とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 04


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~第十八学区行きモノレール・車内~

姫神「(今の私に。出来る事)」

姫神秋沙は自らの肩口に眠る結標淡希を預けさせながら流れ行く景色を見送っていた。
かかる重みはほとんどない。自らのツヤツヤした黒髪とは違う、サラサラした赤髪が触れる感触があるだけだ。

姫神「(結標さんの所で。少し落ち着いたら。小萌先生の。みんなの手伝いに)」

一種独立国のような、自治特区の気風がある学園都市は日本国政府からの救援活動のほとんどを拒否している。
介入の見返りに対して引き出される、外部より20年も30年も先行く先端技術を奪われまいとして。

外部からの手助けを受けて学園都市の持つ優位性を損なう事は上層部は決して許さない。
こんな時まで既得権益だ最高機密だのと、統括理事長の行方不明と前上層部の壊滅の後新たにその座を巡る権力者達の闘争など…
学園都市で生きる学生達には関係ないのにと月詠小萌と黄泉川愛穂が交わしていた会話を姫神は思い出していた。

姫神「(私に。何が出来るかわからない。でも。何かせずにはいられない)」

自分のどこからこんな前向きな気持ちが湧いてくるのかわからない。
希薄であり微弱であったこの感情の細波が、何故かくもうねりを描くのか。

姫神「(きっと。上条くんのせい)」

姫神「(多分。小萌先生の影響)」

姫神「(そして。結標さんのおかげ)」

ほんの少しだけ、彼の気持ちがわかったような…そんな気がした。
そしてそれも、昨日の事とは言え衣食住の確保が結標と出会えた所に拠る部分が大きい。
先立つ物がなければ、寄る辺が無ければ、他人はおろか自分を気遣う事すら出来ないのだから。

姫神「(結標さん。本当に軽くて細い。きっとちゃんとした物をちゃんと食べていないから)」

寄りかかる結標は姫神の細い肩にすら羽のような重みしか与えない。
姫神とて普段はあまり意識しないが、人並みに自分のプロポーションに自信はある。
しかし出る所が出ているより結標のようなシャープなスレンダーさが羨ましかった。

姫神「(爪もとても綺麗。脚も長い。憎たらしい。じゃない。羨ましい。肥えさせてしまおう。私の料理で。そうだ。どんな食べ物が好きかまだ聞いてない。作れたら作ろう)」

まだ昼過ぎだ。結標が起きて少しでも元気を取り戻していたなら気分転換に買い物に連れて行こう。
第七学区のクラスメート達を思うと、申し訳ない気持ちも確かにあるが。

~第十八学区・とあるデパート~

姫神「結標さん。よくもやってくれた」

結標「本当にごめんなさい…やっちゃった」

霧ヶ丘女学院と結標淡希の部屋がある第十八学区に降り立った二人は連れ立ってデパートにいた。
そして姫神が言うのは、眠っていた結標が無意識に肩口に涎を垂らした事である。
対する結標もまた顔を赤くして肩身狭そうに俯いていた。
今朝どころか昨日から失点の連続だと穴があったら入りたい心持ちである。

姫神「つまり私は。結標さんにとって。生唾物の獲物。女同士でなんてインモラル」

結標「だから謝ってるじゃないの!貴女だってあるでしょそういう時!私疲れてたの!」

姫神「年下趣味の他に。そう言う性癖まで兼ね備えているユーティリティプレイヤーの貴女が眩しくて見えない」

結標「私の話をちゃんと聞いてちょうだい!私の目を見て話して!どうして視線を外すのよ!」
顔を背け軽く握った拳を口元に当てながら笑いを噛み[ピーーー]姫神、いじられながらもガンガン突っ込む結標。
その足取りに淀みはない。元から十八学区が庭である結標と、かつて通っていた姫神のコンビなのだから。

