とある世界の残酷歌劇 > 第一幕 > 7


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網膜を焼く閃光と、鼓膜を貫く轟音。

駆け抜けた金属片は浜面の叫びでは止まらず、瞬間で目標へ到達し、炸裂した。

ばぢ、と空気の爆ぜる音が響く。
彼女の突き出した右腕を這うように雷光の蛇が残滓として跳ねた。

「――――――」

少女の瞳には感情の光はなく、人形のような虚ろな視線を向けている。

前方。コインの駆け抜けた先。
衝撃の余波に砕けた石畳が粉塵と舞い、薄いヴェールを重ねた空間。

そこに。

白い繭のような物体が鎮座していた。

見ようによっては卵のような形をしたモノ。
しかしスケールが違う。二メートルに近いその大きさは明らかに卵であるはずがない。
そのような卵を産み落とす生物は、この地球上に存在しない。

その表面に皹が入るように亀裂が走り、そしてばらりと開く。

それは繭でも卵でもなく、翼だった。

真っ白な、鳥のような翼。

水鳥のものと似た、けれど明らかに違う質感を持つそれは。

ばさりと、翼が空を叩き砂煙を打ち払う。

「――――なんだ、その程度なのかよ」

低く、呻くような声。

さながら宗教画に描かれる天使のごとく背に三対の翼を広げた少年――垣根帝督が絶望したように顔を歪ませ、悠然とそこに立っていた。



その様子を見て浜面は内心安堵する。

――そうだ。そうだよな。

超能力者、垣根帝督。

学園都市の頂点に君臨する白い翼を纏う能力者。

その序列は、『超電磁砲』御坂美琴の上にある。

御坂の持つ能力はその多様性、利便性、そして汎用性から上位に数えられているだけだ。
彼らの序列は各々の能力から学園都市の得る利益によって格付けされる。

故に、直接の戦闘能力とはまったく関係がない。

思えばただ電磁を操るというだけの、既存の物理法則をなぞる事しかできない能力者に、

――――世界の法則を超越した『未元物質』が負けるはずもない。



何せあの世界の全てを手中に収めた第一位――いや、『元第一位』を下したのだから。





「……俺さ、今、一応第一位みてぇなんだけどさ」

垣根は両手を無造作にジャケットのポケットに突っ込んだまま目を瞑り空を仰ぐ。

「オマエに何があったのか、今一よく分かってねぇんだけどさ」

そして一息、絶望と悲哀に塗れたような嘆息を吐き。

「――――その程度なのか、オマエの『超電磁砲』ってのは」

「………………」

垣根の声に、彼女は虚ろな目を、胸の前に開いた自らの右手に向ける。
力なく開かれた五指に視線を落とし、そして頷き。

「…………ああ、やっぱり、この程度」

嘲けるようにすら聞こえる自らの声の響きに、僅かに眉を顰め。



「ここまでしても遠く及ばない――――――と、ミサカは己の不甲斐なさに嘆きます」



「――――ハハッ! なるほどなぁ――――!」

その一言に、垣根は目を見開き。

さながら歓喜に身を打ち震わせるようにして翼をはためかせ。

「テメェ――御坂じゃねぇのかよ――――!!」

獣のような獰猛な笑みを少女に向け、哄笑した。





「御坂、みさか、ミサカ! ああ、そうだ! 妹達、だっけなぁ!
 能力者の体細胞クローン作って意図的に能力者を生み出す量産能力者計画とかいう巫山戯た実験が、あったなぁ!!」

