とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 07


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~とある高校・全学連復興支援委員会詰め所~

小萌「はい、はい…わかったのですよーゆっくりお休みするのですー!では姫神ちゃん、結標ちゃんをお願いするのですー…あっちょっと待って下さいねー?木山先生ー!すいませーん!ちょっとお願いが…」

ステイル「インデックス…いつまで鍋を舐めているんだい…洗えないじゃないか」

禁書「のこりものにはふくがあるんだよすている!こもえ…あいさ、なんて言ってたの?」

四日目、18:33分。土御門舞夏手製によるシチューを平らげたインデックスの声音がテント内に木霊した。
その問い掛け先には携帯電話での通話終了ボタンを切った月詠小萌の姿があり、同じく残り物をかき集めた大鍋を持って来たステイルもそちらを向いている。

小萌「今日はもう水先案内人にお仕事はないから結標ちゃんを連れて帰る、という事なのです!結標ちゃんもほとんど二日間ぶっ通しで力を使っていたから…」

中庭での一件より…姫神は結標を連れ帰る事にしたのだ。
肉体的な疲労より精神的な磨耗の方が遥かに激しく、とてもではないが…という事である。

ステイル「女性には女性の都合というものもあるだろう…例えそれが能力者であろうとなかろうとと言う事か…ふむ」

雲川「英国紳士だこと。まあ、私には関係ない事なんだけど」

禁書「!」

そこに姿を現すは…カチューシャに髪を束ねた、姫神と同じ制服を纏う女学生…雲川芹亜の姿があった。
手には今注がれて来たのかホカホカと湯気の立ったシチューの皿があり、インデックスもつられるようにそちらを振り返った。

雲川「うん、今日も美味しい…私としてはもう少しお肉が欲しいところなんだけど…まあいいわ。先生に申し送りがあるんだけど」

小萌「なんですかー?」

物欲しそうにするインデックスから隠すようにスプーンを手繰りながら雲川が小萌に呼び掛けた。
ステイルが自分の分のシチューをわけつつそれをどうどうとなだめる。
ある意味、束の間の平和を感じさせるいつも通りの夕べ…かに見えたが。

雲川「数日中に、正式な“水先案内人”がもう一人来れそうなんだけど…良いかしら?元は腕の良い“運び屋”って聞いたんだけど。ああ、スポンサーはついてるから悪しからず」

ステイル「運び屋…?」

何となくステイルはその単語にどうしても嫌な想像をしてしまう。
思い出すのも忌々しい、散々自分達を引っ掻き回してくれた“とある女”の顔がよぎってしまうから。

雲川「そう。どちらかと言えば、そっち(魔術側)の方で名が知られてるんじゃない?私にはわからないけど」

どこまで知り、どこまで知らないフリをしているのかは雲川芹亜を除いて誰も知り得ない。
しかし、ふっと…雲川は思い出す。どこかで聞いたその単語を。


――世界に足りない物なーんだ、と――




~第十八学区・結標&姫神の部屋~

結標「い、いいわよ!一人で食べられるから!」

姫神「ダメ。一人にしたら。また食べないかも知れない」

結標「恥ずかしいの!子供じゃないんだから――」

21:34分。二人は部屋に戻っていた。中庭での一件の後、姫神は結標に肩を貸しながら第七学区を出て家へ連れ帰ろうとしていた。そこへ――

木山『君達が月詠先生が言っていた生徒かな?私は木山春生だ、君達を第八学区まで送ろう』

ランボルギーニ・ガヤルドのガルウイングを開きながら、その教職員とも科学者とも取れる女性は二人を拾い連れ帰った。
そして今二人は…結標はベッドに仰向け寝になり、姫神はその傍らでさくらんぼゼリー片手にスプーンを差し出していた。
しかし結標はそんな子供扱いは嫌だと首を縦に振ろうとはしなかったが――

姫神「何を今更。貴女の恥ずかしい所なんて。もういっぱい見てる」

結標「…ッ…言い方がいやらしいの!」

姫神「早く口を開けないと。次は口移し。私はやると言ったら本当にやる。貴女はもうそれを。身体でわかっているはず」

結標「…ばかっ」

パクッと姫神が差し出したゼリーを口に含む。ゼリーはさくらんぼなのに会話がストロベリーなのはいつもの事である。
しかしいつもと違う点は…結標の顔が風邪でもないのに赤い所である。

結標「(…初めてキスしちゃった…女の子同士なのに…私あんなだったのに)」

姫神「アクエリアス。取って来る。冷たいと内臓に悪いから。ぬるめに」

結標「う、うん…お願い」

思わず自分の唇を指先でなぞる。いつまで経っても姫神の唇の感触が消えない。
キッチンに消えて行く姫神の背中。それはこの四日間一度も変わらない立ち姿。
さっきの出来事などまるで感じさせない佇まいに、結標は戸惑った。