姫神「だから。寝袋か小さな布団を買いに来たの。フリースの膝掛け一つでは。貴女から貞操を守れそうにもないから」

結標「わっ、私はノーマルだって言ってるでしょ!ドSよ!貴女本物のサディストだわ!」

姫神「身の危険を感じた。会ったばかりの私に。あんな無防備な寝顔を晒して。身体を預ける貴女が。犯さないとも限らない過ちを甘んじて受ける訳にはいかない」

結標「誤解を招くような事言わないでぇぇぇ!」

辿り着いた先は寝具や日用品の置かれたインテリアショップであった。
買い物なら第十五学区などの方が品揃えは良いのだが、その日の内に使うならこのデパートで事足りたからだ。
とうの姫神はカーペットに敷けそうでかつスペースを取らず、持ち運びの出来そうな小さな布団のチョイスに忙しい。
まだ一日目だがいつまでも添い寝は結標に申し訳ないし、かと言って一時的な仮住まいが故にすぐ持ち運べるものが望ましい。

結標「(さっき眠ったのにもう疲れちゃったわ…それに朝昼抜いちゃったからちょっとお腹も空いたし)」

結標は結標でボケといじりの姫神の相手に疲れ果てていた。
チューニングのずれたラジオと話しているような感覚。
しかし、モノレール内で姫神の肩を借りて得た眠りは結標を立ち直らせた。

結標「あら…このクッション良い感じね。昼寝用に買おうかしら」

少し充電し、ボーっと待っていてもお腹が減った事ばかり頭を過ぎるので結標も店内を見て回った。
寝具のみならず、調度品や小物もなかなかの品揃えである。
するとその中の一点に結標の目を引く物があった。

結標「これ、可愛い」

それはホタルブクロが連なった形の硝子細工のランプシェードであった。
結標とて暗部の任務についている時以外は一人の十代の女の子である。
人並みに可愛い物や美しい物を穿った見方をせず愛でる事くらいする。
手を触れる事は躊躇われたが、薄く溶かしたような妖しい紫暗の硝子細工に目を奪われていた。するとそこへ――

姫神「それ。買うの?」

結標「!もう終わったの?」

姫神「うん。今日の夕方には届けてもらえるって。でも。貴女のマンションの住所がまだわからない」

結標「ああ…そうね、そうよね。送り先は――」

もう買い物を済ませてしまったのか、姫神が結標の背後に立っていた。
もう精算を済ませ、残す所は結標の部屋の住所を伝えるのみであるようだ。
結標はそれを姫神に教え、姫神は手にしていた記入用紙に書き留めて行く。
しかし、送り先を書き終えると姫神はもう一度結標が見つめていたランプシェードへ視線を戻す。

姫神「ホタルブクロ。花言葉は。“熱心にやり遂げる”」

結標「本当に少女趣味ね…なあに?まさか買ってくれるとか?」

そう冗談めかして言ってみる。しかし姫神はそれを幾分真面目な様子で

姫神「いい。私からの。お近づきの印に」

結標「えっ!?いいわよいいわよ別に!そんなに気使わないで?本当にちょっと見てただけだし…」

姫神「もう一つの。花言葉は」

それは姫神なりの不器用な感謝の表し方でもあり、もう一つは出会った時から少し沈んでいた結標への慰めでもあったのかも知れない。

姫神「―――“悲しい時の君が大好き”」

結標「――!!」
姫神「店員さん。これも一緒に」

ただでさえ心許ない懐が更に寂しくなってしまうが、別に構わないと姫神は思った。
それは互いに見えない硝子を隔てての手探りのような焦れったさともどかしさを見る者に与える。

結標「(こ、これって告白!!?違うわよね?そうよ…またピザの時みたいな私の勘違いよ!花言葉詳しかったし!)」

もちろん結標の思う通り、姫神も出会って二日で同性に恋に落ちるなどと豊かな感性は持ち合わせていない。
天然でそれをやってのけるあたり、もしかすると姫神も『上条当麻』の影響を受けているのかも知れない。

