とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 11


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

~第十五学区・カフェ『サンクトゥス』第十五学区店~

結標「ええ…そう。襲われたわ。今朝のニュース見たでしょう?あのモノレール爆破テロ事件はそれ絡みよ。何とか逃げられたけどね。私はどうしたら良い?」

小萌『そ、そんな!結標ちゃんは!?姫神ちゃんは大丈夫なのですか!?』

結標「大丈夫。二人とも無事よ。姫神さんは今小倉トースト食べてシナモンティーお代わりしてるわ。見てるだけでお腹一杯」

小萌『よっ、良かったのです…先生は…先生は…心配で…ふえぇ』

六日目、8:25分。結標淡希と姫神秋沙の二人はそうそうにチェックアウトを済ませて繁華街のカフェにいた。
結標は今現在トイレの個室で月詠小萌と昨夜のあらましを話しながら――小銃の手入れをしていた。
『グループ』として活動していた際、コインロッカーに分散させていた仕事道具の一つである。

小萌『わかりました。黄泉川先生と相談して人を迎えに行ってもらうのです!だから結標ちゃん…もう危ない事をしないって先生と約束して下さいなのです…何かあったら戦ったりしないで、逃げて欲しいのです…!』

結標「安心して小萌。こっちはか弱い女二人だもの。はなからそのつもり」

銃は好きじゃない。抜けば撃つしかなくなる。誰かを傷つけるしかなくなる。嫌な思い出もある。
小萌は結標が暗部であるとは知らないし、結標も小萌に明かすつもりはない。

本来なら連絡もしたくなかったがかかっているのは姫神の命だ。
そして――逃げ回ると会話しながら、手が勝手に武器をかき集めて分解し、クリーニングし、組み立て直す淀みない流れがひどく滑稽に思えた。
そう自嘲しながらも小萌と二、三打合せて黄泉川愛穂を通じてアンチスキルの施設に匿ってもらう運びとなった。

結標「じゃあ、また後で」

通話を切る。個室を出る。ガンオイルに濡れた手を洗面台で洗う。
自分一人で姫神を連れて逃げ回りながら敵を探り出して叩くなど無理だ。
遅かれ早かれこうするしかなかったと結標は手に次いで顔を洗いながら言い聞かせる。

結標「…やるしか…ないのね…」

信じるしかない。あの避難所と委員会に集ったレベル5達の力を。
他力本願だと思わなくもない。みすみす火種を持ち込まざるを得ない自分の無力さが呪わしい。
一方通行も、海原も、土御門も、こんな時いてくれたらどれだけ心強い戦力かと思う。だが。

結標「遊びじゃないのよ結標淡希…しっかりやりなさい」

顔を拭きながら洗面台の中の自分を叱咤する。自分のケツは自分で拭う。それが暗部(じぶんたち)の戒律であったと。
先ずは食べ終わったらアンチスキルの詰め所にでも行き、迎えが来るまで姫神を保護してもらう。それが最も安全だと信じて。





~サンクトゥス第十五学区店・姫神秋沙~

姫神「………………」

姫神秋沙はカフェの2人掛けのテーブルにいた。小倉トーストを、茹で卵を、シナモンティーを、サラダを、モーニングセットを平らげながら結標を待つ。

結標『やっぱり貴女って図太いわ…よく食べられるわねそんなに』

姫神「(そういう貴女は。線が細すぎる。スタイルもメンタルも)」

共に行動するようになってからわかった事。結標は精神的な負荷や重圧がかかると食事をほとんど取らなくなる。
昨日のチキン南蛮弁当だって半分しか食べていなかった。
それだって自分を守るため、体力を維持するために無理矢理食べていた事くらい姫神にもわかった。

姫神「(私の。この能力が。また周りの誰かを。巻き込んでしまう)」

吸血殺し(ディープブラッド)…それが引き寄せるのは何も吸血鬼ばかりではない。その吸血鬼目当ての『人間の欲望』までおびき寄せる。
今までこうならなかった事自体が一種の幸運だったのだ。
この学園都市の防衛機構や、上条当麻の右手に守られて。でももはやその加護は受けられないのだから。

姫神「(消えてしまいたい。消してしまいたい)」

ある種、忌むべき象徴たる吸血鬼以上に忌まわしい自らの身体に流れる血。
同時に、昨日何故結標に対しあんな事をしたのかという自分の中の真実まで姫神は浮き彫りにする。
朝の光が照らすのは美しい世界ばかりではなく、醜い自分の姿もそこに含まれる。