結標「(馬鹿みたい…私一人気にして…)」

元々平坦な表情と抑揚にかける話し方が輪をかけて姫神の本心を窺い知れぬものにしている。

同時に、姫神の言葉が甦る。自分だけを汚いと思わないで、綺麗なだけの私を見ないで、ちゃんと私を見てと言われた事を。

結標「(貴女に…何があったの?)」

あの月すら霞むほどの美しい微笑みを湛えた姫神が抱える闇。

あの夕焼けが褪せるほど激しい怒りを湛えた姫神が秘めた過去とは一体なんなのか、そして何故――


結標「(どうして…私にキスしたの?)」


呼べば振り返って来る距離が、たまらなく遠く感じられた。



~結標、姫神の部屋・キッチン~

姫神「(どうして。私はキスしたのだろう)」

一方、結標に背を向けアクエリアスを電子レンジでぬるく温めていた姫神も顔を僅かに朱に染めていた。
決して姫神とて平静ではなかった。そう装っているだけで内心は結標と大差ない。

姫神「(わからない。ああする以外どうすれば良かったか。どうしよう。嫌われたかも知れない。気まずい)」

手で触れれば傷つけてしまいそうだった。腕で抱き締めれば壊れてしまいそうだった
あの時の結標はまるで、彼女の部屋に飾られた自分の贈ったランプシェードのようで。
それは致命的な罅の入った硝子細工そのものに姫神には見えた。だから。

姫神「(結標さんは。初めてだったのかな。だとすれば。とても悪い事をしてしまった)」

浴びるような血を浴びて来た結標、血も残さず滅ぼして来た姫神。
互いに歩んで来た血の斑道。二人の違いは、自らの意思で選んだか、自らの意志とは関係なく選ばざるを得なかったの違い。

姫神「(初めてが私だったら。ごめんなさい。結標さん)」

クールに見えて気さくで、サバサバしているのに純情で、迷いやすくありながら踏み切る強さを持っていて…
何から何まで自分とは対照的な結標が、こうして自分と近くにいるのはただの成り行きだとわかっているのに。
吹寄らクラスメートとは違った角度と距離で結標に接している自分が…

チンッ!ピロリロピロロ~

姫神「あったまった」

レンジが告げる電子音に、姫神はややもするとネガティブに転げ落ちる思考を打ち切った。



~寝室・結標淡希~

結標「(何してるんだろう…私)」

1:04分。結標淡希は姫神秋沙の寝室に居た。何となく一人で寝つけず、姫神と一緒に寝る事にしたのだ。
一人になって目蓋を閉じると昼間のフレンダの言葉が甦るから。
この4日間、互いに別々の部屋に眠ったのは3日目だけだった。

結標「(私はノーマル…私はノーマル…私はノーマル…)」

今、結標は姫神を胸に抱いている。抱かれるのは自分が弱っている事を認めるようで嫌だった。
ただ姫神に抱かれて床に入るのは、ねじ曲がった負けず嫌いさとひん曲がった気の強さが許しはしなかった。
穏やかな姫神の寝息と、早鐘を打つ結標の鼓動が重なる。

結標「(でも…この子は私のなんなんだろう…後輩?友達?ルームメイト?)」

そのいずれにもこんな事をするのはおかしい事くらいわかっている。
それでも結標はあやふやな関係性に、曖昧な大義名分が欲しかった。
拒んで欲しかった。気持ち悪いという拒絶が欲しかった。
なのに姫神はイエスもノーも言わずに自分に身を預けた。それが結標は苦しかった。

結標「(なによ…変態みたいじゃないこんなの…跳ねつけて欲しいだなんて)」

艶々した黒髪の感触、真新しい布団に混じって姫神の甘い香りがする。
こんな無防備な姿をいつも晒しているのかと疑いたくなる。
同時にこうも思う。姫神は男を知っているのかと


結標「(何でだろう…ものすごくイライラしてきたわ)」

姫神に彼氏が居ようが居まいが出来ようが出来まいが本来自分の立ち位置からすれば関係ないはずだった。
なのに何故こうもお門違いの苛立ちと見当違いの不快感が募るのか。

結標「(唇まで綺麗…荒れた所もひび割れもない…良いなあ)」

思わず、姫神の唇を人差し指でなぞる。今日自分に触れた、初めての唇。
理解はしている。この距離感はおかしい。こんな事をすべきではないとわかっているのに…

結標「………………」

姫神の寝顔と、瑞々しい唇が結標を狂わせて行く。初日に見たはずの、もう三度以上見たはずの寝姿のはずなのに…

ゾクリ…

結標「(止まれ…止まれ…止まって…!)」

寄せていく唇が止まらない。こんな事をしてはいけない。
姫神は自分に同情してくれただけだ。優しさと呼んでしまう事さえ憚られるそれにつけ込んではならないと…わかっているのに…