結標「あ、ありがとう…姫川…さん」

姫神「誰。それ。私は秋沙。姫神秋沙。ランプ。大事にしてくれると。嬉しい。もちろん。私も」

結標「嫁をもらった覚えまではないわ…嫁…嫁…そうだ!姫神さん、貴女料理って得意??」

姫神「その言葉が聞きたかった」

結標「えっ」

チグハグな会話、デコボコな外見。なのに不思議と意思を通わせられるのは如何なる導き手の振るう采配なのか。

能力があろうとなかろうと他者を傷つけてしまう『人間』であると思い知らされた結標淡希。

本人に意思があろうとなかろうと他者を巻き込んでしまう『能力』に運命を歪められた姫神秋沙。

それはジクソーパズルのピースに似ていた。歪に形が違い、色もまるで異なり一見当てはまるように見えずとも最後は一枚の絵になるように。

そんな二人を決定的に結びつけるマスターピースの行方は、まだ誰も知らない。



~第十八学区・とあるデパート地下食品街~

姫神「嫌いなもの。あったら教えて。オリーブ以外で」

結標「普通そこは好きなものって言う所なんじゃないの??まあ…骨の多い魚とか、豚の脂身とか、辛い獅子唐とか」

姫神「嫌いなものまで微妙。もっとわかりやすく」

結標「嫌いなものが出たら貴女にあげるわ」

姫神「貴女。遠足の時。お弁当のおかず。嫌いなものしか友達にあげないタイプだった?」

結標「貴女って本当に失礼ね!」

二人は食品街で手押しのカート一つで回っていた。中身は主に米や野菜や生物で、姫神は結標のわびしい食生活を改善すべく気合いを入れていた。
しかし結標は食べる事に人並みぐらいの執着しか持てないのか、姫神に任せっきりであった。

姫神「好き嫌い。お残しは許しまへん。したら玉子かけご飯の刑」

結標「?ご飯抜きじゃないならいいじゃない」

姫神「違う。醤油抜きの。本当に卵をかけただけのご飯。貴女は醤油抜きの玉子かけご飯の恐ろしさをまだ知らない」

結標「普通の人は一生知らないわよ…ねえ、オニオンサワークリームリング入れてもいい?」

姫神「おやつは。500円まで。バナナは」

結標「引っ張るわね遠足ネタ…ところで、これ晩ご飯になるんでしょ?何作るの?」

姫神「」

そこで姫神の言葉と押していたカートが止まる。
同時に結標の歩みも止まる。まさか…という気まずい思いが頭が過ぎるも…
「ねえねえ×××!今日はみんなとなに食べるの?教えて欲しいんだよ!」

「今日は石狩鍋よん。学生なんて大鍋でガツガツ食わせりゃ好きなだけがっつくわ。腹を空かした豚みたいにねぇ?」チラッ

「それって私の事?だったら許さないかも!×××!」ウガー!

「噛みついたらもうご飯食べさせないって前に言ったわよねクソガキ?さっさと買って帰るわよ。旦那の留守を守んのもいい女の条件よ。覚えときなさい」

「うん!でもとうまのクラスのみんながいるからちょっぴり食べる量減らすんだよ」

「食糧問題だけ解決されてるのが不幸中の幸いねー…他の学区の支援物資がなきゃこんなのほほんとしてられないわ…あの根性バカが頑張ってくれてるおかげかしら」

「みんな頑張ってるんだよ!×××も!こもえも!短髪も!とうまも!」

「私はお金出してるだけ。してる事と言ったらこんなイイ女ほったらかして、男ばっかで飛び出していったバカな旦那の帰りを待つばかり…ってね。帰ってきたらオ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね」