姫神「(彼女が。女性だから?)」

この年頃にありがちな、友情以上の疑似恋愛などではない『女』の本能としての打算。
姫神秋沙は原石だ。やがて将来伴侶を得、子を為した時…もし自分と同じ吸血殺しの血を引いていたら?
それは自らの血が両親の、隣人の、村落の人々全ての命を奪った地獄を我が子に繰り返させる事になる惨劇の可能性がないとは言えないからだ。

姫神「(私は汚い。私は汚れている。私のエゴが。いつか取り返しのつかない事に。なりそうで)」

心惹かれた上条当麻には既に帰りを待つ『パートナー』がいる。
まるで寂しさを埋めるために結標を欲しているかのような自分がいる。
以前、結標に求められた時上条と結標を乗せてはならない秤に乗せたように。

姫神「(現に。もう結標さんを。巻き込んでいる)」

結標が、子を為す必要がない相手(おんな)だから恋愛対象として見ているかも知れないという打算的なもう一人の自分。

姫神「(私はもう。殺したくない。結標さんを。これ以上巻き込むくらいなら。私は自分を――)」

それは相手にとってどれだけ侮辱的だろう。屈辱的だろう。考えるまでもない。

姫神「(地獄に堕ちるのは。私一人で十分)」

結標が側から離れた途端、死んだはずの心からワインの澱のように舞い上がるネガティブ思考が――

結標「お待たせ!」

トイレから戻って来た結標淡希の言葉によって中断させられた。





~カフェ『サンクトゥス』・禁煙席~

結標「…という訳で、迎えが来るまで一旦アンチスキルの詰め所に匿ってもらうわ。もちろん私も一緒に」

姫神「わかった。ごめんなさい。貴女に任せっきりで」

結標「気にしないで。貴女の得意分野が料理なら、私の専門分野は荒事って話なだけよ」


9:01分。結標淡希はアールグレイを、姫神秋沙はシナモンティーをそれぞれ頼みながら今後を話し合った。
昨日の自爆テロも厭わないような連中がまだ後に控えているならば、交通機関を使って帰るのは二の轍を踏む事になりかねない。
しかし街中に隠れ潜むのもいざ交戦の段になった際、周囲を平然と巻き込む手口の二の舞にもなりかねない。
ならばいっそのこと、アンチスキルの庇護を受けるほうがいざという時二の足を踏まずとも良いから、と結標は語った。

姫神「料理と言えば。私はまだ貴女に。石狩鍋と。サーモントーストサンドしか。作ってあげられていない」

結標「お互い避難所での食事がメインになっちゃったものね…って言うかあの避難所煮物ばっかりじゃない?」

姫神「煮物と。つまみ物は。人数が捌ける。融通が利く」

結標は思う。少し水先案内人の仕事を減らして姫神の側に置かせてもらおうかと。
せっかく任された仕事なだけに残念だが、姫神を狙う魔の手が止むまではそうするべきかと。

姫神「…また。貴女に料理を。食べてもらいたい。今度は。貴女の好きなものを」

結標「へえ?ようやくルームメイトらしくなって来たじゃない?感心感心」

姫神は思う。一昨日はさくらんぼゼリーしか、昨夜はチキン南蛮弁当を半分足らずしか結標は口にしていないし今はアールグレイのみ。
このままではいつか倒れてしまう。身体を壊してしまうかも知れない。いくら強くても同じ人間で、同じ女の子なのだから。


結標「この馬鹿げたハロウィン・パーティーが終わったらお願いね?」

結標は姫神を守りたいと願い、姫神は結標を護りたいと望んだ。
全ての災厄から、災難から、災禍から――




~第十五学区・繁華街大通り~

結標「人通りが多いわね…酔いそう」

姫神「本当に。戦争があったなんて。思えないくらい。第七学区とは。大違い」

9:20分。二人はカフェを出ると保護を求めるべくアンチスキル第十五学区支部を目指し大通りを歩いていた。
支部は繁華街を有する十五学区と流通や産業の要所たる第十六学区を繋ぐ大桟橋の川沿いにあるらしかった。
外部でも警察機構の訓練所などは川沿いに置かれる事が多いが、それと同じ理由なのかも知れないと結標はぼんやり考えた。

結標「まったくね…こちとら毎日毎日まーいにち…ガイドとポストガールやってるって言うのに」

姫神「ポストガール?」

結標「外部の親元からの物資や、学生達が親元に出す手紙の配達よ。第七学区は電力不足な上、携帯もつながらない所が多いからアナログなツールに頼るしかないんじゃないかしら?」