ズクッ…

結標「(ダメ…あの夢みたいになっちゃう…)」

下腹部が疼いた。どうしようもなく。始まった訳でもないのに、どうしようもなくドロドロと熱を孕んで溶けて行く痺れに抗えない。

結標「(こんな…こんな…!)」

そして結標は…重なりかけた唇を噛んでそれに耐えた。
唇を重ねてしまったら、もう引き返せない予感が、確信がある。
きっと一線を越えるどころか踏みにじってしまう。姫神を引き裂いてしまう。

結標「最低よ…私」

心が弱っている事をたてに、姫神のぬくもりに逃げ込んでいる自分の浅ましさに。
滲む涙すら今は流す資格なんてない――そう結標は声を殺して泣いた。



~寝室・姫神秋沙~

姫神「(私は。最低)」

声を殺して泣く結標を、寝たふりをしながら姫神は薄目で見ていた。
理解している。結標が姫神に何を迫ろうとしていたのか、その全てを。

姫神「(こんな時すら。何も出来ない私は。ううん。しない私は…最低)」

拒むでもなく、ただ身を任せる事を優しさとは呼ばない。
それは時にどんな言葉や行動より残酷なのだと今知った。
今や姫神は、結標に手を差し伸べる資格すら失ってしまった気がした。

姫神「(もし。迫られたら。私はどうしたのだろう)」

受け入れただろうか、体を開いただろうか。
友情と呼ぶには歪んでいて、愛情と言うには欠落している。
首から下げた十字架の冷たさが、呪われた血の流れる自分の身体の熱さを思い知らせる。

姫神「(私も。女。綺麗なだけじゃいられない)」

何故かよぎる上条当麻の笑顔。目に見えずともわかる結標淡希の泣き顔。
乗せてはならない量りに、二人を乗せてしまう自分の卑しさが恨めしかった。だから

姫神「――――――」

何も言わずに、結標を抱き寄せる。それは優しさではなく、罰欲しさの罪悪感。
ここで姫神が手を出せば、結標は可哀想な“憐れまれるべき被害者”になれるから。
自分は罰せられるべき“唾棄すべき加害者”になれるから。
ロクな恋愛経験すらないのに、こんな駆け引きが頭に浮かぶ自分は確かに『女』なのだと思い知らされる。しかし――

結標「…ごめんなさい…」

結標は結局、最後までそれ以上の事をして来なかった。
それは自制する強さであり、エゴイズムを振りかざせない結標の優しさだった。

姫神「(私達って。救われない)」

もしこの感情に、愛情という名前をつけるなら…愛情とはなんて歪に歪んでいるのだろうと…二人は今度こそ眠りについた。



~第七学区・とある高校避難所前~

生徒A「急げ急げー!昼飯までに終わらせっぞー!」

生徒B「はあっ…はあっ…オレもうダメだ…腹減って力出ねえよ…」

生徒C「サボんなよ!災誤にドヤされんぞ!あーちくしょう腰痛てえ!!」

五日目、10:56分。避難所前は多くの男子学生らが人海戦術で駆り出されていた。
その手にはまるでバナナの投げ売りのように大量の土嚢があった。それもそのはず、今日の天気予報によれば正午より大雨が降るとの事だった。

広大でこそあれ一般的な体育館同様、平屋建てである。
第七学区のアスファルトからコンクリートから何から何まで割れ砕かれたクッキーのように破壊し尽くされ、水捌けは最悪。
故に土嚢を敷き詰め浸水に対象せねば避難所は水浸しになってしまうのだ。しかし…

災誤「気合いィィィィィィ!!!」

削板「根性ォォォォォォ!!!」

絹旗「超ファイト一ァァァァァァ発!!!」

生徒ABC *1

結標「(…私の座標移動より多く運べるってどうなのよ…)」

落石すら受け止めた伝説を持つ災誤、服を着た歩く非常識こと削板軍覇、乗用車すら軽々と投げ飛ばす絹旗最愛、そしてテレポーターである結標淡希の即席四重奏(インスタント・カルテット)

次々と土嚢のバリケードを築き上げて行くその凄まじさは校舎の入口という入口を塞いで行く。
一学年くらいは手伝いに申し出た学生達の四倍速をたった四人で成し遂げるのだ。
その一角を担う結標もまた何かを振り切るかのように打ち込んで行く。