姫神「」ピクッ

どこからか聞こえて来た声音に姫神の耳がピクリと動いたのが結標にもわかった。
同時に何を言い出すのかも容易く予想出来た。

姫神「今日は。鍋に(ry」

結標「貴女今思いついたでしょ!?」



~第十八学区・結標淡希の部屋~

姫神「良かった。お鍋にも使えるホットプレートがあって。さすがは。学園都市」

結標「そんなの外にだって売ってるし小萌の家にもあったでしょうに…ところでこの鍋はなんて言うの?」

姫神「石狩鍋」

クツクツと煮込まれる鮭、豆腐、玉ねぎ、キャベツ、大根、椎茸、人参、長ネギをバターを隠し味にした味噌仕立ての汁で煮込む姫神。
時刻は18:40分。デパートから帰って来た後結標は姫神が使う部屋を今度こそ掃除し、姫神は石狩鍋の仕込みをしている内にこの時間となったのだ。
布団とランプシェードも届き、ようやく生活空間が整った形である。

結標「へえ…そうなの。一人暮らししてるとお鍋なんてしないから」

姫神「嘘。さっき学校で小萌先生から聞いた。貴女は野菜炒めすら(ry」

結標「小萌ぇぇぇ!」

キッチンに立った姫神にはすぐさま見て取れた。調理器具のほとんどが使用された形跡がない事を。
焼き肉が好きな小萌からの引っ越し祝いと思しきホットプレートも箱から出されはしたが取り扱い説明書が入ったまま。
そもそも塩、砂糖、醤油、ケチャップ、マヨネーズしか調味料がない時点で小萌に確認を取るまでもなく自炊能力は非常に疑わしい。
結標「だ、誰にだって苦手な分野や不得手な領域があるじゃないの!わ…私はそれがたまたま料理だったってだけで…」

開け放たれた窓辺から吹き込んでくる涼風がテーブルに立ち込める湯気を晴らして行き、結標は頬杖をついたままそっぽを向いていた。

姫神「大丈夫。これからは私が。貴女に食べる喜びを教える」

結標「えっ?」

姫神「部屋を間借りさせてもらうのだから。せめて。それくらいさせて欲しい。洗濯も掃除も。人並みに出来る。私に自由になるお金は少ない」

結標「(そうだ…この娘、霧ヶ丘を辞めてるんだった)」

霧ヶ丘女学院と結標淡希の部屋がある第十八学区は独自の奨学金制度がある。
結標は姫神の能力も、三沢塾の事件も、退学の経緯も何一つ知らない。
帰る場所もなく、頼る人間は既に他の生徒で手一杯、そして蓄えも乏しい。それを今更ながら再確認する。

姫神「貴女のこの部屋の家賃の半分も出せないかも知れない。だから。家事の一切を私にさせて欲しい。私にはそれしか出来ない。ごめんなさい」

結標「…何馬鹿な事言ってるの。“先輩”が“後輩”からお金もらう訳に行かないでしょう?」

姫神「!」

結標「それに、貴女からお金取ったなんて小萌に知れたら怒られちゃうわ…ふふふ」

結標自身金銭面に際して不安は一切ない。逆に、苦手な家事を全て姫神が行ってくれるならそれはそれで悪くない。
それ以上に…姫神の境遇に絆される部分がなくもなかったからだ。

結標「ねえ?それより食べないの?なんかグツグツいってるけど」

姫神「…ありがとう。おさんどんは任せて。はい。山椒」

結標「これかけて食べるの?変わった匂い…」

姫神「そしてご飯。玄関開けたら二分でご飯。素晴らしき哉。学園都市」

行き場がない姫神、先行きのわからない結標。ある一面から見て取れば二人ともベクトルは同じなのだから。




~結標淡希の部屋・リビング~

結標「慣れると結構いけるわね。これ」

姫神「うん。最初は焼き肉も考えた。けれど焼き肉をする時は。小萌先生も一緒」

結標「うん…そうね…うん。その時は私の奢り…あーでもなんかちょっと…」

姫神「?」

結標「飲みたくなって来ない?なんかこうやってると小萌が焼き肉やってる時の事思い出しちゃって」

姫神「貴女とは。美味い酒が飲めそう」

19:25分。二人は石狩鍋に舌鼓を打ちながら箸をつつき、くだらないバラエティーを笑ったり突っ込んだり。
結標も姫神も、自分で信じられないほど空気があった。
そんな食の進む晩餐の最中、ふとアルコールが欲しくなるのも十代の学生の常である。

