つめは容易く

二つめは普通に

三つめは難しく

四つめは高かった

結標「――――――」

軍用懐中電灯は捨てる。手が塞がる。この壁を乗り越えるには邪魔になる。

結標「――行くわよ――」

わかっている。この壁は私の限界そのもの。レベル4と言う壁そのものだと。

姫神「いい」

ずっと超えられずに来た、ずっと越えられずにいた壁。

最もレベル5に近いと言われながら、登り詰める事の出来なかった壁。

けれど、あの白井黒子との戦いの中で経験した『暴走』の力を

あの少年院での闘いの中で手にした『覚醒』の力を

この一週間の中で広がった演算の領域を

姫神秋沙との出会いで広がった『自分だけの現実』を


姫神「――私は。淡希を。信じてる」


私は無理だと思っていた。私には不可能だと思っていた。

私では自分を信じ切る事が出来なかった。私自身の弱さ――だけど


姫神「私は」


二人でなら立てる。


二人でなら飛べる。


二人でなら――乗り越えていける――


姫神「淡希を――」

結ばれなくても

標(しるべ)がなくても

淡く儚い願いだとしても

希(のぞみ)は捨てない


姫神「――愛してる――」



『結標淡希』をここから始める―!!!




~学園都市~

その時、学舎の園にいた滝壺理后は夜明けの空を見上げた。

滝壺「…第二十三学区から信号が来てる」

その時、とある高校グラウンドにいた削板軍覇は夜明けの空を見上げた。

削板「おっ!」

その時、学園都市の監視施設にいた青髪ピアスは夜明けの空を見上げた。

青髪「朝も早よからようやるわー」

その時、とある高校避難所にいた心理掌握は夜明けの空を見上げた。

心理掌握「………………」

その時、瓦礫の王国にいた麦野沈利は夜明けの空を見上げた。

麦野「ふんっ…」

その時、第七学区の要所にいた御坂美琴は夜明けの空を見上げた。

御坂「―――来たわ」

その時、とある高校上空にいた垣根帝督は夜明けの空を見上げた。

垣根「今日はバースデイパーティーだな」

レベル5全員が夜明けの空の彼方に聞いた。それは新たな仲間の――『誕生』――


垣根「九人目のレベル5…誕生だ!!!」

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


第二十三学区から、学園都市全土に響き渡る激震(うぶごえ)と共に――




~LEVEL5-Movepoint~

魔術師C『あ…ああ…あああ』

魔術師は信じられないものを見た。それは限界を超えた過剰な薬物投与の幻覚かとさえ思った。

魔術師C『嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だアアアアアア!!!!!!』

最後の力を振り絞った、ステイル=マグヌスの時とは比べ物にならないサイズの巨人が…

魔術師C『なんだ…なんなんだよあれはああああああ!!!』

いきなり白い光に包まれた『門』か『扉』が現れたかと思えば…

先程航行不能に追いやったはずの超音速旅客機が『瞬間移動』して…

白銀の巨神兵にぶつけられ、粉砕し、爆発炎上したのだ。

大型旅客機と比べてさえ一回り巨大で長大な超音速旅客機を…

まるで窓ガラスにボールでも投げつけようにして破壊したのだ。

何トン?

何十トン?

何百トン?

何千トン?

何万トン?

そんな計る事さえ困難なほど大質量なそれを――

結標「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

あの赤髪の女が、懐中電灯を捨て、黒髪の吸血殺し(ディープブラッド)と共に堕ちてから…
まるで殻を破った雛鳥がそのまま見えない翼を広げたような、劇的な変化。

魔術師C『ひっ…ひっ…ひぃ!』

もう限界だった。

一万の軍勢を粉砕した垣根帝督(超能力者)

一千の精兵を撃破した削板軍覇(原石)

一軍に匹敵する巨神兵と渡り合うステイル=マグヌス(魔術師)

一度とは言え覚醒した結標淡希(レベル5)