結標「(…仕事に打ち込んでんだか作業に逃げ込んでんだか…)」

タールを流し込んだかのような曇天を仰ぎ見ながら結標は自嘲する。
精神的な揺れやブレがある時こそ暗部にいた頃のような足運びや、軍用懐中電灯を振るう動作のひとつひとつが平常心を取り戻させて行く。
思考を演算に預け、動作を身体に任せ、感情を抑制する。
プロフェッショナルとはおしなべてそういうものだと理解しているから。しかし

結標「(結局…朝から一度も顔を合わせないわ…何してるんだろう…私達)」

次々と積み上がる土嚢の堤防をテレポートさせる。螻蟻の一穴すら許さない、まさしく水も漏らさぬバリケードが出来上がった。
だが結標の中の千丈の堤は、姫神という蟻穴によって今にも溢れ出してしまいそうだった。
確かに夢の中の姫神の言葉は真実だった。

姫神『――私は。魔法使いだから――』

結標「…お姫様になんてなれない私が、キスで目覚めるだなんてありえないのよ」

姫神のキスから、魔法をかけられてしまったかのように結標は思い煩っていた。
フレンダの言葉に苛まれるよりも、甘い毒リンゴをかじってしまったかのように。



~避難所・体育館屋根裏~

姫神「(結局。朝から一度も口を利いていない。何してるんだろう。私達)」

服部「すまん、その一番デカい釘取ってくれ」

垣根「おらよっ。縦割れしてるとこは未元物質で塞ぐか…つかオッサン釘打ち下手過ぎんだろ」

坂島「いやぁ、ハサミ以外この何年も握ってなくてね。こういう日曜大工みたいなのした事ないんだ実は」

一方、姫神秋沙は破れたカーテンを繕う針仕事、服部半蔵、垣根帝督、坂島道端は穴の空いた天井から雨漏りしないように修繕していた。
かたや女子高生、スキルアウトのリーダー、学園都市第二位、理容師と立場も年齢も異なるのもこの避難所では珍しくもなかった。

姫神「いくつになっても。新しい事は学べるもの」

坂島「これは一本取られたなあ…真面目に覚えて店を立て直せたら金がかからなくていいんだけどなあ」

垣根「嬢ちゃんの言う通りだぜ。この前は飾利の髪切ってくれてありがとよ。ほらあの頭に花飾りつけてる女だよ」

服部「なあ、あの頭の花(ry」

垣根「それは聞いちゃいけねえんだ…」

姫神もまた、結標との一件を忘れようとするように自分に出来る仕事を探し、人の輪の中にいた。
朝起きた時、結標はもういなかった。何度か見かけたが、声はかけられなかった。
身体が近いのに、心が遠いというアンバランスさがひどく答えて。

服部「でも避難所に美容師がいてこんな助かると思わなかったもんな。こういうのも経験して見なきゃわからんもんだ」

坂島「ははは…満足出来る道具がないのはプロとして歯痒いばかりさ」

垣根「冗談じゃねえこんな経験二度としたかねえぜ…嬢ちゃんもそう思うだろ?」

姫神「えっ」

そこではたと我に返る。折り返しにかかっていた手を止めると、そこには熱い目をした顔の服部と、ニヤニヤした垣根と、眼鏡を光らせる坂島が三者三様に姫神を見つめていた。

垣根「なんだなんだ嬢ちゃん?好きな男の事でも考えてたか?残念だがオレってのは無しだ。飾利がキレる」

姫神「違う。そんな人いない(言えない。男じゃなくて女だなんて。これも違う。そう言う好きじゃ)」

服部「ちくしょお…なんで美人はみんなこうなんだ…浜面の野郎もそうだ…」

坂島「よく見れば君は珍しい黒髪ロングだね…久しぶりにやる気になってきた。ぜひカットモデルに」

姫神「ま。待って。一度にしゃべらないで」

聖徳太子状態でいじり倒される姫神。
平時ならば言葉を交わすどころか顔を合わせる事の人間が膝を交えるというのも今までの姫神の世界にはなかったものだ。
それに戸惑いを覚えながら、姫神は一時胸患いを忘れた。そこへ

佐天「皆さーん!そろそろお昼ですよー!あと女の子をイジメちゃいけないんですよー。特に垣根さん。初春に言いつけちゃいますよ?」カンカンカン!