姫神「“姫神ちゃんは未成年だからアルコールはダメなのですー!”って」

結標「あははちょっと似てる!それで小萌が寝ちゃったりした後ちょっと残ったの飲んだりしなかった?」

姫神「した。でも泡が抜けてて。正直不味かった」

結標「んー…ビールかー」

学園都市で起こった最終戦争も、二人が抱える過去も、それを一時とは言え忘れて話に華を咲かせる。
そこで結標はすっくと立ち上がり、窓辺へ歩を進めた。

結標「ちょっと買ってくるわ。貴女は鍋見ててくれない?」

姫神「でも。IDが」

結標「成人用の持ってんのよ。偽造だけどね。それに貴女売ってるコンビニ知らないでしょ?」

姫神「…わかった。でも早く帰ってこないと。雑炊しちゃう」

学園都市内でアルコールを入手するのは意外に手間である。
何せ人口のほとんどが学生であるがゆえ、アルコールを置いているコンビニは外の世界でアルコールを置いていないコンビニを探す程度に難しい。
教職員の集中する第八学区などは比較的容易だが、霧ヶ丘女学院・長点上機学園など進学校の集中するこの学区では結標ですら数ヶ所しか知らないのだから。

結標「じゃあ、全部食べられちゃう前に戻って来るわ」

そして結標から窓辺から身を投げた。落下しながら座標移動して。




~第十八学区・とあるコンビニ~

店員「ありがとうございましたー」

結標「これで良かったのかしら?」

取り敢えず数本、銘柄がわからないなりに適当にアルコールを詰め込んで結標はコンビニを出た。
『アンカースティーム』という銘柄らしいが、そもそも気が向いた時しか飲まないのだから仕方ない。

結標「こんな事してて良いのかしらね…良くないに決まってるけど」

初夏の夜風に二つ結びを揺らされながら結標はコンビニの車止めに腰を下ろす。
食べてすぐ座標移動を繰り返して少しもたれた気がしたからだ。

結標「――どうしようかしらね本当――」

何度目になるかわからない溜め息と問い掛け。この2日間こればかりだ。
この街並みの遙か先は戦禍のあった瓦礫の山…そう考えると自分達のささやかな夕食にすら罪悪感を抱いてしまいそうだ。
白井黒子が“うらやましい”と言った能力もこんな事に使ってしまったりと

結標「(ボランティア…ね)」

白井の言葉が時折脳裏に蘇る。自分はどうしたいのだろう。
小萌達の助けになりたいのか…いずれにせよ中途半端な気持ちのままで向かって良い場所でない事はわかっている。

結標「(暗部にいた私に…そんな事出来ないわよ)」

引け目や負い目の問題ではない。自分がこれまで戦ってこれたのは仲間の命がかかっていたからだ。
暗部から切り離され、組織を離れた一個人としての結標淡希がどうして良いかがわからない。
目指すべき頂に登り詰めた時、結標淡希には結標淡希しか残らなかった。

結標「もう…誰か教えてよ…」

キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

結標「!?」

その時、結標の腰掛けたコンビニの向かいの道路から悲鳴が上がった。





~第十八学区・車道~

黒服A「ちっ…騒ぐんじゃねえよ!おい!麻酔銃貸せ!」

霧ヶ丘女学院生徒「離して!離して下さい!止めて離して!うっ…」

黒服B「おい。いくら能力者(バケモノ)だからって大事な商品だろうが。ほら、量間違うなよ」

黒服C「ついてるぜ。霧ヶ丘、常盤台、長点上機はランクAだ。特に霧ヶ丘はレア物が多いんだろ?」

黒服D「ここんとこカス当たりばっかりだったからな。お釣りがくるぜ。能力者たってガキなんてチョロいもんさ。それより飛ばせ飛ばせ。向こうはお待ちかねだ」

黒塗りのスモークバンが十八学区の道路をひた走る。
霧ヶ丘女学院の生徒の一人を拉致し、麻酔銃を打ち込んで能力と意識を封じ込めて。
それを行った男達は上々の気分であった。彼等の雇い主が『能力者』『原石』という存在を研究用の素体として欲していたから。