姫神「郵便屋さんは?」

結標「あの瓦礫の山じゃ途中までしか来てくれないのよ」

雨上がりに濡れた朝の街を、二人は手を繋いで歩く。結標はいつでも姫神を連れて逃げられるように。姫神は僅かに心温めるためにそうしている。
二人が眠ってから朝目覚めるまでの五時間は記録的な集中豪雨に切り替わったらしく、大通りのアスファルトにいくつもの水溜まりを残していた。

姫神「本当に。この学区みたいに。元に戻るのかしら」

結標「…どうでしょうね。再開発するのか放棄するのか…安心して、行き場がなくなったら好きなだけ私の家にいてくれて構わないから」

姫神「でも。それは」

結標「一緒に暮らさない?私達」

姫神「!」

結標「今みたいな仮住まいじゃなくて」

そこで姫神の足が止まる。水溜まりの中でも気にせずに。
対する結標も行き交う人混みの雑踏の中、姫神を見つめた。

結標「貴女とは、上手くやっていけそうだから」

姫神「…でも。私は――」

結標「言わないで」

姫神の胸中を知ってか知らずか、結標はキッパリとそう言い放った。
正反対のタイプの美少女二人が手を繋ぎながら一緒に暮らす暮らさないの会話をしているなどと妖しい雰囲気に意も介さず。

結標「貴女が何者でも、私が何者でも――私達、友達でしょう?」

姫神「(貴女は。どこまで気づいているの)」

結標は考える。夜には大胆不敵で、朝には曖昧模糊としているこのルームメイトは一度手を離せば消えかねない儚い雰囲気が最初から漂っていた。
初日から含めてこの6日間ずっと消えずに。だから切り出したのだ。勇気を振り絞って。

姫神「私達。出会ったばっかりで。私は。」

結標「――嫌?」

姫神「…嫌。じゃない」

昨夜姫神に責められるままだった姿は、幽霊騒ぎに脅えた影は微塵もない。
それどころか迷う姫神の手を引こうとしている。しかし結標は――

結標「………………」スッ

姫神「あっ」

姫神の手を一度解き――そして、もう一度差し伸べた。

結標「イエスなら手を取って…一度きりよ。同じ勇気は二度出せないわ」

姫神「結標…さん」

結標「私と一緒に来るなら、この手を掴んで」

姫神は思う。

卑怯だ。

姑息だ。

不埒だ。

そんな風に言われて、手を取れないだなんて――出来るはずがないのに。

姫神「…ズルい」

結標「そうよ。私って実は性格悪いの。貴女には負けるけどね」

姫神「私は。性格悪くない」

結標「人の身体をオモチャにするようなサディストが何言ってるの」

朝焼けの光を浴びて燦々と輝く雨上がりの街。
徐々に鳴き始める蝉の声。
夏の始まりに差し掛かった季節に吹く風が二人の髪を揺らした。

結標「イエスなら優しく連れて行く。ノーなら乱暴にさらって行く。選んで。好きな方を」

姫神「…――って」

結標「聞こえないわ。ハッキリ言いなさい」

行き交う人々、立ち尽くす二人。
風車が回り、飛行船が夏の朝空を行く。
サディストはどっちだ。どっちを選んだって…私を逃がしてくれないクセにと――姫神は

姫神「――さらって…!――」

その手を、取った。






~第十五学区・裏通り~

魔術師B「標的、発見セリ。指示ヲ仰グ」

「mare256(葦の海渡りし青銅の蛇)よ。確実に仕留めよ。Tempestas369(毒杯注ぎし晩餐者)のような漏れは万に一つも許さん。死を賭して望め」

魔術師B「了解」

そんな二人の様子を、薄暗い路地裏に溶け込むように佇む漆黒のローブを纏う幽鬼…
アウレオルス=イザードがかつて属していたグノーシズム(異端宗派)所属の魔術師『mare256(葦の海渡りし青銅の蛇)』は監視していた。
雨上がりの街にいくつも生まれた水溜まりの一つに結標と姫神の姿をリアルタイムの索敵・探知・監視の魔術を水鏡で写し出して。