天井桟敷に姿を表すは佐天涙子。鍋の蓋をお玉で銅鑼を鳴らすようにして昼食の時間を告げに来たのだ。

垣根「もうメシの時間かよ?飾利は相変わらず仕事の虫か?」

佐天「パンツめくろうにも机から立ってくれなくて」

服部「くそお…今度は別の女の子かよ…これだからイケメンは」

坂島「君も整えればそれなりになるんじゃないかい?どころで今日のメニューは?」

佐天「今日はビーフカレーですよ!牛肉と豚肉と鶏肉ちゃんぽんですけど」

姫神「そう。じゃあ降りないと。彼女(インデックス)に食べ尽くされる前に」

佐天「急いで下さいね!」

垣根「おい、飯食い終わったら天気次第だがルート開通の続き、行くぞ」

服部「ああ。俺達(スキルアウト)は腕自慢力自慢が揃ってるからな。第六学区も――」

姫神は思う。結標はちゃんと食べているのだろうか。昨日はゼリーしか食べていないはずだ。
今朝だってヨーグルトを開けた形跡すらなかった。
豚肉の脂身が苦手と言っていた彼女が、ビーフカレーのような重いものが果たして食べられるのか。

姫神「(食事は。私の仕事)」

そして姫神秋沙は天井桟敷から降りると…体育館から歩み出して――

――曇天より、雨が降ってきた――




~とある高校・図書室~

結標「昨日は送ってもらってありがとうございます…えっと…木山…先生?」

木山「木山で構わない。君は私の教え子という訳ではないからね。そうかしこまらないでもらえるとこちらもありがたい」

結標淡希は図書室にいた。今日は案内人の仕事がないため、土嚢積みの仕事を終えた後腰を落ちつけるために来たのだ。
そこで昨夜二人を車で途中まで送ってくれた木山春生とばったり出会ったのである。

木山「ふむ、今日はビーフカレーか…一人で食べきれるかわからんな。君もどうだ?」

結標「ごめんなさい、今食べれなくて」

木山「昨日の今日ではそれもそうか…だが何も口に入れないのは無理矢理詰め込むよりも身体に障るよ」

窓を打つ、夏特有の激しい大雨を見やりながら頬杖をつく結標にビーフカレーを勧めるも、結標は首を横に振った。
水分だけはなんとか取れるが、とてもそんな気分にはなれなかったのだ。
木山もそれ以上無理に押し付ける事はしなかったが

木山「…昨夜一緒にいた子は今日は居ないのかい?」

結標「…喧嘩…じゃないですけど…ちょっと色々あって」

ピクッと肩を跳ね上げ、思わず木山を凝視してしまった。
その時改めてマジマジと見つめる。昨日までのフォーマルなスーツ姿と違った白衣である。

結標「木山さんは…お医者さん?」

木山「いや――ただの科学者崩れだ。今は教師とこの避難所でカウンセリングの真似事をさせてもらっている。二足の草鞋という奴だ」

結標「カウンセリング…」

木山「もっとも…名前は忘れたが、常盤台の第五位と、ドレスを着た少女らにそのお株を奪われかけているがね」

不意に、誰かに話してしまいたい衝動に駆られた。
それは木山の人となりを知る訳ではなく、またカウンセラーとして信頼した訳ではない。もっと利己的で…醜く汚い思考法。

結標「………………」

人間は抱えた物の重さや種類によっては、親しい人間が相手になるほど話せなくなる時がある。結標にとっては小萌などだ。
逆に、全く知らない初対面の人間だからこそ――洗いざらい無責任にぶちまける事もあるのだ。

結標「…聞いてもらえないかしら?」

木山「ん?」

結標は理解している。これはただの逃げだ。誰でも良いから吐き出して楽になりたいだけ。
木山が取るリアクションによっては座標移動で逃げてしまえば良い。
そして二度と顔を合わせぬように避けて逃げ続ければ良い。今姫神から逃げ回っているように。

木山「私で良ければ、聞く事は出来るが」

結標「良いんです。聞いてくれるだけで」

名前しか知らない相手だからさらけ出せる。相手に対して自分が失う物がないから。
結標は自嘲した。絶望的なまでに。こういう女特有のねちっこさを嫌悪すらしていたはずなのに。

結標「――私、病気なんです」

なんで嫌な女なんだろうと、結標淡希は結標淡希を嘲笑った。




~とある高校・図書室~

どれほど長い間しゃべっていただろうか。
窓を打つ雨足がゆっくりとなり、所々で雲間から光が射し込む頃に…結標淡希は洗いざらいをぶちまけた。
まるで溜め込んでいた汚辱と、汚濁と、汚泥を吐き出すように。

結標「(…言っちゃった、言ってやったわ…いよいよ救えないわね…私も)」

出会って一週間も経っていない少女の一挙手一投足に心の多くを占められている事。
木山に送ってもらった夜、その少女の優しさにつけ込んで一線を越えかけた事。
どう考えたって病気だ。これが病気でなければ何が正常なのだと。
今の自分の異常性に結標はほとほと呆れ果てていた。疲れ果てていた。

木山「………………」

結標「(引くわよね…私だってこんな話いきなり聞かされたら知り合いだってドン引きだわ)」

どんな言葉が出るか見物だった。

御為ごかしの一般論?