牙を剥くように歯を見せながら、垣根は笑う。

「『樹形図の設計者』の予測演算で失敗する事が判明して稼動前に実験が停止したと聞いてたが、アイツらやっちまってたのかぁ!」

はははははははは、と、垣根は顔面を掴むように押さえ。

「――――っざけんなぁぁああああああっっ!!」

吠えた。

「御坂が! 俺のすぐ後ろに食いついてるアイツがこの程度じゃねぇって一瞬でも喜んじまった俺はクソか!
 この程度のはずがない! この程度なはずがあってたまるか!」

叫び、垣根は、御坂美琴と同じ顔をした少女にぎらぎらと血走った目を向け。

「――――この程度の能力者でしかねぇって最初から決められたその上でオマエは作られたってのかよ、なぁ『ミサカ』!!」

魂を吐き出すような怒りとも嘆きともつかぬ感情の塗り込められた叫びに、少女はどろり濁った視線を返す。

「……そうですが、それが何か? とミサカはミサカの存在意義を肯定します」





小さく頷き、少女は言葉を続ける。

「ミサカはミサカであることを肯定します。ミサカはお姉様のクローンである事を誇りに思います、とミサカはあえて抽象的な単語を用います。

 ミサカはお姉様のDNAマップを元に作られた母無き命。その血脈が刻む道と外れた異形。
 確かにミサカは人の手によって作られた魂無き虚ろな肉の塊、とミサカは実態の不明な存在について言及します。

 けれど、こうしてわざわざ口調を真似てまで下手な演技を続けたのも、全てはミサカなればこそ。
 ミサカがミサカだから、ミサカはお姉様の役に立てる、とミサカはこれを己が本懐とします。

 …………これはミサカにしかできない助演。ミサカ以外に誰がお姉様の代役を担う事が出来るでしょうか。
 誰ができたとして、それをミサカは許しません、とミサカは身体的特徴を武器として他の役者を蹴落とします。

 故に、ミサカはミサカである事を肯定します。あなたに否定される謂れはありません、とミサカはあなたの発言を否定します」

その表情とは裏腹に、淀みなく、機械的に彼女は言い。


            Q . E . D .
「――――以上、存在証明終了、とミサカは締め括ります。……ご理解いただけましたか?」



僅かに小首を傾げ、矢張り無感情な視線を垣根に投げかける。





「…………つまり、何か」

垣根は彼女の解に答えるように。

「オマエはそれでいいって訳だ。全て御坂の代わりに存在すると」

呟きにも似た小さな声に、少女は頷く。

「ミサカはお姉様の身代わり人形。存在そのものがお姉様の代理品。
 ミサカ  ミサカ    ミサカ
 妹達は、代役として、お姉様であり続ける事を望みます、とミサカは唯一の望みを吐露します。

