とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 16

~とある高校・裏門~

七日目…0:17分。正門よりグラウンドにかけて垣根帝督が10413体の白銀の騎士団を相手取る中、裏門での戦闘もまた激化していた。

狙撃兵A「ガッ!?」

狙撃兵B「撃つな!射線が割れてるぞ!引け!一度引くん…グウッ!?」

狙撃兵C「クソッタレ!クソッタレ!何がどうなってやがるんだ!!?」

裏門付近に広がる雑木林に息を潜めて狙撃兵が次々と撃ち落とされて行く。
統率など望むべくもない学生達、避難民など目を瞑っていても鴨撃ちの的でしかなかったはずだった。なのに――

御坂妹「初めて学園都市の先端技術の恩恵に預かれました、とミサカは暗視ゴーグルを直しながら次の標的を狙い撃ちます」

砂皿「………………」

鉄鋼破り(メタルイーター)を携え屋上より狙撃兵を狙い撃ちにする御坂妹。
磁力狙撃砲を構えて脱出する学生達に迫る傭兵達をヘッドショットで撃ち抜く砂皿緻密。
狙撃手だからこそわかる経験則から次から次へと撃墜して行く二人、その眼下で――

白井「送り狼は一匹も通しませんの!」

ダンダンダンダンダンダン!カッカッカカッカッカ!

魔術師a「くっ!」

魔術師b「止めろ!これ以上好きにさせるな!」

十指に挟み込んだ黒金の鉄矢を文字通り矢継ぎ早に繰り出すは――白井黒子。
それに長裾の黒衣を纏う魔術師達の衣服を刺し貫き壁面に、地面に縫い付け金縛りにし、空間移動を連続で繰り出し魔術師達に狙いを定めさせない。

――そこへ――

結標「女の尻ばっかり追い掛けてるんじゃないわよ!!」

敵兵が一瞬奪われた『目』そのものへワインのコルク抜きを座標移動(ムーブポイント)で抉り抜く――結標淡希!

突撃兵A「がああああああ!?」

突撃兵B「このアマッ…ぐぶっ!?」

白井「目移りの激しい殿方は好みではありませんの!」

眼球を鮮血を迸らせる突撃兵、狙いを結標に変える兵士の一人の後頭部目掛けて空間移動にて出現、両脚を綺麗に揃え全体重を乗せたドロップキックを浴びせる白井。
突撃兵C「このクソガキ共がああああああ!!!」

その白井の背後に激昂しアサルトライフルを突き付ける突撃兵。
狙いなどつけない。逃げ出す避難民もろとも肉塊に変えるべく、その引き金を――
引く!

ガガガ!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

弾丸が射出される刹那

結標「させるわけないでしょう!!」

横薙ぎに振るう軍用懐中電灯

突撃兵C「!?」

弾雨の全てを明後日の方向へ『転送』させられ、愕然とする突撃兵

白井「せいっ…やあっ!!」

突撃兵C「がはっ!?」

その腕を取り、足に爪先をかけ、相手の体重を利用し、合気にも似た1・2・3の呼吸で横倒しに投げ飛ばす白井。
しかし次の瞬間、更に追撃を加えるべく獄炎の魔術を篭手に宿し狙う魔術師の魔の手が迫る――!

魔術師c「ちょこまかと往生際の――」

白井「ハッ!」

それをリンボーダンスのように上体をそらせて魔術師の炎の手をかいくぐる白井、その生まれた空いたスペースに目掛け――

結標「往生際が悪いのは――そっちでしょうが!」

割り込んで来た結標が上体をそらせる白井の真上から、魔術師の鼻骨ごと叩き割るように軍用懐中電灯を振り抜き、叩きのめす。
更に怯んだ魔術師を、上体反らしから地面に片手を付き、体勢を低く前のめりに、屈んだ状態から独楽回りに足払いを繰り出す…白井!

歩兵A「撃て!撃て!!撃て!!!」

ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキ!

一斉に横一列に片膝をついて軽機関銃を構える歩兵。しかし――

結標「何度やろうが…無駄なのよ!!」

そこへ、低い姿勢となった白井の肩を踏み台に足を蹴り出し、月下の満月の中を文字通り月面宙返りで――舞う結標!