魔術師B「アンチスキルニ逃コマレルト厄介ダ。先手ヲ打タセテモラウゾ」

その手に握るは刀剣ほどの大きさがある十字架の先端に青銅の蛇が絡みついた偶像崇拝の霊装『モーセのクルツ』のレプリカ。

モーセが葦の海(紅海)を断ち割り迷える民衆を導き、神の使わせた炎の蛇すら退けた青銅の蛇の旗竿を手にした魔術師の魔術は『水』を司る。
モーセとは元来『水から引き上げる』という意味である『マーシャ』から取られた字である。

魔術師B「アノ出来損ナイトハ一味違ウゾ…我等ガ神ニ唾スル者タチヨ」

幸いにも大雨の後、アンチスキルの支部の側には河が流れている。媒介に用いる『水』には事欠かない。

そして万に一つの脱出口すら逃がすつもりはない。そう考えながら魔術師は水鏡の魔術を解除し歩み出した。

魔術師B「1タス1ハ…2。2ヒク1ハ…1」

結標淡希の殺害と、姫神秋沙の拿捕のために――




~第十五学区・アンチスキル第十五学区支部~

結標「着いたわ」

姫神「ここ?」

結標「ええ」

10:40分。二人は繁華街を抜け、追跡や監視や尾行しながら迂回し、遠回りし、足跡を掴ませぬよう時間をかけて『座標移動』しながら河川側にあるアンチスキルの支部へとやって来た。
辺りは見晴らしよく遮るものの無い土手。警察組織の訓練所などが置かれやすい理由の一端がわからなくもなかった。

姫神「ここで。匿ってもらうの?」

結標「そうね。出来るだけ警備員のお世話にはなりたくなかったんだけれど、そうも言ってられないから」

施設そのものはそれこそ警察組織の支部ほどの規模で、グラウンドほどの練兵場も見渡せた。
結標達は施設前の門扉まで飛び移ると、結標は門番とも言うべき警備員を探す…しかし

姫神「…?。誰も。出て来ない」

結標「妙ね…一人残らず出払ってるだなんて」

門扉の前には誰もいない…それどころか入口でチェックをする者すらいない。
側で河川の荒れ狂う濁流が耳障りだ。物音一つ中から聞こえてこないせいか尚更そう思う。

結標「(何か変ね)」

一瞬、座標移動で施設内に入ろうとして結標は躊躇った。些細だが見落とせない違和感、微細だが見逃せない異物感。
学園都市の言わば法治組織とも言うべき場所に似つかわしくない、何か――

姫神「――――がする」

結標「え?」

ドッ、ドッ、ドッと昨夜の降雨を受けて増水した川の流れが五月蝿くて結標は思わず問い返した。
すると姫神は無表情の中にも僅かに表情筋を強張らせ――言った。

姫神「――血の匂いがする――」

結標「!!?」

その直後だった。

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

河川が堰を切ったように、増水した『水』の全てが津波のように土手を乗り越え、二人の視界一杯に埋め尽くして――

結標「姫神さん!!!」




~第十五学区・アンチスキル詰め所~

迫り来る濁流の津波に呑まれる直前、結標は姫神を抱えて聳え立つ門扉の上へと座標移動した。

結標「ぷはっ!大丈夫!?」

姫神「だっ。大丈夫」

一瞬の事だった。鉄砲水などでは常識的に考えられないほどの河川の津波が施設もろとも押し流すほどの勢いで殺到したのだ。
すでに門扉の頂上よりした濁流の海だ。ありえないほどの水量がこの施設一体を文字通り水没させたのだから。

結標「(なによこれは…常識じゃ考えられないわ…街中の水道管が破裂したってこうはならないわ)」

濁流の一部は被ったものの、飲み込まれる寸前にテレポート出来たのは暗部で培われた危機察知と養われた危険回避の賜物だ。
結標はびしょ濡れになった赤髪をかきあげて辺りを見渡す。すると――

魔術師B「mare256(葦の海渡りし青銅の蛇)」

結標「魔術師…!」

荒れ狂う時化の海のような水面に立つ、十字架を背負ったローブ姿の亡霊…
モノレールで交戦したあの魔術師と同じ気配の人間が、目だしさえ隠れたフードからこちらを覗いていた。

結標「(どうして先回りされたの!?あんなに警戒していたのに!)」

結標は知らない。土御門元春が大覇星祭の際に使っていたような探索魔術で今朝から監視されていた事を。
言わばアンチスキルを頼るという『最善の道』を選んでしまったがために魔術師を呼び込み『最悪の方向』に進んでしまったのだと。