 ミサカは、ミサカとして生まれ、ミサカとして生き、そして――」

一息。

「――ミサカとして死にます。……とミサカは、それをたった一つの冴えたやり方の解だと信じるが故に」

そして、沈黙。

周囲に既に人影はなく、大通りには垣根と、浜面と、そして二人がいるだけだった。

びゅうびゅうと強い風が啼き、髪を撫でる。
正面、前方の二人の方から吹き付ける抵抗に垣根は俯いていた顔を起こし。

「――――了解した」

風を叩き伏せるように垣根はばさりと翼をはためかせた。

「なら、そう扱ってやる。あぁ、『ミサカ』――オマエらを残らず舞台から引きずり落として主演を引きずり出してやるよ」

獰猛な、怒りとも悲しみともつかぬ感情に満面を染めながら、垣根はようやく両手をポケットから引き抜き。

「大丈夫だ――死なない程度に優しく叩き潰してやる」

吹く風に逆らうように、突風が生じた。



その様子を少し離れた場所から浜面は見ていた。
その場を一歩も動けぬまま、一言も発することも出来ぬまま、浜面は観客に徹する事しかできなかった。

少年の声も、少女の答えも、何一つ理解できない。

垣根が何を思っているのか理解できず、何を思って御坂美琴と同じ容姿をした少女の言葉を聴いていたのか。

浜面には理解できない。

そして、浜面には垣根の表情の見えぬまま。

その翼が大気を打ち、烈風と共に『何か』が起きた。

それは既存の言葉では表現のしようもない荒々しい力の奔流。
あえて形容するならば純白の炎の槍だった。

垣根の背に広げられた翼を基点とし、陽炎のように形の定まらないそれは大気を轢き潰しながら一直線に貫いた。

向かう先は少女。

代役と。そう自身を呼んだ少女だ。

垣根の背の翼と同じ色をした不定形の暴力は空間を引き裂き疾走し、そして。

少女と純白の間に、彼女の隣に立つ少年が飛び込んできた。



少年の前には握り締められた彼の右手。

まるで殴りつけるように突き出された拳は、垣根の放った形容し難いそれに向けられていて。

次瞬、何かが砕けるような音が通りに響いた。

同時に純白の力がその行き場を失ったかのようにばらりと解け、のたうつように宙を掻き、そして霧散した。

……一体何が起こったのか。浜面には理解できない。

たった一つ確かに直感した事は、その黒いツンツンした髪の少年が『何か』をしたという事だ。
『何か』が何なのか。浜面には理解できない。

少年の眼前には握られた右手が突き出され、

そしてそれは浜面をようやく動かすには十分なものだった。

「――垣根ぇ!」

浜面は今まで圧迫され続けていた言葉を叩きつけるように叫ぶ。

何故なら、彼の記憶の中では。

目の前の、黒いツンツンとした髪の少年は。

「そいつは――上条当麻じゃねえ!」

何の力も持たない、自分と同じ無能力者の少年なのだから。



だが浜面のその認識は正しく間違っていた。

上条当麻という名の少年。

能力そのものの発現を測定する学園都市のシステムでは彼の所持する異能を計測することはできない。
故に上条当麻の判定は無能力者。超能力者・垣根帝督とは対極に位置する。