歩兵BCD「「「!!?」」」

一瞬見上げ、銃口を上向かせ、それがそのまま徒となり――結標は空中で身を捩りながら

結標「引かせない!!」

ブンッ!と指揮者がタクトを切るように空中で軍用懐中電灯を振り切る結標!
すると結標が着地する地点に…兵士達の握り締めていた軽機関銃の全てが、着地した結標の足の下に『座標移動』される!そこへ――

白井「女性を銃でものを言わせるなど殿方の風上にも置けませんの――」

ベキィッ!

歩兵B「ぐべぇっ!」

白井「花束の一つでもお持ちになって――出直してくださいまし!」

空間移動で眼前に躍り出、右足で前歯を根刮ぎさらうような跳び蹴りを食らわせる白井!
さらに相手の顔面を踏みつけにし、そこから無着地に飛び上がり――

結標「白井さん!」

白井「結標さん!」

白井の手に、結標の足元に『転送』された軽機関銃が再び『座標移動』で『再転送』され

ゴキャッ!

歩兵C「グッ…ハッ!」

結標から白井へと、空中から兜割りのように軽機関銃の銃尻が歩兵の額と眉間に叩き込まれ、昏倒させられる!
長年連れ添ったダンスパートナーのような、幾たびも死線を越えた戦友のような息のあった二人のコンビネーションを前に…残す所あと一人!

歩兵D「ウオオオオオオ!」

そこにアーミーナイフを振り上げて突進してくる歩兵。
次々と理解不能な『テレポーテーション』に振り回され接近戦に挑むも――

結標「力押しで迫って来る男も――好みじゃないのよ!!」

結標の怜悧な美貌を、その刃先が全てを引き裂く刹那――結標はついに軍用懐中電灯を振るう事もせず

ボゴンッ!

歩兵D「…?わっ、あああ!?」

歩兵を校舎の壁面の『内部』に埋まり込むように『空間移動』させた!
手足と頭部だけ出たような、かつて自分が陥ったような悪夢めいたオブジェへと歩兵を仕立てて…!

結標「…安心しなさい。命まで取らないわ。出る時、多少皮膚が持っていかれるだけでね。夜明けまでそうしていなさい」

髪留めを姫神に引き取られ、流れるような赤髪を払いのけながら結標は振り返りもせずに言い捨てた。

白井「ふう…固法先輩との組み手と、寮監の身こなしが活きましたの」

いつしか校舎内の学生達はロングレンジからの御坂妹・砂皿緻密、ショートレンジでの結標淡希と白井黒子の獅子奮迅の働きで脱出を終えたようで――




~とある高校・屋上~

砂皿「…傭兵16名、正体不明16名、一個小隊が2つ…か」

御坂妹「危ない所でした、とミサカは無表情の中にも今更流れ出した脂汗を拭います」

屋上にて敵対勢力の無力化を確認すると御坂妹はこめかみを流れる一筋の冷や汗を拭う。
一方通行の時や、他の妹達が原石を保護すべく臨んだ戦いとは異なる『誰かを守る戦い』。
そのために引いた引き金の重さ、握った手の汗が――またひとつ、御坂妹の中の『確かな何か』になる。

砂皿「…次だ。間を置かずにまた来るだろう…セカンドポイントは体育館だ」

一方、砂皿の顔色に汗はない。感慨はない。あるのは緊張と意識と目を切らぬための一息。
自分達の持ち場は白井黒子、御坂妹、結標淡希、砂皿緻密は対32名の混成部隊。
彼の雇い主たる垣根帝督は対10413体の騎士団。ここで息は切らせない。

砂皿「…行こう。次の戦場へ」

絹旗最愛に撃破され、ステファニー=ゴージャスパレスに救い出された後、再び『スクール』に雇われ、彼はまた学園都市に来たまでの話だ。
もしグノーシズム(異端宗派)に雇われていたならまた立場は違っていただろう。