そのどれにも勝てない。勝てる気がしない。

この学園都市には今、上条当麻(幻想殺し)も、一方通行(学園都市最強の第一位)も、浜面仕上(第三のイレギュラー)も、あのローマ正教最暗部…右方の―――



ステイル「夜明けだ。夢の時間は終わりだよ」


~第二十三学区・炎上する飛行場~


魔術師C『あわっ、あわっ、あっあっあっあっあっあ…!』

ステイル「なんだい。その歳で寝小便はどうかと僕は思うがね」

思わず後ずさる。尻餅をついて、首も座らぬ赤ん坊のように失禁しながら、伝い歩きもままならぬ赤ん坊のように這いながら。
それを――ステイル=マグヌスは力尽き眠り込んでいるオリアナ=トムソンを両手で抱き抱えながら。

魔術師C『なんでテメエがここにいるんだよおおおおおおおおお!!!』

ステイル「…まだ寝ぼけているのかい?君の出来の悪い木偶人形ならとっくに朝の燃えるゴミだ。あれならばシェリー=クロムウェルのゴーレムの方が数段出来が良いよ」

ステイルはさも当たり前そうに、それでいてさもつまらなそうに吐き捨てた。
両腕にお姫様抱っこしたオリアナの香水の香りが自分の趣味が合わないように。そして――

ステイル「そんな君の目を覚ますとっておきのニュースが二つある…良いニュースと悪いニュース…どちらから先に聞きたい?」

魔術師C『あっ…うう…ああ』

道端の酔っ払いが撒き散らした吐瀉物を見るような目でステイルは魔術師を見下ろす。
もう恐怖と絶望で歯の根が合わず、口も聞けない魔術師を見限ったように。

ステイル「――悪いニュースだ。第十二学区にあった君達グノーシズムの僧院はもう壊滅したよ。偽・聖歌隊と共に。必要悪の教会(ネセサリウス)の部隊と土御門元春が葬り去った」

魔術師C『―――!!!』

ステイル「君達も、そして認めたくはないが僕も…あの女狐の掌の上で踊らされていたんだよ。夜明けと共に終える死の舞踊をね。さっきの通信でわかった事だが」

そう…アウレオルス=イザード亡き後の異端宗派に吸血殺し(ディープブラッド)の情報を流したのは他ならぬ『最大主教』ローラ・スチュアート本人だったのだ。

ステイル「あの女狐は、君達をおびき寄せ引きずり出すために姫神秋沙の情報をわざと流した。君達は吸血鬼の力に目がくらみ、十字教に反旗を翻し学園都市に蜂起した。打って出れば本丸もわかるからね。僕はその大掃除に駆り出された下っ端という訳さ」


全てはローマ正教・イギリス清教の策の内。
反逆に出ても、吸血鬼という勝算に値する餌をぶら下げて打って出た所を叩く。
身内の後始末と、異端宗派の大掃除、その両方を一気に推し進めるために。

ステイル「話としてはそんな所だ。この話そのものが君達を一掃するためのブービートラップ(馬鹿者の罠)という訳さ」

オリアナは万が一にも、本当に姫神が敵の手に落ちないための保険だったのだ。
当然、オリアナも薄々は感じ取っていた。奇妙な依頼だと。

ステイル「あの女狐が言っていたよ。こんな初歩の初歩、謀略とさえ言えないお粗末なトラップにかかる時点で君達などたかが知れていると」

姫神を始めとする学園都市そのものを含めた『原石』『能力者』の保護を依頼した上条当麻・一方通行・浜面仕上・『もう一人』の依頼を全うしながらも、その合間にローラは策を講じた。
騙し合い、化かし合いの掛け合いにおいてローラの右に出る者は少ない。故に

魔術師C『じゃ、じゃあオレは…オレは…』

ステイル「――そう。良いニュースだ。君はここで灰も残さず僕に焼き尽くされる。異端審問にかけられる事なく逝けるんだ。吉報だろう?この裏話は君への――この国で言う“冥土の土産さ”――」

魔術師が血走った目を見開く。ステイルはピッと一枚、手品師のようにルーンのカードを取り出してそれを見やる。
その表情はせいぜい抱えたオリアナが重いな、と顔をしかめる程度で。