姫神「(さっきの血の匂い。あれは中の…!)」

姫神は知らない。魔術師がこれだけの水量を操るには、ステイル=マグヌスのルーンのように局地限定的な『結界』の中でのみ有効だと。
故に魔術師は先回りし、アンチスキルの施設及び河川を結界の術式を組み込むためだけに警備員を皆殺しにしたのだ。

魔術師B「1タス1ハ…2」

魔術師は聳え立つ門扉の上の姫神をまず指差し…ついで結標を指差して――

魔術師B「2ヒク1ハ…1」

結標の首を掻き切るようなジェスチャーを送り…水底へと沈んで行き――

魔術師B「  シ  ネ  」

――戦闘が開始した――




~第十五学区・アンチスキル練兵場~

結標「チッ!」

姫神「…っ」

濁流の中から次々と飛来する水の刃が結標を狙う。
結標はそれを練兵場のライトスタンドを飛び石伝いに座標移動しながらかわす。
片腕に姫神を抱えながら飛んで、跳んで、翔んで!

ガン!ガン!!ガンガンガンガン!!!

無数に飛び出した水の刃が次々とライトを破壊し、ポールを切断し、グラウンドの鉄条網を引き裂いて行く。
高さにしてビル四階分に相当する高所まで飛来するウォーターカッター。
ウォーターカッターそのものでさえ研磨剤と出力を調整すればダイヤモンドから鉄鋼まで両断するのだ。
生身の肉体を掠めただけで大怪我は免れない。その上――

結標「頭も出ないんじゃモグラ叩きにもならないわよ!」

魔術師は濁流の中に沈み込み水中から一方的に攻撃して来る。
対する結標は常備しているコルク抜きを叩き込もうにも相手の所在が目視出来ない。

それどころかマシンガン並の水を魔術で練り上げた弾雨から、暴動鎮圧用の放水器が如雨露の水に思える勢いの鉄砲水、膨れ上がった水球を爆弾のように破裂までさせてくる。

結標「何でもありなのね魔術師って!!水芸やりたきゃサーカスから始めたらどう!?」

『後方のアックア』の足元にすら及ばずとも、局地限定的な結界魔術の地の利、昨夜が時雨から一時的な豪雨となり増水した天の利を得て水の魔術師は二人を狙う。

結標はそれを座標移動で掻き回し、一カ所に止まらず狙いを付けさせない逃げの一手でそれをかわすしかないのだから。

姫神「(私がいるから。結標さんが戦えない)」


飛び石伝いにしか動けない。眼下で渦巻く濁流の海に落ちれば間違い無く引きずり込まれる。

結標一人なら水中に飛び込んでも座標移動を繰り返して脱出は容易いだろう。

しかし姫神を抱え、庇い、守りながらではそれすら望むべくもない。

自分さえ枷にならなければ、結標ならば勝なりと逃げるなり活路を切り開けるのに。

結標「(残る手は…そう多くないわね)」

電柱ほどの高さと太さのある、アンチスキルのシンボルが描かれたフラッグポールの上に座標移動する。

こんな八艘飛びをいつまでも繰り返していられない…そう結標淡希は腹を括る。

結標「…姫神さん…」

姫神「…なに」

足元では二階建ての建物まで浸水させるような多量の水が魔術によって渦巻いている。
チャンスは恐らく一度…これで仕留め損なえばますます敵は遠くなる。
結標は姫神を両腕で抱えあげながら静かに…しかしハッキリと姫神に囁いた。

結標「――て」

姫神「…!?」

結標「――これしかないの。私を――信じて頂戴」





~第十五学区・アンチスキル練兵場、水中~

魔術師B「止マッタ。モウ逃ゲ場ナイ。2ヒク1ハ1」

魔術師は勝利を確信していた。高所にある着地点はもうあのポール一本のみ。

次の攻撃で終わる。赤毛の女に当たれば黒髪の女が手に入る。

当たらなくてもポールを壊せば二人とも水に落ちてやはり手には入る。

どちらに転んでも自分の優位は動かない。だから――

魔術師B「2ヒク1ハ…」

次の形は槍に、矢に、錐にしよう。あの髪の毛と同じ真っ赤にしてやる。

水はどんなものにも形を変えどこにでもある最高の媒介だ。これに霊装『モーセのクルツ』が加われば――

魔術師B「1!!!」

ドン!とありったけの水の穂先を結標に、ポール目掛けて放つ。
当たれば死ぬ、かわしても落ち――

姫神「結標さん。下。私達の足元!!」

魔術師B「!?」

その瞬間…ずっとお荷物で抱えられていたばかりだった姫神が…射出した流水の穂先を見据えながら…叫ぶと

フッ…

魔術師B「ナニ!!?」

結標達が…水中の視界から消えたと思えば――

結標「当たれええええええええええええええええええ!!!」

代わって、結標達の立っていた、電柱並みのフラッグポールが魔術師の目の前に突如として現れ――





~第十五学区・アンチスキル練兵場、水中2~

グシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…!!