だがプロである以上、全うせねばならない任務がある以上、砂皿緻密はやり遂げる。

御坂妹「燻し銀ですね、とミサカはメタルイーターを担ぎながら月夜の下をおっかなびっくり歩きます」

そして御坂妹は、今手に握った『何か』を確かめるように二、三度手のひらを握り、開き、拳を固めて駆けて行った。



~とある高校・裏門2~

白井「壁に埋め込むだなんて…相変わらずえげつないやり口ですの。とても誉められたものではありませんの。“水先案内人”さん?」

結標「貴女達と違って仕事のやり方を選んでいられないのよ“風紀委員”さん」

ドン、ドオンとあちらこちらから響き渡る轟音、爆音、破壊音。
闇夜が赤く、白く、黄色く、移り変わり染め上げられて行く。
32人の兵士と魔術師を全滅させた中、二人は互いを見交わす。

結標「――まさか貴女と手を組んで、足並みを揃えて戦う日が来るだなんて思ってなかったわ」

蒼白い月の光の中、吹き荒ぶ爆風に髪紐を失った赤髪がそよぐのを手で抑える結標淡希。

白井「わたくしも、貴女に背中を預け、呼吸を合わせて闘う時が来るとは思ってもいませんでしたの――」

真白き月明かりの下、吹き荒れる熱風に真紅のリボンで纏められたツインテールを翻るに任せる白井黒子。

結標「――――――」

白井「………………」

既に校舎内に取り残されていた学生達、避難民は固法美偉と初春飾利による誘導と引率によって脱出に成功している。
しかし二人の眼差しは――先程の互いを知り尽くしたような戦友のような動きとは裏腹に、長年の好敵手を見交わすように静謐なそれだった。

白井「…その様子なら、もう吹っ切れたと思って構いませんの?」

本来交わる事のなかった、光(法の番人)と影(闇の住人)の二人。

結標「ええ。そう思ってもらって構わないわ。私はもう――迷わない」

同じ性別、同じ能力者、コインの裏と表のように似通いながら相反する二人。

白井「――あの女性は?」

結標「連れ戻しに行くのよ。なんでもかんでも背負い込んで、勝手に家出した大飯喰らいで馬鹿な黒猫をね――」

白井「たった一人でも?」

結標「たった独りでもよ」

御坂美琴を慕う白井黒子。

姫神秋沙を想う結標淡希。

今二人の胸を去来するものは、恐らく同一。

白井「そうですの――」

結標「――貴女が私の立場でも、同じ事をするでしょう?」

白井「ええ。ですからわたくしは止めませんの」

それぞれ出会いの形が

それぞれ出逢う場が

それぞれ歩む道が

それぞれ交わる道が異なっていたならば――

自分達はどうしていただろうというif(もし)

『ガガ…吸血殺し(ディープブラッド)を捕捉…ガガ…の者は…ガガ…直ちに…ガガ…第九学区のハイウェイへ…ガガ…』

結標「…行くわ」

白井「わかりましたの…」

兵士達が備えていたトランシーバーから漏れ出すノイズ交じりの指令が二人のif(もし)を断ち切る。

背を向けて歩み出す結標、解かれて風に舞う赤髪を靡かせるその後ろ姿を見送る白井は――

シュルッ…

白井「結標さん!お待ちなさって!」

ヒュンッ!

すると…白井はツインテールの内、左側のリボンを外して――空間移動でそれを結標の手の中に転送した。

結標「これは?」

白井「髪がまとまらないようでしたので」

それを受け取り、肩越しに振り返る結標。フワフワと左側の髪を夜風に遊ばせる白井。

結標「ありがとう、と言えば良いのかしら?」

白井「勘違いなさらならないように。お貸しするだけですの」

結標「返せなくなったらどうするつもり?」

白井「帰って来ますの。貴女は、必ず…」

結標「お守りの効果まであるだなんて御利益あるわね…これでどう?」

そして結標は赤い後ろ髪をポニーテールのようにまとめ、白井に見せた。

結標「似合う?」

白井「ええ」

それを見やり、白井はクスッと笑い、結標はフッと笑んだ。

結標「私が返しに来るまで、せいぜい生き延びる事ね」

白井「貴女が帰って来るまで、せいぜい生き長らえる事にいたしますの」

結標・白井「「お互いに」」

自分達にif(もし)はない。それは止まらない時の中で長針と短針が交錯したような、一瞬の交差。

光と影がほんの僅か重なり、ほんの微かに重なった、ただそれだけの事だった。

それだけで十分だ――そう互いに、一度も振り返る事なく二人は別々の道を駆け出す。


――互いが選んだ、それぞれの戦場へと――




~第七学区・瓦礫の王国~

魔術師C「なんなんだよアイツはよオオオォォォ!!!」

近衛兵A「…!」

ガシャン!とモニターの内一つを持ち上げ、振り上げ、叩き壊す白雪のローブを纏った魔術師。
砕け散る画面を更に憎いとばかりに踏みつけ、地団駄を鳴らすように犬歯を剥き出しにして口から泡を飛ばして激昂する。
その激怒を通り越してヒステリックじみた、子供の癇癪が爆発したような様相に近衛兵らが息を飲んだ。