黒服A「戦争があったって聞いたけどよ?まるで誘ってるみたいに隙だらけだなあこの学園都市(まち)はよお?」

黒服B「前はこうはいかなかった。何があったが知らないが、火事場泥棒はガメつくいくのが良いって事よ」

黒服C「違いねえや!ハッハッハ!」

昼間はアンチスキルだジャッジメントを名乗る自警団か警察のような連中に…
ツインテールの女学生に横槍を入れられたがどうやら運が向いてきたようだ。
今日はこのまま街の外に連れ出して、落ち合う予定の出迎え役に引き渡しておしまいだ。そうタカをくくっていた。

黒服D「おい前向いて運転し…」

笑いながら前方を見やる…するとそこに…
黒服D「なんだありゃ!!!?」

ハイウェイの前方の空間が歪んで、うねって、渦巻くようにその萼を開いて――

ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!




~第十八学区・炎上する車道~

黒服D「ゲッ…ボォッ…」

気がついた時には、いきなり目の前にテレポーテーションで姿を現したかのような大型車によってスモークバンは大破させられていた。
思いもよらぬ対向車に激突し、衝突したスモークバンは引火し、爆発し、赤々と燃え上がる道路上に投げ出されて地べたを舐めていた。

黒服D「ゴブッ…何が…起きて」

有り得ない。進行方向は一車線だったはずだ。対向車など有り得ない。
だとすれば…あの虚空から突如現れたあの大型車は一体――

?「あら?まだ息があったのね」

黒服D「!?」

すると…どこからか声が降って来た。怜悧な女の声音、鋭利な口調。
さっき連れ去った女生徒とは異なる…熱く火照る傷すら底冷えさせるような声質。

?「やっぱり1000キロ以上は身体に堪えるわ…あの娘の下手くそなマッサージよりマシだけど」

動かせない身体の中で眼球だけ何とか動かすと…そこには、女生徒を抱えて佇む…二つ結びの女の立ち姿。
声こそ女生徒と同じくらい若いが、纏う雰囲気がまるで異質だ。
その表情は背後で引火した炎の逆光と夜闇の暗さでわからないが…嘲笑を湛えた眼差しと冷笑を湛えた口元が見えた気がした。

黒服D「だ…れだ…おま…え…何…者」

?「それが貴方に関係あるの?これから死ぬ貴方に?私が手を下しても下さなくても、その様子じゃ長く保たない事もわからないの?」

炎風に吹き上がり揺らめくは炎のように赤く、血のように朱く、まるで美しい死神が舞い降りたようだった。
抱えた女生徒をアスファルトに下ろし、女は手に携えた何かを向けてくる。

黒服D「(警棒!?軍用の懐中電灯か!?)」

あの大型車はなんだ。その棒状の物体はなんだ。

?「でも残念ね…貴方のせいで折角のビールが台無しになっちゃった。今私、すごくイライラしてるの…殺しは好きじゃないし、自分の手を汚すのは嫌いなんだけど」


――お前は――何者なんだ――


?「さ  よ  う  な  ら」

そして、軍用懐中電灯が死神の大鎌のように振り下ろされ――





~第十八学区・結標淡希の部屋~

姫神「少し。遅い」

20:00分。姫神秋沙は鍋の火を止めて壁掛け時計を見上げながら呟いた。
結標淡希の帰りが予想より遅いのだ。徒歩ならばいざ知らず、姫神にもよくわからないが空間移動能力を持つ彼女にしてはやや遅いと感じられた。