魔術師B「…ガッ…ァ!!」

結標の叫びと共に…水中に突如として現出したフラッグが魔術師の腹部を刺し貫いた。
完全に身体の中心を穿ち抜き、刺すというよりそのままフラッグポールが身体に『生えた』ような風穴を開けて。

魔術師B「ソン…ナ」

魔術師が水の魔法を放つまで…結標は狙いを絞らせるためにその場に止まり回避するために演算に集中。

腕の中の姫神が射出の瞬間、攻撃の入射角、一撃の方向を見据えて位置を教えたのだ。

攻撃の発動と同時に回避し、攻撃の瞬間を見切ってのフラッグポールの一撃…

姫神が目の代わりとなり、結標が演算に集中し、最後は演算を終えた結標が手を下したのだ。

魔術師B「1ヒク…1…ハ」

魔術師の腹に突き刺さるは座標移動で転送されたフラッグポール…

それは背負った『モーセのクルツ』と相俟って十字架にかけられ磔刑に処された邪教徒そのものだった。

皮肉にも、魔術師の肉体的に死によって濁流の海も真っ二つに割れ引いていった。

魔術師B「ゼ…ロ…」

魔法名…mare256(葦の海渡りし青銅の蛇)の名に相応しく、串刺しにされた蛇のように。




~第十五学区・アンチスキル練兵場3~

結標「…助かったわ…貴女のおかげでね」

姫神「………………」

魔術師の死により戻って行く赤に染まった濁流の波が引いて行くのを姫神秋沙は見やっていた。
磔刑のようにされ息絶えた魔術師の死体が、水が引いて行く事で殺害されたアンチスキルの遺体が漂流物のように河川敷の石砂利に流れつくのを。

結標「…警備員を皆殺しにしたのはあの魔術師よ…そしてその魔術師に手を下したのは私…貴女が気に病むのはお門違いよ」

姫神「………………」

姫神はどうして良いかわからなかった。自分が保護を求めたためにアンチスキルの支部の一つが、人命が失われた。
結標に手を汚させた。血に塗れさせた。戦う力がない事を言い訳に、結標に人を殺めさせた。それが姫神の心を漂白していた。

姫神「こんな。こんな事が…」

結標「………………」

姫神「…いつまで。続くの」

結標「…わからないわ…」

もう姫神は自分で自分の命を断つ自由すら失った気がした。
ここで姫神が命を絶てば、それこそ命懸けで戦ってくれた結標の全てが無駄になる。
吸血鬼を求める人間が全て息絶えるまで、原石を求める人種が全て死に絶えるまで終わらないと言うのか。この血で描かれた斑道は

姫神「………………」

結標「…帰ろう…私達の場所に…」

結標淡希は思う。自分は姫神の命を守れる程度には力があって…その死に絶えた心まで守れるほどの力がないと。
人を殺めた。吐き気がする。自分だって泣き出して壊れたい。でもそれだけは出来ない。姫神がいる今は。

姫神「どこへ。行けばいいの」

吸血殺しの力を消すために来た学園都市は今壊れている。

その可能性があったかも知れないアウレオルス=イザードは『死んだ』。

このままではいつか結標も命を落としてしまう。迫り来る追っ手が止まない限り。

姫神「教えて。私は。私はどこへ――」

結標「――――――」

姫神の周りには流れついた遺体と血に染まった濁流が纏わりつき、結標はそんな姫神を何も言わずに背中から抱き締めた。

結標「(…この娘…泣いて…)」

背後から抱き締める結標にはそれがひっかぶった水滴の名残なのか、はたまた姫神の双眸から溢れる涙なのかわからない。しかし――

結標「――言ったでしょう?さらいに行くわ。貴女がどこへ行こうともね――」

一人くらい、地獄までの道行きがいないと寂しいだろうと結標は思った。

結標「(ああ――そっか)」

同時に、芽生えかけていた想いが花開いた。この血の海を養分にするようにして咲く徒花が。




――私…この娘の事が好きなんだ――
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。