しかし、彼は唯一無二の能を持つ。


    イマジンブレイカー
――――『幻想殺し』。



そう呼ばれる、ありとあらゆる異能を、魔術を、幻想を打ち砕く彼の拳の存在を浜面は知らない。

それがどんなに強力無比な能力だろうが、どんなに複雑怪奇な魔術だろうが、彼の拳に触れるだけで雲散霧消する。

たとえ神の奇跡であろうとも打ち消すと称された力。

ありとあらゆる幻想を殺す、否定の権化ともいえる右手。

その存在を浜面は知らない。





いつの間にか空を覆っていた雲はそこかしこに切れ間を生み、開かれた口からは真っ赤な夕焼け空が覗いていた。

それはどこか傷口のようにも見える。
切り裂かれた雲はその奥に隠されていた赤を曝け出していた。

「――――テメェ。今、何をした」

暗く、感情を押し殺したような声。
垣根は半ば呆然として彼を見つめていた。

「…………ああ。意外と、なんとかなるもんだな」

対し、彼に垣根の言葉は届いているのか。
どこかぼんやりとした口調で少年は呟く。

そのどうにも無視するような調子に、垣根の感情がぎしりと軋みを上げる。
ばさぁっ――、と垣根の背の純白は己の存在を誇示するように大きく翼を広げ。

ひらり、羽毛を模した光が一片、垣根の眼前に舞い降りる。

「――――何をしたって聞いてんだよぉっ!!」

その小さな光が意志を持つように跳ね少年に向かって飛翔した。

打ち出された光は一直線に、流星のように少年へと突撃する。

ほんの小さな光。触れれば砕けてしまうような、微かなものだ。
しかしそれは印象とは全く異なり、破壊と暴力と殺人の化身だった。

風切り音一つ立てず光は疾走し、一瞬で間隙を埋める。

しかしそれに対し、少年は僅かに右腕を動かすだけだった。

そして、再び何かが砕けるような音。

砕かれたのは光だった。

羽毛を模した光は硝子板のように割れ、砕かれ、粉微塵になり、そして吹く風の中へ溶け消える。

「――――それがオマエの『幻想殺し』か」

呻くような垣根の声に、少年はようやく声を返す。

「――――あぁ、」

彼はゆっくりと、首を振る。

否定とする、横に。

「コイツはそんな上等なもんじゃねえよ」



雲間から差し込む夕日にビルが赤く光る。

まるで世界が燃えているようだった。
無機質な、静謐な炎。その様子はさながら煉獄を思わせる。

夕日は垣根の前方。少年の背の方から差し込んでいる。
それは逆光となり、少年の顔は黒く影に塗り潰される。

「――――やっぱり、疲れるなコレ」

もう一度、横に首を振り、少年は嘆息する。

そして握りこんだ右手をやや大きく動かし――。

「――――――!」

反射的に垣根は翼を動かす。

三対の内、四枚。右の上中と左の上下。
回り込むような動きをして垣根の眼前へとその身を重ね、そして。

その内の一枚、最前にあった右の中翼が音を立てて砕けた。





舞い踊る小さな光。



まるで飛散する羽毛のようにも見えるそれは、垣根の翼の残骸だ。
砕けた翼は光の粒子となり、拡散し、粉雪のようにその身を風に躍らせる。

夕日を受け、赤い火の粉のように舞う光は、やがて消える。
後に残るのは変わらぬ空間と、そして夕暮れに赤く染まる雲と空。

雲はもはや引き千切られるようにその分厚い身を裂かれ、赤く、そして夜色に変わりゆく空がその先に広がっている。

そして、ぽつりと光。

星だ。

陽の色と闇の色の狭間に、星が輝いている。

「これはただ――――」

黒いツンツンした髪の少年は苦々しく笑い右手を横に払い。

――――そして垣根はようやく気付く。

いや、気付いてはいた。
気付いてはいたが、それが何なのか理解できなかっただけだ。

きらり、瞬いた。

真正面から、突き出されるように向けられた彼の右手。









その内に握られた夕日を受けてもなお黒く光る鉱石で出来た刃のような物体が、



「――――あなたの『未元物質』を分解させてもらっただけですよ」



宵の明星の光にその身を煌かせた。









「テメェ――――海原光貴かあああああああああああああああああああああああっっ!!」





宵の明星。

太陽、そして月に次いで明るく輝く星。

その光は、金星だ。

古来よりその美しい輝きは人々の歴史の一部となり、ギリシャ神話では美の女神アフロディテに例えられる。
バビロニア神話に於いても女神イシュタルとされるその光は、美と豊穣と勝利とを司る。

しかし、その一方で不吉を象徴する星でもある。

アフロディテの崇拝を怠った王女は父王に恋する呪いを受ける。
イシュタルに恋をした英雄たちは、死の運命に呪われる。

日本神話の天津甕星は天津神に反逆する悪神であり。
十字教神話では『輝ける者』堕天使の長ルシフェルである。

そして、アステカ神話においては。

夜闇、魔術、そして黒曜石を司る邪神テスカポリトカの化身とされ、
地上悉くを皆殺しにする槍を持つ、太陽に刃を向けた破壊と殺戮と霜の神。

その銘を冠し、またその末路といわれるイツラコリウキの意味する黒曜石のナイフを用いた魔術。

「今は違いますよ」



――――名を、トラウィスカルパンテクウトリの槍という。



「上条――と呼ばれるのは癪なので、エツァリと。そう呼んでください」

そう、アステカの魔術師の少年は曲がった笑顔を垣根に向け、ナイフを煌かせた。



「ちっ――――」

舌打ちし、垣根は翼で空を打つ。

目的は飛翔。方向は頭上ではなく右横。
後に残滓として遺された紙吹雪のような光の一枚が、ナイフに反射した微かな光を受け砕けた。

「なんだそりゃぁ――出鱈目にも程があるぜぇ!」

声と共に白が打ち出される。
数は五。ラグビーボールのような形状をした二十センチほどの、のっぺりとした妙な光沢を持つ塊は弧を描き少年――エツァリへと殺到する。

彼は迷うことなく真横に飛び、垣根の攻撃を回避する。
石畳に突き刺さるように打ち込まれたこの世のものではない弾丸は、舗装された路面を易々と砕き、そこで留まる事なく地中深くへと消えていった。