肩透かしの常識論?

見当違いの否定論?

木山「ふむ」

そこで木山は晴れ始めた窓辺を見やりながら、呟くように言った。



木山「―――恋の病だな」



結標「はあっ!?」

結論は、明後日の方向だった。




~とある高校・図書室~

木山「結論から言えばだね、これは私の専門外だ。私の専攻していた大脳生理学でもっともらしく説いた所で、君を納得させるには至らないだろう」

結標「い、医者が患者を前にして匙投げるなんてどうなのよ!?」

木山「私は医者ではない。昔は科学者崩れで今は教師とカウンセリングの真似事をしている、自分の足元も覚束無い二足の草鞋だ。無責任と言われればそれまでだが、君に対して責任を持った言葉で返さなければそれこそ無責任だろう」

結標「(な、なんなのよこの人!?)」

さっきまでとは違った意味で話した事を結標は後悔し始めていた。
何故自分の周りにはかくも変人ばかり集まるのかと問い詰めたくなる。
しかし木山は雨に濡れたガラスが日の光で輝く様子を見つめながら。

木山「私自身そう言った経験がないからわからない。こんな起伏の乏しい身体に劣情を催す男性もいないだろうしな…伝え聞くに恋の病は不治だ。成就するなり失恋するなり冷めるまで解決しない悪性のインフルエンザのようなものだ。人によっては恋愛なんて精神病の一種だとも」

結標「だっ、だって!こんなのおかしいじゃない!気になるのが同じ女の子だなんて!そんなの絶対おかしい!!!」

先ほどまでの寡黙さはどこに行ったのかと聞きたいほど立て板に水を流すように語る木山を遮る。
こうでもしなければ自分も相手も収まりがつかない。しかし木山は

木山「私はさっきも言ったように大脳生理学を専攻していた。一通りの医学書も読みかじって来たつもりだ。だがしかし…君のように、例えそれが同性に惹かれる事であろうと――」

窓の外にて未だ名残を見せる、光に包まれた天気雨から視線を結標へと向き直り…言い切った。



木山「――人を愛する事を“病気”などと、どの医学書にも一行たりとも書かれてなどいないよ――」

結標「―――!!!」

木山「なんだだったら今ここで医学書を漁ってみるかね?お誂え向きにここは図書室だ。医学書の一冊や二冊は…」

結標は衝撃のあまり二の句を継げずにいた。まさしく絶句だった。
科学者としての推論でも、教師としての見解でも、カウンセラーとしての助言ですらない。
掛け値無しの『木山春生』の言葉で、心を殴られたかのように…

結標「…じゃあ…じゃあ…私は…!」

病気ですらないなら、治せないではないか。どこも悪くないのだから。
病気の人間には手術が必要だが、健康な人間が手術を受ける事は出来ないのだから。
つまり結標はなにも変わらない…変わらなくて良いと言われたようなものだ。

木山「――その問いの答えは、君“達”で探したまえ――」

結標「ちょっ、ちょっ――」

そう言うと木山は空になったトレー片手に立ち上がり…図書室の出口へ向かって行った。


木山「――そうだろう?そこの君」


結標「!!?」

そう…木山が向かった出口…そこに立っていたのは…他の誰でもない――


姫神「――うん。ありがとう」


木山「うむ」

去り行く木山春生と入れ違いに姿を現した…姫神秋沙だった。




~とある高校・図書室~

姫神「結標さん。探した」

結標「ひめ…がみ…さん」

窓辺まで下がる結標、出口から歩み寄る姫神。
逃げたいのに、こんな時に限って座標移動の演算が働いてくれない。

姫神「探した。貴女のせいで。私までお昼ご飯を食べ損ねた」

結標「…携帯鳴らせば良かったじゃない…そもそも…なんでわざわざ探しになんて来たのよ」

姫神「どんなに遠回りしても。信じてた。――絶対に貴女を見つけられるって」

結標「ッ!」

姫神の足取りはゆっくりと静かだった。獲物は逃げないと高を括っている猟師のように、結標には見えた。
そうでなくとも、そう受け取ってしまったのだ。

結標「素敵な口説き文句ね?そんな殺し文句で迫られたらどんなの男の子もイチコロだわ」

姫神「貴女は女。性格は男っぽいけど」

結標「――貴女だって女でしょう!!」

思わず軍用懐中電灯を抜き出し、姫神に突きつける。
これ以上近寄るな、これ以上惑わすな、――これ以上期待させるなという、警告。

姫神「そう。私達は女。だから。何?」

結標「――私がどうでも、貴女は違うでしょ!!」

結標だってわかってなどいない。姫神に向ける思いの正体に。だが自分がどうであれ、姫神は違う。
姫神は女の自分を――好きになったりなどしない。するはずがない。それが当たり前だ。