魔術師C『待っ、待っ、待っ…!』

ステイル「君は」

助命を乞う嘆願の声音を遮って、ステイルは言う。
昇った朝日すら色褪せるほどの赫怒の炎を湛えた瞳で。

ステイル「アウレオルス=イザードの遺産(誇り)を踏みにじった。君はアウレオルス・ダミー(偽物)にすら劣る。そして――君が仰ぐ朝陽はこれが最後だ。眠れ。永久に」

ステイルのルーンのカードが燃え盛る。
ステイルの怒りに呼応するように。
その瞬間、魔術師は理解した。全ては手遅れなのだと―――

魔術師C「許してくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

絶望の底から叫ぶ魔術師、それを見下ろすステイルの頭上には渦巻く業火が――



ステイル「僕は神父だが…君の懺悔だけは聞き入れられないな」



魔術師の血走った目に映った、最後の光景だった。



ステイル「――詫びるならアウレオルス=イザードにするんだね――」



そして、全てが闇に落ちた。

血の一滴

肉の一片

骨の一かけら

灰の一摘みも残さず

――ステイルは魔術師を『燃やした』




~第二十三学区・飛行場~

姫神「……淡希……」

結標「スー…スー…」

七日目…9:02分。全てを終えた二人は蜂の巣をひっくり返したような騒ぎに包まれた飛行場の救護所にいた。

既にニュースチャンネルは学園都市にテロリストが侵入しただの、飛行場がハイジャック犯に襲撃されただのと言ったダミー情報で埋め尽くされていた。

それが学園都市上層部と、雲川芹亜の情報操作によるものだと知る者はそう多くないが――

ステイル「――これでグノーシズム(異端宗派)の過激派はほぼ壊滅だろう。少なくとも戦力となる勢力は全滅だ。そして――今回の件で学園都市側も防衛機構の復旧をより急がせるだろう。君の安全は保証されたようだね」

姫神「…そう。――ありがとう。さっきは。逃がしてくれて。そっちの女の人にも」

ステイル「…仕事さ」

救護所の中で、裏の事情を知らない姫神の感謝の言葉に、ステイルはばつが悪そうに顔を背けた。
しかし、その背にオリアナをおぶったままでは格好も何もなかった。

ステイル「…避難所に戻るかい?警備員が送ってくれるらしいが?」

そう言ってステイルは片手を器用に差し出して来た。
英国紳士の鑑とも言うべき所作であったが…姫神は

姫神「――――――」

その手に、上条当麻を、アウレオルス=イザードを想起し…僅かにかぶりを振って。

姫神「私はもう。大丈夫」

もう、誰かに手を引かれる事などしない。そう姫神秋沙は決めたから。

姫神「淡希は。私が連れて帰る」

これからは――自分が結標淡希の手を引く。二人で、並んで、歩いて行くと決めたから。

ステイル「…そうかい。僕達は先に帰る。彼女(小萌)に伝えておくよ。君達の無事をね」

そうしてステイル=マグヌスは背を向けて歩き出す――背に、オリアナ=トムソンを背負ったまま――



~第二十三学区・空港ロビー~

ステイル「(ふう…さっきテレビにインデックスの後ろ姿が映っていた。もう安心と思って良いだろう)」

ステイル=マグヌスはおんぶ抱っこしながら空港内を歩いていた。

周りの視線が痛い。自分のような大柄な男がこんな派手目な女をかかえていればさぞかし悪目立ちするだろう。その上。

オリアナ「ねえ~お姉さん放置プレイは好みじゃないの…答えてくれないなら耳朶噛んじゃうわよ。ピアスだらけだけど」

ステイル「起きているなら下りろ!それからそんなふざけた真似をしたら灰にするぞ」

背中のオリアナがしなだれかかってちょっかいを出して来る。

空港に駆けつけた時に助けないで無視すれば良かった悔やまれてならない。

オリアナ「あら?こんなキレイなお姉さんの身体にタッチ出来てるのに…残念だわあ」

ステイル「僕の尊敬する女性はエリザベス一世で、好みのタイプは聖女マルタだ。君じゃあないよ」

今すぐ投げ捨てたいが、姫神秋沙のイギリス行きがなくなり、帰りの便が出る空港が復旧するまで放り出すのも得策ではない。
ステイル「(全く…あの男と関わってから僕のツキはガタ落ちだ)」