直後、ガァン――! と大気が砕けるような音。
浜面の網膜に、ほんの一瞬だけ姿を現した極限まで凝縮した輝きを持つ光の蛇が焼きつく。

それはほぼ水平に現れた稲妻。
御坂美琴と同じ姿をした少女の、御坂美琴に劣る能力によるもの。
だが十分な破壊力を持ったそれは空間を一直線に割り割り開き、垣根へと打ち込まれる。

「二対一かよチクショウ! ハンデくれハンデ!」

垣根は軽口にも聞こえる言葉を吐きながら、雷撃を受け止めた翼を振り払った。



(クソッタレ……!)

垣根は内心慌てていた。

目の前の、上条当麻の姿を纏った少年。
彼――彼、だろう――の能力は垣根の理解の範疇を超えていた。

垣根は自身の能力を過信していた訳ではない。
驕りは身を滅ぼす。そう認識していた。

『未元物質』とはこの世の法則を無視する異界の力。
一から十まで把握するには異常過ぎる能力。
だからこそ、それを振るうのも打ち破るのも難しい。そのはずだった。

だが彼は――どんな手段を以ってしてか、その力に対抗していた。
その方法は幾つか考えられる。しかし、彼の用いた手段はその中のどれでもない。

――――分解。そう言っていた。

ブラフという可能性もあるが、直感的にそれはないと判断した。
敵に手の内を晒すのは愚行でしかない。だからこそ恐ろしかった。

手にした鉱石の刃物は能力の補助具だろう。それが閃く度に己の能力が打ち砕かれる。
そのトリガーとなる動作は分かっていても対処ができない。

そう。彼は垣根が『分解』に対して対処ができないと、そう言っているのだ。

(俺は――――学園都市の第一位だぞ!)

歯噛みする。所詮垣根は虚構の王でしかない。そう言われている気がした。



ばがん、と鈍い音。
背の翼、左の一翼が砕かれた。

冗談じゃない。垣根は翼で風を打ち、低空を駆け抜けるように飛翔する。

垣根の能力『未元物質』の最大の長所は、対抗できない事にある。
既存の物理法則に束縛されない存在だからこそ、この世界に捕らわれた存在では太刀打ちできない。

だが同時に、『未元物質』はこの世界に顕現した瞬間から、この世界の法則に捕らわれる。
そうでなければ物に触れる事はおろか目に見えることすらできない。垣根自身が認識する事すらもできないのだ。
だからこそそこに弱点があるが――。

(コイツはそんな生温いもんじゃねぇ……)

飛来した雷の槍を翼で叩き落しながら垣根は考える。

(コイツ――『海原光貴』は学園都市の人間じゃねぇ。どっか外部組織のスパイか、そんな感じだったはずだ。
 なのになんでコイツは能力者なんだ。まさか『外』でも能力者の開発に成功したのか? この特性は『原石』って感じじゃねぇし)

「くのっ…………オラァ! コイツならどうだ!?」

背の翼が虚空を打つと同時、何もなかった空間から金属の光沢を持つ鋼色の炎が噴出した。

「………………」

だが、それも少年の切り払うような動作の一つで見えない手に破られる紙のように砕かれる。

「マジかよ。常識外れにも程があるぜぇ!?」

「…………あなたにだけは言われたくありませんよ」

うるせぇよ、と垣根は口の中で小さく呟いた。



(ぶっちゃけ御坂……じゃねぇ、『ミサカ』はどうって事もねぇ。見かけによらず戦闘慣れしてるが非力すぎる。
 だが偽上条――エツァリだったか? アイツは厄介すぎる。
 『未元物質』に干渉してくるなんて……因果律でも操作してんのか?)