魔術師C「クソが!クソが!!クソが!!!聞いてねえぞ!知らねえぞ!認めねえぞ!ふざけんじゃねえぞオオオォォォ!」

送り込んだ白銀の騎士団10413体…一個大隊はおろか一師団に匹敵する兵力の全てを垣根帝督は粉砕した。
操り人形とは言え、兵の練度は意思を持たぬが故に並の軍隊など及びもつかない規模であった。それを…

垣根『所詮“白銀”なんざ“黄金”になり損なった二番手の勲章だ。ブリキの兵隊にカメオの城は落とせねえ。一昨日来やがれクソッタレ』

それをチェスボードごと引っくり返すように垣根帝督は勝利をもぎ取った。
その上完成された『黄金錬成』を知らぬ内に、下位互換たる『白銀錬成』を嘲笑って。
戦略上の勝利から相手の矜持まで二度打ち砕くその様はまさに不遜な王(キング)のそれだった。

魔術師C「おい!グレゴリウスの聖歌隊の数を増やせ!詠唱を加速させろ!たがが一万そこらじゃあの優男(ロメオ)のイケすかねえスカしたツラ潰すにゃ足りねえんだよオオオォォォ!」

近衛兵A「はっ、たっ、ただちに…!?」

過剰摂取した興奮剤の影響からか血走った目を見開いて吠える魔術師。
それを受けて慌てて無線機にて本部に連絡を取ろうとコールサインを確認しようとして――

近衛兵A「観測部隊から打電!吸血殺し(ディープブラッド)は避難所じゃありません!第九学区です!第九学区から車両で移動中です!」

飛び込んで来た、監視・索敵・探知の魔術に秀でた部隊からの第一報。
それを受けて魔術師は一度ポカンとし…そこから笑い始めた。
それは人格としての正常な機能を放棄したような、そんな笑い方だった。

魔術師C「ふへうへへうふぇふぇ!!錬成する!場所は第九学区!標的は姫神秋沙!現出するは―――」

避難所への能力者狩り、姫神秋沙の追跡、その両方を行うに充分過ぎる。
偽・聖歌隊3829名、魔術師567名、傭兵達も数限りなくいる、撃ち漏らしのないウサギ狩りを――




~第九学区・ハイウェイ~

姫神「………………」

黄泉川『避難所が訳わかんない連中に襲われてるじゃん!?どうなってるじゃん!?』

ステイル「…能力者狩り、だね」

手塩『恐らく、彼等は、痺れを、切らした。この埒のあかない、膠着状態に』

七日目…0:47分。姫神秋沙をイギリス・ロンドンへと脱出させる道中…ステイル=マグヌス、オリアナ=トムソンの二名は姫神と向かい合わせの形で護送車の席に腰掛けていた。

オリアナ「貴女のせいじゃないわ。この学園都市(まち)には昨日着いたばかりだけど、お姉さんはいずれこうなると思っていたもの。遅かれ早かれ」

ステイル「魔術師から予言者に職替えしたのかい?事が起きてからそれを言うのは予言の範疇から悖ると僕は思うがね」

オリアナ「あら?女の予言って当たるのよ?預言者エリヤのようにね」

ロケット弾を喰らっても横転しないハンヴィー型特殊装甲車の小窓から流れ行く景色、本部と連絡を取り合う黄泉川愛穂と手塩恵未の声音。
芸術や工芸に特化した学区らしく、そこかしこに前衛的なオブジェや巨大な彫刻など見える。
しかしそんな中、オリアナのフォローやステイルの混ぜっ返しにも――