姫神「そんなに遠いコンビニなら。我慢したのに。それとも。何かあった?」

さっきまで二人で見ていたバラエティーも、一人で待ちながら見ていたらさっきまで何が面白かったのかと冷めてしまった。

姫神「もしかして。偽IDがバレた?」

なんとなくつまらない。面白くない。そんなに人恋しがる質ではないのにと姫神は憮然とした。
やはり女の子一人では危なかったかと思う。今朝のニュースにもあった。能力者が誘拐されかけたり行方不明になる事件が終戦後増えていると。

姫神「まさか」

そこで姫神はある考えに思い当たった。そう、それは結標と初めてあった時――

結標「ただいまー」

姫神「!!!」

声は窓辺からした。出て行った時と同じ…柔らかな夜風に二つ結びを揺らしながら。
手に、『コロナビール』の瓶の入ったコンビニ服を下げて。

姫神「おかえりなさい。ビックリした」

結標「ごめんなさい。悪い癖ね玄関使わないで帰ってきちゃうの…はい。ビール!」

姫神「ありがとう。雑炊三割増しでお出迎え」

結標「やった♪外から帰って来たからもう一回手洗ってくるわねー」

結標がキッチンへと駆けて行く。だが姫神の予感は、先程までの考えは当たっていた。

姫神「(また。血の匂い)」

結標「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふーん♪」

調子外れな鼻歌と、パシャパシャと水の弾ける音に、何故だか姫神は微かに胸を締め付けられた。





~結標淡希の寝室~

結標「キレイね…なんか良いわこういうの」

結標淡希は石狩鍋の後姫神とコロナビールを飲んで少し騒いだ後、先にお風呂へ入った後寝室でホタルブクロのランプシェードの光を見つめていた。

結標「本当に…キレイ」

寝室に漂う芳醇な青薔薇の香りに包まれながら、硝子細工のランプシェードを愛でる。
姫神の花言葉を少女趣味と笑えないな、とアルコールの残った微苦笑を浮かべながら。

~姫神秋沙の寝室~

姫神「また。あの薔薇の匂い」

結標が寝室で焚いているであろうブルーローズのアロマキャンドルの香りが、姫神の部屋としてあてがわれた空間にも届いた。

姫神「(結標さん。そんな事をしても。血の匂いは。消せない)」

結標が何をしているのかはわからない。出会って未だ二日目で、互いを知る事など出来ない。
そしてそれ以上に…互いに抱えた闇の底など自分ですら持て余すのに。

姫神「(貴女は。優しい娘。そうでしょう?)」

今日届いた布団。今日与えられた部屋。なのに…何故だか無性にもどかしくなって――





~結標淡希の寝室~

結標「もしかして…姫神さんって結構寂しがり屋さん?」

姫神「どうして。そんな事を言うの」

結標「だって…“一緒に。寝ない?”なんて布団持ってこられたら私じゃなくたってそう思うわよ」

姫神「似てない。それに違う。貴女が寂しがるといけないと思って」

結標「は!?わ、私が寂しい訳ないじゃない…生意気ねっ」

ベッドに結標、床に姫神とそれぞれ布団にくるまりホタルブクロのランプの光を見つめながらそんな憎まれ口を叩く。
二人だけのパジャマパーティー、というには互いを知らなすぎるが。

姫神「安心して。夜伽は家事とは別オプション」

結標「よとっ…ちょっと!どこで覚えてくんのよそういう単語!」

姫神「そういうあわきんこそ。どこでそういう単語を覚えたの。今朝の本?」

姫神「違う違う違う違うわよ!だいたいなんなのあわきんって!?今朝の事はもう忘れてってば!」

結標は語らない。数時間前の出来事など。
姫神は聞かない。数時間前の出来事など。
互いに知らない。自分だけの秘密を抱えて。

結標「…ねえ、こっち来て話さない?なんか上から見下ろして話すのって…ちょっとね」

姫神「良い。今度は髪を踏まないで欲しい」

そして二人は少し話し込み、そしてどちらからともなく眠りについた。

そしてその日、結標の頭の中には救った少女の顔も殺めた男達の顔も浮かんではこなかった。

ただの一度も。
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