もはや四枚となった翼がはためき、次の瞬間倍以上にその面積を増やす。

「これならどうだよっ……!」

広がった翼の表面がぐにゃりと歪み、小さく、見えない糸に引っ張られるように曲線を描きながら突き出される。
水飴のような粘性を持って変形する部分は翼の表面を埋め尽くすように瞬く間に数を増やし、
さながら剣山にも見えるそれら獲物を串刺さんと一斉にその長さを幾倍にも伸ばした。

が、無数の槍が貫いた空間に目的の相手はいない。
目を遣れば上方、彼は少女に手を引かれ、そして少女は少年の手を取り街灯にぶら下がっていた。
電気を操る能力者。その力を使えば、磁力を発生させ、こうして金属物に張り付く事もできる。

(うっぜぇ……!)

彼らは己の分を弁えている。
少女のそれは、原型である姉に遠く及ばず、だからこそ補佐に徹している。

前衛に少年、後衛に少女。

対してこちらは。

(仕事しろよ使えねぇな…………!)

背後の無能力者の少年に、垣根は口には出さぬものの毒を吐かずにはいられなかった。



雷光は幾度か浜面に向かって放たれている。しかしその度に垣根がそれを打ち落としていた。
そもそも彼に秒速百キロメートルを超えるそれに反応できるとは思えないし、できたとして抵抗できずに紫電の餌食になるのがオチだろう。

(ここで死なれても後が怖ぇしなぁ……)

また一つ雷電を弾き、垣根は僅かに顔を顰める。
昨日あれだけの大口を叩いたのだ。後ろ指を指されるだけでは済まないだろう。
麦野あたりならそれで済むかもしれないが、それが滝壺の場合後ろから刺される。

(世知辛いぜ、まったく……)

状況は好転しない。どころか足手まといのお陰で半ば一方的ですらある。

(相手の能力もいまいちよく分からねぇし……一度退くか)

背の翼が動き、仄かに黄色い光球が生まれる。
握り拳ほどの大きさのそれは四つ。
緩いカーブを描きながら前方に飛んでいき、それに反応した少年が回避行動に移ろうと腰を低く落とすが。