姫神「(私が。いるから。こうなった)」

その中の女神像の一つにでもなったかのように憂いを帯びた表情で姫神は俯いていた。
確かに自分が標的とされる前から能力者狩り、原石狩りは他の学区でも数少なくとも横行していた。
しかし姫神には、全ての災厄の源が自分であるように思えてならなかった。
それほどまでに姫神の精神活動は鈍麻していた。
結標淡希の傍らで芽吹き始めていた感情表現まで麻痺しつつあるほど。

ステイル「(恐らく、グノーシズムの魔術師だね。既に手は打っているが僕が戻るまで持ちこたえられるかどうか)」

そんな中、ステイルが案じるのは避難所に置いて来たインデックスの事である。
同時に避難所を襲撃したならば程度の差こそあれど姫神がその場にいない事が割れるのは時間の問題…
息詰まる物思いから、ふと外の空気を吸いたいとステイル小窓を覗き込み――

ステイル「姫神秋沙」

姫神「なに」

姫神も呼応して顔を上げる。心がズタズタでもボロボロでも、呼び掛けられれば応えるくらいのやりとりはまだ出来た。
だが姫神の見やった視線の先のステイルは――

ズウン…ズウン…

ステイル「この学園都市(まち)では」

遠くから低く、重く、鈍い音が断続的に鳴り響いてくる。

それは姫神の感覚の中で、近い言葉で言えば『足音』に似ていた。

オリアナ「あらあ…?お姉さん達の愛の逃避行、もう無粋な追っ手にかかっちゃった?」

ズシン…ズシン…

まるで幼い頃テレビに流れていた怪獣映画の効果音のような、想像上では有り得ても、現実的にまず有り得ない…破壊音――

姫神「…あれは。…なに」

小窓から姫神の目にも見て取れたのは――男のような身体に女の顔を持った…周囲の風力発電の風車がその影の『足』くらいの大きさほどにしか感じられない巨大な――


ステイル「この学園都市(まち)には――巨人像が歩き回るだなんてギミックまであるのかい?」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

姫神「…!!?」

その轟音が、全長が計れないほど巨大な白銀の巨人像が奮った拳の先――立ち並ぶビル群を砂城を崩すように殴り抜いた音だと姫神が理解した瞬間――

オリアナ「姫神さん!!」

薙ぎ倒されたビルが、護送車の走るハイウェイを塞ぐように横倒しになる。
姫神達の行く手を阻み、闇夜の中にも禍々しく輝く白銀の巨神兵が…舞い起こる粉塵すら踏み潰して…

姫神「あ…。ああ…」

ハイウェイを跨ぐように歩を進める白銀の巨人…この装甲車などあの巨人のサイズからすれば落ちた本を拾い上げるようなものだろう。
それが…無骨な男の肉体と優麗な女の美貌を持つ醜悪な巨神兵が…姫神達の元へ…!

黄泉川「降りるじゃん!こっからは徒歩(かち)で行くじゃん!姫神!」

姫神「あっ…!」

運転席から飛び出して来る黄泉川が姫神の手を引く。
その脳裏に過ぎるは、シェリー=クロムウェルがかつて学園都市に侵攻して来た事件の再来。

手塩「ルートを、切り換える、本部に報告のあった、去年侵攻してきた、正体不明の、巨人に酷似している」

同じく、迫る巨人を前に手にしたアンチスキルの標準装備…暴動鎮圧用ライフルを背負って駆け出す手塩。
もちろん、優先すべきはなりふり構わない逃走手段。

オリアナ「うふっ…やっぱり、女は追い掛けるより追い掛けられる内が華って言うのはお姉さんも同感よお?けれど、大きいだけの男の子じゃお姉さんはイカせられないわよ?」

手にした『速記原典』の一枚をその艶めかしい唇に咥えながら嫣然と微笑むオリアナ。
その頭脳には既に最適な逃走経路の割り出しを終えている。そして―――


「――君達は先に行け」


迫る巨人、逃げ出そうとする女性陣の狭間でライオンハートの『ハウル』のジッポーで煙草に火を点けるは――

オリアナ「貴方一人で大丈夫?あの巨人さん、貴方より更に大きいわよ?」

黒衣の神父服、十指に嵌められたシルバーアクセサリー、耳にも同様のピアス、特徴的な目元のタトゥー、そして――

「…どうやら今夜の僕は、らしくもなく苛立っているようでね――」

姫神「(淡希と。同じ――)」

燃えるような、鮮血のような、赤い長髪をなびかせて、懐から数万にも登る――魔法陣の刻印されたルーンのカードをばらまく!!