姫神「何を。脅えているの。結標さん」

姫神が歩を進める。彼我の距離はもう5メートルとない。

結標「来ないで!これ以上来たら!本気で――」

姫神「好きにすれば。私も好きにする。本気で」

本の一つでもぶつけてやれば、軍用懐中電灯で一度でも打ち据えてやれば、平手打ちの一回でもお見舞いしてやれば――

結標「――このっ…馬鹿っ!!!」

してやれば――良かったのに

姫神「そう。でも貴女もたいがい。私達って本当に馬鹿。私達って本当に」

軍用懐中電灯を握る手首を捕まえられる。強くも弱くもない、ただ握られているだけ。

結標「はっ、離し――イヤっ」

振り解こうと思えば、いつだって振り解けたはずだったのに



姫神「私達って本当――救われない」



重ねられた唇に、全てを奪われた。

今度こそ、全てを






~とある高校・プール兼洗濯場~

結標「………………」ボケー

麦野「おいおい。あとつかえてんだからどんどん取り込んでくれない?」

15:04分。結標淡希は姫神秋沙と別れた後、案内人の仕事もないので洗濯場となったプールにいた。
先ほどまでの天気雨は嘘のように澄み渡った青空に取って代わり、彼方に虹がかかっている。
爽やかな風が吹く夏の午後、第四位麦野沈利と共に洗濯物に取り込みながら。

麦野「ったく…こっからだと図書室丸見えなんだよ売女」

結標「!?」

その一言にトロンとしていた瞳は光を取り戻し、半開きだった唇を真一文字に結び直す。
しかし対照的に麦野はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながらシーツを取り込んで

麦野「二日続けてこっ恥ずかしいラブシーン見せつけてくれちゃってんじゃないっての。見せびらかすのはその無様なローアングルだけにしてくれない?」

結標「どっ、どっ、どどど!?」

麦野「はぁん?どこからだって?テメエの色ボケしてネジの緩んだ頭がゆらゆら揺れて、髪ほどかれて――その先も言ってほしい?アンタ、そんなナリして言葉責めされたいマゾ子ちゃん?」

麦野の言葉に結標の顔が先ほど結わえ直した赤毛より真っ赤になった。
暗部にその名を轟かせた最恐の第四位、最狂の女王と謳われた原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利…
直接言葉を交わすのはこれが初めてだったが、同時に終わりだと思った。

結標「(さっ…最悪だわ…最低よ…)」

その美貌と家柄を台無しにして余りある性格破綻者と人格破綻者ぶりは『アイテム』を引退してからも違った意味で有名である。
そんな女として絶対に敵に回したくない女に…姫神との間に起きた事を見られていたなどと――

麦野「…まっ、どうでもいいし、別に言いふらしたりしないわよ――昨日はウチのフレンダが悪い事したわね」

結標「………………」

麦野「それで、チャラにしてくれない?あの子も、アンタに謝りたかったって気にしてた」

結標「交換条件だなんてどれだけ上から目線で安く足元見てるのよ?…別に良いわ。もういい」

麦野「譲歩よ。馴れ合いは嫌いなの。そっちの端持って」

結標「気が合うわね。私も貴女みたいなタイプ、絶対友達に持ちたくないわ」

一枚の大きなシーツの両端を二人で持ち、左右に揺さぶり、中央で合わせる。
結標から受け取った端を持ち、それを指先で折り返しながらパタパタと畳む。
完全な女王様タイプなのに、手付きが妙に家庭的だ。引退して丸くなったという噂は本当のようだった。
聞けば、他人を使い捨ての道具くらいにしか見ていない利己的かつ自己中心的な性格だと言う前評判だったが…それがどうだ。
どの女のグループにも一人はいる、そんなタイプではないか。

結標「…晴れたわね本当。ただの天気雨ならあんなに土嚢積む事なかったわ」

麦野「この街の天気予報なんて一年近く前から当てに出来ないの知ってるでしょ。おかげで洗濯物がよく乾く」

もう天気予報があてにならないのは『残骸』の件を通して結標もわかっている。
ある意味その中心に立っていたようなものなのだから。
見上げた雨上がりの虹の空は、とても澄んで見えた。一年前の空はどうだったかなどと詮無い考えを呼び起こさせるほどに。