半ばほどの地点で光球は閃光を放ち炸裂した。

翼を前方に展開し光を防いだ垣根は背後に飛び退る。

「――おい垣根!」

眩しさに思わず目を堅く閉じた浜面の横に立ち。

「文句は後だ。一度退いて……」

「複数撃つか面で攻撃しろ!」

「――――あぁ?」

浜面の言葉に、怪訝そうに眉を顰めた。

「アイツ、一回につき一発しか打ち消せてねえんだよ!」

その言葉に、垣根は一瞬言葉を失い。

「………………あぁ」

と、どこか呆けたような表情で小さく頷き。

「ナイスだ浜面ぁ! 後で抱き締めてやるよ!」

勘弁してくれ、という小さな呟きは、直後起きた爆音でかき消された。







――――――――――――――――――――





「これはバレましたね、とミサカはお姉様に倣って磁力で金属障壁を形成しながら呟きます」

「バレましたねぇ。どうしましょう」

「ミサカでは彼の能力には対処仕切れませんが、とミサカは己の不甲斐なさに歯噛みします」

「自分も、さすがに無理そうなんですが」

「逃げますか、とミサカは提案します」

「実に魅力的な提案ですが、いけますかねぇ」

「なんとかなるでしょう、とミサカは根拠のない楽観的な言動を取ります」

「なんだか途端に無理な気がしてきたんですが」

「いいえ、なんとかしましょう、とミサカは頷きます」

「なんとかなりますか」

「なります。何故ならミサカは出来る女ですので、とミサカは誇らしげに胸を張ります」

「ちなみに、具体的には?」

「こんな感じで如何でしょう、とミサカは空を指差します」

「…………さすがですね」

「お褒めに預かり光栄です、とミサカは社交辞令として礼を返します」





――――――――――――――――――――







先にそれに気付いたのは、浜面だった。

強風の奏でる唸るような、啼くような音と、垣根の『未元物質』の爆音、そして雷光の弾ける音。
それらに混ざって、妙な音が聞こえた。

――なんだ。

聞きなれない音の正体を確かめようと、辺りを見回した時だ。

ビルの影からぬっと顔を出したそれと目が合った、気がした。
目などどこにもないのに。

それはビルとビルの谷間を高速で駆け抜け、物理法則を無視したような急停止をかけこちらに向き直り。



HsAFH-11――――通称『六枚羽』と呼ばれる、無人戦闘ヘリが。

搭載された機銃とミサイルの発射口を向けていた。



「ちょっ、待っ、勘弁――!?」

浜面の叫びはまたしてもかき消される。

無人故に電撃使いに制御を奪われた『六枚羽』がその砲口という砲口から鉄と火薬を撒き散らしながら一直線に突っ込んできた。



「ちぃっ――――!」

一拍遅れて気付いた垣根は一声呻くと同時に翼を広げる。

(三方向から――同時攻撃がこっちにも有効なのには変わりないか。
 何せ足手纏いが……)

そこまで考えて、頭を振る。

(足手纏い? そんなはずがあるか。無能力者なのにいいキレをしてやがる)

――いや、無能力者だからこそ、か。

垣根はヘリに視線を向ける。

背に残された翼は四枚。

一枚は背後、少年の、『分解』から身を守る盾として。

一枚は側面、蚊柱のようにも見える砂鉄の嵐でを弾き飛ばす。

そして一枚はすぐ傍、浜面の前に立ち塞がるように伸ばされ。

「――ま、俺も超能力者だ」

爆音に遮られ、聞かれない事を確信として。

「無能力者の一人や二人、守りながらだって戦えるさ」

残る一枚を刃のように切っ先を突き付け、垣根は嘯いた。

ばぎん、と金属の砕けるような音。

ミサイルが着弾し、火炎と爆音を撒き散らす直前、浜面はそんな音を聞いた。

黒煙が上がり、だがそれは即座に強風に煽られ吹き飛ばされた。

浜面の前に広げられた翼の、僅かにある隙間から『六枚羽』が見える。

それは直前の姿とは異なり、その巨体をばらばらに打ち砕かれていた。

その呼び名の元となった六枚の『羽』は据えられていた機銃やミサイル発射口を取り落とし、

宙に液体燃料を飛散させ、自らの生み出した風で撒き散らし、

腕を広げるように、分断された回転翼だった金属片が四方へ吹っ飛び、



「「――――おいおい」」



浜面と、垣根の声が重なった。

「浜面、頭下げろ」

垣根の翼が、身震いするように羽毛を模した光を撒き散らす。

「クソ、アイツらよく分かってんじゃねえか」

この時ばかりはさすがにどうする事もできず、浜面はアスファルトに伏せるように身を屈めた。

直後、無傷で一部品ごとに細かく分解された金属パーツが、磁力に手繰られながらその尖った切っ先を向け突撃してきた。



まっさきに飛んできた主翼の一本。
剣のようにも見えるそれを羽でいなすように背後に打ち払い、垣根は意志に力を込めた。

「――――らぁっ!」

翼の一振りで鋼の槍を纏めて叩き落とす。
しかし落下した鉄塊は地に当たると同時、再び磁力に手招かれ跳ね舞う。

(砕いてもその分数が増えるだけだ)