ステイル「――周りを巻き込まない自信がない!!!」


轟ッッ!と姫神達の逃走経路を除くハイウェイ全体を火の海に変える地獄の業火が巻き起こる。
夜空まで焼き尽くし塗り潰すような煉獄の炎上網を展開させ、ステイルは天をも衝く白銀の巨人に対峙する。

姫神「(――似てる)」

その赤い髪が、姫神に結標を想起させる。彼女は今どうしているだろうか。
既に避難しているだろうか、それとも再び戦っているのか。
それを知る術は今の姫神にはない。だがしかし――

姫神「――死なないで」

それは目の前のステイルか、遠く離れてしまった結標に向けた言葉か、それは姫神にもわからない。
しかし、その言葉は共に偽らざる姫神の心からの本心であった。

ステイル「…行け!!」

その言葉を背に、黄泉川・手塩・オリアナ・姫神は駆け出した。

白銀の巨人と、ステイルを残して

~第九学区・炎上するハイウェイ~

ステイル「…なるほど、それがアウレオルス=イザードの負の遺産か。相続人が悪かったようだね。ちっとも運用出来ていない」

魔術師C『なぁぁんだオマエぇぇアイツを知ってるかなぁ?』

ステイル「知っているだけさ…会って、話して、戦って…そして――僕が奴を“殺し”た」

白銀の巨人を通して何者かの声音がステイルの耳朶を不快に震わせた。
周囲の風車が脚部部分にしか相当しないほど巨大な敵を前にしながら、新たに煙草を取り出して火を付け、紫煙をくゆらせながらそう言った。
道端の吐瀉物を目にしたように眉根を潜めながら。

魔術師C『へえ?なら知りたいもんだな。あの気取った骨董屋がどうくたばったかよ?』

ステイル「――答える必要はない」

魔術師C『…なにぃ?』

ステイルは周囲の真紅の炎と比べ、その内面に蒼白の焔を宿していた。
それは、形は違えど道は違えど、気に食わなかろうが気に入らなかろうと――

ステイル「聞こえなかったかい?墓荒らしで身につけた安っぽい銀細工を見せびらかすような盗人に答えてやる必要はない、と言ったんだ」

あの男(アウレオルス)はインデックスのために世界の全てを敵に回してでも、自分の生命を、人生を、全てを捧げ、それでも叶わず『死んだ』のだ。
ステイルが決して相容れないアウレオルスを唯一認める一点…その一点を奴等(グノーシズム)は汚したのだから。

ステイル「死んだ亡霊(アウレオルスの遺産)が生者に危害を加えるのを――この神父(ぼく)が見逃すとでも思ったか?馬鹿め」

インデックスが側に居なくて良かった、とステイルは思った。
今の、静かながら臨界点を超えた激怒、限界点を超えた激情を湛えた顔を見られずに済むのだから。

ステイル「――戦う理由が、増えたようだ」

これは弔い合戦などではない。これは必要悪の教会から下された任務だ。

ステイル「君は、魔法名を名乗るにも値しない」

そう、これは――神父としての戦いだ。

ステイル「Kenaz PuriSazNaPizGebo(炎よ!巨人に苦痛の贈り物を)」

これは死に損なったアウレオルス=イザードの遺産(たましい)を冥府を送るための――神父(ステイル)の闘いだ

ステイル「AshToASh…DustToDust…SqueamishBloody Rood(灰は灰に…塵は塵に…吸血殺しの紅十字)」

二刀に構えた炎の剣を重ね合わせる…まるで墓標に刻む十字架のように

ステイル「MTOWOTFFTOIIGOIIOF IIBO LAIIAOE IIM HAIIBOD IINFIIMS ICRMMBGP(世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ…それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。具現せよ、我が身を喰いて力と為せ)」

白銀の巨人と――

ステイル「イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス ( 魔 女 狩 り の 王 ) ! ! !」

赫怒の巨人が――

魔術師C『くたばれええええええええええええええええええ!!!』

ステイル「さあ…始めようか――魔術師…!」

――業火の中――激突する!!!――

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最終更新:2011年03月27日 22:18
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