こんな場面をインデックスや月詠小萌に見られたらどうなるか…

神裂火織が見れば仰天されるだろうし、今仕事中の土御門元春に見られたら必要悪の教会で言いふらされるに違いない。

オリアナ「うふふ…さっきの貴方、とっても情熱的だったわ…お姉さん火傷しちゃった。ねえ?お仕事もなくなっちゃったし、これからお姉さんと火遊びしな~い?お姉さん今の貴方とだったら…」

ステイル「ああ…クソッ」

こういう役回りはあの男のものだ、と吐き捨てながらもステイル=マグヌスは気づかない。
自分が今、最も毛嫌いしている男と同じ――


ステイル「…不幸だっ」


というセリフを口にしている事を――




~第二十三学区・救護所~

ステイル、オリアナが先に帰った後…姫神秋沙は自分の肩に寄りかかる結標淡希の寝顔を見つめながら想起していた。この一週間の出来事を。

姫神「(本当に。いろいろあった)」

一日目は、一緒に同居生活を始め

二日目は、一緒で小萌に会いに行き買い物をして

三日目は、一緒にボランティア活動を始め
四日目は、一緒に寝て、その前にキスまでした。

五日目は、一緒にお風呂に入って、ゲームセンターに行って、ラブホテルに泊まった。

六日目は、一緒にいられないと離れ、戦闘が激化し、姫神は逃げ、結標は追った。

七日目は、一緒にいると決めた。一生側にいたいと、そう思えた。

言葉にすればこんな一週間だったはずなのに、何故こうも…長く早く感じられたのか
姫神「…ね。淡希」

姫神にはわからない。結標が一瞬であろうと、一度であろうと、レベル5(超能力者)の頂に辿り着いた事を。

結標「ん…んん?」

力の全てを使い果たし、己の全てを出し尽くした結標の身体を肩に抱き寄せる。

自分を守ってくれたその――小さく、細い結標の肩を。

結標「ん~…なによ…私疲れてるのよ…まだ朝じゃない…」

寝起きをいじられた猫のように嫌がる結標の顔を覗き込む。

形見分けのように持って行った髪紐も返そう。騙し討ちで出て行った事も謝ろう。そして、それより伝えたい事がある



――そう思っていると。





『―――――もう良いのか?―――――』



姫神「―――――!」

救護所の外に広がる、堆く広がる入道雲と、澄み渡る青空。

慌ただしく行き交う人々の黒山の雑踏の中――見えた、深緑色のオールバック。

冷たくて、優しくて、若々しいのに、深みのある声が聞こえて来た。


姫神「…うん。私は。もう大丈夫」


純白のスーツ姿

深緑色のオールバック

若々しくありながら、どこかその佇まいはどこか壮年のような雰囲気を醸し出していて。


姫神「私の世界は。――救われたから」


『当然。ならばそれで良い――全てはそれで良い』


これはきっと、夏の幻が見せた一瞬の幻想なのかも知れない。

だが姫神はその雑踏の中、淡く揺蕩う幻想に向かって



―――微笑みかけた。精一杯の笑顔で――


姫神「――さようなら。アウレオルス=イザード」


それを受けて、幻想は呆然としたような、唖然としたような、愕然としたような――それでいて、泰然自若とした笑顔で



『―――…さらばだ。姫神秋沙―――』



再び、雑踏の中にその影は消えて行った。
溶けるように

美しく

儚く

潔く―――



結標「秋沙?どうしたの?」

姫神「!」

そんな姫神の様子を訝ったのか、肩に寄りかかっていた結標が姫神の頬を指でつついた。
そのポカンとした表情に――姫神は薄く微笑んだ。

姫神「なんでもない。それより――」

結標「?」

このお化け嫌いの同居人が聞いたら卒倒するだろう内容はぼかした。

あれが本当に『彼』だったのか、そうでないのか、それは姫神秋沙にもわからないのだから。

しかし―――


姫神秋沙の長い一夜が明け


結標淡希の短い一週間が終わり


二人の新しい一日は、今ここで始まるのだ。


お化け嫌いで


料理下手で


寝起きが悪くて


それでも仕事熱心で


頼りになって


愛おしくてたまらない


最愛の同居人(こいびと)と共に


歩んでいこう。二人で。手を携えて。並んで。


今度は、一緒に


姫神「おはよう―――淡希」






この限りなく広がる、青空の下で―――
ツールボックス

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