確認するように小さく呟き、垣根は左右の翼を両手を広げるように大きく広げる。

「よぉっ――――」

ばがぁん! と空気を砕くような音が通りに面した店の、幸いにも残っていた窓ガラスを振るわせる。

「空き缶は潰すのがマナーだぜっ……!」

その面積を広げ、拍手を打つように衝突した二枚の翼が宙を踊る金属片を纏めて圧縮する。
めこべきばきごり、と骨に響くような嫌な音が続くが。

ばちん、と空気に走る雷光。
引き金に、部品と共にばら撒かれ蒸発し体積を増しながら拡散した液体燃料が爆発した。

「重ね重ねで飽きさせねぇなぁ!」

打ち合わせた翼をそのままに、地に叩き伏せるように爆炎ごと薙ぎ払い振り下ろした。



…………違和感。

飛んできた雷電の槍を振り向きすらせず打ち払いながら垣根はそれが何なのかと思考する。

何かが足りない。そんな気がした。

ほんの、本当に僅かな間だけ考えて、そして。

「――――――くそっ!」

苦渋に顔を染めながら振り向く。

ほんの少しの間だが、徐々に浮き彫りになってきた違和感。

――攻撃がこないのだ。

垣根の『未元物質』を砕く事ができる、あの正体不明の『分解』が。
最後に向けられたのは垣根ではなく『六枚羽』で。
それからずっと、『分解』の盾になるように、遮るように翼を一枚広げていた。

それが無傷なのだ。

垣根は何より己の愚鈍さに呪いの言葉を吐き捨て、背後を見た。

……果たしてそこには、少年の姿はなく、ただ一人、青白い雷光を纏う少女が立っていた。

「所詮時間稼ぎですが、いかがでしたでしょうか、とミサカは感想を求めます」



「……有能だな」

垣根は感嘆するように、あるいは呆れるように、はぁ、と溜め息を吐き額を押さえた。

「そういう女は好みだぜ。口説いていいか」

「ミサカ、まだゼロ歳ですが。外見年齢もお姉様基準で中学二年です、とミサカは確認を取ります。
 ……もしや、これが噂に聞くロリコンという奴ですか、とミサカは聞きかじった程度の知識で応答します」

「………………まぁ、立ち話もこれくらいにしようじゃねぇか」

肩を竦め、垣根は一歩、少女に近付く。

「場所を変えてゆっくり話そうぜ。浜面、車を――」

「お断りします、とミサカは即答します」

言葉に被せるように、少女はきっぱりと言い切った。

「言いましたようにゼロ歳児ですが、ミサカには心に決めた相手がいますので」

「手厳しいな。ソッコーでフられたぜ」

垣根は彼女の言葉に、やれやれと大仰に肩を竦め。

「テメェの意見なんざ聞いてねぇよ」

同時、不意に、彼女の右足がぐしゃりと潰れた。

見えない手で握り潰されたように、膝を中心として二十センチほどが平面となる。
意味を成さなくなった関節はバランスを崩す。だが少女は予想していたかのように踏み止まった。

その様子に浜面は戦慄する。

彼女の顔は相変わらず仮面のような無表情で、けれど痛みを感じていないはずがなかった。
はぁ、と熱を持った息を吐き出し、彼女は片足で立ったまま垣根を見据える。

「言ったろ。殺しはしねぇよ」

そしてもう一歩。垣根が近付く。

「……もう一点、訂正する部分があります、とミサカは無視したまま話を続けます」

黙殺し、少女は言葉を続ける。

「強がるなよ。横んなっとけって」

「先程、主演を引きずり出すなどと仰っていましたが」

……垣根の足が止まった。


       かわり
「残念ながら代役は幾らでもいますので、とミサカは薄く笑います」



無表情の仮面を貼り付けたまま、少女は目を伏せる。

自らの血の跳ねたチェックのスカートの端を両の手で抓み、僅かに腰を落とした。

「――それでは皆々様」



声は、遠くからきゅんきゅんと聞こえてくる風切り音を隠すように響き。

「――――、テメェ――!」

ばさりと、垣根の背に再び翼が広げられた時には既に遅い。



――少女は頭を垂れ、片足で器用に、バレリーナのように立ったまま優雅に一礼し、















「引き続きゆるりとご観劇ください、とミサカは一足先に袖に下がります」









少女の能により空高く引き上げられていたヘリの翼が、高速で回転しながら一直線に地上に降り注ぎ、

髪の一筋程も過たず、断頭台の刃の代役として少女の細い首を瞬間で刎ねた。









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