結標「んっ…このカーテンまだ湿ってる。もう少し干しておかなきゃダメね」

麦野「あれー?畳み方私と違わない?あれー?」

結標「私はこっちで慣れてるの。小姑さん」

麦野「オバサン呼ばわりしたらプールに突き落とすぞ…あっ、そうそう思い出した」

お互いの臑を蹴り合うようなやりとりをかわしながら麦野が人差し指を頬に当てた。
麦野「チャラ男(垣根)達がさっき第六学区開通させたって」

結標「良かったじゃない!これでちょっとは楽に――」

麦野「で」

麦野が言うには、水道下水道の整備も第六学区から引き直したそうだ。
避難所では生活用水からトイレから風呂にいたるまで慢性的に不足しがちであり、それを解消出来たのはひとえに垣根帝督の尽力によるものだ。
同時に通行ルートの開拓もやってのけたのだから第二位の持つ豊潤な資金と人脈と実力による。意外に事業に向いているのかも知れない、などと考えていると。

麦野「ガキ共(学生)連れてアルカディア行くわよ。仕事ないなら護衛について」

結標「わかったわ。それだって案内人の仕事だから。でもアルカディアって…入り切るの?」

麦野「学園都市最大なんて看板掲げてんだから大丈夫でしょ。向こうは潤う、私達はあったかいお風呂に入れる。誰も損しない」

アルカディア…第六学区に存在する学園都市最大のスパ&総合アミューズメントである。
避難所暮らしではシャワーや清拭などが当たり前である。
あたたかいお風呂はそこに住まう人間にとって非常に切実な問題なのだ。
その第六学区までのルートが開けた事により、問題の一端は解決されそうだと。

麦野「あと…さっき本部についた…“運び屋”も護衛につくらしいから」

結標「“運び屋”…?」

麦野「…詳しい事情だなんて私は知らないけどね…こんな時に外部からわざわざ金払って呼ぶんだからなんかあるんじゃないの?“裏”が」

結標「…忙しくなりそうね…それで?その運び屋はなんて名前?」

一難去ってまた一難…束の間の安らぎすら矢継ぎ早に舞い込む案件は結標を休ませない。

麦野「えっと…確か――」




~数時間前・学園都市上空~

?『以上が今回の要項ですので。貴女ならば学園都市の土地勘も多少あるでしょうし、表向き水先案内人として務めてもらう事も先方の希望の一つですので』

?「うーん…これって“運び屋”の範疇に入れていいのかしら?お姉さんベッドの上ではどんなプレイも大歓迎だけれど、お仕事は別よ?」

?『卑猥な発言は控えて下さい。これもまた迷える仔羊達を安寧の地へと“運ぶ”、神より下された聖務ですので』

?「耳元で囁かれるとたまらなくなっちゃうのよ。リトヴィアのエッチー」

一人の女が一機の超音速機に乗ってやって来る。豪奢なブロンドを巻き、その抜群のプロポーションを惜しげもなく晒す露出度の高いファッションに身を包んで。

?『…では細かい摺り合わせはわかりしだいまた後ほど…依頼人たる“あの四人”となかなか連絡が密に取れませんので。しかしこれは共通の排除すべき神敵を打つべく敷かれた共同戦線(ごえつどうしゅう)ですので』

?「お仕事はキチンとやり遂げるわ…お姉さんも、“間違った基準点”を歩まされるのは嫌よ?強引なのは嫌いじゃないけど、相手に思いやりのない独り善がりは嫌いだもの」

形良い耳に挟まれた単語帳の1ページのような通信術式で何者かとの会話を交わす。
窓の外は雨雲。これから担う任務の先行きを暗示させるかのような怪しい雲行き。
この通信の向こうにいるであろう修道女ならばその“困難”すら乗り越えるべき障害としてより燃え上がるだろう、そう思いながら

リトヴィア『それでは任務の成功を祈ります。オリアナ=トムソン。貴女の道行きに神の加護が多からん事を願って』



超音速機がその高度を下げ始める。雨雲を切り裂いて…かつて上条当麻、ステイル=マグヌス、土御門元春と鎬を削ったかの地…学園都市第二十三学区へと降り立つために

オリアナ「任せてといて。お姉さんのスゴい所見せてあげる♪」

目指す先は学園都市第七学区。仕事に取り掛かる前に自分の中の優先順位を再確認する。
『告解の火曜』リドヴィア=ロレンツェッティから因果を含めれた3つのワード

『神に忘れられた者達(異端宗派)』

『アウレオルス=イザードの遺産』

『吸血殺し(ディープブラッド)』

機長「間もなく本機は学園都市第二十三学区へと着陸いたします。着陸に際してはシートベルトを――」

そして降り立つは…魔術サイドの人間たる

『追跡封じ(ルートディスターブ)』


『Basis104(礎を担いし者)』


『運び屋』


オリアナ「あはん…ベルトの締め付けきっつーい」


――オリアナ・トムソン…来日――
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